in vino veritas 〜酒中に真あり〜 |
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「りょおのばかやろ〜、もっこりすけべ〜」 これくらいだったらいくらでも言われてやる。だが、 「100tハンマーに頭打たれて死んじゃえ〜」 その妙にリアリティのある罵り文句はやめてくれないか。俺だって今までこうして生きているのが不思議なくらいなのだから。 「うぅ〜、リバースしそぉ」
この街で香のファンは野郎だけとは限らない。もともと高校生の頃には女子にモテて、今でもブロマイドが飛ぶように売れるあいつのことだ、その人気は歌舞伎町のホステスの間でも同様で、今夜は『ねこまんま』の改装記念、「香ちゃんが一緒なら半額サービス♪」ということでこいつを連れてきた、もとい勝手に自分からついてきたのだが(誰がお姐ちゃんと楽しく飲める店に女連れで来るもんか)。だが、ちやほやされてのぼせ上がったのか、飲み過ぎてこのザマだ。酒はあまり強くないのだから。 「なんであたしにはもっこりしてくんないのよぉ」 口をついて出てくるのは俺に対する不平不満。さっきもバニー姿のお姐ちゃん相手に管を巻いていたが。 「あたしだってねぇ、バスト86あるんだかんね!」 そういうことを街中で叫ぶなっ。 「アンダーバストでかなり損してるけどさぁ」 そう言われた途端、背中に押し付けられた柔らかな感触が気になった。そして今、俺が両手で抱えているのはすらりとした香の脚。ジーンズのごわごわとした手触りの奥に白い柔肌があるのかと思うと・・・ゴクリと唾を飲み込む。 「これがこんな酔っ払いの暴力女の脚じゃなかったらな」 だが口から出るのはこんな天の邪鬼。こうでも言わないととてもじゃないがバランスが取れない。 香は俺がもっこりしない唯一の女、そう半ばお題目のように言い続けてきたのは自分に言い聞かせるため。そんな言葉とは裏腹に、あいつは女としての魅力を増していった。 初めて出会ったのはまだ彼女が17歳のとき――もちろんもっこり対象未満のシュガーボーイだった。そして再会したハタチのときですら20歳にしてはやけに色気に欠けていた。それが――今はどうだ。遅咲きではあるがそんじょそこらの花には負けないほどの大輪の花を開かせていた。 だが、その花に触れてはいけない、摘んではならない。少なくともこの俺は。彼女は光の中で咲く花、俺の住む暗闇の中では萎れてしまう。 「だぁれがお前なんざでもっこりできるかよ」 いつものようにそんな軽口で自分を戒める。 「こんな豊満なウエストに括れたバ――」 二の句が継げなかった。 ああ、こいつは女として最も綺麗な時間を俺の側で浪費していたのだ。その美しい花は誰にも―― 一番身近な男にすら――誰の目にも触れず、香りをかがれることもなく・・・このまま萎れて、枯れ果てていくのか。 背中にぐったりともたれかかった香の体はともすれば下へとずり落ちていく。それをもう一度背負い直すと、より背中と密着しあう。そして耳元にかかる甘い吐息。 香となら明日をも知れないこの世界も共に生きていける、そう思ったこともある。 だったら何を躊躇うことがあるのだろうか。その誓いを形にしてやればいい、それだけの話だ。 歌舞伎町の人混みの中、歩みを止める。そして呟くように口にした。 「――抱くぞ」 心にもない憎まれ口ではない、本心からの決意表明だった。 「・・・香?」 背中の相棒は何のリアクションも示さない。ただ――頬にかかる規則正しい寝息。 ――寝ちまったのかよ。 この様子じゃ部屋に帰っても目を覚ましそうにない。それに――こんな安心しきった、穏やかな寝顔、起こすには忍びなかった。 俺の決意は口に出した瞬間お預けとなった。しかし意を決した以上、いつかは形にしなければ――それが遠い先か、それとも近い未来になるのかは今は判らないが、いつかきっと、必ず――。 『Hard-Luck cafe』管理人の蛟 游名さまより、相互リンク記念に素敵なお話をいただきました!! ――というわけで、里村海雪さまのサイト『海に降る雪』縮小をもちまして
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