春は出会いと別れの季節である。

こと4月に限れば、出会いの季節だといってもいい。

ここ、特車2課第2中隊にも新しい面々が集った。

品川の7機の側にある第1中隊分署とは違い、東京の東半分及びバビロンプロジェクト工区の大部分を管轄する第2中隊は、

埋立地の真ん真ん中にあった。レイバーの普及が進んだとはいえいまだ日本一のレイバー過密地帯に程近いが、

整地がすんだだけで何の建物も誘致されていない、まさに『地の果て』であった。

分署の建物もかつての工事事務所をそのまま利用しているというありさまだ。

事務棟、寮、そしてレイバー用のハンガーも完備されているが、

その居住環境はお世辞にも良いといえないのが現状である。  

 

「うちらが上になんって言われてるか、知ってる?」

 

真新しい制服に身を包んだ女性警官が、詰所に入ってくるなりこう言った。  

発足以来何度かモデルチェンジがなされているが、現行タイプは交通機動隊の白バイ隊員風のデザインに

おなじみの紺×オレンジのカラーリングのなされたものだ。

 

「ううん、知らない」  

 

同じ制服の青年警官――その顔つきは、ほとんど少年といって過言ではない――が答える。

 

「初代第2小隊の再来」

「お、そりゃ名誉なことじゃん」

 

彼がその少年のような目を輝かした。体格もまた少年並みで、彼女よりもむしろ小さい。

 

「だって初代第2小隊っていやぁあの天才レイバー乗り・泉野明とそのパートナーの篠原遊馬ら

個性豊かな隊員たちがあのカミソリ・後藤喜一隊長のもとで『知恵と勇気』を合言葉に

さまざまな難事件に立ち向かったっていう、伝説のアレだろ」

「ったく、分かってないなー。あんたが知ってるのはしょせん伝説なの、伝説。

現実はねぇ、警視庁のお荷物、無駄飯ぐらい、役立たず。第2小隊の通ったあとはペンペン草一つ生えないっていう――」  

 

相方が声を荒立てる。ポニーテールにしばったストレートヘアが揺れる。

 

Shut up!」

 

詰所に入ってきたもう一人の女性が叫ぶ。こっちは肩に付くか付かないかの、巻きの強いセミロングだ。

 

「あんたたちって養成校のころからちっとも変わってないんじゃない?もうれっきとしたpatrol labor隊員なんだから――」

「へー、じゃああんたはれっきとした[pitróul léibir]隊員なわけ?」

 

ポニーテールが巻き舌でケンカを吹っかける。

 

OK!売られたケンカは買うまでよ」

 

ソバージュヘアもやる気だ。

 

「ち、ちょっと待ってくださいよぉ」

 

入ってきた別の隊員――色黒で小柄、顔の彫りはやたらと深い――が割って入ろうとするが、

あまりの剣幕に弾き飛ばされた。

 

「あ、ちょっとお願いします。あの二人がまた――」

 

彼は入ってきた別の隊員に声をかける。黒縁のメガネは公務員らしからぬ細身の色付きセルフレーム。

しかし、その彼はそっけなくその場を通り過ぎていった。

 

「ねぇ、お願いしますよ」

と色黒はベビーフェイスにすがりつく。しかし彼は

「いーんじゃないの、またいつものことだし」

とそっけない。色黒の目からはまさに涙がこぼれんとしていた。そこに、

「全員課長室に集合!そこの二人も、第2小隊の悪弊まで受け継いだって言われたいのか?」

 

彼もメガネ着用、しかしこっちは落ち着いた感じのフレームレスだ。

その物腰も落ち着きがあるが、声には威厳が感じられた。その声に、女性陣二人は渋々というように背中を向いた。

 

「よっしゃ!フォーメーションの発表だっ」

 

小躍りしたのは童顔の彼だった。

 

水分真央(みくまり・まお)巡査、21

パトロールレイバー隊員を志望して警察入りした、根っからのレイバー好き。

警察官としての適性には“?”が付くが、レイバー乗りとしては“!”もの。

「確かうちらに配備されるのって、篠原の新型機だっけ」

 

ポニーテールが言った。  

早乙女阿玖理(さおとめ・あぐり)巡査、22

大学でレイバー工学を専攻しながらも中退、警視庁入り。家族とは何かしらの確執があると考えられる。

性格としては理屈屋。

「新型でも何でも一向に構わないけどね。コレさえあれば」

 

ソバージュが右手で拳銃を作り、不敵な笑みを浮かべた。

 

円谷可憐(つぶらや・かれん)巡査、24

アメリカ帰りの帰国子女。だからかどうか、拳銃の腕は隊内一だが、やたらとそれに頼りたがる傾向あり。

それを除けば正義感といい、命令への忠誠といい、警察官の見本なのだが・・・。

「またそんなこと言ってる・・・いいですか、ここは日本なんですからね」  

 

色黒が心配そうに言う。

 

比留間南海(ひるま・みなみ)巡査、23

沖縄出身、「海に近いから」という理由で本隊を志望。温和な性格で警察官には不向きともいえるが、

ま、こういうのが一人ぐらいいてもいいでしょう。

「ねぇ、土生さん」

 

比留間巡査がセルフレームに同意を求めた。しかし彼は答えない。

 

土生秀理(はぶ・ひでみち)26

フリーターから警察官になった、こっちも変り種といえば変り種。

ただし、コンピュータの腕前は確かなもの。人付き合いが苦手なのが難点。

「無駄口を叩かない。今日は課長もおいでだ」

 

先頭に立っていたフレームレスが振り返る。もはや学級委員長といったところか。

 

相澤臨(あいざわ・のぞむ)巡査部長、27

東大卒ながらノンキャリ入庁という、変り種中の変り種。学科、実技に優れ統率力のある優等生。

特車2課に対して何かこだわりがある模様。

 

「これを全部、あなたが?」

 

特車2課課長、後藤しのぶが新設小隊員のデータをめくりながら言った。

 

「ええ、昔っからの習慣といいますか、まぁ、クセで」

 

そのぶっきらぼうな口調とは裏腹に、答えたのは女性だった。

しかし、真新しい制服に身を包んでいるとはいえ、その中途半端な長さの髪はボサボサとしていた。

 

「あ、この髪ですか?すいません、まだしばれないんですよ。二つに分ければしばれるんですけどね」

 

それでは小学生の髪型だ。その話題は止めだというように、しのぶは資料に視線を戻す。

備考の欄にはぎっしりと手書きでコメントが書かれていた。

 

「確か、前職は――」

「ええ、教師です、中学校の。もっとも、同僚でもここまで書くのはいませんでしたけどね」

 

そう言うと彼女はボサボサの髪に手を伸ばした。

 

三条千登勢(さんじょう・ちとせ)警部補、36

中学教師から転職。前職を生かし警察学校、および特機研修所で教官を務める。

20204月を以って、特車二課第6小隊長に。

(備考、女後藤)

としのぶは自分の中に書き加えた。

 

「第6小隊、全員揃いました!」

 

ドアの向こうから相澤の声がした。

 

「よし、全員入れ」

 

三条が、上司というよりむしろ教師という感じの威厳で答える。

その返事に相澤以下、新設・第6小隊計6名が課長室へと入った。

 

特車二課長は普段は品川の第1中隊に常駐しているので、ここが使われるのは稀である。

その、日頃使われない課長の椅子にいる後藤課長をはじめ第2中隊長、

そして第6小隊長である三条が勢ぞろいしていた。

 

「あれ、三条教官じゃないっすか」

 

最初に無駄口を叩いたのは真央だった。

 

「何でここにいるんすか?」

「おい、課長の目の前だよ」

 

小声で隣の阿玖理が肘をつつく。しかし真央は気にすることなく、反対隣の比留間と、

三条がここにいる理由についてあれこれと邪推していた。それにそのまた隣の円谷がキレる。

 

「ったく、あんたたちは静かにできないのっ!?

 

その光景に相澤は頭を抱える。土生は我関せずだ。

 

「だからさ、あんたら問題児クラスの担任ができるのがアタシ以外にいると思う?」

 

すると全員は納得したように静かになった。

 

「さ、静かにしないとフォーメーションは発表しませんよ」

 

その光景を見て頭を抱えている人物がもう一人いた。第2中隊長、福島慎一その人だった。

世間体さえ気にしなければ、この場で部下の三条を叱り飛ばして、ついでに張り倒してしまいたいところだ。

しかし、上司がいる手前、彼はその衝動をぐっと押さえて、静かに眼鏡を押さえるだけだった。

 

「1号機フォワード、水分真央」

「おっしゃあ!」

 

真央はTPOもわきまえずその場で大きなガッツポーズをしてみせた。

 

「1号機バックス、早乙女阿玖理」

 

次の瞬間、真央の顔色がさぁっと青ざめた。

 

「ということだ、ま、仲良くやりましょ」

 

阿玖理が握手を求める。それを、いやーな顔で受ける真央。

 

「1号機キャリア、比留間南海」

 

すると真央の顔にはさっきの満面の笑みが戻った。

 

「なぁ比留間、仲良くしような。あんなヤツほっといて」

 

比留間はみんなの手前控えめにうなずいた。

 

「2号機フォワード、円谷可憐」

 

真央ほどではないにせよ、可憐の顔にも笑みがこぼれた。どうせ内心は‘Yes! I can shoot!’とか思ってるんだろう。

 

「2号機バックス、相澤臨」

 

その瞬間、可憐は天国から地獄に引きずり落とされた。

 

「たしかに円谷を止められるのは相澤さんぐらいだもんな」

 

真央の私語に阿玖理も渋い顔ながら無言でうなずく。

 

「2号機キャリア、土生秀理」

 

やたらと悔しがる可憐を横目に、土生は相変わらず他人事のようにその辞令を聞いた。

 

「さ、これで全員フォーメーションが決まったわけなんだけどぉ」

 

三条が意味ありげに語尾を延ばす。

 

「肝心のレイバーがまだ届いてなのよね」  

 

「えーーーーーっ!?」  

 

当初から結束に問題ありそうな第6小隊の声が、初めて揃った。  

 

「っていっても、じゃあ帰りましょうってわけにはいかないんで、ま、取りあえず詰所で待機」

 

そう言われても一様に不満そうな6人。

 

「返事は!」

「はぁい」

 

やる気なさげではあったが、全員敬礼してその場を後にした。

 

「ああ、オレのアレックスが・・・」

 

ガックリと肩を落としながら真央がつぶやく。

 

「アレックスって?」

 

それほどでもないにせよ、阿玖理も不満そうだ。

 

「オレのレイバー」

 

それを聞いてあきれる亜玖理。

 

「泉巡査のイングラムにだって、アルフォンスって名前付いてたろ。

だからさ、オレも小さいときから、自分のレイバーにはカッコいい名前を付けてやるんだって」

「確か我々に配備されるのって――」

「篠原の最新式レイバー、AVE‐01『ランスロット』」

 

相澤より先に亜玖理が言った。なおも続ける。

 

「アレグロ社のOS『MARLIN』を初めて搭載したエヴォリューション・モデルの第1号。

でも、現物はできてるんだけど、提携交渉が進まないがために、提携発表の場で公開するべく

いまだ八王子工場で眠ってるっていう、かなり間抜けなレイバーよ」

 

そう立て板に水で篠原の内情を暴露する亜玖理に、残り5人がやや引いていた。

 

「阿玖理ってさ・・・なんでそんなに詳しいわけ?」

 

真央の問いに、彼女の顔が引きつる。

 

「まぁ、ね」

「それにしても、課長って美人でしたね」

 

比留間のつぶやきに、真央が早速のってきた。

 

「だよなぁ、あの人があの『カミソリ』夫人なんだよなぁ」

 

彼にとって『警視庁きっての才媛』も認識はその程度である。

 

「あれ、確か年いくつだっけ」

 

可憐が本人が聞けば怒り出すような疑問を口にする。相澤がしばし考えた後に答えた。

 

「えーっと、50歳でしたっけ」

「うそっ!」

 

驚きの声をあげたのは真央だった。

 

「うちの母ちゃんより年上じゃん!そうは見えなかったな」

 

まして、彼らより年下の息子がいるなんて、思いもしなかっただろう。  

 

*   *   *

 

その彼らより年下の息子、後藤多喜13歳は中学2年生2日目であった。

早くも教室からは初日の喧騒が消え去り、すでに生徒たちの群落が出来上がっていた。

その中で多喜は、1年のときのクラスメイトが時より彼のもとにやってきてはする他愛もないバカ話に付き合う以外は、

授業の予習をするわけでもなければこっそり持ち込んだマンガを読むわけでもなく、

ただそういった生徒たちの様子を観察していた。そんな彼のもとに近づく影が一つ。  

 

「後藤・・・多喜君だよね」

 

近づいてきたのは眼鏡をかけた小柄な男子だった。学ランを着てる姿はまるで、

1ヶ月前まで小学生だった新1年生のようだった。しかし、彼もれっきとした中2である。

 

(確か・・・誰だっけ)

 

人の顔と名前を覚えることにかけてはちょっとばかし自信がある。

しかし、その多喜をしてもこの目立たない同級生の名前を思い出すのは少々時間がかかった。

 

「多喜君って、身内に警察の人とかいる?」

「あ、ああ」

 

何とか思い出そうとしながら、少々うつろに答える。

 

「その人って、警備部?」

 

そうだ、前原宰(まえはら・つかさ)だ、と思い出した。

といっても、クラスの知っている男子を思い出していって消去法で残ったのが彼だった、というだけなのだが。

 

「ああ、そうだけど、それが?」

「もしかして、レイバー関係?」

 

前原の声が期待に上ずる。多喜はこの質問の意図がなんであるか見抜いていた。

小さいころからこの手の質問はごまんと受けてきた。何より証拠なのはこの姓と父に付けられたこの名前、

そして父親そっくりのこの目元だった。

 

「もしかしてその人の名前って――」

 

この手の質問にはこう答えることにしていた。

 

「そうだよ、オレがあの後藤喜一と南雲しのぶの一人息子だよ」

 

しかし、こいつだけは違った。

投げやりな口調でそう答えれば、たいていの人間は地雷を踏んだと一目散に話題を変えるところだ。

しかし、前原は

「えっ、ほんとなの?」

と目をらんらんと輝かせて多喜の手を握り締めた。

 

「うそぉ、まさか後藤隊長のご子息と一緒のクラスなんて、クラス分けの名簿を見たときからまさかとは思ってたけど、

実は息子さんだったなんて!」  

 

(おいおい、ご子息かよ)

 

それでも、無邪気に喜ぶ前原を見ていると、驚くほど悪い気はしなかった。

 

(こいつ、よっぽど親父たちのファンなんだな)

 

そして、今でもそこまで慕われている父親を、心のどこかでうらやんでいた。

 

*   *   *

 

その父は今日は朝から『出社』していた。公安部組織レイバー犯罪対策室、それが彼の職場である。

そこにもこの4月から新人が入ってきていた。

 

「後藤室長ですね」

 

彼がデスクに就こうとするなり、その新人が彼のもとにやって来た。

その鷹のような眼は敵を求めて爛々と輝いているようだった。

挫折を知らない、自信に満ちた顔立ち。

 

「新しく当レイバー犯罪対策室に配属されました、蘇我峻介巡査部長です。室長が出張中だったのでご挨拶が遅れ――」

「あー、そんなに固くなんなくていいから」

 

そう言われて蘇我は、改めて目の前の上司を見た。

白髪交じりの頭、猫背気味の背中、そしてよれた背広。いかにも定年間近のうだつの上がらないサラリーマンである。

そんな彼がかつて伝説だった、そしてブランクを置いて今もなお伝説を更新し続けている

『カミソリ後藤』と結びつかなかった。

その後藤は、蘇我の顔を見るとため息を一つついた。

 

「あの・・・何かご不満でも」

「あ、いやぁ」

 

それでもこの若き公安刑事は一体自分の何が不満なんだと後藤をにらみつける。

それに気おされて、後藤はまた一つため息をついた。

 

「あのさ、気ィ悪くしないでね。はっきり言って君もおれが求めてたタイプじゃないんだよね」

 

はぁ、と蘇我が答える。不思議と落胆の色がないのは事態がまだ飲み込めていないからか。

 

「いかにも公安、警察官というタイプ。自覚あるでしょ、自分でも」

 

それは蘇我のことだった。

それでもまだいまいち後藤の言うことを理解できないでいる蘇我に、今日三度目のため息をついた。

 

「まぁいいや。ところでレイバーの免許、持ってる」

「いえ」

 

すると後藤は後ろのスチールの本棚から数冊、片手で取り出した。

 

「免許取れとは言わんが、せめてそれくらいの知識を付けてくれなきゃ困るんでね。

とりあえずそれが君のしばらくの仕事だ」

 

曽我の困惑が「自分は大変な上司に当たってしまった」という苦悩の色に変わっていった。

立ち去り間際に、こう上司に尋ねた。

 

「室長、室長の求めていた人材ってどんなタイプですか?」

「ああ、それね」

 

そっけない声で後藤が答えた。

 

「君と正反対のタイプだよ。おれみたいなの、って言ったら言いすぎかな」

 

だったら、実は一人知ってますよ、と曽我は心の中でそう答えた。  

*   *   *

シャフト・サイバーエンタテインメント、多国籍企業シャフト・エンタープライズの中のゲーム部門である。

ということはかつての企画7課の直系か、と思いきやあのグリフォン事件以後「内海らの後始末のため」と

専務の地位にい続けた徳永の断行した改革によって、シャフト社内からは彼らの痕跡は払拭された。

このシャフト・サイバーエンタテインメント、通称SCEも実質は人材、資本ともUSA社からの出資をかなり受ける、

全く別の組織だった。それを裏付けるかのように、SCE社は優良企業としてヒット作を多数飛ばしていた。

特に、シャフト本社から本物のレイバーの駆動データを借りて製作されたレイバーアクションシリーズにおいては、

完全に他社を引き離している。

 

「一色チーフ、そのネクタイかわいらしいですね」

 

彼がその、レイバーゲームの若きヒットメーカーだった。

 

「あぁ、これね。今日はプレゼンがあるからこんな窮屈なものしていかなきゃならないんだよぉ」

と言って一色、と呼ばれた男はにやけた笑みを浮かべながら、

アメリカのアニメキャラクター柄の入ったネクタイをぴらぴらとゆすってみせた。

その笑みが上司、とくに“かつて”を知る古参役員からは不評だったが、そんなの彼には関係ない。

彼が入ってきたのはほんの数年前、そもそもあのとき、彼はまだほんの子供だったのだから。

 

彼は同僚の背中の間を通り抜けて、上司の待つ会議室へと向かう。

その横ではいかにもゲームメーカーらしく、ラフな格好の若者たちが、周りに目もくれずに

ひたすらパソコンの画面に打ち込んでいた。

 

「あ、どもども」

 

会議室の中はそんな外の空気と無縁だった。

ここにいる上役のほとんどがSEJ(シャフト・エンタープライズ・ジャパン)からの出向ということもあろう、

ここだけがいかにも普通の会社という雰囲気をかもし出していた。

 

「一色君、君の企画書を読ませてもらったよ」

 

スーツ姿の上司の一人が言う。

 

「まったく君は何というものを作ろうとしているのかっ!」

 

叱責が飛んだ。しかし彼は動じない。

 

「ジ・アクション・オブ・グリフォン、あの、かつて日本中を騒がせた怪レイバー・グリフォンのパイロットとして

並み居るパトレイバーをばったばったと倒していく、という、そういうゲームですよ、部長」

「だから何でそんなものを作ろうというんだっ!!

 

出向組の一人である部長がテーブルを拳で叩いた。置かれたコーヒーが一瞬飛び跳ねる。

 

「そんなお上にたてつくようなゲームを作って、もし実際のレイバー犯罪者がこのゲームの真似をしたなんて言われたら

うちの信用はがた落ちなんだぞ、あのグリフォン事件以降必死に立て直した――」  

「そんなことおっしゃいますけどね、部長、もし潜在的にそういった欲求をもった若者が

このゲームによってガス抜きされるなら、それは社会に対して貢献したって言えるでしょ?

もしそんなことがあっても、言いたいやつには言わせとけばいいんです。責めを負うべきなのは我々ではなく、

仮想と現実の境界を見誤ったバカなんですから」  

 

並みいる上役を恐れることなく、立て板に水で持論を展開していく。その舌鋒はなおも止まらない。  

 

「そもそも部長が前のゲーム当てたら作りたいもの作らせてやるっておっしゃったんじゃないですか。

『ザ・パトレイバー:オペレーターズサイド』、プレーヤーがパトレイバーのバックに扮して

パイロットをナビゲートするヤツ。地味だって言うからこっちだって企画曲げてギャルゲーにしたんですよ。

その結果大当たりじゃないですか。だからこっちはわざわざ長年温めてきた企画を持って来たんじゃないですか」  

 

ちなみにこの『ザ・パトレイバー:オペレーターズサイド』、一色がやけっぱち交じりに作ったキャラ、

『ノア・フォンテーン』がロボット美少女好きに大受けして、キャラクター商品の版権だけで

SCEに巨額の利益をもたらした。  

 

「一色、お前はそんな企画を長年――」

 

最後の一言は上司の怒りに油を注いでしまったようだ。

 

「ええ。入社当時から、いえ、まだ学生のときから、ですよ、部長」

 

結果は目に見えていた。  

 

*   *   *

 

(そうだ、あいつはガキのころからイングラムよりグリフォンの方が好きだった。

グリフォンがパトレイバーを蹴散らすのをいつも胸躍らせて見ていた。ああいうヤツだったよ、一色は)  

 

そう思いながら、蘇我峻介は必死で専門外のレイバー教習書と格闘していた。  

 

*   *   *

 

教科書を閉じるとそのまま帰り支度を始めた。多喜は真っ直ぐ昇降口へと向かう。

ジャージに、あるいはユニフォームに着替えて部活へ向かう生徒とすれ違う。

新一年生たちは制服のままお目当ての部活へと見学に急ぐ。

そんな中彼は平然と靴箱から外履きのスニーカーを取り出した。

文化部も新入部員獲得のためにせっせと活動している中、校門から出て行く生徒はまばらだった。

指定バッグを肩に担ぐと、背中を丸めて家路を急ぐ。

 

「あれ、後藤君!?

 

その声にぎくっと振り返る。前原だった。にしては馴れ馴れしい。

 

「部活行かなくていいの?後藤君って柔道部だったよね」

「何でお前が知ってるんだよ」

 

声を荒げる。

 

「あ、いや、去年新人戦で都大会ベスト16まで行って貼り出されてたから――」

 

それでもぶすっとした顔は戻らない。

 

「後藤君ってさ、柔道強いんだよね。すごいじゃん、ベスト16なんて」

「別に、まぐれだよ」

「行かなくていいの、練習」

「ああ、けがして休んでるんだよ」

 

しれっと言う。

 

「ところで前原はどうなんだよ。何部だっけ?」

「新聞部、でも集まんないからさ」

「新入部員?」

「いや、それもだけど部員が」

 

そういえば校内新聞なんて文化祭のころ、年に1回くらいしか出してない。

 

「でも後藤君もこっち方面だったんだ」

「前原もこっち?」

「うん。そうだ、よかったらうち来る?」

 

前原の顔が輝いた。多喜だって、このまま家に帰っても誰もいない。

 

「んじゃ、お邪魔させてもらおうかな」

「えっ、ほんと?」

 

前原はその場で飛び上がらんばかりに喜んだ。しかし、それを見つめる多喜の表情は複雑だった。

 

前原の家はこの辺では珍しい、広い庭のある一戸建てだった。ガレージも3台分くらいある。

 

「お邪魔しまぁす」

 

我が家の軽く3倍はありそうな玄関におそるおそる上がる。しかし返事はない。

一方、前原はそんなことは期待してないとばかりにさっさと階段を上がる。

磨きぬかれたフローリングに映るのは、ただ2人の少年だけだ。

 

「前原んちってさ、共働き?」

「いや、そういうんじゃないけど」

 

彼の表情が初めて曇る。案内された部屋には、一面レイバーのプラモデルが並んでいた。

 

「へぇ・・・これ全部、前原の?」

「うん、まぁ。買ってくるのは父さんだけど、忙しくて組み立てる暇がないからね」

 

多喜はぐるっと壁を埋め尽くした1/35のレイバーを見上げる。

そんな中、前原は一台のプラモデルを手に取った。白と黒のツートンカラー。

 

「でもやっぱり一番なのはAV98だね」

 

マニアは型番で呼ぶのはどの世界でも共通だ。

 

「このあたりからだよね、レイバーのデザインが格段に向上したのは。

それまでは鈍重というか、作業用機械に手足がついたようなものだったけど、

これなんかそのままアニメに出てきても不思議じゃないもん」

 

普段はあまり目立たない前原がレイバーのこととなると雄弁になった。眼鏡の奥の瞳が輝く。

 

「『見る者に与える心理的影響を考慮したデザイン』、精悍でシャープでなおかつ親しみやすくって・・・

でもAV-0になるとね」

と言うと棚からピースメーカーを持ち出す。

 

「なんか威圧的なんだよね。もちろん警察用だからそういうのも必要なんだけど」

「クリテリオンは?」

 

型番でいうとAV-1、あのヴァリアントの前の機種だ。

 

「うーん、言うなればAV-0の反動だよね。『愛される警察』を形にしたっていうか、

でもいまいちカッコよくないんだよなぁ。あんなのじゃナメられるっていうかさぁ。

その次のヴァリアントから綿々と現行モデルに至るまで、AVS-98路線なんだよね」

 

多喜もまぁ人並み以上にはレイバーに関する知識を持っているつもりだが、前原の独演会には着いていけない。

しかし、その言葉の端々にはレイバーに対する愛情が感じ取れた。

 

「だからさ、僕にとってAV98ってのは今までで最高のパトレイバーなんだよ。

で、それと一緒に仕事してきた後藤君のお父さんってすごいなぁって」

「別に、オヤジが乗ってたわけじゃないんだからさ」

「そういえば新しいパトレイバーが導入されるって、知ってる?」

 

そういえば母がそんな話をしていたような。

 

AVE−01、えーっと通称は、『ランスロット』、だっけ。きっとイングラム以来の名レイバーになるよ」

「その根拠はなんだよ」

「たぶん今回の開発陣に加わっているほとんどがいわばパトレイバー世代、

後藤君のお父さんたちの活躍を見て、レイバーに憧れた世代だからね」

 

だからオヤジは余計だ、と多喜が突っ込む。それでもなお、

「だからデザイン的にも多かれ少なかれイングラムの影響を受けた感じになると思う。

それに開発陣のトップが誰だか知ってる?」

「知るかよ」

「篠原遊馬、初代第2小隊1号機バック、あの伝説のレイバー乗り・泉野明のパートナーにして

現在篠原重工の副社長」  

 

これで期待がはずれるわけないでしょ、と、前原は自信満々だった。  

 

*   *   *

 

が、それほどまでに前評判が高くても、実物を見てみないことには評価は下せない。

しかし、実物は今も、篠原重厚八王子工場で眠っているのだ。いつでも動かせる状態であるにもかかわらず。  

 

「あー、まだこねぇのかよオレのアレックス!」

 

かつて工事従事者の宿舎だった4畳半で第6小隊の面々は待機中だった。

といってもレイバーが来ないことにはお仕事にならない。

 

「帰りましょうよ、いくら待ってたってレイバーは来ないんですし」

 

比留間がおそるおそる声をかける。

 

「そうだよ、提携発表まであと3日、それまでランスロットは日の目を見られないんだから」

 

阿玖理はもう私服に着替えて、いつでも帰れる用意だ。

 

「いや、オレは待つ。もしかしたら発表前にこっそり運び込まれるかもしれないじゃん」

 

真央は依然としてテレビを見ながら動こうとしない。これではてこでも動かせまい。

 

「じゃあもういいかげんにしな!あたしは帰るからね」

 

阿玖理は立ち上がると部屋を出て行った。その後を追うように円谷と土生が出て行く。相澤はすでに定時で上がった。

 

「んじゃ、僕ももう行くから」

 

最後に比留間がそうっと出て行った。それでも真央はじっとテレビを見つめていた。

 

「ありゃレイバーが来るまでああしてる気かね」

 

円谷はあきれ返っていた。しかし、阿玖理は答えない。彼女も相当いらついているようだ。

 

(まったくあのバカ親父、たかだか提携交渉ごときになに手間取ってるんだよ!)

 

*   *   *

 

「びぇくしゅっ!」  

 

篠原重工本社ビル、アレグロ社との提携プロジェクトが入っている一室で

中年の男が年相応のくしゃみをぶちまけた。

 

「大丈夫ですか、早乙女専務」

 

彼よりだいぶ若い男が声をかける。

 

「ここ毎日残業続きでしょう、たまには早く帰って家族とゆっくりしたら――」

「いえ、副社長がいる前で帰り支度なんてできませんよ」

 

専務と呼ばれた男は机の上に箱ごと置かれたティッシュペーパーを2,3枚まとめて引っ張り出すと、

盛大に鼻をかんだ。

 

「いえね、花粉症ですから心配なさらずとも」

「それでも――」

 

若き副社長は年上の部下の机を見る。

山積みに置かれた英語の資料の隙間から、入学式との立て看板の前で撮られた家族写真があった。

正装の両親に囲まれて、スーツ姿の一人娘が微笑む。

 

「まったく、1年もしないうちに退学して、あろうことか警察なんかに入ったんですから、お恥ずかしい限りで」

 

何か聞いたことある話だな、と遊馬は苦笑せずにはいられなかった。

 

*   *   *

 

そんな彼にも今や帰りを待つ家族がいる。父親不在の夕食後、後片付けの母親をよそに、

遊驥と花南はソファに座ったり寝っころがったりしながらしばしの団欒を楽しんでいた。

 

「そーいや新しいレイバーゲーム出たんだよな、『オペレーターサイド2』だっけ」

「あ、それ?ギャルゲーだってトリガーマンが言ってたよ」

 

突然自分の知らない固有名詞が出てきてムッとなる兄。

 

「誰だよ、トリガーマンってのは」

「ネットゲーム仲間。名前の通りいっつも撃ちまくってんの」

「ふぅん」

 

まだ小学生の妹が自分の知らない仲間と付き合ってるのが、どうも許せないらしい。

そんな兄を見ていると、花南は机の上に置かれた封筒のことを言い出せない。

春休みにあったアーケードゲームの成績優秀者に送られた主催者からの手紙。

来週の土曜日に、湾岸地区の巨大アーケードに来てもらいたいとのことだ。

しかし、この調子じゃ遊驥に言ったら行くなというだろう。

彼はソファから立ち上がった。

 

「お兄ちゃん、どこ行くの?」

「2階、勉強しなきゃ」

 

封筒に気付かないまま、兄は階段を上がっていってしまった。

花南は封筒をそっとポケットにしまいこんだ。

この封筒がこれからの運命を変えてしまうとも知らずに――。

 

 

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Afterwords

 

"Patlabor"