泡沫の夢と知りつつ

たしかにここ数日まともに帰った覚えは無い。

昨日はミックと歌舞伎町でハメを外し…
一昨日は冴子に乗せられて、結局タダ働き…
その前の日は、『ねこまんま』のユウカちゃんに「ど〜してもりょ〜ちゃんに来てほし〜の〜〜♪」なんて甘えた声の電話に釣られて、気づけば朝まで馬鹿騒ぎ…
それから、…どうだっけか?

香がいいかげん我慢の限界になるのも判らんではない。

…ない…のだが。


「それにしたってこれは無いだろかおりちゃーーーーんっっっ!!!!!」


虚しい叫びが、夜空に谺する。


「うるさいっっっっ!!!!!!そこで朝まで頭を冷やしてろこの馬鹿っっ!!!」


それでもさすがに10日連続朝帰りはマズかろうと、午前様で帰り着いた、勝手知ったるいつものアパート。

恐る恐る、一歩足を踏み入れたその瞬間、ハンマーに手榴弾に竹槍といったトラップの雨あられという、それはそれは手厚い出迎えを受けた上、ようやくたどり着いた自分の部屋のドアを開けた瞬間、トドメとばかりに目の前に現れたこんぺいとうに意識を持ってかれ、気づけば簀巻きで屋上から蓑虫にされている始末。


見上げれば、パンパン、と両手を払った香が、「ふん!」と肩をそびやかし、踵を返すところだった。

「えーーーーん!!!かおりちゃーーーん!!かーおーりーさーーーんっっ!!!お美しくてやさしいかおりサマーーーーっっっ!!!!おねがいだからゆるしてリョウちゃんしんぢゃうーーーーっっ!!」

「るさいっっ!!大声出すな近所迷惑だこのもっこり馬鹿!!」

ぶん!と風を切って飛んで来た100tハンマーを、「おわぁっっ!!」とあやうくよける。


いかん。マジにコロサレル……
ここは大人しく死んだフリでもしている方が賢明だ。

そう判断し、とりあえず身動きするのをやめてみる。


どかどか……!!!!!


バッターーーーーンッッ!!!!!!!!!!


…アパートが崩壊しない奇跡に感謝すべきだろうか……?



ぎぃ…

どれほど注意深く、細心の注意を払っていても、音を立てる立て付けの悪いドアを開く。

「…ったく。おまぁもほんと懲りんな」

明かりを落とした、真っ暗のリビング。
ボリュームを落とした、点けっ放しのままのTVから流れるのは、場違いに響く、軽薄な深夜のTVショッピング。

床の上に滑り落ちている雑誌は、絵梨子さんにでも押し付けられたか…?


ソファに身体を預け、丸くなって眠っている彼女は、ひどく儚げに見える。

いつも元気いっぱいにきらめき、輝きにあふれた瞳を閉じている。

ただそれだけのはずなのに、眠っている時の香は、昼間とはまったく違う顔を見せる。

憂いに満ちた、女の顔。

そんな表情をさせているのは、まぎれもなく、自分であるはず。

そう思うこと自体、相当傲慢なのかもしれないと思うと、自然と嘲笑が口端に浮かぶ。

何かを感じたのだろうか。

香が居心地悪そうにもぞもぞと身動きする。

「りょう……」

「………!?」

「…の、もっこりすけべ……」

軽く開かれた唇から零れた、吐息のような囁きに、思わずこわばっていた身体の緊張を解く。
嘲笑が、さらに深くなる。

「…寝てる時までそれかよ」

そんな呟きが思わず零れる。

「…ったく。おまぁ運ぶのもけっこう大変なんだからな。重いんだし、こんなところで寝てるなっちゅーんだ。
風邪引きたいのかおまぁは。いつもいつも」

聞こえているわけがない、こんな時ですら、気の利いたことすら言えない。―言えるわけがない。

―きっと、これが香と俺の距離。

許された場所より近づくことも、遠のくことも許されない。


手を伸ばす。
華奢な肩に触れる。


―その、瞬間。


「りょぉ……」

「………」

「だいすき」


…お前、判ってやってるのか?


相変わらず瞳は閉じられたまま。

このうえなく幸せそうに微笑んで。


紡ぎ出された言葉は、最強最高、それでいて最悪の殺し文句。



「勘弁してくれ…」


誰よりも愛しくて。
誰よりも欲しくて。

離したくなくて。
誰かが傍に寄ることも許せなくて。

―それでも、誰よりも自分自身が、近づくことは許されない、絶対不可侵の存在。


「せめて夢だと思うべきか…」

あまりにも甘すぎる、―幸せすぎる、夢。


たぶん、あいつは覚えていないはず。


忘れることなどできそうにない。

何より、忘れたくなどない。


奪いたい。
心の赴くまま、本能のままに、存在すべてを手に入れたい。

あいつもそれを望んでいる。
手に入れることの何が悪い?

「…できるわけ、ねぇだろ……」


朝になったら、醒める夢ならば。

せめてそれまでは。


…この、胸が痛いほどの幸せを刻み付けることを、許してくれ。


おまけ


「…ゆ、夢、だよね!?」

じたばたじたばた


気づいたら、自分のベッドの中だった。

あたしに夢遊病の気は無いはずだから、たぶんきっと、ソファでうたた寝しちゃってたあたしをここに運んでくれたのは、簀巻きで吊るしてたはずの、あいつ。

…ぜ、絶対に夢!!だよね!!

ぼっっっ

顔から火を噴きそうになる。


それは、昨夜の夢。

何となく、眠りの淵を彷徨っていたら、とても穏やかで、優しい目をした撩が見つめていた。
気がして。

…それで…


「ぜ、ぜーーーったい、夢!!!」

そんなこと、あたしが本当に言うはずないって!!!


…でも、なんか本当に幸せな夢だった。


たぶん、一生忘れない。
そんな気がする。


「りょぉーーーーっっ!!起きろーーーっっ!!」


そして、いつも通りの朝が始まる。

海に降る雪』里村海雪さまとの相互リンク記念に、
お互いにお題を出し合って競作しよう!とのことで
店主の出した
パートナーの知られざる本心を、
立ち聞きなり寝言なりで知 ってしまったリョウor香(この辺はご自由に)
さてそれからど うなる?どうする?
というお題で
里村さまに書いていただいたものです。
冒頭の、いかにもCHらしい香嬢の制裁っぷりにスカッとしたと思いきや
一転して中盤はシリアス寸止めモード。
だけど、最後の香サイドでなんだか救われたな〜と思う店主は
やっぱりカオリストですわな【笑】
そしていつか、すれ違い続ける二人の想いが通う日が来たらんことを。

里村さま、素晴らしい作品を
ありがとうございました!
ちなみに、同じお題の店主の献上品は里村さまの『海に降る雪』に展示中です。


City Hunter