SCENE | |
presented by snowさま |
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デスク脇に据え付けたパソコンのディスプレイから顔を上げた後藤は、そこに桜の花びらを見つけた。 ブラインドを上げた窓の外、薄水色の空を背負い後藤の仕事振りを見守って、否、見張っていたらしいその珍客を部屋に迎え入れるべく立ち上がると同時に、背中へと女性の咳払いが投げ掛けられる。 途端に忘れかけていた気まずさと己の早急に処理しなければならない仕事とを思い出し、「いやあの、桜がね」と苦笑を浮かべて振り返った後藤の視線を睨んで迎えるのは勿論この隊長室の相部屋相手、第1小隊長の南雲しのぶ警部補。 「言い訳は結構」 「そんな怖い顔しないでってば」 「怖い顔をしているつもりはないわ」 そう捉えた後藤の方に原因があるのでは、と無言のうちに指摘し、しのぶは手許の書類に判を押して脇へとのけた。 そしてすぐさま次の仕事に手を出すそのぴしりとした背筋に知らず溜息をついた後藤は部屋の窓を薄く開ける。 風の弱さを確かめてから外へ身を乗り出す後藤に「また富士山?」とようやくしのぶが苦笑を浮かべた。 後藤はその鼻先に訪問客を、右手の人差し指の先に乗せて差し出す。 「いんや、桜」 「あら」 花弁の白さにしのぶは瞬きをひとつした。 「この時期は特に、日が経つのが早く感じるわね」 「確かにね。しのぶさんちの庭の桜ももうそろそろ散り終える頃じゃない?」 「今年ものんびり眺める暇がなかったわ」 「夜桜したら?今夜にでも」 「その後で叩き起こされ呼び出されない保証があるならそれもいいだろうけれど」 それに今年の桜には良い思い出が持てそうにないのよね、と続けられ、後藤は「たはは・・・」と頭を掻いた。 「怒ってるわけね」 「後藤さんには、なにか私を怒らせるようなことをした自覚があるみたいね?」 「いや、その・・・」 とりつくしまもないしのぶの様子にたっぷり10秒間言葉を探した後藤とその正面で椅子に腰掛けたまま目を細めて身体を反らし、腕組みをした腕で頬を支えるしのぶの耳に休戦を命じるノックの音が届く。 後藤に差し伸べられた救いの手は、意外な人物のものだった。 |
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ふい、と顔まで逸らしてしまったしのぶを困り顔で一瞥しつつ「どうぞー」とのんびりした声を出した後藤は、部屋に入ってきた自身率いる第2小隊の隊員のひとり、泉野明の顔を見て違った意味での苦笑を浮かべた。 が、とうの泉本人はそれに気付かず「隊長、報告書持って来ました」と言いながらドアをくぐり、あるじが留守の後藤のデスクに向かいながら顔を上げ、そこでようやく後藤の居場所へ振り向く。 「おう、そこに置いといてくれや」 「あ、はい。後でまた来ます」 頷く代わりにひらひらと手を振った後藤に泉が再度の礼で応えて隊長室を出て行こうとしたその時、それまでひとことの言葉も発さなかったしのぶが苦い表情をしたまま口を開いた。 「泉巡査」 「え? あ、はい!」 しのぶに名を呼ばれた途端に背筋を正して両足を揃え、革靴から履き替えているサンダルをぱん、と鳴らした泉にしのぶは右手の人差し指を向けた。 「は?」 顔を指差されて思わず顎を引き、大きな両目を更に大きくした泉は恐る恐る自身も両手を持ち上げると自分の顔をぺたぺた、と触る。 その様子にしのぶは一層眉根を寄せて溜息をつき、指し示した指を僅かに上に向け、「その髪」と言葉も加えて指摘した。 「この前も言ったと思うけど」 「あ、ああ!」 つられて頭部を触った泉はその奔放に自我の主張をしているかのような自身の髪に、つまり酷い寝癖にたはは、とつい先程彼女の上司が浮かべたそれと良く似た愛想笑いを浮かべるなり勢い良く頭を下げた。 「すみません!ええとあのその、さっき一応ブラシを全力で」 「いつ出動が掛かるかわからないのよ。こういうことはあなたの直属の上司である後藤隊長の仕事だとわかってはいるけれど念のためもう一度言わせて貰ってもいいかしら」 「えー、あ、でもその場合ヘッドギアが」 「ヘッドギアが?」 「・・・なんでもありません!以後気をつけます!あの、もっと気をつけますので!」 恐らくヘッドギアを被っていれば、あるいはそうしてイングラムに搭乗していれば自身の醜態が一般市民の目に付くことはそうあるまいとでも言おうとしたに違いない泉だったが、弁解のすべてを言い終えるより早くしのぶの目に宿る感情を察知したのだろう、重ねて頭を下げるとそのまま逃走を計ろうとした。 が、その目が捉え直したのは目の前の女隊長の顔。 否、しのぶの髪であった。 |
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「あのう」 おずおずと顔を上げた後藤の部下に更におずおずと切り出された次の台詞に、しのぶがデスクに突っ伏すことなくただその額を手で覆うだけに留めることが出来たのは彼女の自尊心のなせるわざであったのか、それとも所謂「慣れ」とういものの成果であったのか。 「南雲隊長って、髪、綺麗ですよね」 女学校で憧れの先輩の姿を目にしたときのような表情でしのぶのデスクに近付いてきた泉の顔から恐れの色はすっかり伺うことが出来なくなっていた。 「まっすぐでさらさらで、羨ましいなあ」 その黒髪に向けて伸ばしかけた手をすんでのところで押し留めた泉は両手の指を顎の下で組むと、あっけにとられたしのぶに更にこう言ってのけた。 「良かったら教えてもらえないでしょうか。あの、シャンプーとか、どこの使ってるんですか?」 |
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それから数分後、隊長室は後藤の配慮を知らない笑い声に支配されていた。 自身の投下した爆弾の威力を知らぬ泉はとうの昔に退出しており、言わばその余波である後藤の反応に顔を顰め、両手で耳を覆い頭を抱える仕草をしているのは勿論泉の爆弾的発言の直撃を受けたしのぶである。 「あっはっはっは、いやあもう、どうお慰めしたらいいものやら」 ひとしきり、思い切り、腹の底から笑っていたに違いない後藤を本日最高潮の不機嫌顔で睨みつけながら、しのぶは随分前から取り損ねていた次の紙仕事をようやく手許に引き寄せることに成功し、その文面へと視線を落とすことを自身に強要した。 「気遣いは無用よ。でももう少し静かにしていてもらえないかしら」 「ああごめん、可笑しくてつい」 とぼけた表情のままの目許を指で拭い、後藤はしのぶのデスクの前から半歩だけ退く。 「おかしいと思うのならもう少し、部下の教育に力を入れるべきじゃないかしら」 「そんなことだから我が愛すべき半端者の寄せ集めが上層部に睨まれるんだ、ってこと?」 「巻き添えを食らうのはごめんだわ」 「デモンストレーションは済んだと思ってたのになあ」 しのぶはぼりぼり、と頭を掻く後藤に再び視線を合わせると「そのデモンストレーションの報告書もまだあがっていないんじゃなくて?」と小さく首を傾げて見せた。 「・・・ええと」 「記念すべき第2小隊初出動の報告書、よ」 「あー、うん。そうだね」 「ご参考までに。私がそれをあなたに言うのも、今日一日だけでもう5度目になるかしら?」 「仰るとおり。あの、しのぶさん」 「なにかしら」 「やっぱり怒ってる、ん、だよね?」 「なんのことかしら?」 「いやさあだからほら、その初出動で、しのぶさんとこの第1小隊に」 「後藤さん」 「・・・はい」 「これで最後よ。・・・報告書」 「はあい・・・」 |
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ようやく自身のデスクに戻った後藤はくだんの報告書を纏めている最中であるパソコンに再度向き合う前に泉の提出した報告書の文面をつらつらと眺め、すぐさま引き出しから判子を取り出し、朱肉を探し出すこともせずはあ、と息を吐きかけて捺印をした。 そしてディスプレイの方を向き、そこで開け放したままの窓に気付き、すぐに席を立つついでにファックスが吐き出し溜めていた用紙を取り上げると、今度は部屋の入り口側のコーヒーメーカーへと歩いていく。 しのぶがその落ち着きのない同僚に小さく溜息を吐くと同時に「そういえばさ」と後藤が、ミネラルウオーターのボトルの栓を捻りながら声を掛けてきた。 「なによ」 「あれ、いつにする?」 「・・・あれって?」 本当に思い至らず、仕方なく訊ねたしのぶに後藤はいやだなあ、という顔をして「食事」と短く答える。 「食事?」 「言ったでしょ。飯でもおごるよ、って」 「お詫びの必要はないわ」 「お詫びなんかじゃないよ。強いて言えば慰めかな?慰労会ってところだね」 「・・・本当に、悪党」 今度は口に出してそう言ったしのぶにその悪党はにやにやと笑うばかり。 「今夜なんてどう?」 「生憎ですけど私、今夜は本庁に出向いて直帰の予定ですので」 「なら丁度いいよ。俺、本庁の方に和食のいい店知ってるから」 「こちらの会議の終了時間は予測不可能よ。2時間3時間程度の延長が当たり前なの、後藤さんだって知っているでしょう?」 「大丈夫、そこ、結構遅くまでやってるから」 「あのね」 「本庁前で待ってるから忘れないでね、しのぶさん」 「ちょっと、後藤さん!」 |
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珍しく声を荒げたしのぶに「なんでしょう?」と訊ねれば、返ってくるのは「どうして?」という問いかけ。 「だから慰労会だって」 「そうじゃなくて」 壁際に立ったままの後藤を自席から見上げる形が我慢ならず、しのぶは自らも立ち上がる。 「どうしてそう呼ぶの?」 「そう、って?」 「苗字でなくて、名前で」 「いけない?」 平然と訊ね返す後藤に「いけなくはないけれど・・・」と答えかけてしまったしのぶは慌てて「いけないに決まっているでしょう」と言い直す。 「そうかなあ」 「そうです」 「うーん、綺麗だと思ったからかなあ」 「はっ?」 「綺麗だと思ったから。南雲、しのぶ。しのぶさんの名前って、しのぶさんに似合っているよね」 「なにを意味の解らないこと言っているの」 「じゃあ、好きだからかな」 「あのね後藤さん」 本当にこの人はあの、かつてカミソリ後藤と呼ばれていた切れ者と同一人物なのだろうか。 強まる頭痛にこめかみを押さえたしのぶを見、後藤はにんまりとしたままの唇で笑った。 「じゃあとりあえず今夜、教えてあげるよ」 「何を」 「どうして俺がしのぶさんのことを名前で呼ぶのか」 「今言いなさいよ」 「それじゃあつまらないよ」 「なにがつまらないのよ」 「ああそうだ、ついでに変えようかな」 いつの間にかカップをふたつ用意している後藤に本日何度目かの溜息をつき、しのぶは彼の手からカップを奪った。 「ああ、ありがとう」 「どういたしましてこちらこそ。で?」 「え?」 「何を変えるのよ」 自分から訊ねてはいけないと思いながら、それでもしのぶは訊いてしまう。 そして後藤は一層愉快そうな顔をしてその問いに答えた。 「シャンプーとリンス。あ、トリートメントだっけ?」 泉と一緒にしのぶさんと同じのに、と囁く後藤がコーヒーを注いだカップをすぐさま片方押し付け、もう片方を手に、しのぶはさっさと後藤に背を向け自分の席に戻った。 「言っていなさい、好きなだけ」 「いやあ俺もさあ、しのぶさんみたいにキューティクルの、天使の輪がね」 「はいはい」 「でもさあ泉も着眼点がいいよね。しのぶさんて髪も綺麗だもの」 「解ったから仕事をしてちょうだい」 「触ってもいい?」 「いいわけないでしょう」 |
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当然ながらしのぶの返答を予想していたらしい後藤は「それは残念」と口にしながらもあっさりとデスクに戻っていった。 その当たり前の対応に、それでも何故か肩透かしを食らったような気分になったしのぶは礼を言いそびれた形になったコーヒーのサービスに心の中で黙礼を捧げてデスクの端に置いた。 正面の席でようやく仕事を再開させた後藤に何気なく向けた視線は受け止められはしなかったが。 「早く片付けないとしのぶさんが怒るし」 歌うようにそう告げてくる後藤に「予定も出来ちゃったしね、今夜」と付け足されたしのぶは黙ったまま彼の淹れたコーヒーをひとくち飲んだ。 心なしか優しく緩められた、カップの脇に後藤が置いていった桜の花弁に似たその唇で。 |
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《snowさまあとがき》
コミックス版1巻より妄想。
ということで、相互リンクの記念にsnowさまから頂いてしまいました。 初頂き(^-^)ということで、ごとしのなんですが 何気に野明がしのぶさんのことをどう見ているのか?というところを鋭く切り込んでいて たいちょとのあ的にもかなりインスパイアされる作品でございます。 たいちょとのあのバイプレーヤーは遊馬だけじゃないぞ、と。
それ以前に店主も、しのぶさんの黒髪フェチとしては 何のシャンプー&コンディショナーを使っているか気になりますw
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