あのとき、遅くまで父の帰りを待っていた少年は、父によく似た聡明かつ穏和で正義感にあふれた青年へと成長していた。

「その親子はその後――」

槇村の問いに総監は静かに首を振った。

「槇村も、そして私も二人の行方を懸命に捜したが、結局見つけられなかった」

せめて遠くで、誰も白井の事件を知らないほど遠くでひっそりと、だが幸福に暮らしていれば・・・そう祈るしかなかった。

「もしかしたら槇村が――君の父上が殺人犯の、確か・・・久石といったな、
彼の娘を引き取ったのも、その償いだったのかもしれん」

白井の妻の言葉が槇村の胸に深く突き刺さっていたに違いない。
何の罪も無い子供に『殺人犯の子』という汚名を二度と背負わせたくなかったのだ。

「昔、遠くからだったが一度見たことがある。
父上の葬儀のとき、泣きながら君のズボンを掴んでいた姿が今でも思い出せるよ」
「いらしてたんですか?父の葬儀に」
「ああ。だが、参列者の列に加わることはできなかった。私は君の父上を――槇村を、裏切ってしまったのだから」

そして総監は机の上に置かれた警察手帳を槇村の手に握らせた。

「だから、この約束だけは守らせてくれ。槇村の息子が警察官になったなら、私が後ろ盾になるとの」
「野上総監…」

彼は槇村の両手を力強く包むと、満足そうにその手を引いた。
「本来ならば十年前、君が囮捜査の責任を取って辞表を出したときにこうするべきだった。済まないことをした」
「そんな・・・総監。私のためにこんなことまで――」
「そうよお父様。こんな無理な話通ると思ってるの?」
「なぁに、警視総監の首一つ懸けてて通らない話など警察には無いさ」

そう言うと総監は槇村の肩をぽんと叩いた。

「本来ならもう一つの約束も守ってやりたいところだが、こればかりは本人の心次第だからな」
と言うと朗らかに笑いながら総監室を後にしていった。

後に残されたのはそのもう一つの約束の二人だけだった。
実際、二人にその気が無いわけではなかった。かつては同僚として、そして恋人として
――その背後には何が何でも最後の約束を果たそうという当時の刑事部長、現・警視総監の意図が見え隠れするが――
想い合った仲だ。しかしその選択肢だけは二人の中で有り得ないものだった。そう諦めたはずだ。
だがこうして半ば公認という形で目の前に突きつけられるとかえって尻込みしてしまう。
そもそも復職というのも結婚に向けての第一段階なのだろう。
警察キャリア、それも警視総監令嬢の花婿となれば同じ警察か他省庁のキャリア官僚か
ノンキャリアであっても将来有望な警察官でなければならないのだろうから。

「槇村はどう考えているの?」
「あっ・・・ああ」

返事がぎこちない。

「何考えてるのよ!ふっ、復職の方よっ!」
「ああ、そっちか・・・」

刑事という仕事に未練は無かった。あの失敗が無くとも法の枠内でしか動けない組織に限界を感じていた。
そして冴子をそこへ置き去りにしてもかまわないと思っていた。彼女なら一人でやっていけると。

だが今は冴子の側にいてやりたかった。シンセミーリャの一件で彼女の意外な弱さを目の当たりにしてしまってから
傍らで常に支えてやりたいと思うようになった。だが、その一方で今までの不安が頭をよぎる。
いくら刑事に戻れるとはいえ、自分のような後ろ暗い過去を持つ男がエリートである彼女の側にいていいのだろうか。
自分の存在が彼女の汚点になりはしないか、そう考えれば黙って身を引くのが
せめて今のままの距離をとり続けるのが冴子のためだろう。しかし、

「ねえ槇村、もしよかったらあなたの人生の半分、わたしに背負わせてほしいの」
「冴子・・・!」
「十年前、あなたが刑事を辞めなければならなかったとき、わたしもあのときの父と同じ気持ちだった。
あなたを裏切ってしまったって。それに・・・」

そう言ったまま冴子は窓の外遠くを眺めていた。
(地獄に堕ちるのは自分独りで充分だ)
と言い残して逝った男の面影が冴子の脳裏に浮かんだ。

「自分独りが奇麗なままで取り残されるなんてもうたくさん!あなたとだったら地獄にでも堕ちていける」

そして槇村の胸へと飛び込んだ。

――彼女はそれだけの覚悟を固めていた。だが、自分はどうだろうか?

最愛の女性の温もりを感じながら、槇村は自分に問いかけていた。
さっきまでは自分が冴子を支えてやるのだと思っていた。だがその彼女が槇村を支えたいというのだ。
やはり彼女は弱いだけの女ではなかった。槇村の愛した、野上冴子だった。

もし復職が叶ったとしても、これから彼を待ち受けているのは決して平穏な刑事人生ではないと覚悟はしていた。
だが、それも二人ならば乗り越えられなくはない、そう思っていた。

「7年前に言おうと思ってたのに、先を越されちまったな」

そう言うと槇村は彼女を抱く腕の力を強めた。




数日後の警視庁の部長会議で槇村秀幸巡査部長の復職と特別昇進が了承された。
そしてそれを花道に、野上警視総監は残りわずかな任期を残して退任した。
ようやくこれで槇村×冴子の決着が最終的に付けられました。
さあ、あと残すは撩×香だ!

ということで、全くCHとはいえない駄文でしたが
ご愛読ありがとうございましたm(_ _)m

Former/Afterwords

City Hunter