「でも不思議な気分ね」
「そりゃそうだよ、自分の亭主と実の娘のデートを覗き見るなんて」
「ううん、まるでリプレイみたいで」
ディスコを飛び出したひかりの後をつけ、みなとみらいの海沿いの遊歩道に出ると、香さんがそう呟いた。
「バーにゲーセン、ディスコに夜の港、そして大型船――あたしのときはあっちの公園で、船も帆船でなくて汽船だったけど。
それに慣れないおしゃれに長い髪、愁嘆場の男女――」
「えっ――」
「ほら。来たわよ、撩が」
ひかりを追いかけて、撩もここまでやってきたのだ。
オレたちはまた物陰に隠れて、遠巻きから二人の様子を眺めることにしたが、大観覧車のライトアップに邪魔されてなかなか暗がりが見つからなかった。
「あのときの自分を自分で見る思いがしたわ。じゃあこうして見ている自分はいったい何者なんだろうってね」
「香さん、まさか――」
「まだ秀弥くんが生まれる前のことだけど、ちょうど25年前になるかしら、変装して撩とデートしたのは」
視界の中のターゲットは、海を見ながら佇む女性を男性がじっと見守っていた。
「撩は着飾ったあたしを香だと気がつかなかった――
ううん、あいつのことだからとっくに気づいていたわ。
でも、知らないふりをして一晩だけの恋人同士を演じて――
そうそう、今あの子のしている格好、ピアス以外はあのときあたしが着てたものなの」
「じゃあ、なんでこんなことを――」
「見て、秀弥くん」
そのとき、二人に何か動きがあったようだ。

「気分でも悪いのかい?押し黙っちゃって」
「いえ、別に……」
「もう夜も遅い。それに、だいぶ冷えてきた」
ふわり、とコートが頭上に覆いかぶさる。そのままあたしはコートの中に抱き寄せられていた。
「そこのホテルに予約を入れてあるんだ」
とパパが視線で示したのは、みなとみらいのランドマークとなっている、船の帆をかたどったという形の高級ホテルだった
――って、嘘でしょ!?
「海の景色の素晴らしい部屋で、君をゆっくり暖めてあげるよ」
その口調は本気としか思えなかった。
確かに、赤の他人のふりをして騙してやろうと思った。
さんざん期待させておいて、土壇場で「残念でしたぁ♪」とネタばらしをしてやろうと思っていた。
そろそろその潮時だった。でも、どうやってバラしてやろうか、とっさに思いつかなかった。
「さ、行こう……」
「わ……ちょっ、ちょっと待って!!」
パパの瞳の中のあたしは相当泡吹いてうろたえていることだろう。
でもその当の本人は余裕綽々というか、あたしの出方を手ぐすね引いて窺っているという面持ちだった。
「まさかあの船で日本を発つってわけじゃないよな」
「えっ、あっ――そっ、そうなの!」
「あの船はもう退役しちまってるし、それに今どき帆船ってのもないよな」
「あ、そ――そうね、ははは……」
――何で言えないんだろう、言ってしまえばそれですべてうまくいくのに。
あたしはひかりだと、あなたの娘だと。
でも、それを言ってしまったら――総てが、今夜一晩の想い出が何もかも消えてしまいそうで。
だって、あたしが「ひかり」じゃなかったから、パパはあんな表情を見せてくれた。
一人の男性として、あたしを、一人の女性として見てくれた――それを全部、無かったことにできなかった。
「そうか、君の名前が判ったよ」
「パ――撩……」
「君の名前はカオリなんかじゃない。君は……シンデレラだったんだな」
シンデレラ――その言葉が妙に腑に落ちたとともに、心のどこかでなぜか引っかかった。
「シンデレラのように12時に魔法が解けて、いつもの自分に戻らなきゃならないんだ」
魔法が解ける――そしてあたしは「槇村ひかり」に戻らなきゃならない。シティーハンターの……パパの娘に。
「でもまだ12時には間がある。それまで、さっきの続きをさせてくれないか?」
そうパパはおもむろに話し始めた、真っ直ぐにあたしの眼を見ながら。
「言ったよな、さっき、君みたいな人に出逢ったことがあるって。まさかそれは、君のお母さんじゃないかな」
「えっ――」
「本当に、初めて見たときから驚くぐらいよく似てたんだ。年の頃からいっても、そうなんじゃないかって」
ちょっ、ちょっと待って――
まだ20年も生きていないあたしには、パパの言葉が口から出まかせの口説き文句なのか、それとも真実なのかまったく見分けがつかなかった。
「だからせめて、夢の続きを見たかったのかもしれない――君を、ママの身代わりにしてでも」
そのとき、ふっとパパの手があたしの頤(おとがい)に触れる。
そしてあたしの顔を――口唇を上に向かせると、次第に視界が暗くなっていく。パパが顔を近寄せたのだ――
あたしはひかり、パパの娘なの!そう叫び出したかった。
だけどあたしの瞼は反射的に閉ざされてしまった。
閉じた瞼の裏側から、周囲がいっそう暗くなったのが判った。
そして、その答え合わせのように霧笛が鳴る。
「覚えててくれたんだな、パパの言いつけ」
それはさっきまでの声音――一人の男としてのそれではなかった。
まるで小さい子供に向けられるような、やや上から目線の、あたしのパパのもの。
「目を閉じるのが礼儀って言ったもんな」
そう、いい齢してからはともかくとして、年端もゆかぬ娘相手ならキスもスキンシップのうち。
そのとき決まってこう言われたものだった、キスするときは目を閉じるのが礼儀だって。
瞼を開けば、目の前にいたのはいたずらめいた笑みを浮かべた冴羽撩――あたしのパパだった。
「コスモクロックの灯りも落ちたみたいだ」
目をつぶる前より暗くなった周囲をあたしがきょろきょろと見まわしていると、パパがそういった。
確かに、大観覧車は真ん中のデジタル時計を残したまま闇に沈んでいた。
パパの手があたしの髪を掻き撫でる――まるで小さな娘にするかのように。
「あれ、かつらじゃねぇんだ」
「エクステ。それでもあんまりぐしゃぐしゃしないで、取れると嫌だから」
そして、
「おーい、いるのは判ってんだぞ」
と闇の中に向かって呼びかけた。
「へへへ、バレてた?」
「ママ――それに秀弥も!」
暗がりの中から現れたのは、この夜の帳の中でもはっきり顔の判る二人。
「おまぁももう少し真剣に尾行しろよ。こっちには丸見えだったぞ」
えっ、あたしは気づかなかったけど……。
「だいたいなんつー悪趣味な企画だよ、秀弥。実の父娘でサプライズデート、それを覗き見するだなんて」
あたしも、こんなことを考えつくのはあの皮肉屋な従兄ぐらいだと思っていた。
だいたい、デートの待ち合わせも、すっぽかしたのもあいつだったし――
「残念でした」
と右手を挙げたのはママだった。
「えーーーっっ!?」
お嬢様の化けの皮が剥がれたあたしの素っ頓狂な叫びが、夜の港に響き渡った。
「ごめんなさい、ひかり。あなたにはハラハラさせっぱなしで。
でもね、せめて今夜一晩だけは『シティーハンターの娘』を忘れてほしかったのよ」
霧笛の合間の静寂に聞こえるのは、岸壁に打ち寄せる波の音と――ママの静かな声だけ。
「あなたがシティーハンターの名前を継ぐと決めた以上、普通の女の子としての幸せは諦めなきゃいけない。
だからせめて、今夜だけはそれを思いきり楽しんでほしかったの」
「おいおい、だったらデートの相手は秀弥でもよかったんじゃないか?」
半ばサプライズのターゲットでもあったパパが口をはさむ。
「あら、あんたが気づかなかったら『変身』は成功ってことじゃない。
それと半分は、同じく誕生日のあんたへのプレゼントってのもあったけど。
撩だって、若い娘とデートできて楽しかったでしょ?」
確かに、パパの娘であることを忘れさせる一番の方法は、そのパパ自身が娘のことを忘れてしまうことだ。
「まぁ、最初からひかりのこと、気づいてたんでしょうけど」
「そりゃあんな格好させれば判るだろって。だったらもう少し違う服着せろよ」
「だからよ」
とママは言い切る。
「あのときのあたしと同じ格好をさせれば、撩はあのときのあたしと同じようにしてくれるって」
「じゃあ、まさかパパが言ってた――」
かつて一度だけ出逢った、あたしとよく似た人って――
「本当に、あたしのママだったんだ……」
理由もなく、大粒の涙がぼろぼろと零れた。
あたしはパパとママの娘でよかったと、20年前の今日(にもうなったのだ)、二人の間に生まれてこれてよかったと心から思えた。
いつも、どんな形でもパパの胸の中にはママしかいなかったんだと。
「あ、そうだ秀弥」
それまであたしたち家族のやりとりを突っ立って聞いてただけの従兄に
パパは上着のポケットから何かを取り出すと、それを彼の方に向かって弾き投げた。
「このカード……」
「インターコンチネンタルのキー、スイートだから高かったんだぜ」
えっ、本当に部屋押さえてたの……って、パパ知ってたの!?あたしと秀弥が、その……そうなったってことを///。
「誕生日祝いだよ。ま、楽しんでこいや」
「撩はどうするんだよ、香さんと」
秀弥はというと、平然とパパにそう言い返した。
「俺?そうだな、古女房とボロアパートで我慢するか」
「リョオっ!」
と思いきりママに頬をつねられる。
それでもパパは、コートの中に今度はママを包み込んで、夜のみなとみらいから消えようとする。
代わって、あたしの肩を抱き寄せるのは、小さい頃からずっと実の兄妹のように傍にいてくれた
秀弥の華奢なようでがっしりしたその腕。
闇に向かって消えゆく背中にあたしはこう叫んだ。
「ハッピーバースデイ、パパ!」
「ハッピーバースデイ、ひかり」
10,000hitキリリク第3弾ということで、suzuさまから頂戴したお題が
『誕生日』と『お酒』ということで、当店の子ネタ設定と『都会のシンデレラ』に絡めた
シチュエーションも指定していただきました。
それとは多少違ってしまいましたがご容赦くださいませ(^^;)
ひかり嬢の格好はもちろん当時の香ママそのままですが
撩のファッションは、さすがにアレは今どきマズいだろうと思いまして
ILLUSTRATIONSの表紙のスーツと、よく合いそうなコートをネットで探してきました。
そもそも書いてる本人が、デートというものを今までしたことがない【泣爆】ので
執筆しながらリアリティの確かめようがなかったのですが
suzuさま、こんなのでよろしかったでしょうか?
これからも当Hard-Luck Cafeをどうぞご贔屓にm(_ _)m
former
City Hunter
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