しっかりデザートも食べ終えた野明は、隊長の手を引っ張って別のショッピングモールに向かう。
オレもまた風船を目印にそれを追う。野明は相変わらずいろんな店に首突っ込んではずいぶんと楽しそうだ。
隊長も隊長で、振り回されながらも楽しそうじゃねーか。
それにしても野明はいろんな店に連れ回した。洋服屋、雑貨屋、アクセサリー系の店、
そしてどの店でも、何かを熱心に選んでは「これじゃない」といった感じで出てってしまうのだ。
さすがに歩き疲れた様子で、自販機のジュースを飲みながらベンチで休憩とあいなった。
オレは缶コーヒーを飲みながら、スポーツ新聞の陰からこっそり様子をのぞいていた。
「泉ぃ、まだ見つからないのかぁ?」
普段は疲れなど顔に出さない隊長が、今日はちょっと(ということはかなり)お疲れ気味だ。
しかし野明はというと、両手で缶を握り締めながら何かを考えてるようだった。
「あそこにならあるかもしんない・・・!」
そう決心したようにつぶやくと、ジュースの残りをぐいっと一気飲みして
空き缶をストライクでゴミ箱に放り込んで、隊長の腕をつかんで立ち上がった。
「あ、あそこってどこだよ」
隊長は急いで残りを飲み干す。しかし野明は答えない。
オレも慌ててコーヒーを空にすると、大またで歩く赤い風船の後を追った。
野明の向かったのは、オレがよく行く、シルバーアクセサリーやらアメコミ系のフィギュアやらの並ぶ、
いわば男子向けの雑貨屋だった。
中に入るとあいつは一直線に、店の奥にあるジッポーなど高額商品のショーケースに隊長を引っ張る。
今度は声だけでも聞こえるように、死角の角に身を潜める。
「いらっしゃいませ、あれ・・・」
たいてい野明とお台場に来たときには、さんざん連れ回されたお返しにと
ここに寄ってくのがお決まりのコースだった。だから店員によっては顔を覚えられている。
オレは口の前に指を立てて、無言で黙るよう強要した。
「あれ、今日は彼と一緒じゃないんですか?」
ショーケースでは野明が別の店員に声をかけられていた。
彼、か・・・ただの3人称だと分かっていても、いい響きだ。
「うん、ちょっとね」
「で、何か探してるのでも」
「プレゼントってゆーかなんとゆーか・・・」
プレゼント?自分の誕生日はまだ先だし、まさか隊長・・・?まさかな。
しかし、店員はそうは思わなかったみたいだ。
「分かりました、お父様の誕生日か何かで」
お、お父様・・・ま、無理もない。
野明なんて私服じゃぱっと見高校生、いや、最近の中学生は結構しゃれ込んでるからそのくらいに見える。
だとしたら隊長と親子でもかまわないくらいだ。オレは棚の影で思わず吹き出してしまった。
見れば野明はそう言われてびっくり、おろおろしている。しかし隊長が何か耳元で(!)ささやいた。
「え、まぁ、はい」
曖昧に答える。すると店員は「じゃあ、ごゆっくり」と消えてしまった。
何をささやいたにせよ、その行為自体がオレにとって問題だった。
しかし、端から見れば二人はお似合いの『親子』だった。
二人でショーケースを覗き込んで(ショーケースの中の何を除きこんでるのかはオレからは見えない)
何かを選んでいる様子は、まさに休日、珍しく仲のよい父娘の『デート』の光景だった。
デート、なんでこの言葉が出てきてしまうのか。ちきしょう。
今の二人にはオレの入り込む隙間はなかった。ありゃ絶対隊長もオレの存在忘れてるよ。
「うーん、イメージじゃないんだよなぁ」
「イメージって、例えば」
「もうちょっとシンプルで、ごてごてしてなくって」
「だったら、これなんかどうだ?」
「これじゃちょっとオジサンくさくありません?」
それにしても誰へのプレゼント(ってゆーかなんか)なのだろうか。
店員の邪推どおり、まさか隊長じゃないだろうな。二人の会話からはその相手が見えてこない。
(でも『親子』ならしょうがないよな)
そりゃそうだ、いくら仲がよくったって、彼氏が彼女の父親に嫉妬するのはありえない。
いくら父親が彼女にとって特別な存在であろうとも、それと彼氏は別だ。
そう男の意地で言い聞かせて、つとめて冷静に振る舞おう、そう決意した。
「あーーーっ」
野明が悲鳴ともつかないため息をつく。
「やっぱここにも見つからないですぅ」
「ここにもって、値段からすればここぐらいだろう」
「そうなんですけどぉ」
まるで娘のような甘ったれた口調だ。隊長も少し困ったように頭を掻いている。
「ま、しかたないな」
そう言うと二人は、そしてオレもその店を後にした。
一体二人が何を迷っていたか、興味のあるところだが
目印の風船が角に消えかけているのを見て、急いで後を追いかけた。
ずいぶんと歩き回って、赤い風船も少ししぼんできた。
ヘリウムが抜けてきたのか、ひもが野明の手許でだらんとたるむ。
野明が突然、ある店の前で止まった。
そのまま中に入るかと思いきや、どうしようか迷ってるらしく、前を行ったりきたりしてる。
と、意を決したように隊長を引っ張って店に入っていった。
そこは結構高そうな時計、そう、最近流行りの機械式時計の店だった。
いても立ってもいられず、ニアミス覚悟でオレも後をついて行った。
野明と隊長はショーケースを覗き込みながら何やら話し込んでいる。
と言うよりささやきあってるという感じで、少しはなれたところにいるオレには聞き取れない。
するとそこに店員が声をかけてきた。
「いらっしゃいませ、何をお探しですか?」
その、化粧の派手な、そしていかにも口の達者そうな店員の声が店内に響く。
しかし、肝心の野明の声がいまいち聞き取りづらかった。
「いらっしゃいませ、何かお探しでしょうか?」
声をかけられてびっくりした。こっちはそれより少し若い、男の店員だった。
「えーっと、そんなに高くなくてシンプルなもの、それに丈夫で――カレンダー機能なんて付いてるといいな」
「かしこまりました」
とりあえずの注文を言って、店員が店の中に消えていった後、オレは野明のことをじっと見ていた。
野明の目の前にはもうすでに候補の腕時計が並んでいる。
オメガのスピードマスターにパネライ、それとブライトリング!
ずっと前からの憧れだったが、今のオレにはもちろん買えない。
隊長と時計を目の前に何か相談してるらしい。野明の目はその中の一点を見つめている。
しかし、その目がそれは買えないことを物語っていた。
一方、隊長は渋い表情だ。たぶん諦めるよう、野明に言っている。
女店員はそんな客の事情などお構いなしに、よく通る声で
そのスイス製のフライトウォッチがいかに世界中のパイロットたちに愛されているかを
滔滔(とうとう)と説いていた。
野明は名残惜しそうに一本の時計をじっと見ていた。
「お待たせいたしました」
店員の声でこっちに引き戻される。真っ先に高くないやつと言ってしまったからだろうか、
オレの前に並ぶのはあっちと比べてやや見劣りするのばかりだった。
仕方がない。出された時計を一つ手に取る。
「それはスイスのブランドで、まだ日本ではあまり入ってないものですが――」
「こちらにはペアウォッチもございます」
あっちの店員のよく通る声が説明を妨げた。ちらっと隣を盗み見る。
野明はしっかりと左手にはめている。その隣で隊長が、
少し照れながらもう一本をいま手首にはめようとしていた。
「よくお似合いですよ」
お世辞臭く聞こえたが似合っていた。
確かに、年も違うしどういう間柄かというと答えに詰まりそうだが、
照れ笑いを浮かべながら同じ時計をはめている光景は絵になっていた。
それを見ながら、こっちの胸には憤りのようなものが湧いてきた。
――本当なら自分がその横に座っているはずだった。
それは明らかに嫉妬だった。
いや、今だけではない。朝からずっと、そしてあの日、野明が隊長に約束を取り付けていたあの瞬間から、
オレは隊長に嫉妬していた。
――それはは筋違いだ、あくまで隊長は上司じゃないか。
それでもなお、オレは嫉妬せずにいられなかった。
そして、もはやそれを嫉妬と認めなければならなかった。
オレは席を立ち上がる。
「あの・・・」
「やっぱ給料前なんで、また、給料入ったら来ます」
こっちの都合を表に出すまいと思ったが、やはり声に棘が出てしまった。
横目で野明のほうを見やると、笑顔で袋を受け取っていた。
中にはどれが入っているのかは分からなかった。
そしてそのまま、隊長と笑顔をかわしながら店を出て行った。
隊長のあの顔は、そして野明は、オレがここにいると気付いてるのだろうか?
立ち上がったはいいが、オレはそのままその場に立ち尽くしていた。
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"Patlabor"
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