「モータープール?」 「ああ・・・犯人たちは盗難車をすぐには使わず、色を塗り替えて犯行に使っているんだから その間車を置いておける場所があるんじゃないか、と・・・」 所詮は素人の思いつき、と槇村刑事に鼻で笑われるかもしれない。そう覚悟した。 「そうですね。おそらくそっち方面じゃまだ捜査本部は動いていないはずだから・・・ そうなると、元・自動車窃盗捜査のプロ、行動は早かった。 「警部、お久しぶりです」 彼に連れられて来たのは捜査三課。 「やぁ、槇村じゃないか。久しぶりだな。所轄でも順調にやってるのか?」 そんなありきたりな遣り取りの合間を縫って、彼の元上司がちらりとこちらに眼をやる。 「で、槇村。こちらの方は?」 「で、本題なんですが、その銀行強盗の逃走車両に盗難車が使われてるんです」 よく見れば部屋全体に捜査資料が、まるで“泥棒に入られたかのように”散らかっていた。 「お前がいたころはそれなりに整理整頓もきちんとできてたんだがな・・・いやぁ、惜しい人材を失ったよ」 乱雑に書類挟みの押し込まれた戸棚から、槇村が何冊か取り出した。と同時に埃が部屋中に舞う。 「えぇと、世田谷が5件に目黒が2件、杉並で1件か・・・」 そう三課の警部が言った。槇村の表情が曇る。 「そっちの方には自家用車を持ってるような家が多いだけだ。 私の言葉にも、彼は奥歯を噛みしめたままだった。 「――とりあえず、一件一件を地図に落としてみましょう」 「警部、これいつの地図ですか?」 槇村が視線を上げた。 「いつって・・・たしか昨年の――」 確かこの辺にこないだ支給された地図があったはずだが、と資料の山を掘り返す。 やはり自動車窃盗は世田谷などの都内南西部に集中していた。 「駒沢、か・・・」 確かそこはメイン会場の一つになっていたはずだ。そこへのアクセスを強化するための工事もすでに始まっていた。 「とりあえず現場百遍です。野上さん、一件ずつ見てみましょう。じゃあ地図お借りしますよ」 そう槇村は颯爽と三課を後にしていった。それはまるで水を得た魚のようだった。 |
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都心から駒沢方面へと結ぶ国道246号線は青山通りから途中で玉川通りと呼び名を変える。 その通りを都電、そして東急玉川線、通称『玉電』の路面電車と並行していった。 「大したお屋敷町ですねぇ」 お屋敷町、というほど古い家が並んでいるわけではないが 「ここのコロナが?」 住宅街は昼間とはいえ人通りもまばらだ。だが、こんな時間にエンジン音が鳴れば必ず誰かの耳に入るはずだ。 「それで、盗んだ手口は」 夜中?だとしたら尚更だ。繁華街ならまだしも、だれもが寝静まった真夜中に車の音がすれば誰もが不審に思うだろう。 「おそらく――これは白井が前に供述した手口ですが ボンネットの上に捜査三課で借りてきた地図を広げる。 「そういえば246号線は道幅が広げられるそうですよ、オリンピックに向けた道路整備の一環として」 その当時、環状7号線・8号線の建設と並んで放射4号線として246号線の道路拡張が行われようとしていた。 「この調子じゃ都電も無くなってしまうんでしょうかね」 さすがにそんなことは思いもしなかった。すでにトロリーバスに置き換えられた区間もあったが 「でも、それはそれで寂しい気もしますけど」 |
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しかし、盗難車置場及びそこまでの逃走経路の割り出しは困難を極めた。 普段車の通らないような狭い路地では住民に気付かれないはずがない。 かといって幹線道路も、未だ日本全体が自動車社会へと転換を図ろうとしている最中だ、 未だ整備が進まず渋滞があちこちで見うけられた。そもそも経路を探そうにもその終着点が判らないのだ。 いったいどこをどう行けば誰にも気づかれることなく盗んだ車を持ち去ることができるのか、 そしてそれはどこへと通じているのか。私たちの捜査は文字通り出口が見えそうになかった。 そんな折、第六の事件が起きた。場所は丸の内、やはり覆面をした男たちは現金を奪うと 「拳銃、だと?」 今までの5件全てでは使われた凶器はみな刃物だった。だが、それが拳銃となるともはやうかうかしてはいられなかった。 「だが今まで6件だろう?その総額を合わせれば銃ぐらい安いものだろう」 そう捜査幹部の一人が軽々しく口にする。たとえそうだとはいえ、彼らは越えてはならない一線を踏み越えてしまったのだ。 「裏切られた、って感じだな」 三課の散らかった部屋の中、自動車窃盗の発生地図を見詰めながら呟いた。 「裏切られたも何も、白井があの一党の仲間だとまだ決まったわけじゃないんです」 「そうですよ。私たちがそんなことを考えること自体、白井に対する裏切りなんですから」 そして彼は、すでに明かりのほとんど落ちた官庁街を窓から眺めていた。 「そういや都電ももう終わってしまったみたいだな」 あのチンチンという印象的な音はとっくに止んでいた。 「都電も終わった、か・・・」 槇村はそう小さく呟いた。 |
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草木も眠る丑三つ時、にはまだ間があるが夜も更けた住宅街。
「おい、槇村。もしかしたら今夜あたり、また例の自動車泥棒が――」 とはいえ、街灯の光こそあれこんな真っ暗じゃ現場検証どころじゃないではないか。 「野上さん、昼間行っても犯行当時の状況なんて判らないじゃないですか」 確かに――。夜の早いこの辺ではもう家々から漏れる明かりも疎らだ。それ以上に――耳を突くような静寂。 「野上さん、手伝って下さい」 エンジンをかけずに押し掛けで捜査車両を動かす。確かにこれは一人ではできない。 「白井にも共犯者がいたのか?」 かつての彼の最も近くで犯行の一部始終を目にしていたのだ、 車はようやく大きな通りに出た。ここなら夜でも車の往来が無くはない。やっとエンジンが入れられる。 「それで、これからどこに行くんだ?」 つながってるって、道はどこにでもつながっているだろう。 「何ならその後、またあの店で飲みますか?」 そう槇村はいつもの刑事らしからぬ笑顔で言った。 「野上さん、さっき我々がどの道を通ってきたか判りますか?」 どの道って、辺りは暗くて外の様子も見えなかったし、そもそもハンドルを握っていたのは彼の方なのだから。 「246号線ですよ」 あそこは路面電車が我が物顔で道を塞ぐ渋滞通りではないか。 「夜になれば都電も通りません。それに路面電車の分、車線も小さな通りよりは広くとってあります。 逆転の発想だった。ある意味我々が邪魔者と見做していたものがまさか敵を利していたとは。 「今夜のルートも、玉川通りから青山通りを溜池、虎ノ門を抜けて桜田門に出るんですから」 それは警視庁のみならず日本警察全体にとって大きな侮辱であり屈辱であった。いや、待てよ…。 「犯人が私たちと同じルートを通ったという確証はないな」 それは警察の事故保身ではなかった。この東京中を都電は網の目のように路線を張り巡らせているのだ。 「まさか、その先を虱潰しに当たろうっていうんじゃないだろうな」 「これからいい方法がないか二人で考えるんですよ。よろしくお願いしますよ、野上さん」 |
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その手がかりは思ったよりも早く私たちに与えられた。 新宿の犯行で使われた黒のスカイラインが板橋区内の造成地で発見されたのだ。 渋谷のパブリカは小松川の荒川河川敷、銀座のセドリックは高円寺の空き地だ。 いずれも犯行現場から離れたところに乗り捨てられている。しかもそれぞれの位置もバラバラだ。 「彼らは敢えてバラバラなところに車を乗り捨てているんですよ」 自動車窃盗の発生地図を指さしながら、自信ありげに槇村が言った。 「それもできるだけ自分たちのアジトから遠くにです。 それは東京の中心を囲むように並んでいたが、白井の住む街だけは隙間となっていた。 その中で特に重点的に捜査に当たったのは王子辺りから隅田川を渡って向島の辺りまでの 近辺を探し回るうちに、目についたのがさびれた廃工場だった。 「あの、ちょっとお訊きしたいことがあるんですが」 近くの工場から出来上がった部品の箱を運び出していた工員に声をかけた。 「ここの工場はいつから使われてないんですか?」 まだ若い工員はおそらく地方出身の『金の卵』なのだろう、訛りの抜けきらない口調で話してくれた。 「それで、人の出入りは?」 柔らかい口調で槇村が尋ねる。 「んだぁ。大企業さんは納期がうるさいから、ギリギリになると夜中までやんなきゃ間に合わないんだよ」 槇村がそっと目配せした。それなら周囲に聞き込むこともない。 「盗難車両はどこだ?」 世田谷のあの近辺では、今まで犯行に使われた5台以外にも同様の手口での自動車窃盗が多発していた。 「どこか別の、離れた所に置いてあるとか」 「この工場じゃないようだな。まぁいい、他を当たろう」 そう言って彼が再び鉄の重い扉を押し開けたそのとき、 「野上さん?」 槇村が急いでその後を追う。車一台が通れるか通れないかの細い路地を抜けると広い空き地に出た。 「クラウンにコンテッサに、それにパッカードじゃないか!」 それらはいずれも世田谷近辺から消えたものと車種が一致していた。 「やったじゃないですか、野上さん。あなたの手柄ですよ!」 いつもは落ち着いて穏やかな槇村も、今ばかりは興奮を抑えられないといった感じで私の背中を強く叩いた。 「君は――なにも臭わなかったのか?」 ようやく気がついたようだ。 「確かに――まだ白井が出所したばかりの頃、なんとか彼にいい職場を見つけてやろうと そう言うと彼は私の方に向き直った。 「世の中には『その道のプロ』と呼ばれる人間にはかえって気づかないことがあるんです。 確かにその通りだ。今までいくつかの事件に関わり、その解決に立ち会うことができたが その日の一日の終わりの捜査会議で、一課の刑事たちの閉塞感漂う報告があらかた終わった後、槇村が手を上げた。 「本日、荒川区北千住の空き地で盗難車両を多数発見いたしました」 「それが銀行強盗と何の関係があるんだ」と本庁の捜査員からやっかみの混じった野次が飛ぶ。しかし、 「本連続銀行強盗事件に使われた犯行車両がいずれも盗難車であることを鑑みて、 それはあのときの捜査会議と同じような、颯爽とした、毅然とした態度であった。 「判った。明日朝一番で令状を取ろう」 叩き上げの担当警部がそう確約すると、槇村は私に視線を送る。それは二人だけの勝利の合図だった。 翌日、異例の速さで盗難車は押収された。後の鑑定で塗料の成分――ただ単にメーカーの違いによるものだけでなく |
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刑事ドラマらしいことしてみました。 果たしてこれがトリックとして成立するのやら・・・。 参考サイト:ぽこぺん都電館 |