「やめてくれ!」
遠くから――いや、決して広くもない部屋の中だ。耳も殴られて聞こえづらくなってるんだろう―― 「殴るんだったら俺を殴ってくれ、お願いだ!」 うっすらと目を開けると、あいつが床にひれ伏していた。 「駄目だ、今お前に怪我されちゃ車を調達できないからな。 そう言うと奴は机の上に無造作に置かれていた拳銃に手を伸ばすと、それを相棒へと向けた。 「こいつの代金分がまだ残ってるんだ。やってくれるだろうなぁ、白井さんよぉ」 すべての発端は俺がこの唐木田から借金をしたことだった。 3年前まで俺と白井はコンビを組んで、山の手のお屋敷町で自動車泥棒を繰り返していた。 俺に借金を返す当てがないと知った唐木田は「銀行強盗でも何でもしてとにかく返せ!」と迫った。 なのに新宿の事件の前――それは俺が悪かったんだ、盗んだ金に手をつけてしまったのだから―― 「GIコルト。米軍の兵隊から横流ししてもらった、もちろん本物だ。高い買い物だったよ。 銃を突きつけられて、白井はやるとしか言えないだろう。 乾いた音が唐木田金融の社長室に響いた。 「動くなっ!」 白井は先端に血のついたままの拳銃を奴の部下たちに突きつけた。 「いいか、これから社長の死体を下の駐車場に持っていけ。すぐにだ!」 いくら奴らが腕っ節には自信があっても、拳銃には敵わない。 「済まないな、こんなことになって」 最後の仕上げに血痕の付いた絨毯をはがすと、筒にして二人で抱えて駐車場へと持っていった。 「こいつで巻けば人目には触れないだろう」 そう言うと絨毯の血の付いた表を内側にして、海苔巻きのようにぐるぐると死体を巻いていった。 「唐木田の車を使えばいいじゃないか」 そこには奴ご自慢のキャディラックやポルシェが並んでいた。しかし、 「乗用車だとトランクに乗せるにせよ後部座席にせよ、後始末が厄介だ。その分トラックなら荷台を水で流すだけで済む」 そうだ、いつも考えなしの俺とは違って白井は常に一手も二手も先を読んでいた。 「で、これからどうするんだ」 逸る俺を白井が抑えた。その横顔は、さっき人を殺したとは思えないほど落ち着いていた。 「なるべく暗くなってからがいい。都心ならなおさら人目を避けなければならないからな」 そう言ったきり白井は背もたれに深く身を預けた。 真夜中の隅田川に俺たちは絨毯の太巻きを投げ捨てた。 「これで最後だな」 そう言いながら、俺たちは橋の上を別れた。 そうは言っても、この人の好い相棒のことだ。今度また俺の身に何かあったときは、同じように悪事に手を染めてしまうだろう。 |
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大手柄から数日後、深川の隅田川岸で絨毯に包まれた男の遺体が見つかった。 腹部には銃創、それが致命傷とされた。 すぐに遺体の身元が割れた。唐木田信三、都内で金融会社を営んでいた。 相当阿漕な金利を取っていたそうであり、おそらくは借金をめぐるトラブルが原因だろうと 我々捜査本部にその事件が上がってくることはなかった。 |
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「野上君、ちょっといいかね」 と一課長が声をかけた。連れてこられたのは無人の小会議室、そこに二人きりだった。 「君は白井という男を知っているか」 その問いに私は答えられなかった。イエスと言うべきかノーと言うべきか、そもそも質問の意図をはかりかねていた。 「彼が連続銀行強盗の捜査線上に浮かんだんでね」 語るに落ちた。 「いや、ついこの間隅田川で射殺体が見つかっただろう。 全身から力が抜けるようだった。 「その相島ってのが訊かれてもいないのに3年前の自動車窃盗の片棒担いでたことさえべらべらと喋ったらしい。 その言葉は刃物のように鋭く、冷たかった。 「君はキャリアだ、将来あるエリートだ、そして刑事部長の覚えめでたい婿殿じゃないか。 そんな抗弁に耳を貸さず、課長は私を残して会議室から立ち去った。 |
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一応、野上父のモノローグでこの物語が進んでる以上 ここで相島が語ってるってことは、白井の信に背いて 自供してしまった、ってこと。 |