Flames of Love |
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ランプもついていない真っ暗な俺の部屋。 乱れた俺のベッドに見事な曲線美を描いて横たわる女が一人。 俺は少し離れたところから、その光景を見ていた。 ゆっくり女が俺の方を振り向く。 乱雑にシーツに包まりながら、零れそうな胸の谷間をさらすその女は・・・ 「香ーっ!」 ・・・自分の叫び声で目が覚めた。 夏も終わったと言うのに、身体全体がじっとりと汗ばんでいた。 熱を帯びる湿ったシーツが、尋常じゃない寝汗をかいていたことを物語っていた。 「また・・・あの夢か・・・。」 額の汗を拭いながら、無機質にリズムを刻む時計に目をやる。 午前4時を過ぎた頃だった。 「くそっ・・・。」 いつからだろう・・・。 こんな夢を見るようになったのは・・・。 ベッドから身体を引き剥がし、部屋を出る。 ひんやりとした廊下。 吹き抜けの下に見える部屋には人の気配がない。 階段を降りて、さらに廊下を進み、キッチンへ向かった。 冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出して、一気に飲み干す。 火照った身体にキーンと冷えた水が流れ落ちていく。 キッチンの白木のテーブルの上には、乱雑に置かれたエプロンがあった。 「香・・・。」 脳裏にさっきの夢のワンシーンが蘇る。 その唇に触れたい。 その身体に触れたい。 その白い肌に触れたい。 お前を・・・俺のものにしたい。 見たこともないはずの光景に、また熱が滾り出す。 アイツとの出会いは、ほんの偶然。 アイツの兄貴とこの街で偶然出会い、コンビを組んだ。 そして、その兄貴が運悪く命を落とし・・・アイツが俺の元へやってきた。 すぐにでも表の世界返すつもりだった。 アイツは槇村からの大事な預かりものだから。 それなのに・・・。 どこかで歯車が狂った。 いつの間にか気が付けばアイツを意識し始めていた。 そんな自分の気持ちを否定するかのように、アイツにひどい言葉を投げつけ傷付ける日々。 俺は、オトナの関係については自信があるが、こと恋愛に関してはウブで臆病者だ。 自分でそう思う。 しかし、日に日にアイツへの気持ちは、灼熱の炎となり、俺の中に渦巻き始めた。 あいつをこの腕に抱く夢を何度見たことか・・・。 それは、裏の世界に生きるものにとっては、踏み入れてはならない禁忌の世界。 汚してはならない世界。 必ず相手を不幸にする。 だからあえて遠ざけていたのに・・・。 今では自分からアイツを求め始めている。 これは何かの罠か? 俺はキッチンを出て立ち止まった。 素直に右に曲がれば俺の部屋。 左に曲がればアイツの寝る部屋。 今まで何度も目の前に立ち塞がった分かれ道。 その先は決して重なることないパラレルライン。 しかし。 俺は左に曲がり廊下を歩き出した。 気配を消して廊下を歩く。 廊下の突き当たり、「客間」と書かれた部屋。 そこにアイツは居る。 客間のドアの前まで来ると、足が止まった。 そっと。 ドアを開けて部屋に入った。 温かく部屋を満たしている、柔らかな空気。 鼻を擽る、愛しい女の匂い。 奥にあるベッドには侵入者が居るにも関わらず、すやすやと穏やかに眠るアイツがいた。 ちったぁ怪しい気配に気付いてくれよ・・・。 ゆっくりとベッドに近付いていく。 枕を頭を沈めながら、心地良さそうに眠るアイツ。 枕の下には、隠してある拳銃が見える。 アイツの兄貴の形見。 コルト・ローマン。 アイツの白く細い指が、黒光りする銃を握りしめトリガーを引く。 その指先にでさえ、淫らな慕情を感じ、俺の心は激しく掻き乱される。 そんなこと・・・お前は知らないだろ? そんな俺の想いも知らず、僅かに寝乱れたシーツの上、穏やかな寝息を立てているお前。 その寝顔を俺の胸に抱いて、朝を迎える夢を何度見たことか。 だが、現実と夢はあまりにもかけ離れすぎていて・・・。 そこは手を出してはならない、想像もしてはいけないタブー。 光が漏れないように厳重に封をしていたのに。 なのに、どうして俺達は出会っちまった? 惹かれ合っちまった? お前の兄貴が死ななければ、こんな事にはならなかったはず。 俺と関わらなければ、お前の兄貴は死ななかったはず。 俺と槇村が出会わなければ・・・お前は今頃、表で幸せに暮らしていたのに。 それでも出会っちまった俺達。 これは・・・運命なのか? アイツが眠るベッドの脇にしゃがみ込む。 僅かに射しこむ月光が、アイツの白い肌を青白く照らす。 なぁ。 お前に残るその心の傷痕さえ抱きしめるから。 お前が欲しい。 勝手がよすぎるとわかってる。 自分勝手なワガママだとわかってる。 それでも自分自身にジラされて、建前と本音にジラされて、熱く燃え盛る俺の炎。 この出口の見えないゲームは、いつ終わる? だが、結果が出るころにはもう後戻りはできない。 後は、「二人とも」堕ちるか、「二人で」堕ちるか・・・だけ。 そっと手を伸ばして、アイツの癖のある髪を撫でる。 お前は知らない。 俺が時折、こうやってお前の寝顔を見に来ていることを。 お前は知らない。 俺がお前の部屋に来る回数がだんだん増えている事を。 朝日が迎えに来る前に、何もかも忘れられるようなKissで・・・ お前を俺であふれるほど満たして・・・ お前の全てを飲み干してしまいたい。 お前の全てをきつく抱きしめたい。 たとえ、それがどんな禁忌であっても。 お前を闇の世界に縛り付ける事になっても。 この身体も心も焦がして、燃え尽きたってかまわない。 それが地獄への一本道だとしても。 なぁ。 俺はお前に酔ってもいいか? この恋は・・・俺もかなり本気(マジ)なんだ・・・。 アイツの髪を撫でていた俺の手が止まる。 そっと手を香の顔の横に着いて体重をかけると、僅かにベッドが軋む。 アイツはまだ眠ったまま。 ゆっくり・・・ゆっくりと顔を近づけて行く。 唇に感じるアイツの寝息がだんだんと強くなる。 前髪が・・・触れる。 あと数センチ進めば何かが変わる? 辿りついた先は Heaven? or Hell? ・・・。 沈黙が支配する香の部屋。 今この一瞬が永遠に続いてくれたら・・・。 なんて。 俺はぎゅっと拳を握り締めて、顔を離した。 本当にこいつの幸せを願うなら、俺はこれ以上進んじゃいけない。 堕ちるのは俺一人でいい。 道連れは・・・誰も要らない。 ゆっくり立ち上がると、その寝顔を目に焼き付けて、俺は静かにその部屋を立ち去った。 みなさま初めまして。 と、いうわけで
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