――夜毎舞い出る秘め事
  真実が無きゃ・・・胸が痛い

「・・・腰が痛ぇ」

夜の新宿・歌舞伎町。ガードレールに腰掛けてそう呟いてみる。
誰もいない部屋に帰りたくなくて、馴染みの女を買った後。
新宿の種馬もヤキが回ったか?いやいやなんの、まだまだこれから何人でもお相手できるさ、相手がもっこり美人なら。

痛いのは腰じゃない、この胸。

いつの頃からか女を抱いても満たされなくなってしまった。
買った女、そこらで引っ掛けた名前も知らない女を抱きながらも頭の中によぎるのはあいつの面影――香。
ならあいつを抱いちまえばいい、というのは余りにも短絡的。あいつは大事な預かりもの、
預け主が帰ってくるまで傷一つつけずに守り抜かなければならない。そのあいつを守るべき俺が疵をつけてどうする。
だがそう理性で言い聞かせても募る想いは止まず、姿さえ見なければ収まるかと思いきや、よりいっそう面影は強く胸に焼きついた。

――多少美化入ってるかもな。

満たされない胸の隙間を少しでも埋めようとしても、かえって隙間の大きさを思い知らされるだけ。
まるで海水を飲むように、飲めば飲むほど渇きが募る。今の俺に必要なのは、たった一滴の真水なのに。

(どうしてこうなっちまったんだろう)

一体いつ、気づいてしまったのだろうか。俺の胸の中にぽっかりと大きな穴が空いてしまったことに。


vol. 3 I don't want so lonely night any more


うららかな昼下がり、春の陽射し差し込む窓辺でのコーヒーブレイク。
そして目の前には髪の長いもっこり美人なんて何たる至福の瞬間(とき)。
ここがタコ坊主の店じゃなければもっと至福なはずなのだが。

「へぇ、キミも彼氏と別れたばっかりかぁ」
「キミ“も”って、あなたも?」
「いやいや、ボキはいつでもフリーだから、ね、だから今晩一緒にどう?キミも、フリー?」

「珍しいな」
「ええ、珍しくナンパが成功したんですって」
「明日は季節外れの大雪か?」
「それとも銃弾の雨かもね」

カウンターの向こうからタコと美樹ちゃんの嫌味が聞こえるが、そんなもの気にするもんか。
せっかくのシングルライフ、楽しまなけりゃバチが当たる。

「ねぇ、美樹ちゃんコーヒーまだぁ?」

随分前に注文したはずだが目の前にあるのは未だお冷のコップのみ。
このままだともっこりちゃんが席を立ってしまうではないか。
女主人がいそいそとコーヒーを運んできたが、トレーの上に乗っているカップは・・・一組だけ。

「おい、タコ!ちゃんと二人分注文しただろーがっ」
「フンっ、ツケばかり溜めてる客に出すコーヒーは無い!」
「あ、てめっ。せっかくの美人の前で言うこっちゃないだろ!
それにツケだったら依頼料が入ったら熨斗つけてお支払いしてやらぁ!」
「気をつけてね、お嬢さん。この人って有名な女好きだから」

そう言いながら美樹ちゃんがコーヒーを彼女に差し出した。

「美人と見れば見境ないばかりか来る者拒まず去る者追わず。
こないだなんて長い間付き合ってた彼女、わざと出て行くように仕向けて引き止めもしなかったんだから」

そして戦利品の美人に背を向けると俺に向かって思い切り舌を出した。
そこまでして俺に香への操を立てさせようというつもりか、二人して?
ほれ見ろ、彼女の様子がいきなり挙動不審になり始めた。
一口ぐらいは飲まなきゃだめかしら、とおどおどとカウンターの方を見遣るが美樹はにっこりと笑っているだけだ。
そして彼女はコーヒーを砂糖もミルクも入れないまま一気に飲み干すと、
「ゴメンなさい、これから友達と用事があるのっ」
とそそくさと店を飛び出していった。

「残念だったな、せっかくサ店に連れ込んだまではよかったが」

海坊主もあの強面でニヤニヤ笑ってやがった。

「まぁコーヒーでも飲め」
「今さら遅ぇんだよ」

カウンターに就き、出されたカップに口をつける。が、

うげぇぇえぇえぇえっ!

「苦っっっ!!てめぇ海坊主!」
「冴羽さんのためにじっく〜り淹れてあげたの♪」

美樹ちゃんの満面の笑みが、俺には悪魔の微笑みに見えた。もうこんな店出てってやる!

「冴羽さ〜ん、お代は?」
はいはい、お代ね。
「あら、これ一杯分じゃない」
誰があんなコーヒーに金払うっていうんだ。
「じゃあこれもツケておくぞ」
おう、ツケでも何でもかかってきやがれ!あとできっちり耳揃えて払ってやらぁ。

ドアベルがちぎれるんじゃないかと勢いよく鳴らしてCat'sを出ていった。




「はい、コーヒー」
「あ、どうもありがとうございます、槇村主任」
「いや、おかまいなく。俺とは違って外回りで忙しいんだから」
「んじゃ、ありがたく頂きます」
と言って両手で包み込むようにカップを持った。

いくら人間関係に注意深くなっても、わざわざ教えを乞う後輩にコーヒーの一杯も出してやらないとあっては
逆に不義理と言われるもの。

「いつも思うんですけど」
「ん?」
「主任ってコーヒーにこだわってるんですか?いつものデカ部屋で飲むのと違うんで」
「いや、これだって普通のインスタントコーヒーだ。ただ、沸騰させて10秒したら火を止める、これが一番適温なんだよ」

コーヒーにはやたらとうるさい元相棒の受け売りだった。

「沸騰させて10秒、ですか。覚えておきます」

勉強熱心な後輩だこと。

「ところで、今お前が追ってる事件といえば上野の――」
「はい、ヤクザの組事務所の襲撃事件です」

上野一帯を縄張りとする暴力団の事務所が何者かの襲撃を受けた。
表向きは捜査一課、四課、そして特捜の合同捜査本部ということになっているが
その特異性から帳場を仕切っているのはほとんど我々だった。

「確か、お前も現場を見たんだよな」
「はい・・・しばらく生肉が見れませんでしたよ。赤身の魚も」

事務所に詰めていた組員11名全員が死亡、自動小銃を乱射した痕跡が部屋中に残されていた。

「確か襲われた鰐口組は結構な武闘派らしいな」
「ええ、ロシアン・マフィアとの武器取引でかなり儲けてるらしいですよ」

俺がしばらく留守にしている間に、犯罪の様相も大きく変わってしまったようだ。
使われる拳銃といったら、最近では十中八九旧ソ連軍から流れたトカレフだ。
かつては不良米兵が横流ししたガバメントというのが相場だったのだが。

「で、捜査本部としては奴などとの取引のもつれと見ているんだな」
「さすが主任、ご明察です」

確かに、ただ単にヤクザ同士の抗争ならいきなり皆殺しというのは無い。
せいぜいが外から銃弾を打ち込んで窓ガラスを総て粉々にするのが関の山だ。
犠牲が出ても手打ちですむ程度、決して互いの息の根を止めるような真似はしない。
それが狭い島国で生き延びてきたこの国のヤクザのやり方だった。
その場にいた連中全員を蜂の巣にするなんてのは奴らのやることじゃない。

「使われた銃はカラシニコフだそうです」

AK47、コピーも含め共産圏全域で制式採用されていた傑作アサルトライフル。今となっては懐かしい響きだ。

「どうやら素人が闇雲に撃ちまくったって跡じゃないな。
おそらくは軍隊経験のある連中、それも高度な訓練を受けた――」

ふと目にした写真から思わず呟いた。この手の惨劇なら何度か目にしたことがあった。
といっても警察官なら一生に一度目にするかしないかだが。つい手の内を見せすぎたか?

「ええ、ロシアン・マフィアの中にはソ連崩壊後路頭に迷った特殊部隊員を雇ってるところも多いですので
おそらくはそういった連中の仕業かと」

特殊部隊崩れのロシアン・マフィア、武器取引のもつれ・・・確かにそれで説明はつく。
しかし何かが頭の中で引っかかっていた。

――おかしいな。

「何がおかしいんですか?」

いかん、つい口に出してしまっていたらしい。みると、目の前の後輩は期待の表情でこっちを見ていた。
今からあの伝説をこの目で見れるのかと。乗りかかった舟だ。

「大澤、確か鰐口組の本家筋は」
「衆栄会です」

衆栄会か・・・この東京でも一、二の勢力を争う全国規模の大暴力団だ。

「いくらロシアン・マフィアに日本の常識が通じないとはいえ、
奴らもこれから日本のヤクザとビジネスを始めようというんだ、まさか衆栄会を敵に回すような真似はするまい」

そんな手荒なことをするのはユニオン・テオーペかシンセミーリャくらいだが、その両方とも今は無い。
残りの連中もまだしばらくは大人しくしているはずだ。

「そっ、そうですよね!」

大澤の顔は明らかに紅潮してきた。

「おそらくは取引のあったマフィアとは別組織、もしかしたらロシアン・マフィアとはまったく別の連中かもしれない。
奴ら衆栄会に、いや、日本のヤクザ全体に喧嘩を売る気だ」
「じゃあそのように捜査会議の席で!」
「いや待て」

勢いよく席を立った大澤が、面食らった表情で振り返った。

「いくらなんでも上とはまったく違う方針ってのはまずいだろう。
とりあえず本部の命令に従って、その上でできれば俺の意見も頭に入れておいてくれ」

「つまりは極秘捜査ってわけですね?判りました!」
と今度こそ勢いよく席を飛び出していった。

ここで目立つ真似をするつもりは無い、できれば一生、誰にも目をつけられることもなくつつがなく警官人生を終えるつもりだった。
だが、心の奥では『刑事魂』とやらがくすぶっていたらしい。あの若い刑事を利用するようでどこか後ろめたいが、
安楽椅子刑事というのも悪くないんじゃないか、そう思えてきたのはやはり捜査に飢えていたのかもしれなかった。




交差点の手前には今日も轍が店を構えていた。

「随分と空気がピリピリしてるな。まるで季節が一ヶ月戻っちまったみたいだ」
「何でも、東南アジアの方からこの新宿に結構押し寄せてるらしいそうだ」

轍はいつものように視線を上げることなく、突き出された薄汚れた靴にブラシをかけた。
そういえばときどき香が見るに見かねたように、ティッシュで磨いてたっけ。それすらもご無沙汰で最近は随分泥だらけだ。

「ああ、それなら俺のところにも挨拶に来たぜ」
「撩ちゃんのところにかい!?」

珍しく声を荒立てて轍が視線を上げた。

「いつだい、そりゃ」
「ほんの昨日」
「そうか、だったら話は早ぇや。連中はただの不良外国人ってわけじゃない
それなりの訓練と経験を積んだ、その道のプロらしい。こないだ、上野で組事務所が全滅したってのがあっただろ」
「ああ。そいつらの仕業か?」
「まだ判らんが、ヤのつく連中が道端で留学生やらを締め上げてるって話だ」
「そりゃ巻き込まれた奴も可哀そうに、物騒な話だな」
「撩ちゃんも気がつけたほうがいいぜ」
「俺?俺なんて狙ったところで何の得にもなりゃしないさ」

あれだけ汚かった靴も、すっかり元の艶を取り戻していた。
通常料金に多少上乗せして代金を払えば轍が渋い顔をしたが、気にするこっちゃない。今の俺には大して用のない情報だ。




その足で伝言板をチェックして、通りにもっこりちゃんがいないか物色がてらアパートへと戻る。
6階までの階段を上りきり、ドアノブに手をかけるとあっけなくノブが回った。鍵を閉め忘れたのか。

――それとも・・・?

思わず無責任な期待に胸を膨らませた。
そんなはずがない、香が戻ってくるはずがない。
あの意地っ張りなあいつが今さらどの面下げてここに戻ってくるというんだ。
それに、あいつから出て行ったとはいえそう仕向けたのはこの俺だ。
あいつが恥を忍んで帰ってきたとしても、諸手を広げて迎えられるわけがなかった。

玄関の三和土には女物のパンプス。ありえない期待がますます膨らむ。

――撩、お帰りなさい。早かったわね。今日はハンバーグにしようと思うんだけど。

「冴羽さーん、お帰りなさい♪」

台所に足を踏み入れると、甘い期待は音を立てて崩れ去った。

「かすみ・・・ちゃん?」
「どうしたんですか、冴羽さん」
「いや、なんでもない。それより鍵――」

今は一線から離れてるとはいえ、泥棒稼業の彼女には我が家の鍵なんて朝飯前に違いない。
それまで使用済みの皿が洗われることなく放置されていたシンクはすっかり片付いていた。

「ちゃんと部屋片付けてるんですかぁ?埃っぽかったから部屋の方掃除しときましたよ」

見ればリビングからも今までの自堕落な生活が一掃されていた。
そこに残ったのは生活感のない空間。冷たく、空虚な――今の自分。

「ところで冴羽さん、今晩何がいいですか?あたし、ハンバーグの材料買ってきたんですけど」
「いや、いい」
「でも、ちゃんと食べないと――」
「今夜は外で食べるから心配しなくていい」

それでも不満そうにほほを膨らませていたが、若い娘らしく素早い立ち直りで
「じゃあコーヒー飲みます?これでもあたし、最近じゃ海坊主さんに筋がいいって言われてるんですよ」
といそいそとガスレンジに向かった。

「豆、どこにあるか――」
「あ、大丈夫ですよ。ちゃんとお店から分けてもらいましたから、Cat's特製ブレンド♪」

そう言って置き去りにされたままのミルに豆をあけた。
ザリザリという心地のいいリズムがときどきザリッ、と途切れるのが耳障りだ。だがこの後姿はなかなかいい眺め。
ストレッチのミニスカートはエプロンより短く、前から見ればけっこうそそる絵になることだろう。
しかもぴったりとしたヒップラインには下着の線が響いていない。
もしやこれは、Tバック?ということはかすみちゃん、もしかして勝負下着とか??

「ところでかすみちゃん、いくつになったんだっけ?」
「やだぁ、レディに歳訊くんですか?ふふっ、今年で24ですよ」

酸っぱすぎず熟れすぎず、まさに食べごろというお年頃。

「じゃあ確か修士の――」
「2年です」
「んじゃそろそろ卒業かぁ」
「んー、でも担当教授は2年で書けって言ってるけど、
あたしとしてはまだ1年はかけたいなぁって。就職活動もまだだし」
「かすみちゃん、どっか就職するの?」
「永久就職に決まってるじゃないですかぁ!」

それで鬼のいぬ間に就職活動ってわけね。
こっちとしては内定出すつもりはさらさら無いが、こう女の方から言い寄られるというのも悪くない。

「はぁい、コーヒー入りましたよぉ」

久々のまともなコーヒー。しかもついさっきCat'sでコーヒーともいえない超エスプレッソを出されたばかりだ。
まずは心行くまで匂いを堪能する。そして一口つけると、その瞬間、言いようのない違和感が走った。

「ちゃんといつもの豆――香さんがいつも買ってってる豆を使ってるし、
淹れ方だってお店で習ったとおりやったのに――」

小さな変化に気がついたのか、言い訳を並べ立てた。

「――帰れ」

そう言った声は自分でも背筋がぞっとするほど寒々としていた。

「もう一度言う、帰れ」

その言葉にかすみはしぶしぶエプロンを外すと、逃げるように部屋を去っていった。
テーブルの上に置かれたエプロンは香のものだった。まるで汚されたような気がしてゴミ箱に捨てた。

「かおりぃ・・・」

限界だったのかもしれない、自分の心に嘘を吐き続けるには。
今まで街で女に声をかけていたのも、飲んで騒いで浮かれていたのも自由を満喫するためじゃない。
それと引き換えに空いた心の大穴から目をそむけるため。だがそれを見てしまった。その深みを覗き込んでしまった。

俺はこんなにも香を求めていた。しかしそれは、今となってはもはや手に入れることは叶わないもの。




「マスター、美樹さん、遅くなりました」

いつもより少し遅れて店に来たかすみちゃんはなぜか意気消沈していた。
がっくりと肩を落とし、ため息を吐きながらエプロンの紐を結ぶ。そして手洗い場の鏡を見ながら本日2度目のため息。

「あたしって、そんなに魅力ないかなぁ」

まるでいつかの誰かさんを見ているようだ。
そこにドアベルを勢いよく鳴らしながら入ってきたのは麗香さん。

「かすみちゃん、残念だったわねぇ。本当は覗き見するつもりなんかなかったんだけど
そのとき丁度撩のところに用事があったもんだから一部始終を目撃しちゃったってわけ。ほんとゴメンね」

それで遅くなるって連絡入れたわけね。一方、それを聞いたかすみちゃんはさっきの消沈ぶりはどこへやら、
すっかり怒りのオーラを全身にたぎらせていた。それに負けじと麗香さんからも放たれるオーラ。
今までは仲良くお店で煮え切らない二人のグチを言い合ってた二人が、いつの間にかバチバチと火花を散らせていたとは・・・。
もしかしてこれは、シェルターに隠れた方がいいかしら。

「――冷戦構造、または最近の民族紛争」
と夫がぼそりと言った。

「共通の大きな敵がいなくなると、それまで小異を捨て結束していた仲間同士が反目しあうことなんぞ、歴史上いくらでもある」

さすがファルコン、含蓄あるお言葉。それよりも、大きな犠牲を払ってだけどようやく平和になったこの店で
再び戦争が始まるのかどうか、そっちの方が心配だった。




香のいない部屋になんて、帰ってきたくはなかった。
そんなことで解決できることじゃないというのは百も承知の上。
だがもはや真夜中、酔いつぶれて帰ってきても誰もいない部屋に耐えられそうもなかった。
とりあえずこの胸の隙間を手っ取り早く埋めたかった。そんなもので埋められるなんて端から考えてなかったが。

俺はその夜、浴びるように酒を飲み、女を買った。




日が高くなる頃ようやく部屋に戻って朝寝を決め込んでいると、ドアを手荒にノックする音が聞こえた。
開けるとそこに冴子が立っていた。

「7階建てのくせにエレベーターが無いなんて建築基準法違反だわ。途中で転びやしないかヒヤヒヤしたわよ」

ヒールの高さは前とさほど変わらないが、ピンヒールが随分太めになっていた。

「だったら上がれよ。で、何の用だ」
「いいわ、手短に済むから。昨日、歌舞伎町の路地裏で一人の娼婦が殺されたわ。名前は吉田節子、34歳」
「知らんな、そんな名前からして地味な女」

何も言わずに冴子は一枚の写真を渡した。
女と生まれたからにはああはなりたくない、変わり果てた姿の死体がゴミ袋やビールケースの間に転がっていた。

「アリサじゃねぇか。あいつ、齢サバ読んでやがったな」
「彼女が殺される最後にあなたと会ってたのを情報屋が目撃しているの。もちろん非公式な証言だけど」
「だからわざわざ署長閣下が直々に事情聴取、ってわけですか」
「ねぇ、何か知ってるの?」

昨日の今日だ、犯人はあの連中に違いない。
それにしても、ただ単に金だけの付き合いの女を血祭りに上げるのだから、
もし今香を手元に置いていたら確実に写真の中の無残な姿はあいつの顔をしてたに違いない。
手放して正解だった。あいつを守る一番の方法はこれしかなかったのだから――。

「撩、殺されたのが香さんじゃなかったってほっとしてたら大間違いよ」

そんな俺の心を見透かしているかのように冴子が言い放った。

「卑怯よ、撩、あなたは」
「卑怯・・・か。同じようなことを唯香にも昔言われたな」
「ええ、そのころのあなたに輪をかけて大卑怯者よ!
香さんを危険な目に遭わせたくないのならそう言って聞かせればよかったじゃない。
それをあなたはわざと怪我して香さんに負い目かぶせて、彼女から出て行くように仕向けたんじゃないの!」
「そうカリカリするなよ冴子、今が一番大事なときだろ?」
「話をすり替えないで!」

おおよそ今年の秋には母親になるとは思えない憤怒の相で俺を怒鳴りつけた。
これは絶対ホルモンバランスが崩れてるせいだな。

「もしわたしが身重じゃなくても同じくらいあなたを怒鳴りつけたと思うわ。
ほんと、あなたといると胎教に悪いったらありゃしない」

そう言っていつもよりやや鈍いヒールの音を響かせて、彼女は階段を下りていった。

「子供が生まれてもあなたには絶対抱かせないわよ」

との捨て台詞を残して。いいさ、お前と槇村のガキの顔を見れなくても。
それは俺とはまったく正反対にある存在だし、お前と俺とはもう無関係なはずだ。香が俺の元を去った今となっては。


>かすみちゃん
そのくらいの歳ですよね。でも就職してるとか想像できなかったので
今でも彼女はCat'sで住み込みのアルバイトです。
それに文系大学院生の日常ならいくらでも想像できるので【笑】
専攻は多分日本史か国文学で。

Former/Next

City Hunter