それから長いような短いような時間が経って、ゴンドラは無事地面に降り立った。
出口には隊長が、オレたちのと同じコーヒーを飲みながら待ち構えていた。

「はい、お疲れさん」

隊長は野明の手にある紙袋を見ると、困ったような苦笑を浮かべた。

「んじゃもう遅いし、目的も達成できたからお開きとしようや。明日も仕事だし」

いつのまにかもうお台場には夕暮の気配さえ漂っていた

「篠原、お前送ってけ」

そう不意に言われた。

「おれは逆方向だし、お前潮見だから一緒だろ」

なんか言いくるめられてるみたいで嫌だったが、耳元でこう言われた。

「デートのときは最後まで送ってやるんだよ」

デートって・・・それにしちゃ奇妙なデートだったが。気が付けばもう隊長は背中を見せていた。仕方がない。

「ほら、行くぞ!野明」

まるで仕事のときのように野明に声をかけた。
するとあいつは名前を呼ばれた犬のように飛んでくると、突然、オレの腕に飛びついた。

「ど、どーしたんだよ」
「遊馬の腕ってあったか〜い」

さっきまで隊長の腕に絡まってた腕がここにあると思うと、なんだか複雑な気がしたが、とりあえず、

(ま、今この状況を楽しもうか)

そう思うとちょっとした余裕というものもできた。というか、優越感と言うべきだろうか?

その後、電車の中でいつものような他愛もない世間話をして、駅で別れた。もう外は真っ暗だった。

「寮まで送ってこうか?」
「いーよ、こう見えたって警察官なんだから」

しかし、今日の野明の格好からすれば、その言葉はとてもミスマッチに聞こえた。

「んじゃな」
「うん、また明日!」

遠ざかりながら野明が手を振る。それが暗闇に消えるまで、オレは手を振り続けた。





明くる朝。昨日のキスのおかげか、顔を洗うとかさぶたがぽろぽろと取れてすっかり傷が消えていた。 

「おはよー!」

野明はいつもと同じほぼすっぴんだった。

「あ、よぉ」

つい、あいまいな返事になる。野明はおもいっきり目を細めて笑っていた。

「何だよ朝から」
「あーすまっ、これあげる!」
と言っていきなり差し出されたのは、昨日のあの紙袋だった。

「開けてみて!」

促されるまま、中の細長い箱を開ける。それは青い文字盤のクロノグラフだった。
といっても、この手の時計にありがちな文字盤の洪水!というわけでなく、
なおかつかなり見やすい感じの時計で・・・とウンチクを述べると止まらなくなりそうだ。

「これね、面白いんだよ」
と言うと竜頭の一本を押した。

「ほら、こうすると秒針が動いてストップウォッチになるんだよ!」

クロノグラフの当たり前の機能だが、
さもそれが何か特別なものであるかのようにはしゃぐ野明の笑顔が、とてもいとおしく思えた。
と当時に、昨日こそこそと尾行してた自分が少し恥ずかしかった。
わざわざこれを選ぶために、隊長まで引っ張り出してお台場中を見て回ったのだから。

「あっ、でもそんなに高いもんじゃないから!」

それよりも早くはめてみてと野明がせがむ。
この手のベルトは後から調節がきくが、革ベルトに比べれば桁違いに面倒くさい。
しかし、

「よかった、ぴったりだ」

野明の言う通り、銀色のベルトは適度の遊びを残してオレの手にぴったりとはまった。

「すごーい、隊長の言ったとおりだ」

あ、そういうことか。オレは数日前の隊長の(謎の)行動を思い出した。
だからわざわざオレに時計なんか貸したのか。

「遊馬、あの時計気に入ってたんでしょ。なんか時計壊れて落ち込んでるように見えたから」

そこまでオレのことを見てたのか。なんだか少し嬉しくなる。

「これはね、結構丈夫なんだって。だから仕事ではめてて大丈夫だから」
「うん、ありがと」

知らず知らず笑顔になる。すると野明も

「どーいたしましてっ」 

それは今まで見た中で、十本の指に入る最高の笑顔だった。





しかし、この話には続きがある。 

整備班にもこの時計を見せびらかせてやろうとハンガーへ向かう途中、

「おう、篠原、いーもんしてんじゃないか」

隊長だった。ちらとオレの手首を見るなりこう言った。

「あ、泉にな、給料入ったら立て替えといた3万、払うように言っといて」

え・・・おいおい、それじゃあ、それまでオレは堂々とこの時計をしていられないじゃないか!

 

 

the End

 

 

BackAfterword

 

"Patlabor"