Rondeau

「ちょっと行ってくるわ。」

たったその一言だけを残して、あの人は今夜も出て行ってしまった。

あたしはテーブルに準備された夕飯を一人で食べると、片付けも済ませて屋上へ向かった。

誰もいないリビングであの人の帰りを待つのは、もう少し後でいい。
あの人はそんなにすぐには帰って来ない。

鉄製のドアを開けて外に出てみると、見慣れた夜景が広がっていた。
皐月の夜は薄着のあたしに少し肌寒い。

身の置き所がなくなった感じがして、あたしは思わず自分で自分の身体を抱きしめた。

早く、早くあの人に逢いたい・・・。
あの人は、今、どこに・・・?

今夜もまた、あの人の事を想い始めると止まらなくなる。

どうしてあなたと出逢ってしまったのだろう。
どうしてあなたを好きになってしまったのだろう。

あなたは・・・法律上は存在しない人で、非合法な仕事を生業とする男。
好きになればなるほど、あたしは終わりのない闇に落ちていく。

あなたに出逢ってしまったせいで、あたしの人生は大きく狂わされた。

こんな・・・こんな神様のいたずらってあるの?

あたしがほんとの両親の元で暮らしていたら?
あたしが槇村家に引き取られてこなかったら?
お父さんが早く死ななかったら?
兄貴があなたと出逢わなかったら?
高校2年の終わりにあなたと出逢っていなかったら?
20歳の誕生日直前にあなたと再会してなかったら?
20歳の誕生日に、兄貴が死ななかったら?
あなたがあの時、あたしがパートナーになることを断っていたら?
あたしとあなたが一緒に暮らし始めなかったら?

あたしがあなたを好きになっていなかったら?

あたしはここにいなかった。

普通に安全な暮らしをして、普通に恋もして、普通に結婚して、
普通に幸せな家庭を築いて・・・。

そんな暮らしをしてたのかもしれない。

あなたと出逢っていなければ、あたしだってそんな暮らしをしていたかもしれない。

どうして、あたしとあなたは出逢ってしまったの?
どうして、あたしが愛した人は、
こんな世界に生きる宿命(さだめ)を背負わなきゃいけなかったの?

・・・そんなこと、恨んだって仕方のないことなのは分かってるけど。

どれだけの涙を流そうとも、あたしはもう引き返すことも出来ないの。

それぐらい、あたしはあなたを愛してしまったから。

だから・・・。
どんなに傷ついても、あたしはこの苦難の道を進むしかないの。

あなたが時々、あたしに優しく寄り添ってくれるから・・・。
それが愛だと思い込みたくもなるけれど。

その度に、どうしてあたしたちはこんな運命を辿っているのだろうと泣きたくもなる。

滲んだ涙が零れ落ちそうになって、あたしは夜空を見上げた。
今にも雨が降り出しそうな雲がどんよりとあたしを見下ろしていた。

アパートの前の道路から、明るい笑い声が聞こえる。

覗き込んでみると、アパートの前の歩道を手を繋いだカップルが歩いていくところだった。

街を行く楽しそうな恋人たちは、手を繋いで歩くのも当たり前なんだよね。

あたしとあなたも・・・。
いつかそんな風に堂々と日の当たる道を歩ける日が来ればいいのに。

胸が張り裂けそうなほどのこの想いは尽きることはない。

たとえどれだけこの想いが傷つけられようとも。
あたしのこの想いがあなたを傷つけることになっても。

それでも、あなたといつか結ばれる夢をみるあたしを、あなたは子供だと笑うかしら?

人生はたった一度きり。
後悔だけはしたくない。

あなたと出逢ったあの日から、あたしは文字通り命がけであなたを想ってきた。
あなたが答えてくれなくても、あなたを想い続けることで何かが変わりそうな気がするの。

たとえあたしのことを否定されたって。
後ろ指を差されたって。
それでもあたしは構わない。

あなたを愛しているから。

許されない愛でも、叶うことない夢でも、幻の幸せだったとしても。
いつかあなたのその腕で、あたしを強く抱き締めて欲しい。

それがどんな罪だったとしても。
どんな罰が下るとしても。

あたしが全部受けるから。

その代わり、あたしがあなたを連れて行ってあげる。
誰も何も立ち入ることが出来ない、あたしたちだけの安らぎの地へ・・・。

堪え切れなくなったあたしの涙を、さらさらと風が飛ばして行く。

ねぇ。
あたしの代わりに、あの人に伝えて。
この涙を届けてちょうだい。

どれだけの時間、そうしていたかはわからないけど・・・。

ふと開いた滲む視界の隅に、見慣れた男の姿が映った。

あの人が、帰ってきた。

『今、何時だと思ってるのよ!』
『ひょえ〜っ!ごめんなさぁ〜い!』

慣れたいつものやりとりをして、あたしは部屋に帰っていく。。
・・・そして、また「いつもの日常」が繰り返される。

明日も、その次も。

どうしてあなたと出逢ってしまったのだろう・・・。
どうしてあなたを好きになってしまったのだろう・・・。


End

featuring 「Paradiso」 By TUBE


あとがき

こちらのサイトの開設記念日と言うことで、テキストを一つ押し付けさせていただきました。
以前、プレゼントさせていただいた「flames of love」の対になるお話です。

原作の中でくるくると繰り返されていたであろう、
リョウへの思いに胸を焦がす破滅的なかおリンを表現してみました。
もともとベースにした歌がそういう歌ですから、今回は直球勝負です。(笑)

游茗様、これからも無理のない範囲でがんばってくださいませ。



ということで輝海さまからこんな素敵な6周年
(CHは3周年)祝いを頂いてしまいました。
しかもCH×TUBEコラボです!持つべきものは同好の友♪
「この世のすべて 嫌われたって かまわないほどの想い」
なんてまさにカオリンですよ。
いつも元気いっぱいで快活で明るくて、そんな彼女ですが
心の奥底にはこんな秘めたダークさがあってもおかしくはありません。
ええ、店主は全然OKですよ、こんなカオリンも。

輝海さま、ありがとうございましたm(_ _)m


City Hunter