その後も二人はモール内の店を冷やかしながら『デート』を続けていたのだけれど、
流行りの洋楽を鳴らしまくっていた館内放送も、いつの間にか『蛍の光』になっていた――
こういうとこでも閉店時間はやっぱりこれなんだ、へー。
でもデートの時間は「今夜一晩」、夜が終わるにはまだ間がある。

「まだあそこは空いてたと思うけど」

と秀弥くんは時計を見遣った。
その間もあたしたちは、撩とひかりの入る店入る店にこっそり後をつけては、
二人が視界に入る距離でこっそり『デートごっこ』を楽しんでいたのだ。本来の目的はどっちか判らなくなってしまうくらい。
そんな適当な尾行だから、ひかりはともかく撩はとっくに気づいていただろう。その気になればあの子に勘づかれることなく撒くことだってできたはずだ。
でもそうしなかったのは、どうせ人畜無害と判っていたからか、それともあいつ自身も楽しみたかったからか、今夜一晩だけの恋人同士を。

「このまま尾いてってもいいんだけど、どうせだったら香さん、先回りしない?」

と従妹の行動パターンを知り尽くした今夜の相棒が目くばせした。
この辺でまだ営業してる、あの子の行きそうなデートコースといったら、近くにある大型のゲームセンターくらいだろう。
再開発地域という地の利を活かしたそこは、もはや屋内型テーマパークといっても過言ではなかった。もちろんゲームの種類も多種多様。
新宿界隈のゲーセンだったら小さい頃から秀弥くんたちと行きびたっていて、今では主といえるほどだ。何しろ主だったゲームの最高スコアホルダーは彼女たちなのだから。

あたしたちはというと、入り口近くのクレーンゲーム――どこのゲームセンターでも決まってこの位置だ――で張り込みがてら興じていた。
奥のミラーに二人の姿が映るのを今か今かと待ちながら。
その間にも秀弥くんはコイン一つで次々と縫いぐるみを穴に落としていった。
自分でも柄じゃないと思っているけれど、こういうファンシーなものも嫌いではないのだ。
現に昔から、撩と一緒にこういうところに来たときも、ええカッコしいの本性を発揮してあっという間にコレクションを増やしてくれた。
そのやけに真剣な横顔が今の秀弥くんのそれと重なる――
長身で、見た目は一見華奢な、撩曰く「おまぁの好きそうなタイプ」だけど、どんな獲物でも決して手を抜くことはないその眼はなぜかそっくりだった。
その秀弥くんはというと、いつもの黒のジャケットに黒のタートルネック、そしてブラックジーンズという発色の違う黒尽くし。
こういうスパイ活動にはぴったりのコーディネイトかもしれないけれど、あの冴子さんの息子だけあって顔のいい彼だったら
こんな格好でも歌舞伎町からパーティ会場まで入り込んでしまえるだろう。
案の定、彼の存在感はゲームセンターの雰囲気に紛れながらも、そこに紛れきれない何かを発していた。

あまりの成功続きに、入り口付近にもかかわらずギャラリーの黒山が出来ていたけれど
撩だったらそれよりも頭一つ分抜きんでているから、その後ろを通り過ぎても判るはずだ。

「じゃあ次、あれ」

と秀弥くんが予告したのは、ケースの中でもひときわ大きな縫いぐるみだった。それを漏れ聞いた人だかりの中からも歓声が上がる。
だが、目指す獲物は小物に埋もれてなかなかつまみ出せない。
何とか引っ掛かりを見つけて引き上げると、小さく揺すりながらまとわりつく小物を振るい落とす。
そのときだった、ひときわ背の固い人影がギャラリーの後ろを通り過ぎたのは。

それはほんの一瞬だったはずだ。
でもあたしたちの眼にはスローモーションのようにくっきりと、ひときわ鮮やかに映っていた――あたしも、そして秀弥くんの眼にも。
彼が連れていたのはやはり長身の、きれいな長い髪が印象的な若い女性――ひかり。
彼女は高そうな服に上品に身を包んでいながらも、その表情はこれ以上ないほど晴れやかな笑みだった。
まるでそのピアスのきらめきが彼女から発せられる光によるもののような。
そして、こんなあの子の笑顔を見るのは久しぶりかもしれなかった。

ひかりは、生まれながらにシティーハンター――冴羽撩の娘という十字架を背負っていた。
誰かの生命の犠牲の上で自分の生命が成り立つという『原罪』。そのときからすでに、あの子の運命は決まっていたのかもしれない。
そしてあの子はその運命を選ばざるをえなかった、シティーハンターの名を継ぐ者として。
それは彼女自身の選んだことだった。あたしも、そして撩もあの子には普通の女の子としての人生を歩んでほしいと何より願っていたにもかかわらず。
もちろんその総てが辛いものばかりではなかった。
自分の身を危険にさらして、ときにその手を血に染めることでしか成し遂げられないこともある。
でもその笑顔がいつしか翳りを帯びていったのに気づかないわけではなかった。

だけど、今のひかりの笑顔はまさにただの19歳の少女の笑顔だった。血と硝煙とも無縁の、どこにでもいる普通の女の子――

「あぁっ」

ギャラリーの溜息にあたしは我に引き戻された。秀弥くんが獲物を落としてしまったのだ。
彼の視線は悔しそうにその逃がした魚ではなく、その向こうを悠然と通り過ぎる年の離れた美男美女に向けられていた。

「――来たね」

そうあたしに向けた顔にはさっきまでの悔しさは微塵も残っていなかった。その辺のポーカーフェイスも撩とよく似ている。

「ええ」
「じゃあ、次――プリクラなんか撮らない?」

と冗談めかして訊いてきた。

「えー、こんなオバサンと?」





そう照れる香さんはどこまで本気なのだか。
プリクラといえば今でもゲーセンの人気機種、長蛇の列は間違いない。ならその間、じっくりと二人を観察できるというもの。
それに――こんなオバサンというけれど、香さんだってなかなかのものだ、今でも。
オフタートルのニットのワンピースは身体の線がくっきりと出てしまうので、同年代のいわゆる『樽体形』には着られるものではない。
その引き締まったウェストをエナメルの太いベルトで惜しげもなく際立たせる。
さらにはぴったりしたレギンスからは昔と同じ脚線美が見てとれた。
最近の流行りからは少々むっちりしているかもしれないが、これくらいがちょうどいいとオレは思う。
ずいぶん前に年齢不詳の、いわゆる『美魔女』とやらが流行ったけれど、それよりずっと前から彼女の変わらぬ美しさは新宿界隈で話題となっていた。
雑誌で見かける彼女たちはやたらとアンチエイジングに躍起になっていたみたいだけれど、
香さんの場合はそういうものにほとんどこだわらないままあの若さを維持しているのだから大したものだ。
それもこれも、もしかしたらあの『新宿の種馬』のおかげなのかもしれないけれど。

プリクラのブースはゲームセンター全体としてはいい位置にあって、ある程度広い範囲を見渡すことができた。
その中にはひかりや撩が興じそうなアトラクションもいくつかあった。もしそのどれも素通りしたとしても、そのときはさっさとこの列から外れればいいこと。
だが撩は、まんまと思惑どおりに俺のマークしていたうちの一つにひかりを連れてきた。
それは撃ちもの系のゲーム、ひかりも行けば必ずといっていいほどプレイしていた。
だいたい、撩の魂胆なんて複雑そうに見えて意外とシンプルなのだ、仕事以外では。
ヤツが生来のええカッコしいを発揮するとしたら、一番はシューティングゲームだろう。これが本職、やれば必ずハイスコア間違いなしなのだから。
もっとも、今連れ回している相手が実は実の娘だということは、どれくらい魂胆の内に入っているのだろうか。

それでも、撩とひかりは楽しげに列に加わった。
プリクラの列の方が長そうだから、ここから撩の得意げな当てっぷりも見ることができるだろう。
並びながらも二人は和気藹々とトークに盛り上がっていた。何を話しているのかはこの距離では聞こえない。
だがここから見るかぎり、二人はお似合いのカップルだった。
ひかりは黙っていれば大人びて見えるから(あくまで「黙っていれば」限定なのだが)、こうしていい格好をしていればなかなかのいい女に見えるし、
撩だってびしっと決めれば20代の若い娘だって惹きつけられないはずがない(あくまで「びしっと決めれば」なのだが)。
それに、最近では20〜30代の『草食系』じゃ頼りないというので、むしろこの世代の「オジサマ」が人気なのだとか。
そんな時流にも乗って、あの二人の並ぶ姿に違和感はなかった。

そんなこんなで二人に順番が回ってきた。こっちは未だ列半ばといったところだ。おかげで高みの見物を決め込んでいられる。
あのシューティングゲームはゲームセンター全体の中でも人気アトラクションらしく、周囲には順番待ちの列のみならず
そこでの熱戦を見物しようというギャラリーも多かった、さっきのオレたちのように。
ブースの周囲には彼らのための空間もあけてあり、その頭上には大型スクリーンがブース内の画面と同じ映像を映し出していた。
おかげでこちらからも撩の様子が見られるというもの、前に進むのがもったいないくらいだ。

さぁ、いよいよ冴羽劇場の幕開けというとき、舞台は早速思わぬ展開となった。
ひかりもまた銃型コントローラーを手にしたのだ。
この機種は2人プレイもできるはずだが、撩としては計算が狂ってしまっただろう。
普通のナンパだったら、ここぞとばかりにNo. 1スイーパーの妙技を相手の『もっこりちゃん』に見せつけるつもりだったのだから。
だが、ひかりとしてみれば、こんなときでもなければ撩に真剣勝負を挑めなかった。
いつもだったら彼女の挑戦を、撩は父親の顔をして軽く退けてしまうだろう。
だが今のひかりは撩の娘であって娘ではない。たとえ撩もそうだとわかっていても、それを表には出せないのだ。
だとしたらひかりの挑戦を黙って受けて立つしかない。

対戦とはいえ、1対1の決闘という形ではない。
同じ画面の敵を相手より多く倒すという、実戦でいえば限りなく協力プレイに近い。ならば普段の二人そのままだ。
最近では撩は香さんの代わりに、依頼によってはひかりを相棒に選ぶことも多かった。
撩自身も、彼女がシティーハンターの名を継ぐものと心の中で決めているのだろう。
だからこそ、自分の目の届く範囲でひかりに経験を積ませようとしているのだ。
だが、当然ながら二人の間に流れる空気は実戦のときのそれとはまったく違っていた。

決戦の幕は切って落とされた。
ブース全体がさっきまでとは違う熱気に包まれていた――それは『殺気』といってもいいくらいだ。
何しろ、二人が握っているのが本物のパイソンだったら、この場に屍の山が築かれているのだろうから。
さすがに1P=撩は次々と現れる敵を次々と屠っていった。生身の人間とは違って、急所を外そうなどということは考えなくていいのだ。
2Pのひかりも、早撃ちだけでは撩と遜色はなかった。二人のスコアも拮抗しあっていた。
周囲にはこの剣呑な雰囲気に惹かれた怖いもの知らずが続々と集まる。ここではオリンピックでは見られない世界最高峰の闘いを目撃できるのだから。

その間にも、撩とひかりのスコア差が少しずつ開いていった。
速さではほぼ互角なのだが、正確さにおいてひかりはやや欠けるのだ。その「やや」の積み重ねが次第に大きく膨らんでいく。
それを挽回しようとあの負けず嫌いのこと、ひかりも躍起になっていたが、焦れば焦るほどその狙いは荒くなる。悪循環だった。
その差が一度も詰まることのないまま、ゲームは終わった。
二人がブースから出てくる。久方ぶりにその表情を目にすることができた。
まず先に出てきたのは撩の方だった。その顔つきはあくまで涼しげだった。それもそのはず、ひかりもまだまだ撩の本気に値する敵ではないのだ。
だがそれが彼の本気の50%だったのか、70%だったのか、それともたった10%だったのか。
もちろんギャラリーからはさっきまでの熱戦に対して大きな拍手が送られた。勝者はそれに控えめに応える。
そして、ひかりがようやく、まるで重い身体を引きずるかのようにブースから出てきた。
間違いなくさっきまでの闘いは彼女の100%だったのだ。
敗者に対しても同じように暖かな拍手が与えられる。それに対してひかりは、まるで勝者のように思いきり腕を突き上げた。
周りが今晩一番のボルテージに包まれた。そのとき、

「秀弥くん、ほら、あたしたちの番よ」

惜しくもプリクラの順番が回ってきてしまった。
撩とひかりの勝負が終わったからもういいでしょうとばかりに香さんはブースの中に消える。
中に入ってしまったらもう二人の様子は見られない。
でも、ここでぐずぐずして無駄に目立つこともできず、オレもまた香さんの後に続いた。

あのときのひかりは100%「槇村ひかり」だった、撩の娘だった。
その格好は一目では彼女と判らない、どこかのご令嬢風であったにもかかわらず。
彼に勝ちたい、勝つことはできないまでも父親に一人前と認められたい、その思いが彼女を突き動かしていた。
だったら、いったい何のための『変装』なんだよ……

「ほら、笑って」
「香さん――」
「あたしたちも、せっかくの『デート』なんだから、ね」

その言葉も何%が本気なのか、俺には判らなかった。
香さんはすでにフレームを選び終えていた。
思いっきりおざなりな作り笑顔でその中に納まると、彼女はさらにそれに対してデコレーションを施しているようだ。
俺はというと早々とブースから外に出た。でもプリクラも写真の端くれ、出てくるまでには時間がかかる。
ようやくその思い切りテキトーなプリクラが出てきたときには、シューティングゲームのところからあの二人の姿は消えていた。

「あー、もしかしたらもう出てっちゃったかもしれないわねぇ」

あの子、負けず嫌いだからとプリクラの出来を確認しながら香さんが呟く。
「じゃあどこに行っちまったんだよ」

もうこの時間になると、みなとみらいとはいえ閉まる施設も多い。
が、残り少ない営業中のところの中でも一軒一軒ひかりたちを探すのは骨だった。
なにせ再開発地域だ、施設一軒ごとがやたらと広いのだから。だが香さんは、

「これはあたしの勘なんだけど……」

と、心当たりはあるようだった。


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