第2段階に移っても、相馬のダウジング修行順調だった。 ましてダウジングで必要なのが、対象のイメージだった。 手がかりを求めて相馬が単身乗り込んだのは、彼女の姉・実恵が勤める病院。 内科病棟のナースステーションに彼女の姿はなかった。病室の見回りにいっているらしい。 「西牟田先輩ですか?優しい先輩ですよ、意地悪とかもしないですし」 ――同僚の、というか部下からの評判は悪くないようです。ただ付き合いはそれほど良くないみたいですね。 前に久世が調べてきたのを裏付けしただけだ。収穫ゼロ。 (いかんいかん、本題は実恵さんではなくあくまで慶さんの方だ。 そう気持ちを固めると、ジーンズの膝をパーンと勢いよく叩いて立ち上がった。 だが、その大音声が効いたのか、廊下の突き当たりでこっちを見ている実恵の姿を見つけることができた。 「お久しぶりです、西牟田さん」 ちょうど彼女はこれから休憩時間らしく、再び中庭に案内された。 「妹の行き先については、何の心当たりもありませんから」 しかし、実恵はうつむいたまま握った手をぷるぷると震わせていた。 「あのぉ、西牟田さん?」 彼女の目に涙があったかは見えなかった。しかし、その声は明らかに泣きじゃくっていた。 「妹のことなど忘れましたもう何も思い出しません、帰ってくださいっ」 そう叫ぶと実恵は病院の中へと駆け込んでいった。 「西牟田さん!」 彼女を呼び止めた声がもう一つ。それはさっきの男性看護師だった。 「あ」 しかし相手も守秘義務の適用される看護師。 「そんな・・・そんなことがあったんですね」 「僕がここに来たのはその後なんですが、そんなこと知らされてなくて・・・」 久世が言ったように、かなり人員の新陳代謝のいい職場らしい。 「それで、あの」 (でもなんで、あんなに彼女を案じてくれる人がいるのに、彼女はなぜ心を閉ざしてしまっているんだろう) とりあえず、実恵の拒絶を引きずったまま対策室に戻りたくはなかった。 |
|
|
|
相馬はその足で警視庁の地下3階に向かった。こんなことをわざわざ土御門に相談するのも忍びないし、佐野にするのは真っ平だ。『経験者』という点では秦は彼にとって格好の相談相手だった。 「――妹さんのことについて今まであんなに冷静だったのに、何で泣き出したんでしょうか?」 傷口に塩を塗りこむようなもの。 「でも実恵さんの協力が得られなければ!」 秦は俯きかげんに視線をそらした。 「やっと、かな。あいつのことを笑って思い出せるようになったのは」 じゃあ土御門は・・・それは今の相馬には聞けなかった。 「はい、捜査一課資料室分室です」 「はい・・・はい。判りました。勤務が終了したら、ですね。ではウチの者を向かわせます」 そして、ご協力、感謝しますと言って受話器を戻した。 「西牟田実恵から、会って話がしたいと。相馬くん・・・を行かせていいですよね」 |
|
![]() |
|
PM5:00過ぎ、実恵が帰ってくるころを見計らって相馬は彼女の部屋に向かった。 「妹の遺品はこっちにはあまり無いんですが」 「げほげほげほ・・・」 ハウスダストアレルギーじゃなくても、これは堪える。 「これは家族で日光に行ってきたときのです。 生きていれば微笑ましい思い出話も、彼女にとっては涙なしには語れない。 「あ、これ」 そこには相馬も見覚えのある、大きな六角形型のアリーナの前で揃いのTシャツ姿でおさまっている姉妹の姿があった。 「『オルフェ』のライブですよね。ファンだったんですか?」 『オルフェ』も『カリオペ』も10年程前、人気を二分していたロックバンドだった。 「じゃあオカジのソロとかも持ってますか?ヴォーカルの岡嶋彰彦の」 実恵が言いよどんだ理由は次のページで明らかになった。袋に入ったまま挟まれた、整理されていない写真。 「もしかして西牟田さん、ここ数年で服買ってますか?」 図星を指されたのか、実恵はキッと顔を上げた。その表情は真っ赤に、眦(まなじり)を吊り上げていた。 ――彼女の中の時間を一刻も早く動かさなくてはならない。 相馬は勝手にそんな使命感に駆られていた。慶を見つければ時計は回り始めると。 「それじゃご両親と変わらないじゃないですか」 実恵が食って掛かってきた。しかし相馬は舌鋒をゆるめなかった。 「いえ同じです。向いている方向は正反対ですけどそこから動き出せてないってことには違いないです。 もうこうなったら売り言葉に買い言葉である。実恵も、そして相馬ももはや冷静ではなくなっていた。 「そういう実恵さんの姿を見てると辛いんです。オレも、そしてきっと慶さんも」 ――そしてきっと小泉くんも・・・。 「・・・言い過ぎました、すいません。じゃ、自分はこれで失礼します」 振り返ることなく、実恵は相馬の背中に言葉を投げかけた。 「そうすればあのバカ親も、そしてあたしも、きっと吹っ切れると思いますから」 相馬もまた、振り返ることなくアパートを後にした。 (それにしても、なんであんなことを言ってしまったんだろう?) アパートの階段を降りながら、うつむいたまま、相馬はさっき吐いた自分の暴言を思い出していた。 (確かに慶さんがいなくなってからの変化を受け入れようとしない実恵さんの様子は、 彼女の様子を思い出すだけで締め付けられるような苦しさが相馬を襲う。 いつの間にかバイクは惰性で大手町の総合庁舎へと向かっていた。 「よぉ、お帰り」 おおよそ『残業』という言葉には縁のなさそうな人物が相馬の帰りを待ちかまえていた。 「きゃ、キャップ・・・」 何でこんな時間まで、との問いを発する前に土御門が口を開いた。 「いやぁ参ったよ、居眠りしてたらこれ幸いとばかりに誰も起こさねぇンだもん」 99%言い訳がましい答えだったが、相馬は何も言わずに笑った。 ――そういや彼も、大切な人を喪うという経験をしている。 「とりあえず座れや。外回りで残業してきた部下をねぎらうのも上司の務めのうちだ」 「あの、キャップ」 振り返ることなく、煎茶を急須に入れる手を休めることなく返事だけはかえってくる。 「門脇さんのこと、思い出すと辛いですか?」 急須も湯飲みも準備は出来た、あとは薬缶のお湯が沸くだけだが、土御門は相変わらず振り返らない。 「痛みそのものは変わらないのかもしれない。でも慣れるっつーか、我慢する術を覚えてしまうもんだ。 笛吹きケトルがまるで悲鳴のような音を立てた。 「じゃあ、辛くありませんでしたか?あの・・・門脇さんが知らない自分になってしまうのが」 そう言って湯飲みを差し出した土御門の眼は、まるで深い湖のようだった。 「あれから22年だぜ?お前が生まれて、こんなになるまでの時間が流れてるんだ。 「あのバカ・・・」 彼が開け放ったままのドアを閉めると、土御門はまた湯飲みに口をつけた。 「吹っ切れた・・・はずなんだがな」 |
|
|