そして刑事たちも全て去り、残されたのは相方と俺だけだった。

 

「お疲れ様でした。最後の大捕り物でしたね」

 

最後の大捕り物、もしおれがあの話を受け、警察庁に出向になったらこれがしばらくは最後ということになるだろう。

3月いっぱいまでは奴らの供述取りとその裏付けに忙しいに違いないからだ。

 

不思議と、疲労感はなかった。

その代わりにあったのは爽快な達成感。

それは、半月追いまわしていた犯人を挙げたというだけではなかった。

もっと別な、それ以上の、たとえば公安捜査官としてのキャリアを通してのもの。

 

――おれも引き際かな。

 

未練や不安というものはなかった。

現場を離れ、監視台に立つことになっても俺は俺であり続ける自信というものはあったし、

自分が現場を離れたらどうするんだという自惚れじみた危惧ももう消えていた。

 

「こちらこそ半月ご苦労様でした。えーと・・・」

 

手を差し出そうとしたとき、彼の名前を知らないことに気がついた。

いや、聞いていない訳ではない。ただ覚えていなかっただけだ。

彼は苦笑しながら

「片桐です」

と手を差し出した。

 

「もー、後藤さん、半月一緒にいて覚えてくれなかったんですか?」

「判った、これからは忘れないよ」

 

今覚えたところで、警察庁に移ったらきっとしばらく会うこともない。

しかしその名は忘れないだろう。俺がいなくなった後も、現場で俺の精神を受けつぐ者として。

 

その後、重要参考人を所轄に連れて行くと、もう遅いから取調べは明日からということで

合同捜査班はとりあえずお開きということになった。

 

「後藤さん、真っすぐ帰らないんですか?」

 

嬉々として帰り支度をする片桐警部補が言った。

 

「いや、本庁の方に忘れ物があるから」

 

忘れ物なら明日取りに行けばいいじゃないですか、と彼は言う。

しかしこの忘れ物は明日じゃ意味がないのだ。

 

それは本庁公安部・組織レイバー犯罪対策室の室長補佐のデスクの足元に置かれていた。

庁内の灯りはあらかた落ちており、ひっそりとした中おもちゃの包み紙だけが元気に自己主張していた。

それを抱えて家路につく。我が家に帰り着いたときにはすでに11時をまわっていた。

もう良い子の起きている時間ではない。

 

「ただいまぁ」

「あ、お帰りなさい」

 

ダイニングには妻が待っていた。その前にはパーティの残りらしき皿が並んでいる。

 

「多喜は?」

「もう寝ちゃったわ。サンタさんが来るまで起きてるって言ってたけど」

「まだサンタクロース信じてるのか」

「さぁどうだか。案外見抜いているのかもしれないわよ、正体を」

「さぁて、じゃあサンタクロースしてきますか」

 

息子はすやすやと平和そうに寝息を立てていた。

その枕もとには、誰から教えられたのか靴下が置いてあった。しかし、

 

「この靴下じゃ入りそうもないな」

と枕もとに包みを置いて、その上に靴下を乗せた。

 

「・・・んっ」

 

起こしたかな?息子は寝返りを打つとこっちに顔を向けて言った。

 

「サンタさん?」

「あぁ、そうだよ。多喜くんがいい子にしてたからちゃんとプレゼントを持ってきたんだ」

「そう、ありがと・・・」

 

起きてるとも寝言ともつかない声で答えると、彼はまたすやすやと寝息を立てていた。

 

――そしてもう一つのプレゼント、それは平和な未来、そして君の笑顔。

 

これは自分にとっても最高のクリスマスプレゼントかもしれないな。そう思うと寝室を後にした。

 

「多喜、寝てた?」

「あぁ、よく寝てたよ」

「ビール飲むでしょ」

 

そう言うと妻は冷蔵庫からビールと、そしてグラスを2つ取り出した。

テーブルの上にはケーキの残りもあったが、ケーキをつまみに呑むっていうのもアレだ。

骨付きチキンをつまみに呑むことにする。

 

「しのぶさん」

「ん?」

「じつはおれ、警察庁からお誘いが来てるんだよ」

「それでどうするの?」

「え?」

「あなたっていっつも、自分で決めてから報告するじゃない。私に言うからにはもう決めたんでしょ」

「うん、受けようかなって」

彼女の表情が一瞬曇る。

妻として母親として歓迎したいのは山々だけど、それ以上に俺を知るパートナーとしては素直に喜べないのも無理はない。

 

「まだ返事はしてないけど」

「でもあなたはもう決めたんでしょ」

 

そう言ってビールを注ぎ足す彼女の表情からは迷いは消えていた。

 

時計が12時を指す。

 

「メリークリスマス」

 

そう言ってグラスを挙げた。

 

「今日が本番なんだから、イヴはあくまで前夜祭だよ」

「そうね、メリークリスマス」

 

彼女も軽くグラスを掲げる。

 

「で、明日はどうなの?定時で上がれそう?」

「いや、明日から取り調べだから遅くなりそう」

 

彼女の目じりが釣りあがる。

 

しかし、来年こそは家族そろってケーキを囲めそうだ。

もし来年の今日も、今年と変わらず平和ならば。

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