サンタが新宿《まち》にやってくる | |
シャンシャンシャーン、シャンシャンシャーン、シャンシャンシャーンシャシャーン
街中にクリスマス・ソングがあふれていた。 ジングルベル、サンタが街にやってくる、最近のところではラスト・クリスマス(これも最近ってわけじゃないか)。 それが入り混じり、おたがい侵食しあってそれ自体一つの騒音となっている。 そして真昼のように瞬(またた)くイルミネーション。 ただでさえ人口密度の高い新宿の駅前はクリスマスのこの時期、一種異様な喧騒に包まれていた。
「おれが昔ここにいたころはそうでもなかったんだけどなぁ」
そうつぶやいてもこの人込みの中では隣にも聞こえまい。しかし、 「そのころはまだ南口には何もなかったでしょう。今はデパートやらいろいろできましたからね」
やはり喧騒の中、俺の隣に立つ刑事が相槌を打つ。 外事二課の警部補で俺より一回り若い。『現場責任者』としてここに送り込まれた。
「だいたい、後藤さんがわざわざ出張(でば)らなくてもいいんじゃないですか?」 「いや、室長が出ない以上、室長補佐が出張らないと現場まとまんないでしょ」
どうせ室長はキャリアだ、わざわざ現場くんだりに出て行くこともない。留守番は一人で充分だ。 それゆえ俺はこうして、1階級下の刑事とバディを組んでクリスマスイヴの新宿を彷徨しているのだ。
もともと新宿ではこの時間になっても人通りが絶えない。 その上クリスマスが近づくと南口に大掛かりなイルミネーションが付き、それを目当てに若者たちが多数押し寄せる。 たぶん、一年中で一番の混雑だろう。 忘年会帰りのサラリーマンが、肩を寄せ合うカップルを追い抜く。 その中で、宵っ張りの子供が両親に連れられて、デパートの紙包みを大事そうに抱えていた。 ついつい目が子供を追う。その子供に我が子が重なる。
【こちらD班こちらD班、『サンタ』がマルロク地点を通過】
無線の入電で仕事に引き戻された。マルロクということは西口か。
「了解、D班はそのまま追尾。それ以外は持ち場で待機しろ」 【了解】 【了解】
返事が重なり合ってイヤホンに飛び込む。
「今日こそ現れますかね、『トナカイ』は」
うんざり混じりの顔で相方がつぶやいた。
「いいかげん現れてくれなきゃ困るんですよね。せめて明日にはクリスマスやってやらないと」 「なぁに、公安には盆も正月も、クリスマスもありゃしないさ」
そもそもこの仕事は24日まで割りこむはずじゃなかった。尾行を続けてもう12日になる。 タレコミがあったのは今月の初めだった。 窃盗レイバーが某国へと流れている。 ソース(情報源)はその某国とつながりのある団体の元幹部だ、信憑性は高い。 かくして外事二課と我が組織レイバー犯罪対策室との極秘合同捜査が開始された。 窃盗レイバーはほとんどが作業用とはいえ、改造が施されれば軍事目的に転用が可能だ。 たとえば、古い話だが篠原のクラブマン・ハイレッグ、 あれも作業用のクラブマンのハイスペック・ヴァージョンに過ぎないが、 実際、軍事用として中近東やアフリカでも用いられていた。
(篠原、か)
意外なとこから意外な人物を思い出した。 彼はすでに開発担当の重要ポストについていると聞いた。 今日あたりはかつてのパートナーであった妻と、そして2人の子供と一緒にクリスマスケーキを囲んでいることだろう。
「ちきしょう、北にレイバーが渡ったらえらいことになるぞ」
隣ではケーキを囲み損ねた父親が、その不満をまだ見ぬ敵にぶつけていた。
そういうこともあってレイバーは作業用も含めてキャッチオール規制に含まれる。 それを分解して、中古自動車部品とない交ぜにして密輸しようというのだ。 外事にしてみれば長年追い続けている仮想敵国への利敵行為を見過ごすわけにはいけないし、 こっちにしてみれば、これを機にレイバーの国際的ブラックマーケットの解明がなされるかもしれないところだ。
【後藤さん、後藤さん】
イヤホンに飛び込んできたのは、うちの方の部下の声だ。
「どうした?『サンタ』に動きがあったか」 【それが・・・】
次の瞬間、どうやら相方の外事の捜査官が無線をひったくったらしい。
【どうやら商売敵も奴を追ってるらしいですよ】 「捜査3課か・・・」
警察の内部事情に詳しい者なら、刑事と公安が犬猿の仲なことは常識だろう。 『サンタ』はレイバー窃盗団の幹部の一人だ、盗犯担当の3課が追っているのも当然だろう。 しかし、 「いいか、刑事部の連中にパクられたら『トナカイ』の方はうやむやになっちまう。ヘマすんじゃないぞ!」
隣りの相方が檄を飛ばす。 とは言うものの、刑事部と鉢合わせするのも面倒だ。こっちが新宿の雑踏の中からあっちを見分けられたように、 仲は悪くとも一応同業だ、あっちだって人ごみの中から刑事と一般人を見分けることぐらい造作ないだろう。
「それじゃあお前ら・・・えぇと」 【E班です】 「じゃあE班は隣りのブロック、マルハチ地点に移動。 追尾中のD班はくれぐれも商売敵に気付かれないよう気を付けろ」 【了解】 【了解】
D班からも返事が来て、無線が切れた。 俺たちは再び、最も人通りの多いデパートの正面入り口前で人込みに目を光らせていた。
(松井さんには話通しといてあるはずなんだけどなぁ)
この刑事部の古くからの知人は今やレイバー関連事案の常設専任捜査班とやらのいいポジションに収まってた。 いわば俺のカウンターパートというとこだろうか。 彼には俺たちが奴らを追っているということはすでに確認済みのはずだ。
「後藤さん、おたくらウチの盗犯のシマ荒らしてるそうじゃないか」
縄張り意識を持ち出してそう切り出したのはつい一月ほど前、たまたま出くわした本庁の廊下でのことだ。
「何のこと?」 「連続レイバー窃盗団だよ。あっちの知り合いが泣きついてきたんだ」
とは言うものの、彼がこちらを責めるつもりはないということは、長い付き合いで判っていた。
「だってね・・・ここから先は極秘事項になるけど、 盗んだレイバーばらして海外に持っていってるって話らしいから、ほっとくわけにはいかないんだよ」 「海外、ねぇ・・・」
それだけで彼は理解したようだ。
「だからどうやらウチだけじゃ収まりつかなくなるからさ、ね」 「判った、盗犯にはおれから内々に控えるよう言っとくから」 「じゃお礼はそのうち」 「お互い年末年始は平穏に暮らしたいもんだな」
ふと松井がつぶやく。
「松井さんも、何か?」 「ああ、最近またATM強盗が増えてるからな」 「それじゃあおたくもクリスマス返上かぁ」 「いや、もう家族でクリスマスって年じゃないからな。 女房は『亭主元気で留守がいい』とばかりに近所の奥様連中と予定を入れてるらしいし、 チビも彼女とデートって張り切ってるからな」 「そう言っといて実はモテない男子同士カラオケ大会とか」
そう言われて苦笑を見せる。どうやら思い当たる節でもあるのか。
「でもチビっていったってもう高校生だ、背だっておれをとっくに追い抜いちまった。 後藤さんこそ、まだまだクリスマスは家族で、だろ?」 「まぁ、ね」
息子は今年4歳だ、まだサンタの存在を信じているに違いない。 家には煙突がないというのに「サンタさん来るかな?」と母親に訊いては困らせてるらしい。 あの彼女のことだ、ほとほと手を焼いていることだろう、と情景が眼に浮かび思わず笑みがこぼれる。
「じゃあ大変だろ。おれもかつて通った道だが」 「ああ。こうも忙しいとプレゼント買ってやるヒマもなくてね。それに何を買ってあげればいいのやら」 「忙しくって訊く暇もなし、かい?」 「ここ最近は一緒に遊んでやったこともないな。だからおもちゃの好みも」 と言うと肩をすくめてみせる。
「だったら一緒にクリスマスを過ごしてやることが一番のプレゼントじゃないか?」 「そりゃいいね、安上がりだし」
しかしそれが最も簡単そうに見えて実は最も難しいというのは職業柄お互いよく判っている。それでも、
「じゃあ、クリスマスぐらいはぜひとも平穏無事で」 と彼は言った。
「松井さんちも」 「よせやい、ウチはメリー・クルシミマスさ」 |
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