「モータープール?」
「ああ・・・犯人たちは盗難車をすぐには使わず、色を塗り替えて犯行に使っているんだから
その間車を置いておける場所があるんじゃないか、と・・・」

所詮は素人の思いつき、と槇村刑事に鼻で笑われるかもしれない。そう覚悟した。
しかし、

「そうですね。おそらくそっち方面じゃまだ捜査本部は動いていないはずだから・・・
それに、犯行車両を一網打尽にしてしまえば奴らは次の犯行はできなくなりますしね」
「槇村君・・・」
「やりましょう、野上さん」

そうなると、元・自動車窃盗捜査のプロ、行動は早かった。

「警部、お久しぶりです」

彼に連れられて来たのは捜査三課。
私の所属する一課は主に殺人や強盗などの凶悪犯罪の捜査に当たるが、三課が担当するのは窃盗の捜査だ。

「やぁ、槇村じゃないか。久しぶりだな。所轄でも順調にやってるのか?」
「所轄っていっても淀橋署ですからね、こっちよりも忙しいくらいですよ」
「それじゃあカミさんの様子も見てやれないだろ。どうだい、体の調子は」
「おかげさまで前よりは随分良くなりました」

そんなありきたりな遣り取りの合間を縫って、彼の元上司がちらりとこちらに眼をやる。
同業者として、キャリアとノンキャリアの区別ぐらいは一目でつくはずだ。

「で、槇村。こちらの方は?」
「今の上司の野上さんです。今、連続銀行強盗の捜査本部の手伝いで本庁の方に来てるんですよ。
それで、野上さんの下で捜査に当たらしてもらってるんです」
「ほう・・・」
と納得したようなしてないような返事を漏らす。

「で、本題なんですが、その銀行強盗の逃走車両に盗難車が使われてるんです」
「そうらしいな」
「それで、そっち方面から洗い直したいんですが・・・
ここ三ヶ月ほどの自動車窃盗の捜査資料を見せてもらえないでしょうか」
「ああ、それなら・・・槇村、お前の方が資料のありかにゃ詳しいだろう。そっから適当に持ってってくれや」

よく見れば部屋全体に捜査資料が、まるで“泥棒に入られたかのように”散らかっていた。
もちろん、窃盗事件は一課の扱うような凶悪事件よりは数は多いだろう。
しかし、見慣れた一課の風景とはあまりにも違う様にしばし言葉を失った。

「お前がいたころはそれなりに整理整頓もきちんとできてたんだがな・・・いやぁ、惜しい人材を失ったよ」
「野上さん、これです」

乱雑に書類挟みの押し込まれた戸棚から、槇村が何冊か取り出した。と同時に埃が部屋中に舞う。

「えぇと、世田谷が5件に目黒が2件、杉並で1件か・・・」
「どうした?槇村」
「白井の縄張りだな、世田谷方面は」

そう三課の警部が言った。槇村の表情が曇る。

「そっちの方には自家用車を持ってるような家が多いだけだ。
彼じゃなくても、自動車泥棒なら皆そこを狙う」

私の言葉にも、彼は奥歯を噛みしめたままだった。

「――とりあえず、一件一件を地図に落としてみましょう」
「あ、ああ」
と言って警部が都内ほぼ全域の地図を机の上に広げた。

「警部、これいつの地図ですか?」

槇村が視線を上げた。

「いつって・・・たしか昨年の――」
「だめですよ、こんな古い地図じゃ。オリンピックに向けて道路の整備が進んでるんです。
新しい道がどんどん出来ているんですから、こんな地図あっという間に時代遅れになりますよ。
新しい道が出来れば、犯人の逃走経路もまた我々の予想もしなかったルートになることだってあるんですし」
「さすが槇村だな、車のことを語らせたらウチでは、いや、刑事部全体でもお前の右に出る者はいないだろうよ」

確かこの辺にこないだ支給された地図があったはずだが、と資料の山を掘り返す。
何度も雪崩を繰り返すうちに、偶然にもその地図が地表に現れた。

やはり自動車窃盗は世田谷などの都内南西部に集中していた。

「駒沢、か・・・」

確かそこはメイン会場の一つになっていたはずだ。そこへのアクセスを強化するための工事もすでに始まっていた。

「とりあえず現場百遍です。野上さん、一件ずつ見てみましょう。じゃあ地図お借りしますよ」

そう槇村は颯爽と三課を後にしていった。それはまるで水を得た魚のようだった。




都心から駒沢方面へと結ぶ国道246号線は青山通りから途中で玉川通りと呼び名を変える。
その通りを都電、そして東急玉川線、通称『玉電』の路面電車と並行していった。

「大したお屋敷町ですねぇ」

お屋敷町、というほど古い家が並んでいるわけではないが
このあたりの家はほとんどが新興の会社重役といったところだろうか、瀟洒な邸宅が軒を連ね
そのほとんどの玄関先に富と地位の象徴とばかりにガレージに自家用車が置いてあった。
白井でなくても自動車泥棒なら舌なめずりしそうな光景だ。
しかし、その中の一軒のガレージだけが寂しげに剥き出しのコンクリートを晒していた。

「ここのコロナが?」
「ええ、赤坂の事件で使われ羽田で発見されたものです。
他にも銀座で使われたセドリックがこの近くの会社社長宅から盗まれたものですし
有楽町のルノーも玉川通りを挟んだところにあるタクシーの営業所から盗まれたものでした」

住宅街は昼間とはいえ人通りもまばらだ。だが、こんな時間にエンジン音が鳴れば必ず誰かの耳に入るはずだ。

「それで、盗んだ手口は」
「たいてい盗まれたのは夜中のうちですね。
朝になって家人が車がないことに気づいて通報しています」

夜中?だとしたら尚更だ。繁華街ならまだしも、だれもが寝静まった真夜中に車の音がすれば誰もが不審に思うだろう。

「おそらく――これは白井が前に供述した手口ですが
通りに出るまではエンジンをかけずに押しがけの要領で車を運んで行ったと言っています。
今回の犯人が同じ手口とは限りませんが――」
なるほど、そうすれば物音をたてずに自動車を頂戴できるというわけか。
「だが通りに出たところで――」

ボンネットの上に捜査三課で借りてきた地図を広げる。
そこには今回の犯行車両を含む、ここ数カ月の自動車窃盗の発生状況が記されていた。
それは東京の南西部の、特に玉川通り周辺に集中していた。

「そういえば246号線は道幅が広げられるそうですよ、オリンピックに向けた道路整備の一環として」

その当時、環状7号線・8号線の建設と並んで放射4号線として246号線の道路拡張が行われようとしていた。
3年後の東京オリンピックに向けて、東京全体が云わば工事中だった頃だ。
まだその当時は片側1車線で、そこを都電が、そして玉電が一緒に走っていたのだ。
モータリゼーションが進む中、路面電車は渋滞を引き起こす自動車の邪魔者となっていた。
そんな通りを逃走経路に選ぶはずがない。

「この調子じゃ都電も無くなってしまうんでしょうかね」

さすがにそんなことは思いもしなかった。すでにトロリーバスに置き換えられた区間もあったが
都電は未だその名の通り、都民の足だったのだから。
しかし道路の主役が路面電車から自動車へと移り変わっていくさなか、それは避けられないことなのかもしれない。

「でも、それはそれで寂しい気もしますけど」
と言うと槇村は再び地図に視線を落とした。




しかし、盗難車置場及びそこまでの逃走経路の割り出しは困難を極めた。
普段車の通らないような狭い路地では住民に気付かれないはずがない。
かといって幹線道路も、未だ日本全体が自動車社会へと転換を図ろうとしている最中だ、
未だ整備が進まず渋滞があちこちで見うけられた。そもそも経路を探そうにもその終着点が判らないのだ。
いったいどこをどう行けば誰にも気づかれることなく盗んだ車を持ち去ることができるのか、
そしてそれはどこへと通じているのか。私たちの捜査は文字通り出口が見えそうになかった。

そんな折、第六の事件が起きた。場所は丸の内、やはり覆面をした男たちは現金を奪うと
盗難車でその場から逃げ去ってしまった。警察が駆けつけたのは彼らが逃走した後のこと。
総ては今までの事件と同じだった。ただ一点を除いては。

「拳銃、だと?」
「はい。窓口業務に当たっていた女性行員の話では、犯人は回転式の拳銃を突きつけてきたとのことです」
と捜査会議の席で事情聴取に当たった刑事が報告した。

今までの5件全てでは使われた凶器はみな刃物だった。だが、それが拳銃となるともはやうかうかしてはいられなかった。
銃なんて素人に毛の生えたような犯罪者には手に入れられる代物ではない。

「だが今まで6件だろう?その総額を合わせれば銃ぐらい安いものだろう」

そう捜査幹部の一人が軽々しく口にする。たとえそうだとはいえ、彼らは越えてはならない一線を踏み越えてしまったのだ。
会議室全体に緊張感が走る。そんな中、私は壇上から槇村の姿を探していた。
彼は他の所轄からの応援に交じって会議の末席を占めていたが、俯いたまま会議机の上で両の拳を握りしめていた。
その表情はここからでは見えなかったが、口惜しさは私にも伝わってきた。私も同じ気持ちだった。
その一線を越えてしまう前に、私たちはそれを食い止めることができたのかもしれないのだから。
それに――決して信じたくはないのだが――あの善良そのものそうな白井が
決して引き戻せない一線を越えてしまったかもしれないのだから。

「裏切られた、って感じだな」

三課の散らかった部屋の中、自動車窃盗の発生地図を見詰めながら呟いた。
正規の捜査が終わってからの残業とはいえ、他の部署ももうほとんどが店仕舞いしてしまった後だ。

「裏切られたも何も、白井があの一党の仲間だとまだ決まったわけじゃないんです」
と槇村が熱っぽく訴える。だがその口調が、どこか自分に言い聞かせるように聞こえたのは私だけだろうか。

「そうですよ。私たちがそんなことを考えること自体、白井に対する裏切りなんですから」

そして彼は、すでに明かりのほとんど落ちた官庁街を窓から眺めていた。
役人が残業を嫌うのは今に始まったことではない。私もこの仕事に関わるまでは
きっちり捜査会議終了後に家路についていたのだから。
夜も更けた桜田門から霞ヶ関一帯は薄ぼんやりした静けさに包まれていた。

「そういや都電ももう終わってしまったみたいだな」

あのチンチンという印象的な音はとっくに止んでいた。

「都電も終わった、か・・・」

槇村はそう小さく呟いた。




草木も眠る丑三つ時、にはまだ間があるが夜も更けた住宅街。

「おい、槇村。もしかしたら今夜あたり、また例の自動車泥棒が――」
「いえ。ここしばらくこの辺では自動車窃盗は起きてません」
「じゃあ――」
「現場百遍って言いますでしょう」

とはいえ、街灯の光こそあれこんな真っ暗じゃ現場検証どころじゃないではないか。

「野上さん、昼間行っても犯行当時の状況なんて判らないじゃないですか」

確かに――。夜の早いこの辺ではもう家々から漏れる明かりも疎らだ。それ以上に――耳を突くような静寂。
こうして喋っていても自然と周囲を憚ってしまう。こんな中でエンジン音が鳴り響けば即座に判るだろう。

「野上さん、手伝って下さい」
「手伝うって何を」
「一人じゃ車を動かせませんよ」

エンジンをかけずに押し掛けで捜査車両を動かす。確かにこれは一人ではできない。

「白井にも共犯者がいたのか?」
「はい。でも結局自首したのは彼だけで、取調べでも相棒の名前だけは吐きませんでした」
「盗っ人の義理、ってやつか」
「調べてみるか必要はありそうですね」

かつての彼の最も近くで犯行の一部始終を目にしていたのだ、
当時の実行犯が白井だとしても、彼の技術を今一番受け継いでいると思われるのはその名も知らぬ共犯者だろう。
そいつさえ挙げれば白井の無実も証明できるかもしれない。

車はようやく大きな通りに出た。ここなら夜でも車の往来が無くはない。やっとエンジンが入れられる。
その通りを眺めながら、槇村は何か考えているようだった。

「それで、これからどこに行くんだ?」
「んー、とりあえずパトカーを返しましょうか」
「パトカーって、警視庁にか?」
「ええ、ここから桜田門まで道はつながってますから」

つながってるって、道はどこにでもつながっているだろう。

「何ならその後、またあの店で飲みますか?」

そう槇村はいつもの刑事らしからぬ笑顔で言った。
新橋の赤提灯で、店に着くなり槇村は小上がりの奥に陣取った。

「野上さん、さっき我々がどの道を通ってきたか判りますか?」

どの道って、辺りは暗くて外の様子も見えなかったし、そもそもハンドルを握っていたのは彼の方なのだから。

「246号線ですよ」
「まさか!」

あそこは路面電車が我が物顔で道を塞ぐ渋滞通りではないか。

「夜になれば都電も通りません。それに路面電車の分、車線も小さな通りよりは広くとってあります。
交通量の減った夜なら案外走りやすいルートなんじゃないですか。ねぇ野上さん」

逆転の発想だった。ある意味我々が邪魔者と見做していたものがまさか敵を利していたとは。

「今夜のルートも、玉川通りから青山通りを溜池、虎ノ門を抜けて桜田門に出るんですから」
「じゃあまさか、奴らも深夜桜田門の前を悠々と走り去ったかもしれないということか?」

それは警視庁のみならず日本警察全体にとって大きな侮辱であり屈辱であった。いや、待てよ…。

「犯人が私たちと同じルートを通ったという確証はないな」

それは警察の事故保身ではなかった。この東京中を都電は網の目のように路線を張り巡らせているのだ。
玉川通りから渋谷に出たとしても、そこを通っているものだけで4系統、そこから“乗り継ぐ”となると組み合わせは膨大だ。

「まさか、その先を虱潰しに当たろうっていうんじゃないだろうな」
「まさか」
と槇村は笑った。

「これからいい方法がないか二人で考えるんですよ。よろしくお願いしますよ、野上さん」
と言って彼は気の抜けたビールのグラスを軽く掲げた。




その手がかりは思ったよりも早く私たちに与えられた。
新宿の犯行で使われた黒のスカイラインが板橋区内の造成地で発見されたのだ。
渋谷のパブリカは小松川の荒川河川敷、銀座のセドリックは高円寺の空き地だ。
いずれも犯行現場から離れたところに乗り捨てられている。しかもそれぞれの位置もバラバラだ。

「彼らは敢えてバラバラなところに車を乗り捨てているんですよ」

自動車窃盗の発生地図を指さしながら、自信ありげに槇村が言った。

「それもできるだけ自分たちのアジトから遠くにです。
だから今まで彼らが犯行車両の放置場所に選んでいないところを当たっていけば、自ずとアジトが割れてくるはずです」
「それも、盗んだ車を置いておいたり色を塗り直したりするのに広い場所が必要になるな」
「さすが野上さん。となると都心という線はまずありませんね」
と言うと彼はめぼしい地点に丸を記していく。

それは東京の中心を囲むように並んでいたが、白井の住む街だけは隙間となっていた。

その中で特に重点的に捜査に当たったのは王子辺りから隅田川を渡って向島の辺りまでの
いわゆる下町と呼ばれるエリアだった。その中には町工場が並ぶような地域も多かった。
そして、ここ千住もそのような街だった。渋谷からは、たとえば三宅坂から九段、須田町、上野と抜けて都電で出ることができる。

近辺を探し回るうちに、目についたのがさびれた廃工場だった。
時は高度成長期が始まった頃、周りの工場は大企業からの注文で忙しく機械を動かしているというのに
そこだけが時代に取り残されたようにひっそりと静まりかえっていた。

「あの、ちょっとお訊きしたいことがあるんですが」

近くの工場から出来上がった部品の箱を運び出していた工員に声をかけた。

「ここの工場はいつから使われてないんですか?」
「確か・・・一年半近く前になるんかな。借金のカタに取られたって話らしいよ」

まだ若い工員はおそらく地方出身の『金の卵』なのだろう、訛りの抜けきらない口調で話してくれた。

「それで、人の出入りは?」
「昼間は見ねぇけど・・・」
「昼間は」ということは、
「じゃあ夜は?」
「さぁ・・・夜はこっちに来ねぇから判んねぇけど、でもこの辺じゃ夜も機械動かしてっとこがあっから
そういうとこさ訊いてみた方がいいんじゃないかね」
「夜遅くまで操業してるところもあるんですか」

柔らかい口調で槇村が尋ねる。

「んだぁ。大企業さんは納期がうるさいから、ギリギリになると夜中までやんなきゃ間に合わないんだよ」

槇村がそっと目配せした。それなら周囲に聞き込むこともない。
夜中に廃工場に出入りして物音をさせていても、だれも不自然に思わないだろう。となると限りなくクロに近くなる。
早速重く錆びついた戸を開けて中へと入っていった。そこは白井の勤めている自動車修理工場よりかなり広かったが
今は元の廃工場のまま、がらんとしていた。彼らの痕跡らしいのは、コンクリートの床に落ちた塗料の染み程度。
そこにはネズミ一匹、車一台ともありはしなかった。

「盗難車両はどこだ?」

世田谷のあの近辺では、今まで犯行に使われた5台以外にも同様の手口での自動車窃盗が多発していた。
それらの車が元の車と判らないよう色を塗り替えられて、ほとぼりが冷めるまで寝かせてあるはずだ。

「どこか別の、離れた所に置いてあるとか」
「いや、そんなはずはない。彼らなら盗んだ車をみだりに人の目に触れさせないはずだ」
と槇村が言い切る。

「この工場じゃないようだな。まぁいい、他を当たろう」

そう言って彼が再び鉄の重い扉を押し開けたそのとき、
扉の向こうからかすかな、しかし鼻孔の奥を刺激するような臭いが流れてきた。
まるで警察犬のように鼻をひくつかせてその臭いを追う。
常に意識していないとかき消されてしまうようなか細いにおいであったが、それにはどこかで嗅いだ覚えがあった。
それがどこかはまだ思い出せないのだが――。

「野上さん?」

槇村が急いでその後を追う。車一台が通れるか通れないかの細い路地を抜けると広い空き地に出た。
その空き地は異様だった。何かが空き地一面を覆うほどのテント地で覆われていたのだから。
そしてその下からより一層の刺激臭。それは――自動車の塗料の、薄め液の臭いだった。
テント地をはがすとそこには一面の自動車。

「クラウンにコンテッサに、それにパッカードじゃないか!」

それらはいずれも世田谷近辺から消えたものと車種が一致していた。
それらが塗料の臭いもまだ鮮やかに、そこで声がかかるのを待っていたのだ。

「やったじゃないですか、野上さん。あなたの手柄ですよ!」

いつもは落ち着いて穏やかな槇村も、今ばかりは興奮を抑えられないといった感じで私の背中を強く叩いた。
だが私としては、なんで自分がここを探し当てられたのか不思議だった。

「君は――なにも臭わなかったのか?」
「臭うって、怪しいとか――」
「いや、臭いだよ。臭いそのものだよ、この塗料の」
「ああ――」

ようやく気がついたようだ。

「確かに――まだ白井が出所したばかりの頃、なんとか彼にいい職場を見つけてやろうと
あの工場に日参して、就職が決まった後もちょくちょく顔を見に行ってました。
最初のうちは工場特有の塗料や機械油の臭いに鼻がねじ曲がるかと思いましたが、不思議なもんですね、
次第に慣れてきて、最近じゃ全然気にならないんですよ。だから、そうなのかもしれませんね」

そう言うと彼は私の方に向き直った。

「世の中には『その道のプロ』と呼ばれる人間にはかえって気づかないことがあるんです。
野上さんのように新鮮な嗅覚を持った人にしか」
「いやぁ、ビギナーズ・ラックだよ」
「野上さん、足で稼いだ初手柄、おめでとうございます」

確かにその通りだ。今までいくつかの事件に関わり、その解決に立ち会うことができたが
いずれも捜査本部の壇上から口を出していただけだった。
こうやって現場で手がかりを見つけ出したのはこの時が初めてだった。

その日の一日の終わりの捜査会議で、一課の刑事たちの閉塞感漂う報告があらかた終わった後、槇村が手を上げた。
それを指名するのはひな壇の上の私の役目だ。

「本日、荒川区北千住の空き地で盗難車両を多数発見いたしました」

「それが銀行強盗と何の関係があるんだ」と本庁の捜査員からやっかみの混じった野次が飛ぶ。しかし、

「本連続銀行強盗事件に使われた犯行車両がいずれも盗難車であることを鑑みて、
次の犯行を阻止するためにも一刻も早い証拠物件の押収をお願いします」

それはあのときの捜査会議と同じような、颯爽とした、毅然とした態度であった。

「判った。明日朝一番で令状を取ろう」

叩き上げの担当警部がそう確約すると、槇村は私に視線を送る。それは二人だけの勝利の合図だった。

翌日、異例の速さで盗難車は押収された。後の鑑定で塗料の成分――ただ単にメーカーの違いによるものだけでなく
塗料同士の配合具合も――が一連の犯行で使われた車と一致した。
犯人のアジトも拳銃も未だ見つからないが、『足』を封じることによって我々警察は次の犯行を未然に防ぐことができた。
それは警察がようやく報いた一矢であり、私の最初の――そして最後の――現場での大手柄であった。


刑事ドラマらしいことしてみました。
果たしてこれがトリックとして成立するのやら・・・。

参考サイト:ぽこぺん都電館

former/next

City Hunter