As time goes by

何気なくカレンダーを眺めてみれば、7月ももう終わり。

今年は梅雨が終わりそうで終わらない、うっとおしい天気が続いていて、
季節の移り変わりも実感できないでいた。

つい、この間、年末だー年明けだーと騒いでいた気もするのに、
気が付けば一年の半分が終わり、夏が始まろうとしている。

時間が過ぎるのを早く感じるようになると年だって言われるけど、
俺はそうは思うわねぇなぁ・・・。

ただ、楽しい時間はあっという間に過ぎてしまうって言うのは理解できるようになった。
毎日毎日、一日一日があっという間に終わっていく。

あいつと過ごす一日一日は、瞬きみたいなほんのわずかなうちに過ぎていくんだ。

それは同時に、猛烈な勢いで死が向こうから近づいてくることを意味してるんだろうか。

最近、そんなことをふと思う。

人はいずれ死ぬ。
それは避けようのないことだ。

ベッドの上で静かに死ぬのも、どこかの路上で野垂れ死ぬのも、同じ死。

今まで何人も看取ってきたが、死の間際と言うのはその人の生き様が現れると思う。
その人間が刻んできた、生きてきた時間・・・が。

槇村なんて最期の最期まであいつの心配して、俺に託して逝きやがったし。

あいつと一緒にいるのは、押し付けとか責任感とか義務感とかそんなことじゃない。

そりゃ・・・。
一時期は重荷に感じたこともあったけれど・・・。

自分自身とあいつと真剣に向き合って、出した結論。
それが、一緒に生きていくことだった。

ただ一つだけ。
槇村は俺に黙っていたことがある。

それは、香がここへ引っ越してきた日のことだ。

『ねぇ、リョウ。』

香は一冊の手帳を持ってリビングへやってきた。

それは見覚えのある、黒革の手帳だった。

「なんだ?」
「兄貴の手帳なんだけどさ。仕事のメモとかもしてあるんだけど・・・。
 あたしがこのまま持っててもいいのかな?」
「あぁ・・・そうか。」

俺は香から手帳を受け取った。

槇村のことだ。
そんなヤバい情報はこんな手帳に書き留めておいたりはしないだろう。

だが、中身は一応確認しておくか。

パラパラと捲ってみると、几帳面な槇村の性格を表すかのように、
小さな字でびっしりと予定が書き込まれていた。

縦書きで1ヶ月となるこの手帳。

3月のページで手が止まった。

下の方には明らかに違う字で、でかでかと一言書かれている。

『この日は予定を入れるなよ! 香』

3月31日・・・。
この日、俺も食事に誘われてたんだよなぁ。

だが、槇村がその夕飯を食べることはなかった。
この日が槇村の命日となってしまったから。

ページを捲ってみると、4月の欄にもびっしりと予定が書き込まれていた。

4月1日のところで目が止まる。

『22時 Bar sunrise S』

槇村がなくなった直後。
仕事のことは確認しておかねぇとと思ってざっと目は通したが、
プライベートのことまでは把握してなかった。

バー・サンライズは警視庁の近くにある小さなバーだ。
・・・よく3人で飲んだよな。ここで。

最後の『S』は恐らくあいつのイニシャル・・・。
冴子の。

そうか・・・。槇村・・・。

この時、俺は一人で納得していた。

槇村の死亡が街に伝わり始めた頃、
あるジュエリーショップの親父が俺のところに来たんだ。

『槇ちゃんが頼んでたんだけど・・・。これ、どうしようか・・・。』

それは小さな小さなダイヤをあしらった、立爪の指輪だった。
俺は、その指輪を受け取り、自分で預かることにしたんだ。

・・・槇村が渡すつもりだった相手は何となく想像できた。
恐らく、指輪の刻印を見れば、その疑念は確証に変わっただろう。

しかし、あえて俺はその確認をしなかった。

怖かったのか。何だったのか。

その確認をして、俺はどうするつもりなのか?
確証を得てどうする?
俺があいつに届けるのか?
槇村の代わりに?

・・・そんなことをしてどうなるってんだ?

あいつを縛り付けるのか?
もう、この世には存在しない人間に?

迷った俺は結局・・・。

指輪を埋めた。
槇村の墓に。

お前だけの秘密はお前が最期まで持って行け。

そう思ったんだ。
あの時の俺には・・・どうすればいいのか、わからなかったから。

槇村はきっと、香の二十歳の誕生日に香へ全ての真実を伝えた後、
翌日に冴子にプロポーズでもするつもりだったんだな。

『俺の役目は果たした。』ってことで、待たせていた冴子に応えようとしてたんだ。

4月1日の待ち合わせは、きっとそのためだったんだろうって。

それを知ってから俺は・・・。

7月末の冴子の誕生日には、何かと理由をつけて呑みに誘った。

香でさえ知らない槇村の想い出を共有できる、唯一の仲間。
俺の前で槇村のことを語るときだけ、あいつは初心な乙女に戻るんだ。

槇村がいなくなってから、がむしゃらに前だけを向いて走っているその姿は、
あいつを振り切ろうとしているのか、それとも、追いつこうとしているのか。

未だに、俺にはわからない。
聞くだけ野暮ってもんだ。

たぶん、俺も知らない、過ぎ去った槇村との日々が・・・そうさせてるのだろう。

そこには、さすがに俺も踏み込めない。
踏み込んじゃいけない。

だけど、たまにはちょっと休めよ。

呑みに誘ったのはそんな気持ちからだった。

槇村よ・・・。
お前はほんとに罪な男だな。

こんなに想ってくれる女を置いていくなんて・・・さ。

しかし、その理由が「俺と関わったため」と言う事実は、未来永劫消えることがない。

どれだけの月日が流れようとも。
この傷だけは癒えることはない。

俺のせいで女を不幸のどん底に叩き落すのは・・・もうごめんだ。

────

──

桜田門、警視庁。

梅雨が明けない空からは小雨が降り続いていたが、今は上がって星も見え始めている。

その空を突き刺すようにそびえ立つ建物は、
夜遅い時間にもかかわらず、煌々と明かりが灯っていた。

・・・特捜部のフロアも、だ。

脇にある職員用の駐車場には真っ赤なポルシェが止まっている。

まもなく日付が変わり、冴子の誕生日も終わろうとしていた。

今日は午前様・・・か?

ポルシェのボンネットに真紅のバラの花束を置くと、俺はそのまま立ち去った。

女に取っちゃ、今さらこの年になってお誕生日をお祝い・・・ってのも複雑な気分なんだろ?

仕事が忙しいなら、呑みにも行けないしな。
・・・あまり遅いと香も心配するし。

見上げた夜空は、ビルが覆い尽くしていて、一昔に比べれば一層狭くなった気がした。
槇村と冴子と俺とで呑んでた頃は・・・もうちょっと星も見えてたよな?

時代は変わる。
街も変わる。
人も変わる。

だけど、変わらないものもある。

刻まれた過去。
人を突き動かす想い。
そして、歌。

「♪Happy birthday to you・・・」

やけに低い音階の鼻歌が濁った夜空に吸い込まれていく。

道路脇に停めてあったクーパーに乗り込むと、
俺の帰りを待つ女のところへ車を走らせた。

End


<あとがき>
少し遅くなりましたが、冴子さんハピバ♪
そして、游茗さまもハピバ♪

お誕生日祝いの割には全く甘さのない、
ビターテイストなテキストとなってしまいましたが、
その点はどうぞご容赦を・・・。

えっと。
とってもわかりにくいと思いますが、自分の道を邁進している冴子さん=游茗様で、
プレゼントを置き逃げしたリョウ=私でございます。(笑)

住処も違えば行く道も違うけど、見守ってますよ〜ってことで。(笑)

あと、どこにいても、いつになっても変わらないものってことで「歌」もいれました。
私たちにとって「歌」が何を指すのかは言わずもがな。(爆)

作中でのリョウが歌ってるバースデイソングも、
「超有名なアレ」なのか、「前さんバージョン」なのかは、
お好きな方で再生ください。(笑)

それでは、これからも体調に気をつけて活動くださいませ。

以下、店主の後書きでございます。
輝海さまから、4日違いの冴子の誕生日(未確認)にかこつけて
誕生日プレゼントを頂いてしまいました。

・・・確かに、彼女の気持ちもわからないでもないですね。
誕生日が来るということは、
また一つ槇村のいない一年が積み重なったということですから。
その一年を実りあるものにできたのか、それとも無駄に費やしたのか
自分の胸に確かめる日でもあるのかもしれませんね。
自分はむしろずっと馬齢を加えてったというクチですが・・・
不幸にもこれ以上月日を重ねられなかった誰かのためにも
残り少ない20代(言っちまったよ!)何とか良いものにしたいですね。

輝海さま、本当にありがとうございましたm(_ _)m


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City Hunter