明くる日、相馬が出勤してくると珍しく土御門はすでに席についていた。 「おー相馬ぁ、これからやるぞ」 いきなり、であった。 「猿島係長から聞いたぞ、佐野の鎌倉の実家完璧に指せたって」 あれは・・・彼の実家に対する反発心を上手く利用させてもらった結果だ。 「だから今度は同じように西牟田実恵の意識にシンクロすればいい。 こくん、と肯く相馬。 「だったらそれをロッドに乗せてやればいい。お前ならできる」 「とゆーことで、とりあえずシャワー浴びてこい。あ、パンツはボクサータイプでよかったよな?」 相馬の下着を知っているのは、この場では約一名だ。日頃就活だと出勤してこない同居人に疑惑の眼を向ける。 「お前の下着教えて何が悪い?何か不利益でもあるか?」 「あ、着替えたら和室だからな」 『冷水シャワー』に打たれて新品の下着に身を包むと、その上は普段どおりにもかかわらずに自然と身が引き締まる。 「なんで、関東の地図なんですか?」 もしかしたら彼女はそれ以外の場所で、もしかしたら日本以外のどこかにいるかもしれない。なのに――。 「もしかしたら慶さんはもう生きていないかもしれない」 秦だった。 「だとしたら事件は死体遺棄、もしかしたら殺人ということになる。 その冷徹な声は『人材の墓場』でくすぶっている警察官ではなく、むしろかつての敏腕刑事のそれだった。 「秦さん・・・」 それは部下の抗議だった。 「相馬、おれたちの仕事は家族の苦しみにケリをつけることだ。 相馬は昨日の実恵を思い浮かべた。 相馬は肺全体に行き渡るように息を吸い込んだ。 東京都千代田区上空、ちょうど特殊事態対策室の上あたりにぶら下がった銀のドッグタグは反応を示さない。 (妹はもう死んだんだ・・・) 声を捜し求めれば求めるほど、実恵の諦念がその声を覆い尽くす。 (諦めるな!まだどこかで生きてるかもしれないじゃないか) 銀のタグがぐらぐらと揺れる。 (なぜ、前を見ようとはしないんだ?) それは実恵の、そして相馬自身のものではない、第三の声だった。 (確かに慶さんは帰ってこないかもしれない。だけど、今の状況で本当に諦めがついたといえるのか? それは紛れもなく、あのとき相馬が怒りに任せて言い散らかしていたことだった。 ――もしかしたらあのとき、オレにこう言わせていたのは・・・? 顔を上げるとそこには土御門の眼があった。 そのとき、ドッグタグが、そして相馬の右腕が突如反応を始めた。 「次っ」 請われるままに倍率の小さい地図に変えられる。 (もしかしたら、もしかしてじゃないのか?) 相馬の不安は別の方向に及んでいた。 「相馬、これがラストだぞ」 (確かにウチも東京から半径100km近辺で、産廃やら遺体やらが近所に埋められたりしたこともあるけど・・・なぜなんだぁーーーっ!) そんな内心の叫びなど無視して、銀のペンダントはある山林を指した。 |
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夜の新橋といえばサラリーマンの解放区。山手線のガード下には庶民的な呑み屋が店を連ねる。そんな中、一軒の立ち飲みに長身の男が入ってきた。身なりは悪くない、むしろカウンターに並ぶサラリーマンらより一桁は上のスーツを着ているようだがその襟元はだらしなく緩み、くたびれた中年の一群に溶け込んでいる。 「大将、コップくんない?」 グラスを受け取ると図々しくも彼のビールを手酌で頂戴する。 「こんな所はお前の来るとこじゃないだろ、特殊事態対策室の室長殿」 「聞いたぞ、CRSATの美人管理官と二人で高級フレンチだってな」 そういわれながらも彼――土御門はカウンターの奥に向かって肴を注文していた。 「で、何しに来たんだ?こんな不似合いな店に」 土御門は彼――秦 式比古のグラスにビールを注ぎ返した。 「西牟田慶の捜索の日時が決まった」 そう言うと笑い合う二人。 「とりあえず遺族にも連絡はしたが」 「確かにあれはひどい状況だったが、だからこそおれもお前もあの現実を受け入れられることができたんじゃないか? 折りしも土御門がぱくついていたのは、血のように真っ赤なマグロのぬた。 「こっちはお前みたいにスプラッターにゃ慣れてねぇんだから」 それでも、今も目をつぶるとまぶたの裏に浮かんでくるのは変わり果てた親友の姿。 「それにしてもお前のとこの新入り、大したもんだな」 言えるわけがない、相馬があいつだったら、なんて。あいつを知る秦には。 (おれ自身、まだその事実をどう扱ったらいいか見当がついていないからか?) それだって、ヤツがここに配属になると決まったときに、覚悟は決めたはずなのに。 「おい、どうしたんだよ」 気づくも、気づかぬも、それぞれの思惑と運命を乗せて時計の針は回って行く・・・。 |
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5月某日、茨城県南部のとある地方都市の郊外。国名で言えば常陸ではなく下総の方だ。 「それでもだいぶ畑が減りましたけどねぇ」 「んで、ここがお前の指し示したところか」 土御門の指差した小高い雑木林には、すでに茨城県警の捜査員がずずずらっと勢揃いしていた。 「本当に、ここに遺体が埋まっているんでしょうねぇ」 県警のお偉いさんらしき人物が土御門に詰め寄る。 「さぁ、遺体かどうかは判りませんが」 それすら詭弁に過ぎない。この奥に人家があるならともかく、 「しかし、手がかりも他にない以上、彼に任すしかないんじゃないですか?」 「警部、ご遺族の方をお連れしました」 土御門のフォローも、相馬にとっては唇寒いだけだ。 「こんなところに本当に娘はいるんでしょうな」 有形無形のプレッシャーが彼に襲い掛かる。そんな中、実恵だけはじっと無言のままだ。 「秦警部補、それに土御門さん、といいましたっけ。もしこれで空振りならばこっちとしては部下の時間外手当を要求しますよ」 ――当てても地獄、外しても地獄。 「相馬、気にするこたないで。真実はたった一つや。そのロッドで、たった一つの真実掘り出してみぃ」 土曜日ということで出勤してきた麒麟が声をかけた。 「そのペンダントは百発百中なんやろ?(う・・・苦しい。だから引っぱるなって) そんな相馬に厳しい視線を送るものがもう一人いた。佐野だった。 |
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