絵梨子と知り合ったのは高校に入ってからだった。
父親がアパレル会社を経営する、云わばお嬢様
あたしとは何の接点も無かったはずが、
意気投合したのは好きな歌手の話がきっかけ。
「彼は何着ても似合っちゃうのよねぇ」と
うっとりとしながら熱く語る彼女の眼が今も記憶に焼きついている。

でも、あの頃から今のように仲が良かったか
――親友と呼べる間柄だったかどうかは
絵梨子はともかく、あたしの側からすれば疑問が残る。
本当の親友であったら、胸にずっとしまい続けてきた秘密を
打ち明けることができたはずなのに。

今は――昔のあたしを知っていて
なおかつ今のあたしを知っている唯一の友達、
だから結果的に親友と呼べるのかもしれない。
少なくとも、彼女の前ではあの頃のままの自分でいられるのだから。

あの頃、あたしには絵梨子以外にも仲の良い友達はいた。
近所の幼馴染み、同じ中学の同級生、前の学年からの持ち上がり
でも、そんな中で何で彼女に心惹かれたのか
今なら判る気がする。
絵梨子は「普通じゃない」ことを隠そうとはしなかった。
クラスメイトが休み時間、昨日のテレビの話題で盛り上がりながらも
絵梨子だけは一人、洋書のファッション雑誌を広げていた。
彼女たちのお気に入りのスターさえも
怯むことなく「センスが無い」と一刀両断に斬って捨てた。
同年代の女の子たちがそろって憧れるような
アイドルも、恋愛にも背を向けて
ひたすら最先端のモードを夢見る一風変わった高校生、
それが絵梨子だった。
そして、そんな彼女の勇気を羨んでいたのかもしれない、
自分が普通じゃないと自覚しながらも
普通のふりをし続けていたあたしは。

「ねぇ、絵梨子。ずっと言わなきゃいけないことがあったの」
「何よ、急にかしこまっちゃって」

彼女が苦笑いを浮かべながらも驚いたのは当然だ。
ここは絵梨子のアトリエの近くの喫茶店、
またも「一生のお願い」と呼び出されて
あれこれわがままを聞いてやった帰りのこと。
こんな衆人環視の中では、打ち明け話には不向きなはずだ。

「――絵梨子はアニキのこと、知ってるよね」
「ええ、あのよれよれのトレンチに古くさいツーブリッジの眼鏡の」
「あたしね、アニキとは血がつながってないの」
「――ああ、やっぱり」

その反応ははっきり言って拍子抜けするほどのものだった。
まるで、マンガのように頭に白熱電球が灯ったような
それくらいの軽さで「やっぱり」と口にしたのだから。

「……絵梨子?」
「だってずーっと思ってたんだもの、
香とお兄さんって全然似てないなぁって。
確かにああ見えてお兄さんって背が高いし、肩幅あるし
その点は香に近いかもしれないけど
でも全然見た目の雰囲気がね。
確かに似てない兄弟って世の中にたくさんいるけど
その中でも最たるものだったもの、槇村兄妹は」

まぁ、会って話してみた感じは
香のお兄さんだなって思ったけど、と付け加えたが。

やっぱり絵梨子は絵梨子だった。
ファッションのことしか頭に無くて、他のことは何も見えてなくて
ときどきそれで他人の不興を買ったりもするけど
そんなことには臆しないであくまで自分を貫き続ける。

「はぁ……」
「どうしたの、香」
「だって10年間ずっと悩んできたのよ、
いつか絵梨子にも言わなきゃいけないって」

そんな絵梨子に憧れていた。
今、あたしはどれだけ彼女に近づけているのか判らないけど。

「でもね、あたし、そういう絵梨子が好き」
「そんな突然……まぁ、そう言ってもらえると嬉しいわ」

少なくともこれだけは言える、
あたしたちはあの頃よりも親友になれたのだと。


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