相馬らはその後、旧帝都建設社員や解体工事関係者などの聞き込みに行って、対策室へと戻ってきた。

まず猿島が報告する。

 

「現場の方じゃあまりにも事故が多いってんで、工事は開店休業状態でしたね」

「で、行ってみた感想はどうだったんだ?」

 

すでに帰ってきた土御門が問いかける。

 

「うーん、よく判んないんですけどなんだか薄気味悪くって――」

「あの空間には長い間の怨念が地層みたいに重なっていました。

あれを祓うとなると並大抵のことじゃないですね」

と、相馬の要領を得ない答えに佐野が割り込んできた。

その横顔には、霊感などといった能力を持たない相馬への優越感が含まれていた。

 

「相馬」

「はい」

「霊感がなくても、そういう感覚は大事だ。大切にしろ」

 

そう言われて、相馬は横目で佐野をせせら笑う。二人の間で火花が飛ぶ。

 

「やっぱりあの土地にはなんかありますな」

と猿島が言う。

 

「そうか、背後関係を洗った方がいいな」

と言うと土御門は、持っていた書類をぽぉんと放り投げた。それを相馬がつかむ。

 

「これは・・・?」

 

その書類の一枚目にはには、完成前の予定図であろう、帝都建設本社ビルのCGイラストが載っていた。

 

「足元蹴飛ばせば倒れそうだろ?見た目に安定感を欠く建物は風水的にも良くないんだよ」

 

そのイラストでは、ビルは末広がりの台形状の形だった。

一応建築強度的には問題ないとしても、見た目の不安定さは否めない。相馬が感じた違和感もそれだった。

 

「下の人間が苦労する形だそうだ。まぁいい、明日も頼むな」

と言うと彼はくるっと椅子を回して背中を向けた。

 

「あ、相馬」

「はい」

「例のブツ、仕上がったそうだ」

 

振り向いてニヤリと笑う。その笑みの意味を図りかねたが、一瞬合点がいったという表情を浮かべると

はきはきとした笑みで

 

「はいっ」

と言うや否や、部屋を飛び出し、階段を駆け下りていった。

 

エレベーターを待つのもまどろっこしい。目指すは地下2階、特殊事態対策室付属ラボ。

途中、白衣の男とぶつかった。

 

「あっ、すいません!」

 

もちろん、廊下を猛ダッシュで駆けていった相馬が悪いのだが、その壮年の男は

「いや、いいんだよ」

とにこやかに笑うと、そのまま通り過ぎていった。

 

「はーい、お待たせぇ」

ラボで待っていたのは兵器班主任研究員・海東公美だった。

 

「ねぇ、例の、出来たんすよね?」

と、飛びかからんばかりの勢いの相馬をどうどうと宥めすかしながら

白衣の研究員がそれぞれの研究に没頭している中を案内する海東。

 

「お、彼が噂の新入りかい?」

と声をかける者もいる。そのたびに彼女は

「そう、彼が噂の、全く何の能力も持たない新入り君」

と紹介する。そのたびにちょっとづつ凹むのだが、

いちいちそんなことで気落ちしている暇など彼にはなかった。

もうすぐ、新しい『オモチャ』が手に入るのだから。

 

ようやく、兵器班のブロックに案内された。

 

「そう慌てない、どうどう」

と言われても、彼のドキドキは治まりそうもない。

今までのどんなプレゼントよりも、これほど待ち遠しいものはひとつとしてなかった。

 

「じゃーん」

と口先効果音と共に彼に示されたものは、片目のところにレンズの付いたインカム型のものだった。

 

「ゴーストアイ、君のリクエストで小さくしてみたんだけど」

 

もともとは30年以上前の暗視用ゴーグルのようにゴツかったものを

短期間でここまで小型化したのだからその努力は並大抵のものではない。

しかし、それはまた今まで小型化しようと思えばできるだけの技術があったのだが

そうしなかったともいえる。

今までそれを使用していたのがCRSATのタイタナイトだけだというのだから仕方ない気もするが。

 

「海東さん・・・」

 

相馬の声が心なしかしぼんでいた。

 

「ついでにテレパスレシーバとも一体化してみたんだけど・・・

はいはいお待ちなさいって、モノにはちゃんと順番があるんだから」

 

精神観応の原理を利用したトランシーバーと一体化された霊視用ゴーグルを

所在なさげにいじくりまわす相馬。

その一方で海東は鍵付きの引き出しから銀色に光る何かを取り出した。

 

「それじゃあ、本日のハイライトー!」

 

それはS&W・M60.38チーフス・スペシャル3inchを改造した、云わばサイコ・リボルバーであった。

 

「このグリップのところにコンバータ、つまり霊力変換装置があって、そこで変換された力が

この、錬金術的手法によって造られた特殊な銀、通称クイックシルバー製の弾丸に伝わると、

弾は気化、昇華。霊的エネルギーに変じて、ま、悪霊なんかにダメージを与えるというわけ」

 

あらゆる人間に、もちろん霊能力を持たない相馬らにも霊的な力というのは潜在的に持っている。

ただ、その力を発する方法を知らないだけだ。

つまり、この銃を通して彼にもそういった霊能力的な力を発することができるというわけだ。

 

「弾丸によって与えるダメージを変えることもできるし、もちろん普通の38口径弾丸も使えるから。

はい、ホルスター」

 

手渡されたウェストタイプのホルスターに銃身を収めた後も、

彼は目を輝かせながらその銃を抜いたり仕舞ったりし続けた。

 

「その銃に名前があるのよ。知りたい?」

 

名前?そんなこと相馬は考えてもいなかった。

 

「フライシュッツ、っていうのよ。ウェーバーのオペラ『魔弾の射手』の原題。ドイツ語だよ」

 

狙った獲物は外さない魔法の弾丸、か。サイコリボルバーにはぴったりの名前である。

 

「よーくキャップにお礼言っときなさいよ」

「へ?」

「その名付け親、キャップなんだから」

「おれがなんかやったか?」

 

藪から棒に、後ろから声がした。無論、その主は噂をすれば影、の彼だった。

 

「おーい相馬、新しいオモチャもらってうれしいのは判るが、お姫様から電話だ」

「お姫様って」

「かぼちゃの馬車のお迎えだそうだ」

 

そこまで言われりゃ見当がつく。

気付かれないように軽く舌打ちすると、ホルスターを巻いてその場を後にした。

 

「おーい、そんな物騒なものお迎えに持っていくんじゃないぞ」

 

 

朝の土御門の電話が効いたのか、校門の守衛が怪訝な顔をしただけですんなり校門の中に入れてもらった。

当のお姫様のほうは相変わらず吹きっ晒しの馬車にご不満そうだったが、

表立って不平を申されることなく対策室へご到着と相なった。

 

途中、竹橋付近の交差点で信号待ちの最中に、彼の腕にエンジンのものとは違う、別の振動が伝わってきた。

すぐさまジャンパーの袖を捲り上げる。

 

「あれ?相馬の腕時計、ケータイ兼用?」

 

後ろから麒麟が覗き込む。

「おう。いーだろ、なんかSFっぽくて」

 

ちなみに“当時”の電話は携帯も固定も、テレビ式が主流になっている。

それは電話機というものの形態を大きく変えることなり、

電話をするというポーズも受話器に耳を当てるというより画面に向き合ういう感じになった。

それはデジカメや液晶付きビデオカメラのように、機能が動作の形態を変えさせた例の一つであろう。

また、携帯電話の発達も著しいものがあり、“現在”ではカメラやメール機能はもちろん

簡単なデータ処理も可能で携帯電話というより小型PDAと言ってもいいだろう。

相馬のケータイ兼腕時計の液晶画面はメールの着信を表していた。

すぐさまメイン液晶を起こしてチェックする。

件名:姫へ伝言

本文:新作手品が完成したんで、着いたらすぐ見せるから(^-^)

「・・・直接送れよ」

「キャップって手品上手なんよ。前に東京に遊びに行ったときも何度かみせてくれはったん」

「へぇ」

初耳だ。

信号が変わって、スロットルを回す。だがそのとき、

 

「あ、CRSATや!」

 

目の前を、機動隊バスと同じ青と白で塗り分けられた大型トレーラーが通り過ぎる。

タイタナイト運搬車両・トレーラーバス。あの中に1小隊分、およそ10機のタイタナイトが収容可能だ。

 

「出動の・・・帰りかな」

と相馬は車列の去っていった方向を見やる。その向こうには本部のある1機の庁舎がある。一方麒麟はというと

 

「ほな、うちらもさっさと帰るで!」

 

言われるがままにスロットルを全開にする。

 

(なんでんなこと言われなあかんの)

と内心、関西弁でぼやきながら。

 

 

相馬が麒麟姫を連れてきたとき、土御門はなにやら折り紙をしていた。

その彼の机へ真っ先に駆け出す姫。

 

「何してはるんですかぁ?」

 

語尾にハートが付きそうな勢いだ。

 

「これかぁ?」

 

一方のキャップもまんざらではないらしい。

彼は机の上の二つの折り紙――やっこさんと袴――を手にとって糊付けすると、突然歌い始めた。

ちゃららららら〜〜〜、とマジックショーの定番、『オリーブの首飾り』である。

その自前の音楽に合わせて指を怪しげに動かす。その指に合わせて折り紙もまた怪しげに動く。

もちろん、指に糸があるわけでもない、にしては指と折り紙の動きがバラバラだ。

一体どういう種も仕掛けもあるんだ!?と相馬はこの机の上の小さなステージを

目を皿のように凝らしてじっと見つめていた。

 

と、そのとき麒麟が落胆したような声をあげた。

 

「なんや、キャップ、これ式神やん」

 

そういわれた途端、折り紙は気落ちしたように倒れ、ただの折り紙になった。

 

「さっすが麒麟、ご名答」

 

見破られた土御門も、何だかちょっと嬉しそうだ。

 

「し、式神って・・・?」

 

相馬、完全蚊帳の外。

 

土御門や麒麟に代わって説明するが、式神とは昨今の陰陽師ブームでおなじみの、アレである。

式神にもいろいろ種類があるが、今回土御門が操っていたのは、

紙の人形(ひとがた)に魂を吹き込んで操る分身タイプである。

『西遊記』で孫悟空が自らの毛を吹き飛ばして無数の分身を増やす、というのに近いだろう。

そして麒麟はというと、相変わらず室長席の前で土御門と嬉しそうに駄弁っている。

そこに、出先から帰ってきた佐伯と、同じく学校帰りの北白川がやってきた。

 

「また今日もVIP待遇ですか」

「やっぱ斎王家のお嬢様となると、扱いが違うねぇ」

 

麒麟は相馬と同じこの4月からのルーキーであるが、彼女の教育は室長自らとなっている。

それだけでもこき使われてる相馬とはエラい差だ。

それ以外にも、例えば彼女に対する土御門の物腰一つとっても、他の職員との差は歴然としている。

もちろん彼らはこの差に不満を持っていないわけではないが、

何せ相手は東の土御門と並び称される陰陽道の名門・斎王家のご令嬢、それも跡取娘。

この業界に身を置く者なら、それも仕方ないと諦め半分なのが現実である。

しかし、相馬にとっては業界の常識も関係ない。ので独りこの差に鬱々としていた。

それにしても、見よ、あの麒麟の表情を。相馬へのさっきのあの態度とは全くの別物である。

顔に年相応の少女らしい、満面の笑みを浮かべている。

相馬には居眠り中年としか思えない土御門が、彼女の目にはダンディに映っているのだろう。

あー小憎らしい。

 

(大体キャップもキャップだよ、デレデレしちまってさぁ)

と、ため息をつきながら今日の報告書に取りかかろうというそのときに、入り口のドアが開いた。

現れたのはCRSATの制服を身にまとった長身の女性だった。胸には金地に1本ラインの階級章。

 

(あっ)

と相馬は思った。一度、顔を見たことがある。あれは確か初めて現場に出たとき。そう、まだ初日――。

 

「おい、茶だ」

 

横から肘が入る。佐野だった。

 

「管理官にお茶をお出ししろ。新入りの仕事だ」

と言われて部屋の脇にある給湯室へと追いやられた。

正しいお茶の汲み方、なんてものはよく判らないが、できる限り丁寧に淹れたつもりだ。

来客用らしき茶碗に注いで、茶托付きで差し出す。

警視庁CRSATの穂積管理官と紹介されたあと、そそくさと席を辞した。

 

改めて報告書に取り掛かろうとすると、向かいの席の麒麟がなぜか膨れっ面していた。

原因は何となく判る。あの美人警視正だ。

彼女の向こう、奥まった応接スペースに目を凝らす。

 

「出動から帰ってきたんだ。でもわざわざこっち来なくてもいいのに」

 

土御門はどこか嬉しそうだ。鼻の下が伸び気味である。

しかしその表情は、さっきまでの麒麟とのそれとは別物だった。

敢えて比べるとすれば・・・穂積との方が心もち上か。

 

「だって貴方が何も用件を言わずに帰ってしまったから」

「用件なんて何もありませんよ。ただ穂積さんの顔が見たかったから、それだけ」

「だったらわざわざ来ないでくれる?」

 

胸ポケットからシガレットケースを取り出す。土御門が恨みがましい目で彼女を見た。

 

「穂積さん、おれの目の前で吸うのだけはやめてくれない?」

 

そう言われると彼女はケースを元に戻した。

 

「そういや穂積さんとこ、新しいの入ったそうで」

 

さっきの一言で嫌な雰囲気が流れかけたのを、土御門が食い止めた。

 

「ええ、会ったの?」

「さっきね。一瞬でおれのこと不審人物扱いしたもん。ありゃ優秀だよ」

「あら、鳳耶さんは自分のこと不審人物って自覚があるの」

「そりゃまぁ多少は。でも穂積さん、彼――」

と言いかけてやめた。たぶん彼女は気付いていないだろうから、その新入りの気持ちなど。

 

「有働君がどうしたの?」

「いや、有働っていうんだ」

 

その後穂積は他愛もない会話をひとしきりして帰っていった。その帰りがけ、

 

「んじゃ穂積さん、明日の5時半ね」

「あら、明日だった?」

「そうだよ。予約するの大変だったから」

と、そんな話をしてから対策室を後にした。

 

定時になって、今日も忙しい研修の一日から解放された。麒麟はというと

「あれ、キャップ、麒麟は?」

「あぁ、遅くなりそうだからおれが送ってくわ」

 

すると麒麟は現金なもので、抱きつかんばかりの笑みを浮かべた。

穂積管理官が帰ってもずっと膨れっ面していたのに、である。

その笑みにむかつきながら出て行こうとすると、麒麟がこれ見よがしに手を振った。

その表情の小憎たらしいこと。こっちも思いっきり「いーっだ」と応酬してみせた。

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Afterword

 

D×B