「香!今日からお前は女じゃない。俺の相棒だ、ユニオンと戦うためのな!」


その言葉であたしは撩の相棒になった。
そうすることで、アニキを失った心の穴を埋めたかったから。
目の前の現実に、ユニオンを追い続けることに打ち込んでさえいれば
悲しみを忘れられる――そう思ったから。


大切な人を失えば、誰かにすがりつきたくなる。
それは目の前にいる人間なら誰でもかまわない。
いつか誰かにすがることなく、自分の足で立てるようになるまで
それまでは『預かりもの』として、側に置いてやるつもりだった――。
しかし、いつの間にか俺のほうが、あいつを必要とし始めていた。
あいつの与えてくれる『日常』――毎日食卓に並べられる食事、
きれいに整えられた部屋、血の匂いのしない衣服に心地よさすら感じていた。
だがあいつのいるべきは日の当たる場所、
俺は暗闇の住人、
住む世界が違うと自分に言い聞かせた。


「いいか・・・あいつはこの世でただ一人、俺が勃たない女なんだ。
つまり俺はあいつを女と見てないんだよ、判るか!」


いつからだろうか、撩にアニキ以上の感情を抱き始めたのは。
なのに依頼人はみな、すこぶる付きの美女ばかり。
初めは撩のもっこりぶりに呆れるけど、
次第にあいつの強さ、優しさに惹かれてゆく――
アイツノソバニイテイイノハ、ワタシダケ
そんな醜い本心を押し殺して、今日も天誅のハンマーを振るう。


あいつが、銀狐に狙われた。「俺の恋人」として。
悪い冗談、のはずだった。
だがもう俺はあいつに本気になっていた。
うつつを抜かしているのは俺の方だ。
冷静さを失えば、あいつを守ることもできない。
ここらが潮時か――香を、表の世界に帰す。


「俺は香を奴から守ります。そして、さよなら・・・です」


あたしは撩の強さに甘えていたのかもしれない。
オトコオンナと言いつつも、撩はいつもあたしを守ってくれた。
でもあたしがなりたいのは、撩の恋人じゃない。
シティーハンターのパートナーなんだから。
自分の身も守れないようじゃパートナーの資格は無いものね、
だからあたしは、銀狐に決闘を挑んだ。


「あんたみたいな男がどんな死に様さらすのか
あたしとっても見たくなったわ!
だからアシスタントは辞めないからね!!」


だから死ぬまで側にいさせて、なんてことは言えないけど。

そうやって撩のアシスタントを続けて少しずつだけど、
あいつの考えていることとか判るようになってきた。
あいつのことを信じられるようになってきた。
そんなとき、さゆりさんがやって来た。


「冴羽さん!ちゃんと責任は取ってくださるんでしょうね!!」


立木さゆり、香の実の姉。
ジャーナリストの彼女は、香をニューヨークへ連れて行くつもりだった。
裏の世界から足を洗わせて。
今度こそ香を表に戻せる、そう思ったのに
手放したくない、そう心のどこかで叫んでいた。


「私の知ってる真実より彼女の知ってる真実の方がより真実だわ」


血のつながった姉妹がいる、それだけで嬉しかった。
でもあたしはそれ以前にアニキの妹であって撩のパートナーなんだから。


「そしてわたしはリョウのことなら総て知っている。総て・・・ね」


ブラッディ・マリィー、撩のかつてのパートナー。
彼女から聞かされた撩の過去――
物心つく前に、両親と乗っていた飛行機が墜ちたこと、
助けられたのはゲリラの村だったこと、
そこで生き抜くために幼いころから銃を握らされていたこと――。
ショックだった。あんな撩に苛酷すぎる過去があったことに、
それ以上に、それをあたしに教えてくれなかったことに。
ねぇ撩、あたしには撩の過去を知る値打ちもないってこと?
パートナーとして信頼していないってこと?


マリィーの言うとおり、
俺は香に過去を知られるのを恐れていたのかもしれない。
そうすれば、今までの関係が変わってしまうから、
違う世界の人間だと思い知らされてしまうから。
――何てことだ、こんなに香に執着しているなんて。
いつかは手放そうと思っていたくせに
今じゃ俺のほうが香を求めていた。


「あたしがあんたの誕生日を作ってあげるわ!
これからはあんたの誕生日は3月26日に決めたからね!」


でも、あたしの過去だって自慢できるようなものじゃない。
だから少しは撩の気持ちを判ってあげられる。
過去をあたしに告げられなかった臆病さも。
あたしはマリィーさんみたいに互角にやりあえるパートナーにはなれない。
でも、撩に足りないものはあたしが埋めてあげる。
それが「パートナー以上のパートナー」だと思うから。
そして――額に落とされたキス。
撩も同じ気持ちだって、思ってもいいよね?


「だめだよ、キスするときは・・・目を閉じるのが礼儀ってもんだ・・・」


久々に再会した旧友にセッティングしてもらった
撩とのブラインド・デート。
おしゃれしてかつらもかぶったあたしに
あいつは気づかないで声をかけた。
普段の扱いとは正反対にあたしを女として見てくれている撩。
依頼人の撩に寄せる視線、
撩の思わせぶりな眼差しを傍観してるだけのあたしにとって
このシチュエーションは新鮮であり憧れだった。
でも、撩が見ているのは香じゃない香。
抱きしめられても、キスしてもそれじゃあまりにも虚しいだけ。
12時の鐘がなったら見向きもされない
“灰かぶり”に戻ってしまうのだから――。


気づいていたさ、あいつだって。
もっとも最初から、というわけにはいかなかったが。
俺が一度見た女を忘れるわけないだろ?
それに、あのハンマーを喰らっちゃ嫌でも判る。
気づかないふりをして「香とのデート」という
ありえないシチュエーションを楽しんでいただけだ。
普段は言えない甘い言葉も「香じゃない香」になら言えた。
そしてキスも――素直に言えなかったいつもの愛情をこめて。
しかしシンデレラの魔法が解ける。
逃げるように去っていく彼女――
香を追えなかったのは
それでも今までの二人を壊したくないという臆病さゆえか。


「・・・でも、あたし・・・撩のパートナーに全然・・・ふさわしくないから・・・」
「撩、あたしのせいで死んじゃうかもしれないものぉ!!」


撩と海坊主さんが・・・決闘!?
きっかけは撩のかつてのパートナーの娘、ソニアさんの仇討ちのため。
しかし、誤解は解けたのになぜ撩たちは互いに銃を向け合うの?
判らなかった。彼らの言う矜持とか戦士の血とかが。
そしてあたしは、戦場に飛び込んだ。
そして撩は、怪我を負った。
思い知らされた。あたしは素人で、足手まといで
撩とは住む世界が違うんだって。
あたしには撩のパートナーは務まらない。
あたしのせいで、撩の命が危険にさらされてはいけないから。


香から贈られた時計のアラーム、
これがなければ今頃俺は死んでいただろう。
香がいたから俺はこうして生還できた。
あの墓場の静寂の中、香が助かるなら
俺の命など安いものだと思った。
だが、それで本当に香は「助かった」と言えるのだろうか?
兄だけでなく、この俺まで失って――。


「撩が・・・生きてあたしの誕生日を一緒に過ごしてくれた・・・
・・・来年も・・・再来年もずっとそれが、ほしい・・・」


ああ、いくらでもくれてやるさ
そんなバースデイプレゼントなら。
死に場所を探し続けていた俺が初めて、
香のために生き抜くと誓った。


あたしはあたしのままで、
誰かの真似などきっと撩は求めていないから。


「シティーハンターってのはな、俺たち二人のコンビのことを言うんだぜ!」


卑怯者と呼ばれてもいい、
もう俺は香なしではいられないから。


「香、俺の目になれ!」


それでも踏み出せなかった。
香を縛りつけるようなことはできなかった、
あいつが現れるまで。
ミック・エンジェル、俺のかつての相棒。
そしてターゲットの女を口説くという悪癖の持ち主。
それが、あろうことか香を口説き始めた。
香の真っ直ぐな気性、それを映し出す真っ直ぐな眼
俺たちの周りにいないタイプに
ミックのやつ、本気になりやがった。


あたしの銃に、当たらないように細工が?
これが撩の本心、あたしはただの『預かりもの』
本当のパートナーとして信頼されていないんだ・・・
撩の気持ちとミックの想いの間で揺れ動く心。
でもミックは撩の敵・・・!
本当のパートナーと証明する方法は一つ、あのときのように――。


「これをパートナーとして受け取ってほしい。お前がずっと俺のもとにいたいと思うなら・・・」


調整しなおしたローマン、
シティーハンターのパートナーの証。
これを再び手渡すということは香を二度と手放さないということ。
今までずっと「手放すべきだ」「手放したくない」と
エンドレスで堂々巡りを繰り返していた。
それに今日でピリオドだ。
だからこそ、せめてその手は血に汚させない。
それが俺の、お前への――。

「ミ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ック!!」


本当のパートナー同士になった
あたしたちの前に立ちふさがった宿敵、海原。
ユニオン・テオーぺの長老(メイヨール)
アニキの仇、そして撩の育ての父――。
防弾ガラスに隔てられての二人きりの船上の死闘。
撩のパイソンは、哀しみを込めて
海原を撃ち抜いた。しかし船は沈んでいく。


「死んでお前を悲しませるようなことはしない。
お前こそ逃げ遅れて俺を悲しませないと約束してくれ、いいな!」


ガラス越しのキスは、生きて還るとの誓い。
それは直接に触れるよりも熱く、優しかった。
俺にとって今まで死は隣り合わせのものだった。
しかし、生きる意味を教えてくれたのは香、お前なんだ。
いつ死んでもいい命だった。だがな、


「俺は愛する者のために何がなんでも生き延びる。それが俺の愛し方だ!」


――愛する者、初めて撩がはっきりとそう呼んでくれた。
今までずっと、「撩にふさわしいパートナーになること」
そればかり望んでいた。
しかし、撩に愛されたい
心の底でそう望んでいる自分がいた。
恋人になったらパートナーでいられない。
二者択一でいつも本心を押し殺して。
でも今日からは違う。
あたしは撩の、正真正銘のPartnerだから。


お前のために、俺は生きる。

あなたのために、わたしは愛する。

しかし、それですべての決着がついたわけではなかった。



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