その後の捜査で白井の勤め先の自動車修理工場の主は唐木田の古い友人であり 白井を彼に紹介したのもその主だと判明した。だからこそ新宿の事件のとき、彼は偽のアリバイを証言したのだ。 もちろん槇村だって八方手を尽くして、そしてここが白井にとって最善であるとその工場に勤め先を見つけたのだろう。 しかし、裏稼業の甘い誘惑から遠ざけるための場が彼にとって 再び裏の世界に引きずり込む蟻地獄となってしまったのは皮肉と言って余りある。 この事実を知らされたときの槇村の落胆、そして後悔と自責の念は如何ばかりだろうか。今となっては推し量る他ない。 そして、唐木田商事の家宅捜索の結果、45口径の銃弾数ケースが発見されたが、肝心の銃そのものは見つからなかった。 本庁の銃器庫の重い扉が開けられ、ロッカーの中から鉄の塊が一つずつ捜査員に支給される。 だが、警視庁の精鋭たちがいくら探し回っても彼の行方は掴めなかった。 その日も落胆のまま捜査を終えると、私は新宿へと向かっていた。 (確か…淀橋署の官舎住まいだったな) 槇村に謝らねばならなかった。たとえ許してもらえなくてもいい、彼の前で頭を下げたかった。 「はーい」 「君が秀幸くんかい?」 6歳の少年らしからぬしっかりした口調で彼は言った。 「じゃあお母さんは?」 無言で頷いた。 「でも、もう子供の起きている時間じゃないな」 時計は9時を回っていた。 「先に休んでなさい。その方がお父さんも心配しないんじゃないか」 そう言われて彼は不服そうに眉根を寄せていたが、小さな声で |
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あの頭は切れるが愚直な刑事の行きそうな所は一つしか思いつかなかった。
「やはり、ここにいたか・・・」 道端に止められたキャロルの中、隠れるように槇村はいた。そして彼の視線の先には白井のアパート。 「白井は来ませんよ」 険しい顔で槇村は言った。 「ここに隠れている警官たちが引き払わない限り」 そして地面に手をついた。 「すまなかった、槇村!お前を守れなくて。本当は私も一緒に泥をかぶりたかった。だが――」 すると彼はあれほど厳しかった顔つきをふっと緩めた。それはいつもの、刑事らしからぬ槇村の表情だった。 「白井が犯人だと判った時点で、私の負けだったんです。 そのとき、彼の背広の左脇がかすかに膨らんでいるのが見えた。 ――まさか、槇村は・・・。 そのとき、街灯が一人の男の影を長く映し出した。ちぃっ、と槇村が耳元で舌打ちした。 「白井、俺だ。槇村だ」 槇村が覆面パトカーから降り立った。影法師の歩みが止まる。 「3年前のあのときもこんな感じだったな」 そう言って彼は槇村に銃口を向けた。 「頼む、白井!自首してくれ!あのときのように。 そんな奴の叫びをかき消すように轟音が鳴り響いた。しかし、 「やっぱりお前に人は殺せないな・・・銃の撃ち方がおっかなびっくりじゃないか」 槇村はそう呻くように言った。 「裏切ったのはお前じゃないか!」 その沈黙を破ったのは私の声だった。張り詰めた空気が歯がゆかった。 「槇村はな、君の無実をずっと信じて今まで捜査してきたんだ。 白井は無言だった。 「槇村、大丈夫かっ?」 痛みをこらえながら、必死にいつもの笑みを浮かべようとする。しかし、 「それで、弾は貫通してるのか?」 未だ彼の体内に留まっているようだ。 だが、そのとき―― 銃口が自分に向けられている、と気づいたのは槇村の銃が火を噴いた後だった。 |
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その後槇村は救急車で、白井は警察車両でそれぞれ運ばれていった。 今回の銃の使用に対しては相手は大口径の銃を持った凶悪犯ということもあり 「不適切な点は無かった」という紋切り型のコメントが出されたにとどまった。 そして私には「自分の命を顧みず部下を救った、部下思いのエリート」という評判が現場を中心に広がり 今回の事件に対する上層部の憂慮を覆すほどとなった。そして婿殿のそんな名声に気を良くした刑事部長の鶴の一声で 『連続都内銀行強盗及び隅田川会社社長殺害死体遺棄事件』は決着したのだった。 しかし、我々の中で事件はまだ片づいてはいなかった。 「単独行動は感心しないな、槇村巡査」 白井が最期にここに来たように、槇村もまたここへやって来るであろうことはお見通しだった。 「松葉杖で階段はきついだろう。手助けに来た」 まるで初めて会ったときの、いや、それ以上のよそよそしさで彼は私の前を通り過ぎていった。 「あ、ありがとうございます、野上・・・さん」 そして彼は私の肩を支えとしながら二階への階段を登りきった。 「帰ってください!」 あの賢夫人が声を荒げて言った。 「いくらあなたが謝っても、白井が帰ってくるわけじゃありません、白井の名誉も・・・」 そして、我が耳を疑った。 「あの人じゃなくあなたが死ねばよかったんだわ」 あの美しい夫人がどのような顔をしてこんなセリフを吐いたのか、私には想像もつかなかった。 「あなたが死んでも二階級特進になって残された家族には支給金も出る、云わば名誉の戦死です。 この聞くに堪えない言葉を槇村はただひたすら無言で受け止めていた。 そのとき、たったったっと軽快に階段を上がっていく物音がした。その足音は階段を登りきったところで止まった。 「おじさん・・・」 白井の息子だった。 「嘘でしょ?槇村のおじさんがお父さんを殺したなんて、お父さんが銀行強盗だったなんて、ねぇ!」 私の服を懸命につかんで涙をこらえるその表情に、槇村の息子のものが重なった。 |
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>ニューナンブ 現在の社名はミネベア。ちょうどこのころ制式採用されたらしいです。 でも好きじゃないんだよなぁこの銃。命中率はどんなもんなんでしょう? あの銃の支給シーンはもちろん『踊る〜』(の記憶)から。 |