vol. 1 背中合わせのShadows&Lights

 

ぐぉんぐぉん、銅鑼(どら)のような音がする。いや、銅鑼のわけがない。

昨夜ちっと飲みすぎたか?とうっすら目を開けると、そこには見覚えのない天井があった。
そうだ、きっと飲みつぶれて知り合いの家に担ぎ込まれて・・・というところではっと目が覚めた。
昨日は一滴も飲んだはずがない。
そうだ、くったくたで帰ってきて、そのままばたんきゅーだった。

で、一体どこから帰ってきたんだ?そして、ここは一体どこなんだ!?
それでも相変わらずぐぉんぐぉんという銅鑼まがいの音が鳴り続けている。
少なくとも鳴っているのはオレの頭じゃない。
とすると何か別の、例えばフライパンなんかだ。
しかし、ここが誰かオレの知ってるヤツの部屋なら、そんな起こし方するヤツぁオレ知らねぇぞ。

ゆっくり上体を起こすと、大きく伸びをする。
するといつものように拳が天井をなでた。
脳に酸素を行き渡らせてはっきり目を覚まさせないと、高さ155cmのハイベッドから転げ落ちる危険がある。
それでもなお銅鑼、またはフライパンがオレの朝の儀式を妨げるかのように鳴り響いていた。
ってゆーか朝っぱらから近所メーワクの域に達してるぞ、これは。
んなことしてるバカは一体どこのどいつだ!と下界を見おろした瞬間、全ての謎が解けた。
バカが誰かも、ここがどこかも、そしてなぜオレがここにいるかも。

「初日っから遅刻する気か?このバカが」

と限りなく「ヴァカ」に近く発音したこの男が
騒音の源でオレの新しい同居人である佐野秀基(さの・しゅうき)、21歳。

「こっちはなぁ、引っ越してきて早々研修だってって禅寺でみっちり1週間しごかれてきて、
それで昨日そのまま疲れ果てて眠っちまったんだぞ。もうちょっといたわりってもんがなねぇのかよ」

そうだ、オレはこの4月から特殊事態対策室に出向することになったんだ。
そして以上の理由からコイツの部屋の一室で一部始終をド忘れするほど爆睡して、
今こうやって目を覚ましたところだった。

「朝飯できてるぞ。冷めるから早く降りてこい」

そうだ、こいつはいっつもこう一言多いヤツだった。

 


 

コイツ、佐野秀基と初めて会ったのはまだ先月のこと、場所も同じこの部屋だった。

「お前さんの配属される新部署ってのは、基本的に職住近接が条件だからね。
といっても、警察さんみたいに寮住まいさせてやれるほど大所帯じゃないから、
その代わりに住宅手当は相場の倍だしてるんだけど」

オレはその日、土御門室長に連れられて対策室から程近い神田のとあるマンションにやってきた。
呼び鈴を押すと、ドアの向こうからパタパタと足音が聞こえる。
その足音がちょうど玄関に着いたのを見計らって、土御門室長はドアののぞき窓を覗き込んだ。
これは本当は内側から外を覗くためのものだ。内側から見れば、外に目玉のお化けが見えるだろう。
驚いたのか呆れているのか、しばしの躊躇(ちゅうちょ)があったあと、静かにドアが開いた。

「あ、佐野、こっちが今度4月っからウチに新しく来ることになった相馬将泰皇宮巡査」

そして、期待のルーキー、と付け加えた。

「お前んち確か1部屋空いてたろ。コイツのこと置いてやってくれんかなぁ」
と部下の部屋だからか、勝手にスリッパを出してずけずけと入っていく。
一方の佐野に返事はない。
彼の表情は、ただ単に上司のわがままに迷惑している、といったものではなさそうだった。

「相馬、こっちが4月からお前と一緒に働くことになる佐野秀基だ」

オレと同じ21歳。都内の私立大学に通う傍ら、非常勤嘱託(つまりほとんどバイト)として
特殊事態対策室・第一処理班に在籍。
鎌倉の武道家の家系の跡取息子で、弓道の名手だという。
釣り目気味の冷ややかな目。
部屋の様子からも、彼自身の身なりからも几帳面な性格だというのが見てとれる。

「相馬君は皇宮警察の警護官で、こっちの業界のことはまったくの素人だ。
だから、しっかり面倒見てやってくれ」

出された茶を手で軽く謝意を表すと、そのまま断りもせずに一気にすする。
しかしこの部屋の主は、この無礼千万なアポなし訪問者に対して、表向きは従順にふるまっているようだった。
しかし、その奥にあったのは淡々とした無関心、そして軽蔑。

「じゃあ、引越しとかの相談もあるだろうから後は二人で話し合っとくれ。
あ、相馬、判らないことがあったら何でも訊いとけよ」
と言うと土御門室長は席を立ってしまった。

初対面の、しかも無口で目つきの悪い男の部屋に独り取り残されてしまった。
いわば完全なアウェーである。

「ずいぶん、勝手な人ですよね」

話を振ってみる。
でも、奴はオレの餌に喰いついてこなかった。気まずい沈黙。

「あ、あのー」
「お前が期待のルーキーねぇ」

佐野が初めて口を開いた。
しかし、そこにいたのは今までのアイツじゃなかった。
意地悪く口元が歪む。剥き出しの侮蔑。

「お前、なんか力あるのか?」
「ち、力って?」
「霊能力だよ。超能力って言ってもいいな」

んなもんあるわきゃないだろ!こっちはただの地方公務員だっつーの。

「んじゃ、霊感はあるのか?」

そういうものは今まではっきり見たこともなければ感じたこともねぇッ。

「じゃあなんかそれ以外の特殊技能は!?」

ただの公務員だ、そんなものあるはずがない。そう答えると、フッとほくそ笑んだ。

「あの土御門もとうとうヤキが回ったかぁ」

どこか勝ち誇ったかのような笑みだったが、それはまるでつかの間の勝利であるかのようにも見えた。

 


 

「おい、顔に飯でもついてるのか?」

今目の前で飯を食ってる佐野とは別人だった。
第一印象と同じ、几帳面で真面目くさった顔だ。
その前に、几帳面にも焼き魚に昨日の残り物らしき煮物、漬物等などが並べられてた。
由緒正しきニッポンの朝ごはんだ。

「家事は分担制だからな。ということで明日の朝飯はお前が作れ」

そんなことを突然言われたってムリだ。
就職するまでずっと自宅暮らしで、その後は賄い付きの寮生活だったんで
とてもじゃないがここにあるような朝食は作れっこない。

「パンでも・・・いいかな?」

何も言わなかった。とりあえず消極的な賛成と受け取っておこう。

 


 

あの後、佐野はもう一つ質問した。

「お前、霊の存在は信じるか?」

とっさには答えられなかった。
いるんじゃないかという気はしていた。
しかし、それはいると信じるという確信ではなかった。
そういうことは自分にとって、メディアの向こうやフィクションの話でしかなかったからだ。

「いいか、こればっかは甘っちょろい考えだったら痛い目に合う。
いるにせよいないにせよ、興味本位で首突っ込むな。判ったか?」

そのとき、彼の顔からは冷笑の余裕は消えていた。

 


 

朝食の食器を食洗機に放り込むと、身支度を整える。しかし、

「うーむ」
とオレは鏡に向かってにらめっこせんばかりの勢いで自分の姿を凝視していた。

「入るぞ」
「佐野っ。もー、勝手に入んな!」
「五月蝿い。ここは俺の部屋でお前はその居候」

でもここがお前の持ち家ってわけじゃないんだろ?と言い返してやりたかったが、
たぶん言うとまた揉めるのでぐっとガマンする。
佐野は鏡を覗き込むと、こらえ切れないといった様子で吹き出した。

「お前、ほんっと似合わねぇな」

オレのスーツ姿を見て、こいつはそう言った。
自分でも似合わないという自覚はある。
この童顔じゃ、まるで七五三のガキんちょだ。
それに今まで制服商売だったので着慣れていないということもある。
今着てるのだって専門学校に入るときに買った一張羅だ。成人式もこれで行った。

「うちはそんなにドレスコードきつくないから、ジーパンで行ったほうがましなんじゃないか」

かく言うヤツの格好は、白×黒のタッターソールのシャツにぴしっとプレスの利いたチノパン、
その上にラフな感じの黒のジャケットだ。
そのファッションから推測する限り、それほど厳しいというわけではなさそうだ。

しかし、とオレは思いとどまる。
コイツにそう言われたからはいそうですかと聞き入れるのは、限りなくシャクだ。

「オレもそうした方がいいかと思ってたんだよっ」

強がりと笑わば笑え。笑うアイツの顔には『ガキ』と思いっきり書いてある。
んじゃそうしてけば、と吐き捨てるように部屋を出て行った。

「それと俺先出るから、戸締りしてけよ」

なんだよ、初出勤に付いてくぐらいしてくれねぇのかよ。

「今日は学校。んじゃな」

そして、行ってきますも無しにばたむと玄関のドアが閉まった。

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