こういう世界に身を置いていると
世間知らずな大人になってしまうというケースも多々ある。
かくいうわたしもそうだったりする。
ファッションのことなら誰にも引けを取らない自身はあるのだけど
それ以外のことは、自分のブランドのマネジメントですら
優秀なスタッフに任せっきりだ。
幸い、信頼できるスタッフに恵まれて
彼らに任せておけば間違いはないと頼りきっているが。

こんな自分の友人になってくれるという
希有な人はそうそう現れないだろう。
もちろん、同じ業界同士の付き合いというのもある。
みんな同じ、服のことしか頭にない人たちばかりだから
話していて気を遣わなくて済むのがいい。
余りに話が盛り上がりすぎて、ケンカになってしまうこともあるけど。
でも、違う世界の人が相手だとそうもいかない。
そんなことは小さい頃から経験済みだった。
友達と一緒に遊ぼうとせず、一人でお姫様のドレスばっかり描いていた。
同級生と話題が合わず、ほとんど孤立していたときもあった。
それでも別に構わなかった。好きな服のことさえ考えていられれば
孤独なんてものを感じることはなかった。

そんなわたしの唯一の友人――いや、親友と言っていい――が
裏の世界でNo.1と呼ばれるスイーパー(らしい)
シティーハンターのパートナー・槇村香、その人だ。
彼女にとってもそうであるように、わたしにとっても
外の世界の唯一の友人である。
同じ世界の友人同士ではどうしても
『エリ・キタハラ』を引きずってしまうが
彼女の前ではただの『北原絵梨子』でいられるのだ。

だけど、高校時代の昔から『親友』と呼べる付き合いをしていたのか――
今から冷静に考えれば疑問が残る、わたしだって。
「一生のお願い」を乱発してしまう
オーバーな性格なのは自覚しているところだ。
その延長上で、ただお昼を一緒に食べていたり
休みの日には一緒に遊びに行ったりする仲を
『親友』と呼んだに過ぎないのかもしれない。
でも、こうして再会を果たして
離ればなれになっていた年月を埋め合ううちに
本当の親友と呼べる関係になってきたと、自分では思うのだけど。

彼女が身を置いているのは、私には想像もつかない過酷な世界だ。
そんな中で普通の女の子――普通なんてものは
世の中には存在しないと思うけど
相対的に言えば『普通』の――の香が生き抜いていくだけでも
相当の覚悟が強いられるという。
そんな、生きていくのがやっとの世界で
彼女はさらに恋の悩みも背負い込んでしまった。
そっちの方はいくら相談されてもどうしようもない、
だって私はモードと結婚してしまったんだもの。
男の基準が中身よりもまずセンスという自分が
こんなときほど嫌になったことはなかった。
だから、私が香にしてあげられることといったら
彼女たちからの依頼が来たら、今ある仕事を放り投げてでも
二人の注文に合う、そして二人に最大限に似合う服を
デザインするだけ、そんなことでも
彼女の力になれるのが友達として嬉しかった。

そういえば、こんなこともあった。
夜遅くまでアトリエに残ってデザインを詰めていると
突然、デスクの上の電話が鳴った。

「はい、もしも――」
《絵梨子?ああ、よかった》
「香……?」
《ごめん、こんな夜遅く。
家に電話しても出ないからこっちかなって思って》

彼女の声は、受話器越しでもありありと判るくらい力がなかった。

《はは……また怒られちゃった。『お前は余計なことをするな』って》

それでも、カラ元気を見せよう、というか聞かせようとするところが
彼女の彼女たる所以、なのかもしれない。

《「そういうことはお前の関わっていいことじゃない」って……
ねぇ、絵梨子。じゃあ、あたしの関わっていいことって、何?》

あ、ごめんね、こんな思いこといきなり相談しちゃって、と
いつもの声で前言を撤回しようとするが
嬉しかった、こんな役立たずのわたしに電話をかけてくれるだなんて。
今の彼女には、もっと深い悩みを相談できる友人が
他にもいるはずだ、彼女のいる世界に。
でも私を選んだのは、きっとその友人のくれる答えが
彼女の望むものではないと判っているから、なのだろう。

自分も香たちの話から間接的にしか知らないけれど
彼女があの世界でどう思われているか――色にしてみれば、白
ウェディングドレスのような、何物にも穢されない
穢すことを許されない純白
誰もが多かれ少なかれ、彼女にそれを期待しているはずだ。
だけど、これはファッションデザイナーとしての眼からかもしれないけど
香の持つ色は決してそれだけではないはずだ。
白もあれば、もちろん黒もある
そしてその間を埋める無数の有彩色、
まるでプリズムのようにその時々によって色を変える
それが私がミューズとして選んだ彼女なのだから。

「――ねぇ香、よく昔の少女漫画やドラマでは
薄倖のヒロインが何かショックなことがあると
すぐバタバタ倒れてたじゃない」
《あ……うん》
「でも実際、目の前でショックで倒れられたことがある?
朝礼の長すぎる校長の話以外で」

突然、何の話かと思っただろう。
でも私にとってかけられる言葉はそれしかなかった。

「昔、西洋では女性はみんなコルセットをしてたじゃない
ウェストが細ければ細いほどいいって、無理やり締め上げて。
だからあまりにもきつく締めすぎて
ふとした拍子でバタバタ失神してたんですって。
でもそれがか弱い女性らしいって言われて。
今になって、誰もコルセットなんてしてないのに
そんな過去のものになった『女性らしさ』が流通してるなんて
ホント、バカみたいよねぇ」
《……絵梨子?》
「だから香、あなたも誰かが押しつけた幻想の『香らしさ』なんて
気にしちゃいけないの。
自分が信じる『自分らしさ』を貫けばそれでいいのよ」

わたしはファッションしか知らない、
だからわたしの答えはもしかして見当違いかもしれない。
でも、これだけははっきり言える
わたしは、香のためになってあげたい
たとえ自分にはそれだけの力がないとしても。

《うん、そうだね……ありがとう、絵梨子》

そう言うと電話が切れた。
彼女の声は少し涙を含んでいた。
親友の感謝の言葉が心からのものか
それとも至らぬ自分を傷つけまいとする優しさなのかは
人間関係に疎いわたしには正直判らない。
だけど、言えるだけのことは言えたんだ
そう自分に言い聞かせると、再びデザイン画に向かい始めた。


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