明くる日、相馬が出勤してくると珍しく土御門はすでに席についていた。

「おー相馬ぁ、これからやるぞ」
「やるって何をです?キャップ」
「何をって、西牟田慶のマップダウジングだよ」

いきなり、であった。

「猿島係長から聞いたぞ、佐野の鎌倉の実家完璧に指せたって」

あれは・・・彼の実家に対する反発心を上手く利用させてもらった結果だ。
心を無にして、隣であからさまに不満げな佐野に『意識のアンテナ』を向ける。
後は、彼のその不満の根を手繰り寄せていけば、自ずと実家に辿り着けたまでのこと。

「だから今度は同じように西牟田実恵の意識にシンクロすればいい。
表面上ああは振る舞っているけど、本当は誰より彼女が妹を呼んでいることはお前もよく判るだろ?」

こくん、と肯く相馬。

「だったらそれをロッドに乗せてやればいい。お前ならできる」
とカッコよく励ましつつも、土御門は相馬に未開封の下着を渡す。

「とゆーことで、とりあえずシャワー浴びてこい。あ、パンツはボクサータイプでよかったよな?」

相馬の下着を知っているのは、この場では約一名だ。日頃就活だと出勤してこない同居人に疑惑の眼を向ける。

「お前の下着教えて何が悪い?何か不利益でもあるか?」
と開き直る佐野。

「あ、着替えたら和室だからな」
と土御門は立ち去る相馬の背に声をかけた。

『冷水シャワー』に打たれて新品の下着に身を包むと、その上は普段どおりにもかかわらずに自然と身が引き締まる。
掛け軸、神棚完備の和室の大広間には、真ん中に鎮座まします関東一円の地図を囲んで、
土御門や猿島、警視庁の二人組、そして高校生組を除くB×Wの面々が勢ぞろいしていた。
その真ん中に収まる相馬。首からドッグタグのペンダントを外して、右手に握りしめた。

そして昨日実恵から預かった数枚の写真、それと相馬自身の心に刻まれた彼女に対する哀しみ、
それがこのタグを慶のもとに導いてくれるはずだ。

意識を集中し、いざダウジングに当たろうとしたとき、地図のサイズが気になった。

「なんで、関東の地図なんですか?」

もしかしたら彼女はそれ以外の場所で、もしかしたら日本以外のどこかにいるかもしれない。なのに――。
久世が口を開きかけた瞬間、それを遮った声があった。

「もしかしたら慶さんはもう生きていないかもしれない」

秦だった。

「だとしたら事件は死体遺棄、もしかしたら殺人ということになる。
この東京で殺された場合、遺体の捨て場所として考えられるのはおよそ半径
100kmの地点、
ここから遠く、なおかつ行って行けないことのない距離だ」

その冷徹な声は『人材の墓場』でくすぶっている警察官ではなく、むしろかつての敏腕刑事のそれだった。

「秦さん・・・」
「それに西牟田実恵自身も妹がはもう死んでいるかもしれないと言っていた。
生きているという確証がない以上、そっちの可能性に賭けるべきじゃないか?」

「秦さん!」

それは部下の抗議だった。

「相馬、おれたちの仕事は家族の苦しみにケリをつけることだ。
たとえそれが最悪の結果だとしても、彼女が見つからねぇことにはケリが付かねぇんだ。できるよな?」

相馬は昨日の実恵を思い浮かべた。
たとえ口ではああ言っていようと、それが現実ともなればやはりショックには違いない。
しかし、それもまた彼女に一歩を踏み出させるためには必要なことなのだ。

相馬は肺全体に行き渡るように息を吸い込んだ。
目を閉じる。今まで接してきた西牟田家の人々、そして実恵を思い浮かべる。
彼女の一見突き放したような言動から、妹を呼ぶ声を手繰り寄せる。

東京都千代田区上空、ちょうど特殊事態対策室の上あたりにぶら下がった銀のドッグタグは反応を示さない。

(妹はもう死んだんだ・・・)

声を捜し求めれば求めるほど、実恵の諦念がその声を覆い尽くす。
しかし相馬自身の思いがそれに抗った。

(諦めるな!まだどこかで生きてるかもしれないじゃないか)
(あの子はもう帰ってこない・・・)

銀のタグがぐらぐらと揺れる。
しかしそれはどこかを指し示すというものではなく、相馬自身の内心の動揺をそのまま表しているようだった。

(なぜ、前を見ようとはしないんだ?)

それは実恵の、そして相馬自身のものではない、第三の声だった。

(確かに慶さんは帰ってこないかもしれない。だけど、今の状況で本当に諦めがついたといえるのか?
結局は現実から眼をそむけただけ、ご両親と同じように。
その辛い現実の先にある、自分自身の未来に眼を向けなければ――。それが彼女の望んでいることだから)

それは紛れもなく、あのとき相馬が怒りに任せて言い散らかしていたことだった。

――もしかしたらあのとき、オレにこう言わせていたのは・・・?

顔を上げるとそこには土御門の眼があった。
その焦点は相馬にではなく、もっと奥、その向こうにあるものに合わさっているかのようだった。

そのとき、ドッグタグが、そして相馬の右腕が突如反応を始めた。
自分の腕が自分のものでないかのような瞬間、それはダウジングを始めて何度も味わってきたが
これほどはっきり離人感を感じるのは初めてだった。
吸い寄せられるかのように右上へと動く。

「次っ」

請われるままに倍率の小さい地図に変えられる。
その上をもすいすいとタグが駆け巡る。
まるで何かに取り憑かれたかのようにドッグタグは範囲を狭めていった。

しかし――

(もしかしたら、もしかしてじゃないのか?)

相馬の不安は別の方向に及んでいた。

「相馬、これがラストだぞ」
と言って出された地図は、彼の地元近辺だった。

(確かにウチも東京から半径100km近辺で、産廃やら遺体やらが近所に埋められたりしたこともあるけど・・・なぜなんだぁーーーっ!)

そんな内心の叫びなど無視して、銀のペンダントはある山林を指した。
それは彼の小学校の学区内だった・・・。

夜の新橋といえばサラリーマンの解放区。山手線のガード下には庶民的な呑み屋が店を連ねる。そんな中、一軒の立ち飲みに長身の男が入ってきた。身なりは悪くない、むしろカウンターに並ぶサラリーマンらより一桁は上のスーツを着ているようだがその襟元はだらしなく緩み、くたびれた中年の一群に溶け込んでいる。
男はその一角でビールを傾けている小柄な男の隣ににじりこむ。身長差は頭一つ分くらいありそうだ。

「大将、コップくんない?」

グラスを受け取ると図々しくも彼のビールを手酌で頂戴する。

「こんな所はお前の来るとこじゃないだろ、特殊事態対策室の室長殿」
と眼鏡をかけた小男がつぶやく。

「聞いたぞ、CRSATの美人管理官と二人で高級フレンチだってな」
「あら、地獄耳だねお前も」
「警視庁管内でおれの耳に入らないと思ったら大間違いだぞ」
「まだまだ敏腕刑事の情報網は健在、か」
「ま、それはお前の方が上だろ、鳳耶」

そういわれながらも彼――土御門はカウンターの奥に向かって肴を注文していた。

「で、何しに来たんだ?こんな不似合いな店に」
「おれだって毎晩高級フレンチじゃ財布も胃袋もあがったりだからな、たまにはこういう店にも来るさ。
それに、今日あたり美味い肴にありつけると思ったし」

「まったく・・・お前の勘のよさも変わらないな」
「式比古(のりひこ)の霊媒体質もな」
「よせよ、それは昔に比べりゃだいぶ良くなったんだから」

土御門は彼――秦 式比古のグラスにビールを注ぎ返した。

「西牟田慶の捜索の日時が決まった」
「ほぅ」
「来週末だそうだ」
「よく県警がゴーサイン出したな」
「なぁに、向こうには昔世話になったキャリアがいたんでな」
「世話をした、の間違いじゃないのか?」

そう言うと笑い合う二人。

「とりあえず遺族にも連絡はしたが」
「来ると思うか?限りなく『遺体捜索』になるんだろ」
「それでもな・・・」
と言うと秦は壁一面に張られた肴の品書きに目を遣った。
いや、そこに彼の目の焦点は結ばれていなかった。

「確かにあれはひどい状況だったが、だからこそおれもお前もあの現実を受け入れられることができたんじゃないか?
真っ白な壁に飛び散る血しぶき――」

「よせよ、酒が不味くなる」

折りしも土御門がぱくついていたのは、血のように真っ赤なマグロのぬた。

「こっちはお前みたいにスプラッターにゃ慣れてねぇんだから」

それでも、今も目をつぶるとまぶたの裏に浮かんでくるのは変わり果てた親友の姿。
たとえ
22年の月日が経っても、決して色褪せることはない。

「それにしてもお前のとこの新入り、大したもんだな」
「あぁ、相馬か?」
「現場の特定だって、彼一人がやったんだろ?素人だって聞いたけど、あれが素人か?」
「とりあえず、ただの素人じゃない、とだけ言っておくか」
「また勿体ぶりやがって」
「――なぁ、あいつが・・・」
「相馬君が?」
「・・・いや、なんでもない」
「またまたぁ」

言えるわけがない、相馬があいつだったら、なんて。あいつを知る秦には。
いや、『だったら』ですらない、答えはすでに出ている。
じゃあなぜ明かすことはできないのか?
当の本人がまだ気づかないからか?いや――

(おれ自身、まだその事実をどう扱ったらいいか見当がついていないからか?)

それだって、ヤツがここに配属になると決まったときに、覚悟は決めたはずなのに。

「おい、どうしたんだよ」
「いや、来週末だったよな」
「ああ、来週の土曜日だ」

気づくも、気づかぬも、それぞれの思惑と運命を乗せて時計の針は回って行く・・・。

5月某日、茨城県南部のとある地方都市の郊外。国名で言えば常陸ではなく下総の方だ。
駅の周りには商業施設やら映画館やらが並び、国道沿いにはロードサイドの大型店が軒を連ねる、
よくある地方都市の風景だが、
この辺に来ると建売の○○ニュータウンが点在するほかは農地の広がるのどかな田園地帯だ。

「それでもだいぶ畑が減りましたけどねぇ」
と相馬は久々の故郷にまんざらでもない様子、でもない。
ここに遺体が埋まっているのかもしれないのだ、しかももしかしたら7年間も。
ということは自分が中学生だったときから。
そうとは知らず青春を送っていたあのころを返せ!と叫びたくもなる。

「んで、ここがお前の指し示したところか」

土御門の指差した小高い雑木林には、すでに茨城県警の捜査員がずずずらっと勢揃いしていた。
ここも小学生のころ、夏休みには毎日のように自転車でやってきてはカブトだクワガタだと遊びまわっていたところだ。
内心、自分のダウジングが外れていることを祈る。

「本当に、ここに遺体が埋まっているんでしょうねぇ」

県警のお偉いさんらしき人物が土御門に詰め寄る。

「さぁ、遺体かどうかは判りませんが」

それすら詭弁に過ぎない。この奥に人家があるならともかく、
そんなものはないことは地元育ちの相馬はよく判っている。
つまり、当たっているならとてつもなく大外れ、だ。

「しかし、手がかりも他にない以上、彼に任すしかないんじゃないですか?」
と、担当捜査官として管轄外に乗り込んできた秦が口を挟む。

「警部、ご遺族の方をお連れしました」
「まだ決まったわけじゃない」

土御門のフォローも、相馬にとっては唇寒いだけだ。

「こんなところに本当に娘はいるんでしょうな」
「それで娘は、慶は無事なんでしょうね?」

有形無形のプレッシャーが彼に襲い掛かる。そんな中、実恵だけはじっと無言のままだ。

「秦警部補、それに土御門さん、といいましたっけ。もしこれで空振りならばこっちとしては部下の時間外手当を要求しますよ」

――当てても地獄、外しても地獄。

「相馬、気にするこたないで。真実はたった一つや。そのロッドで、たった一つの真実掘り出してみぃ」

土曜日ということで出勤してきた麒麟が声をかけた。

「そのペンダントは百発百中なんやろ?(う・・・苦しい。だから引っぱるなって)
自分の答えに自信持たな、当たるもんも当たらへんで。それじゃ慶さんも浮かばれへん」

「だからってまだ死んだとは――」
「どんな結果が出たって卑屈になるこたない、胸張ってかまへん。ほな、気張ってや!」
とぽぉんと背中を思いっきりどつかれた。しかし、それで肩の力が抜けたのも事実だ。

そんな相馬に厳しい視線を送るものがもう一人いた。佐野だった。
その彼は結果を見届ける気はないとばかりに対策室のバンの中に引っ込んでしまった。
一方、相馬の背中をじっと見続ける土御門。
その背中は、捜査員たちを引き連れて、雑木林の中へと消えていった――。

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D×B

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