二人がまず入っていったのは大型のショッピングモールだった。
若い女性向のブティックでは、カップルらしき二人連れが楽しそうに洋服を選んでいる。
といってもおおむね楽しそうなのは彼女の方で、
彼氏はというとただハイハイと彼女の言うことにうなずいている。
そんなごく当たり前の光景にもオレは嫉妬を覚えずにはいられなかった。

その間を、片手には風船、そしてもう片方は隊長の腕(!)の野明が目移りしながら歩いていく。
正面のマネキンに着せられた秋冬物はどれも5ケタはするもので、給料前のオレの財布では買ってやれない。
サングラス越しに隊長を見やる。
オレよりいい給料をもらってるから、家賃やら競馬やら(?)を引いても、野明に欲しいもの買ってやれるよな。
そう思うと自分がなんだかみじめに見えた。
ほしいものを買ってやれない自分にじゃない。ただそれだけのことで隊長に敗北感を抱いている自分に対して。

その隊長は、まるで飼い犬を散歩のコースへ戻すように野明を引っ張っていった。

それでも野明はあちこちの店に入り込む。ときには男物の店まで。
確かにあいつは日頃ボーイッシュというか、男っぽい格好をしてくることがある。
この間なんか、ぶかぶかのトレーナーを着てきたこともあったな。男物のMだって。
みっともないってオレが言ったら、「このぶかぶかなのがいーんだよぉ」と口とんがらがしてたっけ。

そいつはいま神妙そうに店員の話を聞いている。
男物の店だからこっちも侵入しやすい。何の話をしてるのか、そして何を見てるのか、
オレは野明の手元が見える、なおかつバレない距離まで近づこうとした。

しかし、隊長に見つかった。隊長は何もいわず、ただ意味深な目配せをこっちに向けた。
かくなる上はおとなしく退散するしかない。オレはそそくさとその店を出て行った。
ところで、野明は何を見ていたのだろうか。肝心のそれは分からずじまいだった。

その後も野明たちはいろんな店に出たり入ったりを繰り返していた。
いや、正しくは野明が隊長を引きずり込んでは隊長に引きずり出される、をだ。
もうかなりの店を回っただろう。朝飯はおにぎり3つだったオレはだいぶ腹が減ってきた。
しかし、監視の手を緩めるわけにはいかない。

(早くメシ行ってくれないかなぁ)

オレの昼食は完全に他力本願だった。
隊長が腕時計に目をやる。

「お、もうそろそろ飯でも食おうか」
「あ、もうそんな時間ですか?」

野明も左手首に目をやった。

「何でも好きなものおごってやるぞ、といっても上限はあるがな」
「じゃあ・・・ここ!」
と、レストランエリアで野明が指差した店は、カリフォルニア・スタイルの無国籍風レストラン。
前々から雑誌を見ては行きたい行きたいとねだっていた店だった。オレの断り文句はいつもこうだった。

「給料出たらな」

といっても、給料が出たところであの店には一度たりとも行かなかった。
いつものリーズナブルなイタリアン、ほら、その店の隣にある、勝手知ったるいつもの店にしていた。
それでも野明は何も言わなかった。だから、それでよかったんだろうと思い続けていた。
が、実は根に持ってたんだな。

「ここかぁ・・・」
と隊長は頭の中で財布の中身とにらめっこしているようだった。
しかし、背筋を一瞬しゃんと伸ばすと、野明の肩をぽんと叩いた。

「よし、んじゃここにしよう」

心配そうに野明が覗き込む。しかし隊長はこう微笑んだ。

「大丈夫、こないだ競馬で穴当てたから」

店内にはちょっと背伸びしたという感じのカップルでいっぱいだった。
その店は決して高いわけではない。ここより高いところはこのフロアにもたくさんある。
オレだって、野明とワリカンならここのランチぐらい何とかなった。
しかし、野明に払わせるぐらいならファストフードの方がまだマシだ。
つまらないといえばつまらない、男の意地だろう。
しかし、あの野明の笑顔を見て、それで果たしてよかったのかと疑問が浮かぶ。

「お一人ですか?」

あの二人にばかり気を取られて、自分のことはすっかりおろそかになっていた。
肝心のターゲットはすでにウェイトレスにご案内されている。
目の前のウェイターもまた、オレの視線を追っていた。笑ってる。

「あのー、あの二人の近くの席で」
「かしこまりました」

ウェイターはにやけた笑みを浮かべたまま、野明たちからさほど離れていない席へと案内した。

野明の椅子には、あの赤い風船が結び付けてあって、遠くからでもよく目立つ。
その下でその持ち主は、隊長となにやら楽しそうに話しこんでる。
しかし、内容までは店の喧騒にのまれて聞き取れない。
ただ、野明の楽しそうな笑い声だけがこっちの耳に響いた。

「それで遊馬が――」

あすま、という言葉に耳がダンボになる。
オレが何だって言うんだ?ヒドいことを言われてやいないかと気が気でない。
隊長も失笑している。何を話しているんだーっ!!と心の中で太田張りに雄叫びを上げていた。
その失笑がこっちに向けられる。
げ、またしてもバレた。
野明は相変わらず笑い転げて気が付かない。
笑っているうちにランチが届いた。
どこからナイフを入れたらいいのか、というような見た目にも豪華な白身魚のロースト(たぶん)に、
パンとサラダとスープが付く。いつもオレと食べているより、明らかにグレードが上だ。
届いた瞬間歓喜の声が上がる。

「ほら、冷めないうちに食べなよ」

笑顔のまま一口目を頬張る。その笑顔が当社比7割増になった。

「うわー、すんごくおいしいですぅ」

言ってるそばから笑顔がとろける。しかし、その笑顔をオレは素直に喜ぶことができなかった。
別に、野明が隊長と一緒だから、というわけではない。
その笑顔を、見ようと思えば目の前で見られたのだ。なのにつまらない意地だかなんだかのせいで、
今こうしてこそこそとそれをのぞき見るはめになってしまったのだ。
オレはしょっぱい気分で、財布と相談しながら頼んだ一番安いランチを半ばヤケ食いする。
見れば隊長も同じメニューだ。なのに、ちきしょう、あの楽しそうな笑顔といったら、
同じ一番安いのとは思えないほど(しつこい)。
隊長と野明のいるテーブルは、まるで赤い風船の太陽に照らされたように、店内で一番光って見えた。
そしてオレのいるテーブルが一番、みじめに思えた。

 

 

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