新宿駅東口、K国屋書店。言わずと知れた日本最大級の大型書店で、よほどのものでもない限り 日本に流通しているうちでここに売っていない本は無いのではないかというほどだ。 だから親に「参考書買ってきなさい」と言いつけられても 「売ってなかった」という言い訳が通用しないのがこの街である。まあ、それはともかく。 入口の新刊コーナーに山積みにされたペーパーバック、台の前にはご大層に出版社のポスターが貼ってある。 というのも、これまでの北野ユカ――ここではむしろ「唯香おばさん」と言った方がいいだろう――作品同様 平積みの上の一冊を手に取ろうとする、が、周囲に視線を配るのを忘れない。 「あっ、ごめんなさいね」 カルタの札の取り合いのように、あたしの手と彼女の手がぶつかった。 「あなたも好き?北野ユカ」 と滔々とのたまわってる。リアリティも何も当然だ、 すると彼女は「はい、これ」と山の下の方からきれいな本を抜き出すとあたしに手渡し 「やっぱり汚れてたりしてない方がいいよね」 同好の士と思って気を許したんだろうか、あたしはこの妙にフレンドリーな北野ユカファンの背中をぼんやりと見送った。 |
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Endless Game |
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vol. 1 endless days彼女と再会したのはそれから数日も経たない後だった。 「たっだいまー」 玄関のドアを開けると、取るものも取りあえず台所に向かう。 「みっともないわよ、ひかり」 リビングからママのお叱りが飛ぶ。 この家に家族以外の誰か――もちろん伯母さんや他の知り合い以外の――が上がり込むのは日常茶飯事。 「依頼人の大高さつきさん。しばらくうちに泊まり込みになると思うから」 にっこりと微笑むが、あたしのことに気づいたのか、その表情には妙に引っかかったものがあった。 「あの・・・もしかしてお嬢さんですか?」 なんだ、そのことか。 「じゃああたし、しばらく『勉強部屋』に避難してた方がいいかな?」 『勉強部屋』とは、空き室だらけのサエバアパートの一室。そこにここの子供部屋とは別にもう一つあたしの部屋がある。 「いや、その必要はないだろ。別に普段のボディガードだからな」 「それで、店では何を扱ってるんだ?」 どうやら話によるとさつきさんはインテリアショップの販売員なのだが(ということはあたしの第一印象は大正解だったわけだ) 「それじゃ行ってきまーす」 Cat'sあたりに行けば何か情報を得られるかもしれない。そう勇んであたしは家を飛び出した。 |
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その光景を目にしたさつきさんは目を丸くしていた。 無理もない、あの子がホルスターに差していたのはコルトパイソン357マグナム、 それも中学生の女の子の手に余るような4インチバレルなのだから。 「ああ、あれ?ただのエアガンよ」 いくら裏稼業でも未成年の娘に銃を持ち歩かせるような真似はしない。持っていいのは射撃場でだけ、それも大人の監督付きでだ。 「護身用って言って持ち歩いてるの。というより父親の真似をしたいだけなんでしょうね」 でも実はあれは単なるおもちゃじゃない。空気の代わりに法律で禁止されている二酸化炭素を入れるなどの改造を施して 「ところで、内部告発するって言ってたけど準備は進んでるのかい?」 撩がさつきさんに尋ねる。 「実は・・・内部告発しようとしてたのは、わたしじゃなくて支店長だったんです」 冷徹な声であたしの問いを遮った。 「そういや何日か前にベタ記事で載ってたぜ、家具屋の店長がビルから飛び降りて死んだって。 彼女はガラステーブルをひびが入りそうなほど叩いて立ち上がった。 「だから、今度はあたしが・・・」 一転して怯えたようにうずくまった。その背中をそっと抱き締めた。 「撩――」 きっと彼なら何とかしてくれる。さつきさんの命を狙う連中を、奴らの悪事もろともに暴き出してくれるはず。 「じゃあ、まずはその支店長さんの遺志を継ぐことからだ。 そう自信に満ちた顔で撩は言い切った。その表情、その声に今まで何人もの依頼人が救われてきたのだ。 「ちょっと、顧問弁護士ってまさか・・・」 自信に満ちた表情がちょっとだけ曇った。 |
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西新宿の高層ビル、そこの一角にオフィスを構える大手法律事務所に彼女はいた。
「弁護士の野上日菜子です。よろしく」 最近はやりの、毛先を巻いた長い髪に体のラインがぴったりと出たパンツスーツ。 「もしかして野上さんって・・・」 頬を赤く染めながらさつきくんがおずおずと切り出す。 「あら、姉をご存知ですか?」 そう、日菜子はあの冴子たちの妹だ。小さい頃から顔見知りでうちに出入りしている間に、いつの間にか弁護士先生だ。 「でもうちが10年顧問を務めていて、一度も訴訟沙汰に巻き込まれたことのない優良企業もいるわよ。 「大高さつきさん、だったわね」 そうさつきに優しい言葉をかける姿はよくできた弁護士なのだが。 「でもわたし、正社員じゃなくて契約社員なんです。それでも守ってもらえるんでしょうか」 するとさつきくんの顔にみるみる暗雲が立ち込めた。 「会社は信用できません」 「困ったな、そうなると保護の条件が難しくなるのよ。 「一人死んでるですって!?」 広いオフィスの片隅で声を上げた女性がいた。そして彼女は俺たちのもとに急いで駆け寄る。 「ちょっと、なんであんたがいるのよ!」 そう言いあう二人は全く同じ顔をしていた。違いといえば彼女は長いストレートヘア、 姉と揃って法学部に進み司法試験に合格、しかし彼女は検事の道を選んだ。 「その話、詳しく聞かせてくれませんか?」 丁寧かつ図々しくさつきに迫るのはやはり野上家の血筋だ。 「そんなの地検に上がってきてないわよ」 そうびしっと人差し指を突きつけた。 「ちょっと月子、あたしの依頼人よ。勝手に取らないでよ!」 さつきくんが上目づかいで訊いてくる。 「放っとけ、いつものことだ」 ただでさえ二人揃っただけでもかしましい野上姉妹、まして双子という血の近さからか |
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Cat’sに行ったのは空振りだった。どうやらママとさつきさんが接触したのは違う場所だったみたいだ。 もしここで逢ったのなら美樹さんあたりが詳しい事情を聞いてると思ったのに・・・ とりあえず、夕飯時まで時間をつぶしてから家に帰った。 家ではママが台所に立っていた。 「おなかすいたー。今日の夕飯は?」 依頼が入った初日はたいていカレーだ。 リビングではさつきさんが夕方のニュース番組をザッピングしていた。 「パパは?」 サイドボードの元の位置にホルスターごとエアガンのパイソンを戻した。 「それ、びっくりしちゃった」 「女の子が銃を、それもホルスターに入れて持ち歩いてるんだもん。しかもそれが似合ってるし。 確かに銃身の上のベンチレイテッド・リブとそれとバランスを取るように伸びるフルラグ銃身は 「あっ、知り合いにちょっとガンマニアがいてね」 「でも知ってる?そのヒカルちゃんってのが凄いんだから。 番組が始まってもさつきさんの熱弁が続く。 「もしかしてひかりちゃんって・・・」 唾を飲み込む音が大きくなる。 「あのときK国屋書店にいなかった?」 って今頃気づいたんかよ、遅すぎるって。 「でもよくこんなときにそんな話題できますね」 このハイテンションさは何だ、まるでこの事態を楽しんでいるようじゃないか。 「自分の命が狙われてるんですよ」 その声にさっきまでの上擦った調子は無かった。 「次はわたしが殺されるかもしれないんだもの。 と風呂上りのバカ親父が音も無く忍び寄り、背後からさつきさんに絡みついた。 「きゃあぁぁあぁあぁぁあぁぁぁあっっっ!」 と悲鳴を上げながら、絡んだ腕を取り、そのまま勢いよく一本背負いの要領で投げ飛ばした。 「きゃあぁぁあっ!」 との絶叫とともにイチジクの葉印のハンマーが飛んだ。 「な、なんで・・・いつものコミュニケーションのはずだったのに・・・」 |
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時は夜、草木も眠る丑三つ時。機は満ちた、いざ夜這わん。 娘がかつての客間兼香の部屋を子供部屋として占拠して以来、依頼人を泊めるときは上階の一室を客間にしている。 まず、廊下からの正面突破は死を覚悟しなければならないだろう。 天井板を外せば、その真下は依頼人用のベッド。 ビーッ、ビーッ、ビーッ と鳴り響くアラーム音。その音にさつきくんは瞬時に跳ね起きた。 「ママ、トラップ成功した?」 ひかりが客間に上がってきたときにはすでに持参のロープで簀巻きにされていた。 「ほら、見てみなさいよ」 それ越しに、天井板のある一枚に向けて無数に張り巡らされた赤い線が見えた。 「赤外線センサーかよ・・・」 だが赤外線センサーだなんて宝石や美術品の盗難対策に使うような大げさな代物 ――ミックのとこのクソガキか。 あの機械マニアならこれくらいの物は朝飯前だ。ましてそれがひかりの頼みとあらば苦労を惜しまないはずだ。 「撩、ところで何しに来たのかなぁ?」 そんなぁ香ちゃん、いまさらそんなこと訊かなくたって判ってるくせに。 「いやぁ、お前だけじゃ心細いと思ってガードの援軍に――」 |
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「こうして外を見張ってなさいっ!」
とパパはいつものように屋上から蓑虫のようにぶら下げられた。 「なんで夜這いなんてかけるんだろうね」 毎度毎度のお騒がせにママは呆れ顔だ。 「そういえば前、間違ってママのこと襲ったときあったよね」 あの時は仕事が長引いて、なのでパパとママとの攻防も長期化した。 「案外お目当てはママかもしれないよ」 そう鼻で笑われたけど、少なくともママの気を引きたいというのだけは確かだと思う。 |
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>野上家四女・五女 いつか書きたいと思っていたキャラの二人です。 そういやCH女性キャラの中には医師やら私立探偵やら いると便利な職業がそろっているのに、弁護士はいないなぁと思いついて (アニメオリジナルではいるんですけどね) レギュラーに加えるの見越して彼女たちに割り振ってみました。 もう一人が検事というのはモノのついで【爆】 ちなみに野上シスターズらしからぬ(?)五女・月子のイメージは 「ネアカな柴田純@ケイゾク」【笑】 法律の条文は『法務省法令データ提供システム』より。
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