旧帝都建設ビルはすでに夕闇に包まれ始めていた。

虎ノ門のオフィス街から流れていく定時上がりのサラリーマンの列と逆行して、

対策室のバンが現場に到着する。

そこにはすでにCRSATのトレーラーバスと指揮車両・ハーピーそれぞれ一台ずつが待機しており、

その周りにCRSAT・特殊事態対策室合同の現地本部が築かれていた。

そこでCRSAT管理官・穂積要と土御門が何やら打ち合わせしている。

 

「おーし、着いたかぁ。B×W集合ー」

 

バンの到着に気づいた彼は、手招きして集合をかける。

 

「いいか。今回の任務はここに巣喰うお客さんたちを少々力ずくでもあの世に送り届けることだ。

決して浄化・消滅させることじゃない」

「つまり調伏ですね」

と麒麟が言う。

 

「そうだ。その辺の力加減は言われなくても判ってるはずだ。以上、解散っ」

 

すると隊員たちは散り散りに自分たちの準備に取り掛かる。

弓袋から弓を取り出し、弦を張る佐野、式神の札を確かめる麒麟。そして改めて銃のシリンダーを確認する相馬。

 

「いつ頃になるの?」

 

それを眺める土御門に、穂積が話しかけた。

 

「少なくとも日が暮れてから、奴さんらが動き出すのはその後だな」

「間違いない?」

「ああ。外から見てるだけでもそれらしい臭いがぷんぷんしてらぁ。

おたくんとこのそのちっこい車に取り付けてある最新型のセンサーもバリバリ反応してるだろうよ」

とハーピーを指差す。そこに、CRSAT隊長である但馬が来て敬礼した。

 

「管理官、第2小隊全員搭乗しました」

「よし、命令次第突入できるな」

「はい!」

「それでは配置につけ。出発前に確認したとおりだ」

 

但馬はもう一度敬礼すると、タイタナイトの群れへと駆け戻っていった。

 

「さぁて、こっちも準備するか」

 

かつての正面玄関前では佐伯が金剛杵と鈴を持って結界を張っていた。

護摩壇も曼荼羅もない、略式のものだが真言だけが正式の加持祈祷と同じように響く。

 

オン・キリキリバザラバジリ・ホラマンダマンタ・ウンハッタ

 

地界金剛橛(じかいこんごうけつ)の真言によってビルの周囲に炎のくいが打ち込まれたのが

ゴーストアイを通して見えた。
そして金剛墻(こんごうしょう)、金剛網、金剛火院の真言によって

垣が築かれ、天井が張られその周りは霊的な炎で囲まれた。
結界は霊的なものであり、物理的な移動は可能だが霊的存在はこの外から出ることはできない。
それゆえ、取り憑かれた暴走ヒューマンメイトが結界の外に出たら、
霊は離れてヒューマンメイトはその暴走を止めるのだ。

 

「よしっ、それじゃ突入するぞ」

と室長に言われ、B×Wの面々はスタートダッシュの姿勢をとる。無論、一番乗りを目指してだ。しかし、

「先陣はまず佐野と北白川、その後ろに佐伯が続いて麒麟と相馬はCRSATの皆様をご案内しろ」

「それってまさか・・・」

 

昨日のあの現場を目撃した相馬には、土御門の真意が読めていた。

しかし土御門はそんな彼に目をくれず、佐野に向かって

「行けるか?」

と声をかけた。

 

「行きます」

と答える佐野。彼は上司の意図を見抜いているのだろうか。

いや、見抜いてなおかつ、その口車に乗ろうというのだ。それが彼なりの、上司に対する『挑戦』であった。

 

廃墟の中は暗闇だった。

その暗闇の中、霊たちは息を潜めて招かれざる来客たちを見極めようとしていた。

そこに現れたのがあからさまに上司に対する恨みつらみをぷんぷんさせている佐野だったから、

彼らはそれに反応したように沈黙をやめて動き出した。

 

「ビル内の波動が大きくなりました!」

 

ハーピーの車内でモニターを見つめていた第2小隊オペレーター・宇賀神ありさが声を上げた。

画面の中の妖気を表す怪しげなオーラが濃さを増していく。

 

「そうか、とうとう動き出したか」

と車の外からモニターをのぞきこむ土御門。佐野は哀れ、悪霊をおびき出すための餌とされた。

 

暗闇の中でミシ、ミシッ、とアクチュエーターの機動音がする。

闇の中から現れたのはみすヾ製作業用ヒューマンメイト・アトラスであった。

明日からの活動に備えて、現場での調整をしたあと放置されていたのだろう。

体長およそ1.8m、鋼鉄並みの超硬化プラスチックに覆われた体は

人間がぶつかったときのことなど考慮してはいなかった。
そしてその目は、ただのカメラセンサーと思えぬほど怪しい光を宿していた。
長身のロボットたちが佐野たちに詰め寄る。
普通の対人作業に携わるヒューマンメイトはほとんど身長130cmほどで

人間に威圧感を与えず、親しみを抱かせるように設計されている。
しかしこのヘビーデューティ機種は子供というよりむしろ
筋骨隆々の大男だった。

 

お前は誰だ?

 

ロボットらしからぬ声で一体が誰何する。霊が言わせた声であろう。

 

「内閣府特殊事態対策室・遊撃処理隊だ。お前らに全員引導渡しに来た」

 

佐野が言った。すると他のヒューマンメイトが、

 

こいつは仲間だ。こいつは我々のように上役に苦しめられている。無能な上役に・・・

と言った。そして他のヒューマンメイトらが口々に仲間だ、仲間だと囃したてるように言った。

 

なら我々に加われ。共に苦しめられている仲間を救おうではないか

 

北白川は隣りの相棒の顔をのぞき見た。その眼は怪しげに揺れていた。

眼が揺れているのは心が揺れている証拠だ。

北白川は小さく魂鎮めの詞を口にする。そして言った。

 

「我々は土御門室長の命令どおり、お前たちを一人残らず黄泉へと送らねばならぬ!」

そうか、お前は黙ってその土御門とやらに付き従うというのだな。ならば我々の敵!

と言うとヒューマンメイトたちは2人に向かって攻撃を開始した。

掛かってくるロボットに対して弓を振りまわす佐野。

その神弓に宿る力に恐れ退く雑魚ども。

間合いが広がったところで弓を引き絞り、そして放つ。

ビュン、という音が暗闇に響く。

常人の目にはただ空の弓を引いているだけのように見えるが、

この鳴弦の音とともに霊力の矢を放っているのだ。

その矢に射抜かれ、遠くのロボットたちが次々と動きを止める。

 

一方、北白川は攻撃よりもむしろパーティに一人いると便利な防御・治癒を得意とするタイプだが、

この場合はそうも言っていられない。

人差し指、中指を伸ばして天沼矛印(あめのぬぼこいん)を結ぶと、

それを高く振りかざし気合の一声とともに振り下ろす。
その手刀の勢いでヒューマンメイトを霊的に斬り捨てていった。
それでもなお、多勢に無勢。たった2人では埒があかない。

 

「キャップ、CRSATの突入お願いします!」 

とテレパスで通信を送る。その間にも次々と狂ったロボットたちが押し寄せてくる。

しかし、この状況に変化が起きた。後ろの方からも格闘の様子が聞こえてきたのだ。

 

「悪ぃ、遅くなった!」

と降魔の利剣で切り捨てついでに言ったのは佐伯だった。

 

「佐野さん、北白川さん」

「助太刀に参りました!」

と、セイタカ・コンガラも一緒だ。

 

「相馬さんと麒麟さんは?」

「殿(しんがり)はCRSATと一緒だ。もうすぐ来るだろっ」

 

ともかく、これで戦力は3人になった。

いや、セイタカ・コンガラを入れれば5人になるわけで、さっきの倍以上だ。

とはいえ、まだまだ戦力の差ははなはだしく、苦戦はまぬがれなかった。

 

「キャップ、こいつら頑丈すぎますよ。いくらお不動さんの利剣でも歯が立ちませんって」と佐伯がぼやく。

【物理的攻撃だけじゃ歯が立たないんなら、霊的攻撃を増やせ!

真言でもなんでも、他にやることあんだろーが】

「んなこと言っても――」

という間にもヒューマンメイトの猛攻に晒される。一方、キャップはビルの外の現地本部だ。

 

【ウダウダ言うな。お前らのグチ、ボヤキがそのまま連中のエネルギーになるんだ】

 

土御門の言う通りだ。そして、心に上司に対する不満があれば、その隙を悪霊どもに揺さぶられる。

今彼らにできるのは、外のことは忘れて己の任務に励むだけだ。

佐野が弦を打ち鳴らし霊力の矢を放てば、北白川は祝詞を唱える。

そして佐伯は不浄を滅するという烏枢沙摩(うすさま)明王の真言を唱えて悪霊を祓った。

 

オン・クロダナウ・ウン・ジャク!

 

一方、我らが相馬と麒麟はまだ正面玄関付近にいた。

 

「これじゃあ入れはしますけど、派手なアクションは無理ですね」

と相馬がライトで天井を照らしながら言った。

その後ろにはCRSAT第2小隊10機と隊長機、プラス穂積がいた。

ロビーの吹き抜けはともかく、内部の天井の高さは古い基準のオフィスビルの常で
プロミシュースでは手が付いてしまうほどだ。

「よし、全員拳銃は所持しているか?」

 

穂積が振り返りざまにインカムで語りかける。各機から口々に返事が返ってきた。

 

「じゃあ全員除装して白兵戦に備えよ!」

 

するとプシュッ、プシューとそこら中にハッチの開く音が響く。

ヘルメットは取り外してそのまま装着できる。

そして、各隊員はH&KのオートマチックをSATのように腿のホルスターに取り付けた。

 

「宇賀神巡査部長、CRSAT本部の有働警視に連絡、サブマシンガン12機用意してこっちに向かうよう」

12機って、穂積さんも行くつもり?】

 

思わぬ方から返事がきた。

 

「鳳耶さん、当たり前でしょ。私が行かないで誰がついてくるのよ」

【いやさ、一応管理官なんだし、どっしり本部で構えてたほうがみんな安心するんじゃない?】

「それは今までの古いやり方、これからは違うのよ。

ノーブレス・オブリージュ、それ相応の地位のある人間はそれに見合った危険を引き受けなきゃならないのよ」

 

それも充分古いけど、と言おうとして土御門は止めた。

彼女のその言葉に、この事態を解決する何がしかの希望を感じたからだ。

 

相馬らとCRSATがいるあたりは、ヒューマンメイトがみな佐野たちのほうに行ってしまったからか

恐ろしく静かだ。むしろ、いつ連中が飛び出してくるかとかなりスリリングだ。

 

「相手は作業用ヒューマンメイトだからめちゃくちゃ頑丈で自分たちじゃ太刀打ちできないって、

佐伯たちがぼやいてましたが」

「そのためのCRSATなんだけどね」

と相馬の言葉にもはや笑みもない穂積。

プロミシュースに乗れない以上、彼らも生身の人間に毛が生えた程度にすぎない。

それを補えるだけの火力は、只今運搬中だ。

 

「貴方たちの足を引っ張るかもしれないわ」

「ええ、一向に構いませんって」

 

麒麟の言葉にはとげがあった。関西弁ネイティブが標準語で話すとこうも棘々しいのはなぜだろうか。

 

「来た!」

と叫ぶと相馬はすぐに銃を構える。

マグライトの射程外の暗闇から、偵察要員だろうか、数体のヒューマンメイトが現れた。引金を引く。

 

「当たったの?」

 

穂積が訊いた。弾丸はノンパルス弾、銃声はするが着弾点に傷跡は生じない。

 

「当たりはしましたが急所は外してしもうたみたいです」

 

それでもなお続けざまに撃つ。すると、一体のヒューマンメイトが微妙な違いを見分けたのか、

他のCRSAT隊員には目もくれず一直線に穂積に向かって突っ込んできた。

それを止めようと必死に引金を引き続ける相馬。
しかし、当たり所がどこであれダメージを与えるパルス弾とは違い、
ノンパルス弾は急所に当てなければ致命的なダメージを与えることはできない。
弾が切れた。
バレルを詰め替えている間にも作業用とは思えないスピードで突進してくる。
麒麟も何か唱えようとするが、奴の左手に吹き飛ばされる。

 

きりん!

 

そして奴の魔手が穂積に伸びる。とっさに右手で体をかばう。

 

ほづみかんりかん!!

 

奴の右手が管理官の腕を砕いた。

そのとき、後ろから奴の左胸を霊力の弾丸が打ち抜いた。

100kg以上ある巨体が彼女の体の上に崩れ落ちる。

それを、屈強な隊員が2人がかりで持ち上げた

 

「管理官、それに麒麟!」

相馬が急いで駆け寄る。

麒麟のほうは意識を失っている様子もなく、特に大丈夫そうだが

後から言われたことに腹を立てているようだった。

しかし、そう贅沢を言ってられる状態ではないと彼女は気づいた。

 

「ええ、相馬君・・・でしたっけ。大丈夫です」

 

しかし、本来であれば皮が破れ肉が見え、下手すれば骨まで露わになっているかもしれない右手は、

裂けた皮の下、配線コードや金属らしき骨格が見えていた。

そして傷口からはおびただしい血が、コンクリートの床に滴っていた。

その有機物と無機物のコントラストがよりその傷を不気味に見せていた。

 

「管理官、それ・・・」

 

さっと無事な左手で隠す。そして、

 

「見た目ほど、ひどくないから・・・」

 

その眼には力があった。決して弱みを人に晒すわけにはいかないという誇りがあった。

その眼に、相馬は気圧された。

 

「判りました。自分たちはこれより仲間の援護に向かいます。

CRSATの皆さんは銃が着くまでここで待機していてください」

と言うと、傍らで穂積の傷を心配そうに見つめていた麒麟の腕を引っ張り上げた。

 

「ほらほら、いつまでもじろじろ見てちゃ失礼だろうが」

「でも、だって・・・」

とぐずる麒麟を引っ張り、相馬は敬礼すると暗闇の中へ駆けていった。

それを敬礼で返すCRSAT一同。

 

そのころ、佐野たちのところは彼らの奮闘の甲斐あって何とか『制圧』が完了した。

しかし、彼らの疲労度、特に佐野のは著しいものがあった。

何しろ悪霊がうじゃうじゃいる中を、取り憑かれて間もない体で戦ったのだ。

それは病み上がりで免疫が落ちているにもかかわらず、雑菌の中に放り込まれるに等しい。

 

ひふみよ、いむなや、こともちろらね・・・

と北白川の口立てで、あたかもスポーツ選手が酸素吸入を行うように

物陰でぐったりとしながら祓い詞を口にする。

おぼつかない口調ではあったが、何とか霊力は回復しつつあるようだった。

 

「1面クリア、だな」

と軽口を言う余裕も出てきた。そして、相馬と麒麟がやっと合流してきたのもこのときだった。

 

「遅ぇぞ!」

「面目ねぇっす」

 

真っ先に喝をいれたのは佐伯だった。そのお叱りを平身低頭で受ける相馬。

 

北白川「で、CRSATは?」

相馬「この天井の高さだからタイタナイトは動かせないってんで、サブマシンガン待ち」

麒麟「と、いろいろあってね」

相馬「あれ、佐野は?」

 

すると暗がりの中から、当の本人が弓と自分の体を引きずるようにして来た。

 

「アトラスが配置されてるのはほとんど3階までらしい。で、1階にはどれくらいあったか」

 

周囲を見回して相馬が答えた。

 

「だいたい三,四十機ってとこか?それよりもお前、大丈夫かよ」

「いや、少し休めば平気だ。じゃあもう半分近く片付けたってことだな」

 

そう言うと先頭に立ってエレベーターへと向かおうとする。その後ろ姿が痛々しい。

しかし、それと同時に声をかけてくれるなとその背中が言っていた。黙ってエレベーターへ乗り込む。

 

エレベーターの速度はゆっくりとしたものであった。

それはまるで、5人が定員いっぱいというかのようだった。それに、ぐらぐらと揺れて実に頼りない。

 

「おい、ホントに大丈夫か?」

と佐伯がコントロールパネルを叩く。と、突然電気が消え、エレベーターが止まった。

 

「もー、佐伯君のせいやからね!」

「いや、これは霊障だ」

と佐野が言う。ゴンドラ内に冷たい空気が流れた。

揺れはますます大きくなり、ケーブルが切れるかと思うほどだ。

灯りは着いたり消えたりして、不気味さをさらにかきたてる。

 

そうだ、我々の仕業だ。恨むんならお前の上司を恨むんだな

 

ひひひひと怪しい声が笑う。

 

「おい、誰か何とかしろよ」

 

この状況下で唯一無力な相馬が声を荒げた。

 

「えーと、電気系統は雷やから・・・」

と麒麟が呪を唱え出す。

 

祈請青竜、邪霊退散、雷流整正、動昇降機、急々如律令!

 

改めて聞いてみればこれがきちんとした呪なのか疑問に思うところだが、

ともかくエレベーターに巣喰う悪霊どもは姿を消し、ゴンドラはまた正常に動き出した。

相変わらずのノロノロ運転だが、2階へ着いた。

 

「いいか、気を引き締めていけよ」

「おうっ!」

 

かくして、体調不良のリーダーを筆頭に5人パーティは2面へと向かった。

 

 

「管理官お待たせしましたっ」

と一台のバンがサイレンをけたたましく鳴らしながら猛スピードでビルの前に突っ込んできた。

完全に停止するのもまどろっこしいとばかりに運転席から飛び降りたのはもちろん、有働学警視である。

 

「隊長、ご命令の品をお持ちしました!」

 

出迎えた但馬隊長に敬礼する有働。同じ警視とはいえあちらの方が先任だ。

 

「ところで管理官は・・・」

 

但馬が視線で指差すより先に、穂積は本部のパイプ椅子から立ち上がり、有働たちの方に歩み寄る。

破けた右袖を引き裂いて三角巾代わりに腕を吊っている。

 

「か、管理官、それは・・・」

 

有働の目が行ったのは当然彼女の美しい右腕の変わり果てた姿だった。

さっきまでにじんでいた出血も治まっており、いっそう白い皮膚の裏側があらわになる。

有働は、あの日の握手の冷たさの理由を初めて知った。

 

「大丈夫よ。組織閉鎖もすんでるからもうだいぶ痛みはないの。その代わり感覚もほとんどないんだけどね」

 

笑顔が浮かぶほどの余裕も戻った。

 

「じゃあ・・・」

 

その間にも、CRSATの隊員たちに荷物が渡されていた。

H&K・MP-7。各国特殊部隊に配備されているサブマシンガンで、

警視庁SATにも採用されている代物だ。
そして使用弾丸は9mm徹甲弾、作業用ヒューマンメイトの硬化プラスチックはもちろん、

タイタナイトの装甲をもぶち抜く。

 

「全員準備は済んだか?」

 

穂積が低い、しかしよく通る声で言う。全員の反応が返る。

 

「まさか、管理官、また出撃するんじゃ・・・」

「当たり前だ。先頭に立って引っぱっていくのが上に立つものの務めだ」

「しかし、その傷じゃあ――」

 

有働の言葉をさえぎったのは土御門だった。

 

「中からの連絡があった。1面クリアだってさ」

「そう、じゃあこっちも負けていられないわね」

「それでは管理官のことは自分がお守りします」

と但馬が敬礼した。それに民間人としてはなかなかの敬礼で返す土御門。

それでもなお不安そうな有働に穂積がこう言った。

 

「大丈夫よ、左手1本でもこれくらいの銃取り扱えるわ。機械の腕は伊達じゃないもの」

 

その表情はさっきまでの指揮官のものではなく、優しく美しい上司のものだった。

 

再び出撃するCRSATの後ろ姿を見送る有働。

しかし、彼らがビルの闇に消えたあと、彼は隣りの土御門を恨みがましく見上げた。

 

「なんで管理官を止めてくれなかったんですか!」

 

哀しいかな、有働の言葉より土御門の一言の方が効果的ではある。

今この時点では有働自身も認めざるをえない。

それなのに、土御門は止めようとせず、それどころか彼女の戦意をかきたてるようなことすら言った。

 

「無駄だって、止めても」

 

土御門が言った。

 

「もし止めたとしても、拳銃突きつけてでも行くさ。

穂積要ってのはそういう女なんだよ」

 

この男が自分より管理官のことを知っているのは気に入らないが、

有働は彼女の本質というものをはじめて知った気がした。

 

 

エレベーターが開いた途端、状況は一変した。

 

「ちきしょう、先回りされたか」

 

作業用ヒューマンメイトが入り口をぐるりと取り囲み、

しかも鉄筋を焼き切るのに使う高火力バーナーをこっちに向けて構えていた。そして、一斉放射。

 

オン・バザラギニ・ハラチタラヤ・ソワカ!

 

被甲の真言を唱えバリアを張る佐伯。しかもそれにも限度がある。

ゴーグル越しにバリアが破れるギリギリの瞬間、あっちも連続放射の限界がきたのか炎がやむ。

その隙に5人はそれぞれのバディに散らばった。

 

オン・バロダヤ・ソワカ!

 

水天の真言を唱え、降魔の利剣から水芸のように水を放つ佐伯。

 

あはりや、あそばすとまうさぬ、あさくらに、竜田姫神、竜田彦神、おりましませ

 

風神を召還し火の粉を払う北白川・佐野組。そして

 

「お前あーゆーのなんか使えねぇのかよ?」

「あたし属性火行やから水ダメなんよ!」

 

陰陽道のいうところでは、人にはそれぞれ属性があり、

陰陽師はある程度以上になると使える術の属性も限られてくる。

水は相克説で水剋火であり、火属性の麒麟にとっては天敵である。

 

「でも、かくなる上はヤマトタケル作戦!」

と麒麟はジャンパーの内ポケットからお札を取り出した。

 

式神招来、朱雀娘娘!

 

すると、呼ばれて飛び出てじゃじゃじゃじゃん(かなり古い)

髪を双髻に結ったチャイニーズなお姐さんが現れた。

 

お呼びでしょうか、麒麟胡娘(くーにゃん)

「来てくれて早々で悪いけど、いつものヤツ、頼むわ」

 

一振りの扇を構える。それとシンクロして同じように構える麒麟の式神・朱雀。

 

祈請朱雀、火炎舞扇、急々如律令!

 

麒麟の扇に合わせて朱雀の扇が舞い、炎が揺れる。

再度放たれた火炎放射はこちらの向かい火にみるみる勢いをなくしていき、そしてともに消え去った。

しかし、これが火炎放射器の燃料が尽きるまで続くとしたらキリがない。

何せ、あっちはビル中の鉄骨を切断できるほどの燃料があるのだ。

それを考えて誰もが絶望にかられたとき、

「動くな!」

 

非常階段からCRSATが駆け上がり、MP-7をヒューマンメイトに向ける。

 

「全員伏せて」

と言うと穂積は手にした銃を振り上げて叫ぶ。

 

「撃てぇ!」

徹甲弾に蜂の巣にされるアトラス。しかし

「管理官っ、奴らは火炎放射器を持ってます!」

との忠告も彼女自身が銃を構える中、止むことのない銃声にかき消される。

そしてその真意を知ったときはもう手遅れだった。

 

火炎放射器の燃料タンクに火がつき、次々と爆発が起きる。

爆発で飛んだ火の粉がスペアのタンクに着火し、爆発が爆発を呼ぶ。

 

【総員退避!】

 

本部からの、土御門の檄が飛ぶ。

 

【このまま全ての燃料に火がついたら、その熱だけでビルが崩れかねん。

対策室B×W、CRSATとも全員逃げろ!】

「でも・・・」

【佐野、お前のおかげでだいぶ片付いた。後はこっちで何とかできるはずだ】

「お前ら」と言うべきところをあえて「お前」と佐野単数にした。

 

だが、そのとき相馬が突然駆け出した。

 

「相馬、どこ行くん!」

 

炎の中を真っ直ぐ階段を駆け上がる。

鉄骨の焼き切り作業を行うため、スプリンクラーをはじめとする防火設備は切られていた。

狭い階段には上へ上へと向かおうとする煙が渦を巻き、熱を帯びてくる。

しかし、このような炎はあのとき彼らが感じたものと比べれば屁でもない。

それでも、相馬には会いたい人がいた。このビルが崩れ落ちる前に。

 

「麒麟さん、逃げますよ!」

「こっちだ!」

 

佐野に手首をつかまれながら、後ろ髪を引かれる思いで麒麟はビルをあとにする。

仮にも、今回のパートナーだ。彼の安否が気にならないといえば嘘になる。

彼女の目は、ずっと相馬の消えた方を見つめていた。

 

ビルの外では、同じく撤収したCRSATの隊員たちがぐったりと休んでいる中、

土御門が威儀を正して正面玄関に向かって立ち、印を結び、低く呪を唱えていた。
それが何の呪だか、同じ陰陽師の麒麟には判った。

「キャップ、まさか泰山府君を呼び出してはるんですか?」

 

泰山府君は仏教の閻魔大王・地蔵菩薩に相当し、人間の生死を決める陰陽道の神だ。

その泰山府君を召還することによって結界内の霊を全てあの世へと送ろうということだ。

その者の生死を問わず。

 

「中にはまだ相馬がいてるんですよ」

 

しかし彼は呪を止めない。

 

「やっぱり佐野君なんかが言うてた通りやわ。言いたくないけどキャップは鬼や!

悪霊祓うためやったら相馬を見殺しにしはるん?」

「泰山府君加持ってのは途中で止めるわけにはいかない大術なんだ」

 

土御門が静かに言う。

 

「それに、おれは相馬を信じてる。上司が部下を信じてやらんでどうする」

 

 

それにしても、最上階まで階段というのはキツいものがあるが、

しかし相馬は息を切らしながら屋上へと駆け上がった。

そこは、下の炎も嘘のようなほど静かだった。そしてその静けさの中、三宅が独り立っていた。

 

「三宅さん・・・」

 

あえぎながら相馬が言う。

 

「もう、お別れですね」

「三宅さんっ」

 

それ以外に言う言葉が見つからない。

別れの刻が近いというのは相馬もよく判っていた。なおも三宅は言う。

 

「一度死んだ人間ていうのは、他のものの死に時っていうのが判るんです。

だから、今ここはこんなに静かですけど、もうすぐ崩れ落ちるってのは――」

 

すでに辺りが薄ぼんやりとした光に包まれ始めていた。

 

「それに、私にはもうここしか居場所がなかったんです。

だから、ここと一緒に消えるというのもありでしょ。

20代の恋と青春、30代の夢、そして40の挫折が全てここに詰まっているんですから」

 

彼は笑った。笑いながらその身を空中に翻した。

 

「三宅さん!!」

 

相馬も彼を追って手を伸ばした。

屋上から落下する人影に、真っ先に気づいたのは土御門だった。

 

「相馬 !?」

 

麒麟が叫ぶ。

 

すでに三宅の姿は、相馬の視界の中で中空に消えた。

自分も消えてしまうのか、そんなことを思ったそのとき――。

 

周囲にはどよめきが広がっていた。麒麟が札を手に取ると、落下する人影に向けて投げた。

 

式神招来、朱雀!

 

そのとき、炎の羽を持つ大鳥がその背に相馬を受け止めた。

その光景に CRSATの隊員はもちろん、対策室の職員もみな息をのんだ。

ただ一人、そのあまりにも彼自身の常識とかけ離れた光景に昏倒した有働を除いては。

 

 

「これで穂積さんも納得したでしょ?」

「何が?」

「おれたちの出しゃばってくる理由だよ」

 

あれから数日後、今度は穂積が接待する番だった。選んだのは最近オープンしたばかりのイタリアンの店。

 

「あんなイリュージョン見せつけられたんじゃ認めないわけにはいかないでしょ」

「あれは・・・集団幻覚よ。ほとんど全員戦闘直後の興奮状態だったんだし」

 

苦しい言い訳だ。土御門はというと笑みさえ浮かべながらその言い訳に耳を傾けていた。

 

「それに、当事者の証言はどうなのよ」

「ああ、あれはね。人間、高いとこから落下すると途中で気を失っちまうのよ。

だから相馬は朱雀の乗り心地なんて全然覚えてないんだって」

 

「ほらみなさいよ」

「ほらみなさいって、目撃者の全員が全員見たっていうのに

たった一人の当事者の証言がないから信じないって、そっちの方がよっぽど非科学的だと思うけどなぁ」

 

しかし穂積は頑として受け入れない。

 

「だって、信じてもらえたと思ったもん」

「いつ?」

「おれの出動要請聞いてくれたとき」

「ああ、あれね」

と穂積の視線は手元のパスタを向いたまま、答える。

 

「だってあれは・・・貴方が必死だったからよ」

「何それ」

「あれほど仕事で必死になってる貴方って、今まで一度も見たことないもの」

「あのね、おれはいつだって必死ですよ」

 

話が不都合な方へ流れていっている。土御門は無理やり話題を変えた。

 

「そういえば穂積さんに伝言があるんだ」

「え、誰から?」

「幽霊氏、って言ったら気ぃ悪くする?」

 

それは屋上から落下する間、三宅が相馬に言ったことだった。

 

「でも正直見直したよ」

「見直したって?」

「あの女性隊長だよ。上役なのにわざわざ危険な現場まで出てきて

ケガしながらも隊員を引っ張ってくんだから」

「ああ、CRSAT の、警察の穂積警視正だよ」

「警視正か・・・あんな上司がいるんなら、まだまだ世の中捨てたもんじゃないね」

「三宅さん?」

「また生まれ変わる甲斐があるってことだよ」

「三宅さん!?

 

そして彼は消えた。

 

 

彼が消えた場所に、相馬たちはいた。

あのあとビルは、バーナーの燃料の計算以上に燃え続けて、すでに瓦礫の山と化していた。

数百年にわたる彼らの無念が炎となったのだろう。と相馬は思った。

現場ではすでに撤去作業が始まっていた。その山のふもとに花を供える。

 

「ヘタすりゃここにもう一つ花束供えにゃならんかったんよ!」

 

麒麟が口をとんがらせて言う。苦笑いの相馬。

佐野はじっと手を合わせて俯いている。彼なりに話したいことがあるのだろうか。

 

「でもキャップって判らんお人やわ」

 

麒麟がこぼした。

 

「いくら部下を信頼してる言うたかて、あれじゃ見殺しにしてるも同じやないか」

「そういうやつなんだよ、土御門は」

 

長い祈りから立ち上がって佐野が言った。

 

「そういうやつやありませんー」

 

結局いつもの結論になって麒麟が応戦する。

しかし相馬の心にはむしろ写真のあの顔が焼きついていた。

土御門と彼との間に何があったのか、そしてなぜ彼は死んでしまったのか。

土御門の言う通り、本当にいずれ自分にも判るのか。

 

ただ、少なくともそれが判るまで土御門に付いていこうと思った。

 

結局、相馬にとって上司は、一番の謎のままだ。

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Afterword

 

D×B