翌日、病院で精密検査。その翌日・・・と今週は取り立てて他に大きな事件もなく、淡々と過ぎていった。
そして肝心の日曜日。日曜が非番に当たるのも久しぶりだ。

いつもは、何もなければ昼近くまで寝ている(そして太田に嫌味を言われる)オレだが、
今日ばかりは早く目が覚めた。いや、実を言えばロクに寝付けなかったのだ。
眠れない中、考えはどうしても嫌なほう嫌なほうへと行ってしまう。こればっかりはオレの悪い癖だ。
野明の微笑む顔。その横にやたら楽しそうな隊長がいる。
その笑顔は、オレに向かって勝ち誇ってさえいるかのようだ。
相手が隊長でさえなければここまで心乱されることはなかっただろう。
じゃあ、隊長じゃなければいいのか。
野明がオレ以外の男と一緒にいる。ダメだ。考えるだけでそいつを殴り飛ばしたくなる。どちらも同じだ。
ただ言えることは、野明と隊長、この組み合わせが一番オレを徒に刺激する組み合わせらしい。
そう結論が出たころには、外は白々と明るんでいた。

10:00。眠い目をこすりながら、警視庁東雲女子寮の前にいた。
もっとも、そこは警視庁の敷地の前だ。あまり怪しげにうろちょろしていたら職務質問をかけられてしまう。

(そーいや野明がこないだ寮に下着ドロが入ったって言ってたな・・・)

怪しまれないように、曲がり角の向こうの死角に身を潜めながら、コンビニのおにぎりというごくごく簡単な朝食にかぶりついた。
が、待てど暮らせど一向に野明は現れない。
オレの前をやはり非番の婦警たちが、怪訝な顔をしながら通り過ぎる。オレは断じて下着ドロではない!
しかし、ますます卑屈に身をかがめるから余計に怪しまれてしまう。
それでも職質をかけられなかったのは幸運というべきだろうか。
そうこうしているうちに野明が現れた。

秋めいた色の丸首のベストに絞りっぽい模様の入ったデニムのスカート、そして足元はやはり秋らしいロングブーツ。
一目見ただけで気合が入った格好だと分かった。
最近のオレとの“デート”にはかなり惰性に流れた格好をしているのに、である。
そしてうっすらと化粧まで!野明の唇がほんのりとピンク色なのをオレは見逃さなかった。
そしてこの秋の流行りらしい毛羽立った素材のトートバッグ
(ハラコ、というんだろうか。何しろ女の流行には疎いもんだから)を手に下げて、野明はオレに気付かず駅へと歩いていった。
あっ、あれはこないだオレが買ってやったヤツじゃないか。
野明が「手持ちがたりない〜」なんて言うから、オレが男のメンツにかけて払ったヤツだ。
それをオレとのデートに持っていく前に他の“男”のときに持っていくなんて・・・。

ちなみに、今日のオレの格好は黒のタートルネックにやはり黒のジーンズ、
それだけでも充分怪しいのに、その上にファーの飾りの付いたレザーのジャケットなんか着ている。
これは昨年買ったはいいが、あまりにもオレのイメージと違うのでお蔵入りになっていたものだ。
それにイエローのサングラスなんてかけたら、オレだったら職質するぞ、絶対。

足音を立てないようにラバーソールでそぉっと後をつける。そ知らぬ顔の野明は東雲駅からりんかい線に乗り込んだ。
少し離れたところから切符を買う自動券売機のタッチパネルをうかがう。ふーん、つーことはお台場方面か?
オレもきっちり同じ額の切符を買った。駅員が怪しそうにこちらを見るが、こそこそしてはいけない。
こそこそなんかしてたら、いかにもよからぬことをしていますと回りに言いふらしていることになる。
警察学校で教え込まれたことが、今日ばかりは逆に役に立っている。

あっ!野明がこっち向いた!!
そう言っている側から反射的に体がびくっと反応した。
しかし野明は、そのまま階段を上がっていった。よかった、気付いていないみたいだ。
しかし、そんな幸運にいつまでも頼っていられない。何か自衛策を講じなければ。
オレはポケットの財布を確かめると、キオスクを覗き込んだ。

「おばちゃーん、スポニチ1つ!」

りんかい線はお台場に向かう路線とはいえ、乗客をゆりかもめに取られたか、車内はさほどごみごみとした感じではなかった。
野明は中吊り広告を見上げたりしていた。すでにプロ野球のレギュラーシーズンも終わり、
スポーツ紙の1面にはメジャーリーグのプレーオフ情報が踊る。もちろん紙面なんて見ていない。
オレは新聞を広げながら、斜め向かいの野明の様子をうかがっていた。

東京テレポート駅、りんかい線のお台場における最寄り駅。電車は乗客のほとんどをここで吐き出す。
駅前には、さすがに日曜のお台場、カップル、親子連れ、そしていかにも地方から来たという感じの中高生と、
ありとあらゆるタイプの人間であふれていた。これは人ごみに紛れるにはもってこいだが、
下手をすればその人ごみの中で見失ってしまうこともありうる。
しかし野明は、それ以前に、このおびただしい人の群れの中から今日の連れを探し出せずにいた。
次第にあいつの顔が不安そうになってくのがオレの目にも分かった。
楽しげな観光客の中、小柄な野明は独り途方にくれている。
居ても立ってもいられなくなり、オレは必死に周囲を見回した。
一体何をやってるんだ。見回しながらも自問自答する。
何でオレが、わざわざ野明の代わりに“ライバル”を見つけてやらなきゃならないんだ。

いたっ!人ごみの中、オールバックが頭半分ほど抜け出していた。
とっさにオレは野明を振り返る。しかし、あいつはまだ気付かない。目がもう半泣きだ。
一言いえれば、あそこに隊長がいると伝えられれば・・・しかしそれじゃ今日の隠密行動の意味がなくなる。
でも、好きな子の泣き顔を見たくないのは男として当然の心理だ。
だけど・・・板ばさみになって苦労しているオレを横目に、野明はやっと隊長を見つけられたのか、
けろっとした顔で大きく手を振った。

「たいちょお〜っ!!」
「おう」

頭半分抜き出たオールバックが手を振る。野明は人ごみをかき分け、隊長へと駆け寄った。

「隊長、探したんですからねっ」
「悪ぃ悪ぃ、先着いてたんだけど、あれよあれよって込んできちゃったからさぁ」

ベージュのコートに黒のセーター、いつもの制服やスーツ姿とは違うカジュアルな感じだ。
それでも、休みに競馬場に行くときの格好とは別だろう。こっちもそれなりに気合を入れて来たに違いない。

「んじゃ、どこから行こうか」

隊長はごくごく自然に腕を差し出す。野明はそれにすっと腕を絡めた。俺の無言の願いもむなしく。
ひょい、とベージュのコートが振り返る。
見られた!そう直感で分かった。
いくら普段の自分と180゜違う格好をしてきても、である。
しかし隊長は何も見なかったかのように視線をまたひょい、と戻した。
野明が何かあったのかと訊いているようだ。隊長はすっとぼけてる。
・・・侮るなかれ、カミソリ後藤。

駅前には観光客だけでなく、それが目当てのティッシュ配りやらビラ配りやらも大勢いる。
その中でもひときわ目立つ黄色いぬいぐるみは、子供たちに風船を配っている。
野明がその様子を物欲しげに眺めているのを、人ごみの隙間からでもオレは見逃さなかった。

「泉、ほしいか?」 

隊長が声をかけるのも無論見逃さなかった・・・。

「え、でも・・・」
「ま、いーからいーから」

そのとき再びカミソリがこっちを向く。余裕の表情だ。
隊長はそのぬいぐるみから真っ赤な風船を一個受け取り、野明に渡した。

「なんか・・・ちょっと恥ずかしいな」

その風船のように野明の頬が真っ赤に染まる。

「でも、これならはぐれたってすぐ分かるだろ」
と言うと今度は視線だけこっちに向けた。野明は気付かない。
確かにそのほうがこっちにとっては好都合だが、素直には喜べない。

かくしてオレは、赤い風船を頼りに二人の後を追っていった。手にはカモフラ用のスポーツ新聞。
しかし、この人ごみの中では思うように身動きが取れない。
中には流れに逆らってくるヤツ(たいてい中年女性)もいるからタチが悪い。新聞が顔にかぶさった。

「あ、すいません」

こっちが謝っても向こうは知らん顔だ。その代わり、怪訝な眼差しをこっちに向けてくる。
そりゃそうですよ、こっちは思いっきり怪しいヤツですよ。
と開き直りながらさっきより少し小さくなった風船を追った。

 

 

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