vol. 10 Count Down to Catastrophe
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あれから1週間、Cat’s Eyeのカウンターには美樹さんとかすみちゃんしかいなかった。
「あれからミランダさんの行方は判った?」
「ううん、ファルコンが懇意にしている情報屋にもくまなく当たってみたんだけど、全くよ。
本人が当たれればちょっとは違うのかもしれないけど・・・」
と言って美樹さんは視線を落とす。
「フェルナンド・・・槇村さんも行方不明ですって?」
「うん、全く連絡が取れないのよ、こっちも」
店の中を重苦しい空気が立ち込めてきたとき、それに風穴を開けるかのようにドアが開いた。
「営業してるわよねぇ」
「冴子さん・・・!いいの、こんなところに来て」
「自宅謹慎だからって家で大人しくしていられるもんですか。あ、美樹さん、モカお願い」
そういえば今日の冴子さんの格好はラベンダー色のニットのワンピース。
といっても大きく開いた襟ぐりと短い丈がまるで大き目のセーターをワンピース代わりに着ているようなしどけない印象を与えていた。
それにウエストより低い位置でベルトを締めている。
いつものスーツでセクシーに、しかし隙なく決めている姿とは全く正反対だ。
そして、その表情も。口ではそうは言っているものの、うつむき加減でコーヒーを待つ姿にはどこか痛々しさに近いものが感じられた。
きっとこの姿に、アニキも撩も惹きつけられてしまったのだ。
完全無欠のスーパーウーマンが垣間見せる弱さ、それを見てしまったら男として居ても立ってもいられないはず。
もしあたしが男だったら・・・やっぱり守ってあげたくなっただろう。
その冴子さんはショルダーバッグから小さなポーチを取り出した。
その中に入っていたのはシガレットケース。そこから彼女のしなやかな指に似た細い煙草を取り出して火をつけた。
あたしはその指にしばらく見とれていた。
「香さん・・・?ああ、煙草ね。人前じゃあまり吸わないようにしてたから。槇村もいい顔しなかったし」
「アニキが・・・」
ふと、彼女の手の中のライターに目が行く。
細い煙草とシガレットケースに似合わない、ごくごく普通の使い捨てライター。
「これはね、彼から貰ったたった一つのプレゼントなの」
そんな100円ライターがプレゼントなんて、フラれたとしても仕方がないよ、アニキ。
「プレゼントっていっても、勝手に貰ったものなんだけどね・・・
槇村が警察を辞めたときに、これだけが彼の机に残ってたの」
それを冴子さんは後生大事に使い続けていたのだ。
もう10年近く前になるはずだ。なのにガスを入れ替え続けて・・・
こんなにも想い続けてくれていたのに、なんでこんな風にすれ違ってしまったんだろう。
そう思うと、自分のことでもないのに悔しくて涙が出そうだった。
「ずっと心配してたのよ。冴子さん、今回のことで窮地に追い込まれてるんじゃないかって」
カウンターの内側から美樹さんが声をかけた。
そう、結局あの晩取引相手はあの店に来なかった。
作戦の指揮に当たり、そして企画段階から中心的な立場にいた冴子さんは今や何らかの責任を取らされる立場にいた。
「警察、辞めちゃうんじゃないかって」
「辞めないわよ」
そう冴子さんは力強く言い切った。
「まだ駆け出しの頃・・・槇村がいたときはいつでも辞めていいと思ってた。
彼のためならこの仕事なんて平気で捨てられた。ひどいでしょ?キャリアのくせに・・・
でも彼を失って、その悲しみを紛らわすために仕事に没頭したわ。
その頃のわたしには仕事は痛手を忘れるための手段にしかすぎなかった。
でもそのうち、次第に仕事が面白くなっていって・・・だから犯人を挙げるためならなんだってしてきた。
現場にしゃしゃり出たり、撩の手を借りたり。
今のわたしにとってこの仕事は総てなの。わたしから警察官という仕事を取ったら何も残らない・・・
だから辞めたりしないわ」
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――そしてそれは私の限界でもある。
私から警察官という仕事を取ったら何も残らない。
だからフェルナンドを・・・槇村を救おうにも、職を賭してまで救うことはできなかった。
今の私には捨てられないものがあまりにも増えすぎた。
1週間前、私はあのとき目の前にいた。目の前にいながら何もできなかった。
「東新宿署の野上署長ですね」
彼の滞在していたホテルの前にはすでに撩たちの襲撃の一報を受けて、西新宿署の面々が周囲を固めていた。
そしてわざわざ署長自らがその先陣に立っていた。
公安出身の叩き上げ。刑事畑のキャリアである私とは全く相容れそうもなかった。
新宿駅を挟んで東と西に別れる両新宿署の管轄争いは、警視庁管内で最も熾烈を極めていた。
東署には「歌舞伎町の番人」という意地があれば西署にも「新都庁の膝下」というプライドがある。
まして今回は本庁との合同作戦に加われなかったという忸怩たるものがあったに違いない。
だからこそ、その屈辱が強固なバリケードにつながったのだ。
「ここはお引取り下さい。あなた方の管轄ではないはず」
「しかしこれは本庁との合同作戦です。私の命令は本庁保安部の命令と同じはず」
「その作戦ならついさっき終了宣言がなされましたよ、本庁から。失敗だったと」
そのとき、エグゼクティヴ・フロアが火を吹いたのだ。
あの爆発の中、ミランダ・マリノは姿を消した。
その後CIAから彼女の兄、カルヴァンの救出作戦が成功したという知らせが入ったが、どちらか片一方だけでは意味を為さないのだ。
自分の無力さに唇をかみ締める思いだった。
ミランダを救えなかった自分に、そしてフェルナンドを――槇村を止められなかった自分自身に。
「Miranda!」
爆発の直後、彼はそう叫んで警察官の人垣を突破して燃え盛るホテルの中へと走っていった。
私には彼を止める勇気がなかった。警察官という肩書きを捨て去る勇気がなかった。
彼の行方は、その後杳として知れない。
その後の捜査会議は紛糾した。
「この中に内通者がいたと考えられます」
との意見に会議室が騒然となった。そして会議は内通者を炙り出すための魔女裁判へと様相を変えていった。
「野上署長、確かあなたが最初にこの取引の情報を報告したのですよね。
では、その情報を一体誰から手に入れたのですか?」
絶対にフェルナンドのことは隠し通さなければならない。
彼はあくまでシンセミーリャの、向こう側の人間。
それに、彼が情報を流したとなれば今度は組織内での彼の立場が危うい。
今度の襲撃のことですでに相当追い詰められているに違いないのだから――。
しかし、無言で立ち尽くす私には何もいい言い訳など思い浮かばなかった。そのとき、
「彼女はとあるジャーナリストからその情報を入手しました。
しかし彼との信頼関係上、それを秘匿せざるをえませんでした」
そう言って立ち上がったのは朝倉だった。そして隣に座る議長に見られないよう私に目配せした。
「――はい、その通りです。申し訳ありませんでした」
「そのジャーナリストというのは」
「ミック・エンジェル、『ウィークリー・ニューズ』誌所属の記者です」
そのネームバリューにお偉方たちは信じ込んだようだ。
「ところで朝倉くん、君はそのジャーナリストと面識は?」
「いえ、直接はありませんが先日取材の申し込みを受けました。そのときは信頼に足る相手だと」
この場の責任者の一角を占める朝倉の言葉に誰もが納得したようだった。
そして私に下った判決は1週間の謹慎処分。かつて槇村が被った責任に比べれば格段に軽い処分だった。
「庇ってくれてありがとう。このお礼はどう言ったらいいか――」
そんなことは警視庁の中では言えない。
だから自然と二人きりで、いつものバーでということになる。
「そんな買いかぶらなくてもいいさ。君の失態は君を会議に推薦した僕自身の失態でもある。
だから君を庇ったのは極めて官僚的な理由からだよ」
とは言うものの、彼がそんな自己中心的な人間とは思えない。
「でもまさかあなたがミックのことを知ってるなんて」
「取材の依頼を受けたっていうのは本当だ。君との会話にも何度か名前が出てきたしね、逢うのを楽しみにしてるよ」
「でも彼まで私たちに巻き込んでしまったわ」
「その口裏あわせは今度の取材のときにでもしておくさ」
と言って朝倉はグラスをカチンと合わせた。
「謹慎期間中はこうしておおっぴらに会えなくなるから」
そう彼は微笑んだ。
結局のところ、私は朝倉に大きな借りを作ってしまった。
この手の中からフェルナンド――槇村は消え去り、そして今や自分自身が彼の庇護の中にしか居場所がなくなってしまった。
それが私の運命なのかもしれなかった。運命ならもう逃れようがないと。
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ここからも西新宿の高層ビルが見えた。
「真っ先にわたしの所に逃げ込んできたのは正解だったわね」
「ウィザード様は私を疑ってらっしゃるようだな」
「まぁ、文字通り半信半疑ってとこかしら」
素肌にガウンを羽織っただけというカリプソが誘うように笑みを投げかけた。
ここは青山にある彼女のマンション。
あのあと――燃え盛るホテルの中に飛び込んでいったあと、どこからどうやってそこを抜け出したのか判らない。
ただ一つ、はっきり言えることはそこでミランダを見つけられなかったということだ。
おそらく『エルドラド』から抜け出してきた連中が彼女を攫っていったのだろうか。それとも・・・。
地球の裏側では彼女の兄が捕虜になったと聞いた。となると生きていたとしても彼女の命は風前の灯だった。
しかし、今の自分には、シンセミーリャからも疑いの眼を向けられている身ではどうしてやることもできない。
その不甲斐なさに、思わず拳に力が入る。伸びた爪が手のひらに食い込む。
「でもこっちの被害も大きかったようね。さすがにシティーハンターとファルコンだわ」
「でもその被害のほとんどは我々の損害。デュークは無傷だ」
「そう、それなのよ」
とカリプソが詰め寄る。豊かな胸の谷間が目の前に迫ってきた。
「むしろウィザード陣営としてはあからさまにデュークを警戒しているわ。今回のことでそれがより鮮明になった。
いや、もしかしたら今回の取引失敗もデュークの差し金・・・?」
「そうだったら君も困るだろうな。我々に多大に投資しているスポンサーとしては」
「そうよ、だからこうしてあなたを匿ってるのよ」
そう言うと彼女は私の頭を抱き寄せた。ガウン越しに柔らかな感触を後頭部に感じる。
――まるで妖精カリプソに捕えられたオデュッセウスだな。
彼には帰るべき故郷も、そして待っている家族もいた。
しかし私のことを誰が待っているのだろうか。そう考えると眩暈を覚えた。
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海坊主はその巨体をベッドに横たえていた。
「トラップの名手が敵のトラップに引っかかりやがって・・・そろそろ引退考えた方がいいんじゃねぇか?」
そう減らず口を叩く俺も無傷というわけにはいかなかった。
あのとき、フロアにいた奴らだけ相手にしていれば俺たちでも充分渡り合えた。
しかし敵をあらかた片付けて、ミランダを連れて逃げようとしたとき、更に敵が現れた。
云わばこっちは90分フルに戦ってきたのに、相手は延長戦に選手を全員交代させてきたようなものだ。
あっという間に形勢逆転、囚われの姫は再び悪漢どもの手の中に陥ち
最後っ屁とばかりにフロアに仕掛けていた爆破装置を総て作動させていきやがった。
そして俺は重傷を負った海坊主を間一髪のところで引きずってきた。
「ふぉっふぉっふぉっ、これでいい教訓になったじゃろ。気にかかるものは常に目の届くところに置いておかんとな」
「教授・・・そんなんじゃありませんよ、今回の敗因は」
「そうかの?てっきりわしは置いてきたパートナーが心配じゃったと思ったのじゃが。
そうでもなければシティーハンターとファルコンとあろう者がここまで無様な姿をさらすことはなかったと思うんじゃがの」
確かに今回は香を置いてきた。利き腕を怪我しているあいつは今回はお荷物になる。
いや、たとえ怪我が無かったとしても・・・今度の依頼に香を関わらせることはなかっただろう。
敵は余りにも大きすぎた。そしてそれ以上に、今度のは槇村が、香の兄が関わっていたのだ。
とても冷静じゃいられない。そんな香を巻き込むわけにはいかなかった。
「いや、そうじゃない。心配していたのはむしろ美樹の方だったろう」
海坊主が、体格に似合わぬ小さな声で口を挟んだ。
「目が悪化して、それでも曲がりなりに前と変わらずにやってこれたのは美樹のおかげだった。
あいつが的確な指示とサポートをしてくれたからこそ俺は目が見えたときのように戦うことができていた。
なのに俺はそれを自分の実力だと勘違いしていた。美樹が傍にいなければ何も見えないのと同然なのに――
あいつは俺にとって右腕であり目だった。今回の敗因はそれに気づかなかった己の自惚れだ」
そう奴は頭まで真っ赤にさせながらも淀みなく言い切った。
「そうか、よくできた細君を貰ったものじゃの・・・ところで撩、お前にとっての敗因はなんじゃ?」
そう言われたってとっさに浮かぶもんじゃない。
しかし、俺が香に支えられているということがあるのだろうか?
海坊主が美樹に支えられているように。
あのまだまだ未熟な香に・・・。 |

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警視庁保安部、少年犯罪や銃器、薬物取締りなどにあたるセクション。
その実質ナンバー2として指揮に当たるのが彼、アサクラ・タカユキ参事官だ。
この年でまだ警視正というのはキャリアの出世レースではすでに遅れを取っているが、何しろICPO帰りのエリートだ。
保安部参事官の要職につく傍ら、警察庁のシンセミーリャ対策会議では警視庁側の責任者に抜擢されている。
おそらくは些細な遅れなどあっという間に取り戻し、将来の総監、警察庁長官を狙うレースのトップ集団に踊り出ることになるだろう。
「Micahel F. Angellです、Nice to meet you.」
「Nice to meet you, too」
流暢な英語で返す。
「本当はヒーローインタビューとしてこの取材を受けたかったんですがね」
確か伯父が警察族の大物と聞いていたが、仕種一つ、口調一つとっても育ちの良さが伺える。
育ちが良すぎて一見すると警察官になど見えそうにない。
「残念ながら日本のことわざにはこういうのがありましてね、『敗軍の将、兵を語らず』と」
「Oh, それこそニッポンの旧弊ですよ。あなたのような国際経験豊かな若きエリートにそのようなことを言ってほしくありませんね」
「そうは言っても、この場で何を語っても言い訳にしかなりませんよ。
“Do not wash our dirty linen in public.(内輪の恥をさらすな)”と上司にも釘を刺されてますしね」
単なるボンボンかと思いきや、意外とtough negotiatorかもしれない。
女を陥すのには自信はあるが、さて、男はどうやって陥せばいいか・・・。
「ところで、今回の失敗は内通者がいた所為だというのを小耳に挟んだんですが・・・」
「まさか彼女が――」
「Oh, no! ミズ・サエコは関係ありませんね。
ただワタシのネットワークから仕入れた情報ですからまだ真偽のほどは判りませんが」
おどけてホールドアップするも、彼はオレに疑いの眼を向けていた。間違いない、それはlaw enforcerの眼だった。
目の前の人間の黒白をつけ、わずかな証拠を逃さず相手を追い詰める刑事の眼。
一介のジャーナリストの仮面の裏に隠されたオレの真の姿を白日の下にさらそうとする眼だった。
しかし、オレの眼もまた、奴の刑事の眼の奥に隠されたもう一つの鋭い視線に気がついた。
「で、どうなんです本当のところは?いたんですか、Judas(裏切り者)が」
「現在調査中ですのでまだ何とも」
その瞬間、耳元で聞き覚えのある音がしたような気がした。撃鉄を起こす金属音。
とっさにジャケットの内側に手を伸ばす。
しかし周囲を見回しても銃口はどこにもなかった。
――錯覚か?しかしそれが幻聴であっても、あのときの恐怖を思い起こさせるには充分だった。
ユニオン・テオーペ、エンジェルダスト、「それがユニオンの掟」・・・。
「どうしましたか?」
目の前ではアサクラがgentleな笑顔で微笑んでいた。
今のオレのジャケットの下にはデザートイーグルなんてあるわけがなかった。
「いや、ちょっとペンを」
内ポケットにペンが何本か挟まってるだけだ。
だが間違いなかった。あのときオレに見えざる銃口を向けたのは目の前にいるこの男だと。
柔和な仮面の下で悪魔に魂を売り渡したこの若きエリートだと。 |

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コツコツ、と静かな部屋にノックの音だけが響く。
侵入者がご丁寧にノックしてから押し入るということはないだろうが、一応用心までにジャケットの内側を探る。
が、愛用のローマンはあのとき部屋に置いておいたままだった。
取引現場には丸腰で、これが自分なりのルールでありエチケットだった。しかしそれが今となっては仇となったようだ。
あのとき、銃さえ持っていれば・・・目の前がぐらぐらと揺れる。それもこの国に来てからもう慣れたものだ。
崩れ落ちそうになる体を何とか支え、カリプソのデスクの上を探る。
いかにも宝石商らしい、純銀のペーパーナイフ。これだけあれば十分だ。
「Please come in」
そう言いながらもドアの陰に隠れた。
「Hay senor Minami?(セニョール・ミナミはおられますかな?)」
ドアを開け、入ってきたところを後ろから首筋にナイフを当てた。
「Senor Gonzalez....」
「やはりここにいましたか、セニョール・ミナミ」
とりあえず懐を探る。丸腰のようだ。首筋からナイフを離した。
「ところで何のご用件ですか?セニョール・ゴンザレス」
「セニョール・ミナミ、これじゃ話をする姿勢じゃありません。とりあえず向き合いましょう」
そう言われ、羽交い絞めにした腕を外す。
「別にあなたを殺しにきたわけじゃありませんよセニョール、ウィザード様からの伝言です」
「ウィザード様からの?」
「Si. 確かに今回の取引失敗、ホテルの襲撃にウィザード様は大変ご立腹のご様子、
そして幹部の中にはセニョール・ミナミ、あなたが組織を裏切ったという声もあります。
だが寛大なるウィザード様はこのたびの失態の責任を不問に処す代わりに一つの条件を与えられました」
「その条件とは?」
「デュークの暗殺です、セニョール」
「デュークの・・・?」
「Si, senor. あなたが雲隠れしている間に我々を取り巻く情勢は大きく変わったのです。
デュークはこともあろうにあなたが捌こうとしていたコカインを日本のヤクザに売りつけようとしているらしい。
もちろんこれはウィザード様のご意向を無視した独断専行であります」
「つまりデュークがとうとう本性を現したと・・・」
「無事デュークの奴めを始末した暁にはセニョール・ミナミは晴れてウィザード様の元にご帰参叶うわけですな。
そしてセニョールの秘書、セニョリータ・ミランダを――」
「ミランダを?」
「解放してやってもよい、とこう仰っております」
ミランダを・・・解放すると?
あの日炎の中で焼き尽くされたと思っていた希望が、再び不死鳥のように目の前に現れた。
確かにデュークを――シンセミーリャ両巨頭の一角を消せというのは死ねと言うのに等しい任務だ。
しかし彼女の自由のためならこの身がどうなろうと構いはしなかった。
――駄目、死なないで・・・。
耳の奥で、誰かが囁く。
――死んでは駄目、・・・。
そして私の名を呼ぶ――私の、名前?それは私の名なのか?
しかしこの耳が、理性じゃない何かがそれは私の名だと呼んでいた。
フェルナンド・ミナミとは違う名を・・・。 |

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教授のところから帰ってきたら香がソファに俯いていた、部屋を真っ暗にして。
もう日もだいぶ長くなってきたが、この時間になると外はもう夕闇に包まれていた。
おそらくCat'sから帰ってきてからだから・・・もう2,3時間もこうしていたのか、真っ暗な部屋で・・・。
「どうしたんだ香、んな暗いとこにいて」
その声にようやく気がついたのか、はっと顔を上げた。
慌てて立ち上がって電気を点けようとするが、それより先に俺が壁に手を伸ばした。
暗闇だった居間が光に包まれる。まぶしくて目が痛いほどだ。
「りょう・・・」
思いつめた眼で俺を見る。その眼に目が離せない。
「撩・・・信じてるから」
信じてる・・・何を・・・俺を?俺の何を信じるというんだ。
今まで兄の死を伏せ続け、その兄からの依頼に関わらせず、お前に心配させるだけの俺の――。
「あ、もうこんな時間。撩、ちょっと待っててね。すぐ夕飯作っちゃうから」
と言うと香はパタパタと台所へ駆けていった。さっきまでがまるで嘘のような、いつもと同じ表情で。 |

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AHでは『新宿西署』長でしたが、それじゃあ天下の歌舞伎町は管轄外だろう、ということで
CH’では『東新宿署』長です、姐さん。いくらリアル新宿署が西新宿にあるとはいえ
『新宿西署』があるってことは『新宿東署』もあるってことでしょ?
でもAHのサエバアパートって西口側にあるっぽい描写なんだよね・・・。もちろん無視ですが。
保安部っていうのは現在の生活安全部。防犯部と一緒になって今の名前になったそうだが
まだこのころ(1992年)はこの名前だったはず。
(参考文献:『新宿鮫』シリーズ、『天使の牙』;爆)
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