「りょう……んんっ――」
予報では今日は雪だと言っていたが
それが当たったのか外れたのかは判らない。
何しろ、朝からブラインドを閉め切ったままで
ベッドの中に香を閉じ込め続けているのだから。
わずかな隙間から洩れ入る光はぼんやりと明るく
おそらく外は一面の銀世界なのだろうが
それを確かめようという気にもならなかった。
「ねぇ、撩……」
「――寒ぃんだよ」
どうしたの、と言外に含みを残した香の声に
理由にならない理由で返す。
あいつが訝しむのももっともだ、
昨夜遅く、雪になる前の雨に濡れて帰ってきた俺は
シャワーで体を温めることもなく
ただ、あいつの体温を当てにするかのように
冷え切った体で香を責め続けたのだから。
いや、夜明けまで香を貪り
ひと時の眠りから覚めてからは
あいつの存在を確かめるかのように
身体中でその感触にのめり込んだ。
きっとあいつは気づいていただろう、
冷たい身体から立ち昇る硝煙の匂いと
わずかな返り血の気配に。
ここ数日俺はふざけた奴らを追い続けていた
今日の白昼、新宿東口を血の海にすると予告した気違いを。
ありとあらゆる人脈を使い、動きの遅い警察より先に
奴の身元と居所を突き止めることができた。
口先だけの愉快犯だったら、多少痛い目に遭わせただけで
見逃してやろうとも思った。
だが奴は本気で自分の人生をお終いにしようとしていた
罪もない人々を巻き添えにして。
そんな狂気の沙汰にマグナムを撃ち込むのに
何の躊躇も無かった。
いや、ただの愉快犯だとしても
俺はパイソンの銃口を奴から外しただろうか。
――奴の犯行予告はちょうど
香が決まって伝言板を確かめに行く時間だった。
背中から凶刃に貫かれ 引き抜くと同時に舞う紅い鮮血、 そのまま雪の中に力なく倒れ込む 何も映していない目を見開いたまま。 その頬は雪と同化するかのように色を失っていく。 ただ、血溜りだけが地面を薄紅に染めて――
そんな白昼夢を何度振り切っただろうか。
目の前に揺れる香の白い背中に唇を這わす。
傷一つないそこは、昨日の激しい愛撫からも逃れ
まるで誰も足を踏み入れていない処女雪のようだった。
強く押しあてればそこに紅い花が咲く。
香が生きている証拠。
狂人の命を奪ったことに悔いはない。
生かしておけば何人もの、何十人もの
命が失われたのかもしれないのだから。
だが、一つ懺悔をするとしたら
奴に望み通りの結末――死――を与えてしまったこと。
それは果たして罰になりえたのだろうか
たとえ奴の妄想が万死に値するといえども。
雪はどうせ数センチといったところだろう。
それで交通が麻痺してしまうのだから
平和というほかないだろう。
「撩……伝言板見に言ってこないと」
「行くな――」
――行くな、駅には ――行くな、どこにも ――行くな、俺を置いて ――逝くな……
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