vol.3 あの世の果て

 

「おっそいなぁ・・・まだかよ」

 

表参道のオープンカフェ、コーヒー1杯で相馬はかれこれ2時間半ほど粘っていた。

普段の、もう板についた白×黒のスタッフジャンパーではなく

今日はGジャンにカーキの軍パンというカジュアルな、悪し様に言えば気合の入ってない格好であった。

まぁ、彼に言わせれば「バイクに乗るんだったらこれくらいのほうが気楽で動きやすくていい」ということだが

そしていつものアシであるビッグスクーター・フュージョンは今日もカフェの傍らに置いてある。

まだ4月の下旬とはいえ、地球温暖化のせいか降り注ぐ日差しはすでに初夏のそれであった。

 

「ったく、何時間かかってんだよ。たかだか――」

「待ったぁ?」

とさんざ待たせておきながら何食わぬ顔で現れたのは、

相馬と同じ特殊事態対策室の期待のルーキーである斎王麒麟であった。

 

「東京にもアッシュがあってよかったわ。3ヶ月に1回はトリートメント受けんとあかんからなぁ」

 

表参道でも一,二を争い有名人も多く顧客に名を連ねる人気サロン『H(アッシュ)』は

正しくはこっちが本店であり京都にあるのは支店のはずだが、

東京も栃木も一緒くたに『関東』でくくってしまう京都人にはそのような理屈は関係ない。

 

今日は二人揃って非番ということで、おのぼりさんの観光案内もかねて原宿に繰り出したはいいが、

 

「相馬は原宿詳しいんやろ?」

「いんや、オレどっちかっていったら池袋とかそっち方面だからなぁ」

「えー、ブクロぉ?」

 

むしろ麒麟の方が雑誌やらガイドブックの耳学問ながら原宿の地理に詳しい、という皮肉な事実が明らかとなり

彼は麒麟が出てくるまで、こじゃれたカフェに不似合いさを感じながらこうして待ち続けていたのだ。

スターダックス辺りが相馬の限界だった。

 

通りには最先端のファッションで着飾った男女が、キャットウォークを歩くように行き交う。

中にはコスプレとしか思えないようなものもあったが、それが我が物顔で闊歩している以上

相馬のような中途半端なカジュアルは肩身の狭い思いをせざるをえない。

まさに無理が通れば道理が引っ込む。

 

ちなみに、今日の麒麟の格好は、普段のセーラー服姿とは一転、

派手な黄色のトレーナーにパンク風のごちゃごちゃしたのがついたタータンチェックのミニスカート、

その下から枝切れのような細い足が伸びる。

そして、152cmの身長を隠すかのように5枚ほど底の重なったオールスター・タイプのハイカットで

相馬の足元を小突いた。

 

「はいはい、んじゃどこに連れてってくれるんでしょーか、麒麟お嬢様」

「えーっとなぁ、じゃあ――」

といって麒麟の目が道端の露天に止まった。繁華街には付きものの、路上アクセサリー売りだ。

そしてこの手の店の売り子は不良外国人だというのはもはや常識である。

それでも麒麟はお構いなしに、店先に座り込んでは売り子となにやら親しげに話し始めた。

 

「あっ、晴明桔梗や」

「ぺんたぐらむネ。コッチガへきさぐらむ、だびでノ星」

「んじゃこっちちょうだい」

と丸に晴明桔梗、つまり五芒星の皮ひもペンダントを買った。

 

「ほら、相馬もなんか買わんと。これなんかどぉ?」

 

彼女が手にとったのはシンプルなドッグタグ・タイプのペンダントトップだった。

ミリタリーっぽいデザインがなかなか悪くない。

何も言わないまままんざらでもない表情をしてると麒麟が勝手にペンダントを売り子に向かって突き出した。

 

「これ純銀?」

「ハイ、ふぉーないんしるばーネ」

と言うと売り子はそれを受け取る。そして麒麟は手帳を取り出すとそこに何やら書き始めた。

 

「4月6日やったよね、誕生日」

「あ、ああ・・・」

 

麒麟は書き終わると一枚破って売り子に手渡した。

すると売り子は店先の工作機械のようなものでドッグタグに細工をし始めた。

 

「なんでそんなの刻むんだよ。プライバシー付けて歩ってるようなもんだろ」

「ドッグタグって犬の鑑札やろ?なんかあったときに名前やら血液型やら判ったほうがええやん」

「でもなぁ・・・つーか犬と一緒にするな!」

 

そのとき、二人一斉にケータイがなった。

こんなちょうどいいタイミングにかかってくるのはまず偶然じゃない、つまり・・・

 

「もしもし」

「はい相馬です」

【非番中悪いが渋谷でヒューマンメイトが暴れてるそうだ。急行できるか?】

 

渋谷といえばすぐそばだ。パーティライン状態の通話で、二人のため息が交錯する。

 

「判りました」

「すぐ行きます!」

 

そう言うと相馬は細工の終わったばかりのペンダントを受け取ると素早く首にかけた。

そしてスクーターのエンジンを入れ、麒麟にヘルメットをぽぉんと手渡す。

今日買ったばかりのジェットタイプ、真ん中にラインが入ったツートンカラーだ。

 

「んじゃつかまってろよ!」

「・・・ちょっと嫌やな」

 

そんな二人を乗せて、フュージョンは現場へと走り去った。

渋谷、ハチ公口前。休日の昼間ともなれば、

一体どこから湧いてきたのかというほどの人込み(半数以上が10代)でごった返す。

そこに集まる若者たちのファッションは、渋谷ローカルもおのぼりさんも

髪を天然自然じゃありえないような色に染めて、肌は美白を通り越して紙のように真っ白、

その肌をキャンバスにけばけばしい原色で顔を彩る、

人呼んで『エイリアン』。

その中にはわざわざ腕時計を手首に埋め込んだり、

目をサイバーパンク風な義眼っぽいものにしたりする者もいる。

SFじみた身体改造は今やかつてのボディピアスやタトゥーのように

身近とは言えないまでもよくあるファッションとなっていた。

 

しかし今、目の前で起きている現実はそんなありふれた2033年の渋谷の光景ではない。

駅前に集まる老若男女、髪が黒いのも茶色いのも赤いのも青いのも

ロータリーの周辺に人垣をなして息をひそめており、

その垣の中――ハチ公像周辺にいるのは無機物のみ、

つまり暴走するヒューマンメイトとそれを鎮圧するCRSATのタイタナイト『プロミシュース』だけだった。

そして少数の有機物。

 

「どうやらうちの出番らしいね」

 

その有機物のうちの一つ、特殊事態対策室室長・土御門鳳耶が

もう一つの有機物、CRSAT管理官・穂積要に問い掛ける。

 

「ええ、ハーピーのセンサーに『特有の』ノイズが出てると宇賀神巡査から報告があったわ。

といっても肉眼では確かめようがないから不思議ね」

「何が?」

「常人の目には見えなくても純粋な無機物、機械である最新式の高性能センサーには

なぜかあなたたちの言うところの『霊』が映る」

「簡単なことさ。人間は嘘をつくけど機械は嘘をつかないし、見て見ぬふりをしない」

「見て見ぬふりなんて――」

「当人の預かり知らない、無意識的なもんだよ。それに心霊写真っていう例もあるだろ?」

「それは――」

と反論しようとしたが、科学者でもない穂積がその道のプロである土御門に喧嘩を売っても、

丸め込まれるのは目に見えている。その間にもヒューマンメイトはプロミシュースを痛めつけているのだ。

 

ハチ公前で暴れているヒューマンメイトはミネルヴァの『ピラ』。

小型で愛嬌のあるデザインが特徴の接客専用機種だ。

これが今日、渋谷駅前で行われていた菓子メーカーの新商品発表イベントでアシスタントを務めていたのが

突然一斉に暴れ出したのだ。その数ざっと12台。

 

一方、CRSATの方は1小隊10体が出動しているのでほぼ互角だが、

霊的な要因で暴走しているヒューマンメイトは、その特徴ともいえるスペック以上の馬鹿力でタイタナイトを翻弄する。

ちょっとやそっとのダメージでは相手は活動を停止しない。

それどころかむしろプロミシュースの方のダメージが次第に蓄積しつつあり、

すでに数台が応急処置及び充電で戦線を離脱している。

一方でピラは中枢に致命的なダメージを与えない限りその動きは止まらない。

関節部位のアクチュエーターを壊した程度では、『彼女』らは動かない手足を引きずったまま

プロミシュースに攻撃を与え続け、ときにはありえない角度で手足が曲がったまま暴れ続けるのだ。

 

しかし霊的な攻撃ならダメージは小さくてもボディブローのようにじわりじわりと効いてゆく。

それがこの場における対策室の存在理由であった。

 

一体のヒューマンメイトが動かない腕を振り回してプロミシュースに迫り来る。

その付け根はスタンクラブでずたずたに破壊されているのもかかわらず、

おおよそ接客専用とは思えない馬力でぶんぶんと振り回す。

そしてずたずたの関節が遠心力に耐え切れなくなったとき、

それはロケットパンチのようにプロミシュースの顔面――センサーの中枢――めがけて飛んできた。

そこをやられれば一発で戦闘不能に陥る。

 

そのとき、別のプロミシュースがもう一体と腕との間に飛び込んだ。

そしてクロスした腕でロケットパンチを食い止める。

そのプロミシュースの腕には他の機にはないマーキングが施されていた。

 

しかし、次の瞬間『彼』の関節から火花が飛び散ったのを、命拾いしたプロミシュースは見た。

見れば彼の体にはすでに多くの大小の傷があった。

 

「電圧ガ低下シテイマス。充電シテクダサイ」

 

素っ気ないアラームの音が傷だらけのプロミシュースの搭乗者には聞こえているだろう。

しかし、彼は判っていた。このダメージは充電くらいでは治らないことを。

おそらくバッテリーそのものにもダメージが加わったのだろう。きっとオーバーホールが必要だ・・・。

 

「京極、もう退け!ここで立ち上がれなくなったらヒューマンメイトに袋叩きだ」

 

小隊付き小型指揮車『ハーピー』でダメージを確認した穂積が

自らタイタナイトに乗って隊員を引っ張る第1小隊長、京極の名を叫ぶ。

名を呼ばれた彼は残る力を振り絞って

『野戦病院』兼用のタイタナイト専用キャリア、トレーラーバスへと戻っていった。

 

「この状況を見ながらじっと手をこまねいている気?」

 

穂積は横で戦況を傍観している土御門に冷たい視線を向けた。

 

「だってまだ人数が揃ってないんだもん」

と当の本人はどこ吹く風だ。

 

「たった3人だよ、休日に収集かけてさ。あと2人がもうすぐ来るはずなんだけど・・・」

「その間にもだんだんウチが戦線離脱しているのよ。今のところ連中はCRSAT相手にしてるけど、

それが一人もいなくなったらあの人垣を相手にしだすのは目に見えてるわ!」

と取り囲む黒山――のあちこちに花が咲いたように赤やら青やら緑やらが点々とある――の人だかりを指差す穂積。

土御門はそれに辟易したように、

「判ってるよ。だからそれ前には着くと思うんだけど・・・あれ」

と穂積の美しい指先が向いてる先を見る。

その奥がまるでモーゼの奇跡のように二つに分かれる。

そして人だかりの海が完全に二つに分かれると、その間から二人乗りのスクーターが現れた。

 

「やっと来たわ」

「でもえらいところに来ちゃったわね」

 

そう、人だかりの途切れた先はヒューマンメイトvsタイタナイトの闘技場。そこに生身の人間が飛び込んでしまったのだ。

しかもヒューマンメイトの方はタイタナイトがどんどん脱落していく中『遊び相手』に飢えている様子。

そこに飛び込んできたこの二人は格好の『おもちゃ』だった。

二人の姿を認めた一体が襲い掛かる。

しかし彼――スクーターのハンドルを握る相馬はかまわずスロットル全開で返り討ちにピラに襲い掛かった。

グシャ、とかゴキ、とか強化樹脂がへし曲がる音を立ててピラが跳ね飛ばされる。

 

「これでン百万、ン千万かな?いい気しねぇな」

 

しかしこれくらいの物理的ダメージでは『憑かれた』ヒューマンメイトは止まらない。

すぐにむっくり起き上がり、全身傷だらけの醜悪な姿をさらす。

 

締めよ締めよ金剛童子、搦めよ童子、タラタカンマンビシビシバクソワカ

とそのとき、後部座席の麒麟が不動金縛りの術をかける。

これでヒューマンメイトは動作不能になった。

おかげで邪魔立てするのは無くなり、スクーターは真っすぐ土御門のもとへ向かった。

 

「遅かったんじゃないか?」

 

そこにはすでに白と黒のジャンパーに身を包んだ佐野秀基の姿があった。

 

「だってこいつ抜け道走らんで真っすぐ明治通り通ってきたんやもん」

 

相馬が反論するよりも先に、手渡されたジャンパーに袖を通しながら麒麟が答えた。

 

「だから言ったろ、オレは原宿詳しくないって」

 

相馬もようやく着替えが済み、土御門からサイコリボルバー『フライシュッツ』が手渡される。

 

「いいか、この人込みだ、ノンパルス弾を使え。他の連中も物理的攻撃はなるべく禁止だ、よぉく狙えよ」

 

霊的攻撃しか使えないとなると、ブラックボックスのある中枢部か

そこから延びる神経回路の集約点、通称『ツボ』をピンポイントで狙わなければならない。骨の折れる任務だ。

しかし、だからといってぐずぐずしている余裕はない。

その間にもCRSATのタイタナイトが次々と戦闘不能に陥ってるのだ。

 

「んじゃ、B×W出動!」

「了解っ!」

と特殊事態対策室遊撃処理班、総員5名は渋谷駅前の修羅場に飛び込んでいった。

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Afterword

 

D×B

 

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