【こちらD班、こちらD班】

 

不意に通信が入る。

 

「こちら本部。『サンタ』に動きがあったか?」

【『サンタ』が歌舞伎町の喫茶店に入りました。詳しい場所は追って説明します】

「判った。お前たちはまず中に入って奴を見張れ。その他全員は付近で待機」

「後藤さん・・・」

 

相方が不安げな顔でこちらを見る。

つまり、『トナカイ』捜索組も全て『サンタ』近辺の張り込みに回すということだ。

これは博打だった。

 

そのとき、頭上からカリヨンの音が降ってきた。見上げれば東口の大時計が10時を指していた。

この街ではまだまだ遅い時間とはいえないが、少なくとも子供の起きてる時間ではない。

 

「これじゃあ無理ですね、クリスマス」

 

珍しく歩を止めて相方が言った。彼の目もまた大時計を見上げていた。

 

「だったら今夜は一晩中サンタとトナカイに付き合うしかないだろ」

 

今夜『トナカイ』はきっと来る。その確信はあった。それがたとえ何時になろうとも。

その根拠は何かと聞かれたら、こう答えるしかないだろう。

――だって今夜はクリスマスだから。

 

「最高のクリスマスになりそうですね」

 

自嘲的に相方がつぶやく。

 

「こらこら、ぼやっとしてる余裕はないぞ」

 

歌舞伎町はすぐそこだった。

『サンタ』の入った喫茶店は歌舞伎町のメインストリートからは一本外れたところにあるが、

それでも周りには忘年会帰りやら二次会帰りやらがうじゃうじゃしていた。

そこは老舗のチェーン店で、比較的広めの店だ。

店の前にはすでに西口を張っていた連中が集まっていた。

 

「じゃあF班とG班は先行のD班と共に店内で奴を見張れ。ただし、バラバラに入れよ。じゃなきゃ怪しまれるからな」

「はい」

「判りました」

 

とはいえ、繁華街の真ん中でしらふの男たちがこうやって集まっていること自体、不審といやぁ不審だ。

さっさと持ち場を伝えてその場を解散させると、俺たちは店の前を見張れる路上に待機した。

 

この店は尾行期間中何度か『サンタ』が立ち寄った店だ。

そのたびに『トナカイ』が現れるのではないかと注視していたが、結局奴は今日の今日までこの店に姿を現さなかった。

そして今夜も、こうやってこの店に来る客の一人ひとり、そして店の前を通り過ぎる通行人にも監視の目を向けているのだ。

 

「ここじゃ目立ちませんかね」

「酔っぱらいの振りでもしてりゃ平気だろ」

と言ってる間に、本物の酔っぱらいが数人、道幅もお構いなしに肩を組んでやって来た。

連中の邪魔にならないようさっと道を譲るが、彼らは喫茶店などには陽がない様子でそのまま立ち去っていった。

 

風俗店やキャバクラには男たちが吸い込まれるように入っていく。

 

「クリスマスだっていうのに何が哀しゅうて商売女相手にしなきゃならないんでしょうかね」

「クリスマスだから、じゃないの?」

 

クリスマスを一緒に過ごす相手もいない哀しさを、こうやって金で自由になる相手と過ごすことで紛らわせてるんじゃないか。

そんな彼らの心情はなんとなく判る気がした。

ただ、『泡のお風呂』やら何やらで紛れるうちはまだ若い証拠。

そんなことで紛らわせたって何の解決にならないと悟ってしまったら――

と、ふっと遠い過去のクリスマスのことなど思い出したそのとき、目の前を一人の男が通り過ぎた。

その男が発した雰囲気に覚えがあった。

ついさっき感じたもの、いや、もっと前から知っていたようなもの――。

 

「『トナカイ』だ」

「えっ?」

 

その後ろ姿は、間違いない、さっき東口に雑踏の中で見失ったものだ。

相方もそうと気づいた。

奴は躊躇することなく喫茶店のドアをくぐった。

そっとコートの襟に顔をうずめる。

 

「D班、F班、G班、『トナカイ』が入った。『サンタ』と接触を確認後、直ちに着手。

C班、E班も応援に中に入れ。その他全員すぐに踏み込めるよう待機しておけ」

【了解】

【了解】

【了解】

「とうとう来ましたね、『トナカイ』」

 

半月近い尾行の間ずっと空振り続きだったのだ。相方の顔も寒空の下紅潮していた。しかし、

 

「油断するな、勝負はこれからだ」

 

そして、俺は奴の発する雰囲気の正体に気がついた。

それはかつての自分と同じものだった。

 

守るべきものを失った刃、それは凶器以外の何物でもない。

 

奴の正体を俺は知らない。

あの国に禁制品を密輸しているのだから、もしかしたら体制に、工作機関に深く関わっているのかもしれない。

まして奴の過去など俺たちには知る由もない。

だが、少なくともあの眼は絶望の淵をのぞいたことのある眼だった。

絶望の淵を見、世界が滅茶苦茶になってもかまわないとさえ思った眼だった。

しかし今、俺はその奴を捕らえる側にいる。

俺には守らなければならないものがある。

カミソリと言われたこの刃は、彼ら、彼女たちを守るために振るわなければならないのだ。

 

【『トナカイ』、『サンタ』と接触しました】

「了解、行くぞ!」

 

向かいのファーストフードで店の中を見張っていた者、

電柱の陰で酔っぱらいを装い寝そべっていた者、

全員が臨戦態勢を整えて喫茶店へと踏み込む。

その雰囲気に店の前を通り過ぎようとした通りすがりは足を踏み入れるのを躊躇した。

その場には一種異様な、殺気ともいえるものが漂っていた。

 

「クマクラ、カズヨシさんですよね」

 

席に近づくなり手帳をかざして問いかけた。しかし口調はあくまで穏やかに。

 

「署までご同行願えませんか」

 

『サンタ』ことクマクラは一瞬、席を外そうとするが取り囲む視線に観念したのか、おとなしく席で小さくなった。

組織レイバー犯罪対策室、外事二課合わせて16名の公安刑事の視線に耐えられる素人はそういない。

しかしその相手の方はというと、平然とコーヒーを口に運んでいた。

 

「申し訳ありませんが一応参考人ということで、ご一緒できませんか?」

「ええ、かまいませんよ」

 

流暢な日本語で奴は答えた。

取り囲む輪の中には安堵の表情を見せる者もいたが、その素直さに俺は却って不安になった。

クマクラに続き、奴がおとなしく席を立とうとしたとき、突然奴は俺の胸元に勢いよくぶつかってきた。

弾き飛ばされ床に尻餅をついた俺は、何かが無くなっていることに気づいた。

SIG‐P230オートマチック、一部の私服警察官に支給されている銃だ。

それは今奴の手の中に、奴のこめかみに向けられていた。

 

「後藤さんあんなの持ち歩いてたんですか!?

 

今日一番の驚愕の表情で相方が俺を見る。

 

「だって噂じゃ相手は工作員崩れだっていうんだもの。

飛び道具持ってないと不安で尾行なんてとてもできやしないって」

「黙れ!」

 

銃をこめかみに当てたまま、鬼気迫るとでもいうべき表情で奴が叫んだ。

そこにはさっきまではなかった、外国語らしき訛りがあった。

 

「ああ、私はかつてエリートと呼ばれた工作員だった。

しかし致命的なミスを犯し、兵器部品の調達などという地味な任務を与えられた。

左遷だった。

それからは臥薪嘗胆の日々、起死回生の機会をずっとうかがい続けてきた。

そしてクマクラと出会い、レイバーという革命的兵器を知った。

これが軌道に乗れば、私は祖国に、かつて以上の地位で帰ることができるのだ」

「あんたの苦労話はよく判ったから、その銃を返せ。それおれのなんだから」

「ここでお前らに逮捕されるわけにはいかない。今までの苦労が全て水の泡だ。

今まで私が一から作り上げたビジネスが」

「だから生きて虜囚の辱めを受けず、昔ながらの戦陣訓ってわけか」

 

後藤さん!と眼で相方が叫んでいた。

刺激するようなことを言って撃鉄を引かれたらどうするのか、と言いたいのだろう。

確かに、この場で奴に死なれたらレイバーの国際的ブラックマーケットについては何も得られないし、

外事としても彼が死んだだけでこの密輸は終わらないと踏んでいるはずだ。

それに、相変わらずの不祥事続きだ。

マスコミに嗅ぎつけられたら大いに叩かれるだろうし、その前に上層部から叩かれるに違いない。

 

そのとき、奴は母国語で何か叫んだ。そして撃鉄を引いた。

しかし何も起こらなかった。何度も銃爪を引いたが同じだった。

 

「たかがレイバー窃盗団と密輸ブローカー尾行するのに弾なんて要らないだろ」

「じゃあ後藤さん・・・?」

「その銃は空っぽだよ」

 

奴はその場にへたり込んだ。そして刑事たちに両脇を抱えられて連行された。

そして俺の横を通り過ぎるとき、こう言った。

 

「なぜ負けたんだ。お前にあって私になかったものは一体何か?」

「お前さんには結局守るべきものなどなかったんだろ。おれにはある。それくらいじゃないのか」

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