帰ったら帰ったで、今度はまた別のことが待ち受けていた。 「おーボウズ、帰ってきたか」 と猿島係長はデカ部屋前で相馬を待ち受けると、その両手にいきなり二つの棒を握らせた。 「な、なんなんですか!これから飯食おうと思ってたのに」 「それ、この建物のどっかに隠してあるんだわ。お前探し出せるか?」 探し出せるかっていったって・・・ ――んなんムリだよ。 「だからこそのこのロッドだ」 「ろっどぉ?」 そうは言っても・・・しかし、部屋の上座に鎮座する土御門室長の、あの嬉しそーな表情を見ると、 「・・・行ってきます」 そのとき、相馬の腹が勢いよくぎゅうと鳴った。 金属のロッドを軽く握り、左右に揺らしながら進む。 それでもなお、相馬は頭の中に海苔の千切りの乗った、つやつやとしたざるそばを思い浮かべながら、 「あれ、ここ前にも来たんじゃ・・・」 また腹がぎゅうと鳴った。今度は廊下中に響くほどだ。 「おっと」 相馬は正面から、前から歩いてきた男とぶつかった。 「あの、本当にすいません!前をよく見ていなかったもんで――」 その男は――白衣を着ている。その下にはきちんとネクタイを締めていた。 (キャップとは大違いだな) 「おや、君は前にも――」 そう彼が言おうとしたとき、相馬のロッドは彼に反応した。 ――え、なんで? そして彼が立ち去ったあとも、ロッドはその白衣の男を指し続けていた。 ――まさか、あの人が食っちまったわけじゃないだろうな、オレのざるそば。 その真偽を確かめるにも、まずはそばを見つけなければと相馬は跡をつけた。 ――地下2階といえば・・・。 エレベーターの重い扉が開いた先に広がるのは、 その彼らが、白衣の男を見た途端向き直って「班長」「チーフ」と口々に声をかける。 「頼光班長、それに相馬ぁ!」 特殊事態対策室研究班武器担当主任・海東公美は口をもごもごさせながら、 「なんで班長がこいつと一緒なんですか?」 「あの・・・この人」 そう朗々と、半ばオーバーに語る海東だが、その顔は至って真面目だ。 「おい、それはいくらなんでも度が過ぎるんじゃないか?」 「ところで相馬君、君は何の用があったのかね?」 あっそうだと言って相馬は海東の机を見た。 「海東さん、それ、オレのそば!」 「で、お詫びといっちゃあなんだけど・・・」 「コンビニそばかよ・・・いつもと一緒じゃん」 仕方がない、こっちは極限状態に腹が減っている。 「おう、やっぱ来てたか相馬」 「ひゃっふ、ひょっほひいてふだはいよ!」 「室長、あれが噂の相馬巡査ですか」 「ああ、大したもんだろ?いくら腹減ってるとはいえ一発でここまで探し当てるとは。 土御門はちらりと相馬を見た。彼はよっぽど腹をすかしていたのか、コンビニそばにむしゃぶりついていた。 |
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その日、土御門は新宿駅の東口に人待ち顔で立っていた。 日頃表情をあまり表に出さないこの男がいかにも「待ちくたびれてます」という顔をしているということは、 相当待ちぼうけをくらっているのだろう。 しかし、背後からぱたぱたという足音を聞いたとき、彼の顔は普段のアルカイック・スマイルに戻っていた。 ハイヒールではない、男物仕立てのローファー。長身の彼女らしい。 「待った?」 「出動?」 「じゃあさ、それから先のグチはお店行ってからにしよう、な」 土御門の選んだ店はまだ出来たばかりの和食の店であった。 「こうやって飯食うのは、虎ノ門のお化けビルの反省会以来だっけ」 席につき、メニューを渡されると土御門はそう切り出した。 「両手両足、全部義肢だっけ?」 メニューをめくるその優美な指は生まれつきのものではない。 「あの新人キャリア、有働警視だっけ?さぞやびっくりしただろうなぁ」 いや、むしろ彼はそれを納得しているかもしれない。 「でもなんで・・・」 穂積は口をつぐんだまま。ちょうどそのとき、派手やかな着物――正しくいえばキモノ風ドレス―― 「ところで、最近仕事で何か面白いことでもあった?」 「仕事っていってもねぇ・・・おたがい守秘義務とかあるでしょ」 「そうそう、面白いことといえば――」 |
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それは相馬がダウジングの訓練に明け暮れているころだった。 「何あれ?」 IDカードやらバイクの鍵やら、彼にとって無くしてはならない大切なものをわざわざ隠して探させるのだ。 「それにしてもキャップ、まるで『ここ掘れワンワン』やな」 シロ、という説もある。 「ポチかぁ」 |
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「花咲かじいさんねぇ」 「で、相馬巡査は今もIDやら鍵やら探し回ってるの?」 地図を広げて、その上に振り子を垂らし、その反応を調べるのだ。 「水晶の振り子や銀などがいいんだが」 そんなこんなで相馬は西牟田慶を探し出すべく、与えられた試練を一つひとつ乗り越えているところだ。 「1/1500、1/3000と少しずつ倍率を下げてる。今では東京23区内なら探し物を見つけられるくらいだ。 ま、もっとも厳密にやるとするなら世界地図から探せるようにならにゃあならんがな、と土御門が言う。 「ねぇ、その女子大生って失踪して何年になるんでしたっけ」 それは素朴な疑問というより切実なもののように土御門には思えた。 「一応仏教では49日であの世に行くっていうけどなぁ・・・行けなかったら、地縛霊とかになるしかないわな。 そう言われると穂積は沈痛な面持ちでうつむいてしまった。 「穂積さん、何か・・・」 ――心当たりでもあるのか?しかし彼女は顔を上げると、 「そう・・・なのかしらね。ま、あの世っていうのがあるとしたらの話だけど」 |
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