「おはよー、ひかり」
「おはよー」
学校に近づくたびにクラスメートとも顔を合わせることになる。
ただ単に朝の挨拶を交わすだけ、ならいいんだけど、
「よっ、ご夫婦そろって朝から同伴ですか、ひゅーひゅー♪」
そう朝から囃したてられてはたまったもんじゃない。
この場には鴻人とジェイクもいるというのに軽く無視だ。
あたしと従兄の秀弥は名字が同じ『槇村』なものだから
小学生のころから『槇村夫妻』なんてあだ名でワンセットに呼ばれている。
それだけじゃない、秀弥は超がつくほどの女嫌いで
同年代の中ではまともに喋れるのは、兄妹同然に育ったあたしだけとだ。
中学生になってさすがにそれなりに距離は置くようになったが、最近はまた別。
新宿界隈に関西に基盤を持つ日本最大級の暴力団・興亜会が進出してきたのだ。
日本最大とはいえ、関東最強を誇る衆栄会との間に多摩川を境に縄張り分けがなされていたのだが
今年になって新宿の中小ヤクザ、戸熊組を傘下に収めたのだ。
それゆえ戸熊組と衆栄会系の暴力団との間で一触即発の状況が続いていて
東新宿署の生活安全課長である伯父さん、そしてこの東西新宿署を含む第四方面本部長の伯母さんとも
毎日深夜まで対応に追われているのだ。まして新宿はそんな物騒な状態、
いくら中学生になったとはいえ息子一人に留守番させておけないと
小さい頃のように秀弥がうちに泊まりこむようになったのだ。
まだあたしたちが小さい頃は伯父さんも伯母さんもバリバリに忙しくて、しょっちゅううちでお泊まりで預かっていたものだけど
もう中学生、一つ下の女の子とひとつ屋根の下で寝起きして朝から冷やかされるような毎日をあいつはどう思ってるのか
知りたいような知るのが怖いような・・・。
「そういや1年に転校生が来るらしいよ」
耳の早いジェイクが別れ際にそう言った。(彼とはクラスが別なのだ)
こういうところは父親そっくりというか何というか、何しろウワサ好きの校内の女子のほとんどが彼の『情報ヅル』なのだから。
「1年生ってったって、1年坊主に何ができるんだよ」
と同じクラスである鴻人が呟く。
「ウチの学校に転校生なんてそうそう来ないからね、それだけ珍しいんだろ。じゃあ、ボクは伝えたからね!」
と言ってジェイクは隣の教室に引っ込んでいった。
アイツの言うことはあながちはずれじゃない。
あたしたちの通う中学校は、あの天下の歌舞伎町が学区内という都内で、いや、日本中で一番ハードな中学校だ。
統計じゃ外国籍の生徒数が都内一らしいが、それだけじゃない。
歌舞伎町という土地柄、母親が水商売という生徒も多いしヤクザの子供という生徒も少なくない。
当然、ヤクザとホステスの子供というのも結構いる。
戸籍に父親の名前の無い子も、名字の違う父親と一緒に住んでいる子も
(血が繋がっているかは問わず)あたしだけじゃない。
そんなわけだからあたしみたいな中学生が大手を振っていられるわけなんだけど
少しでも教育に理解のある親ならこんな学校には通わせないと思う。
小金があれば私立を受験させるし、無くても他の学区の中学に入れることはできる。
だから隣の学区からわざわざこんな最底辺の学校に通っている秀弥はかなりの変わり者だろう。
経済的にも成績的にも私立のいいとこに通えるはずなのに。
あ、学校の名誉のために言っておくけど、こういう堅気とはいえない生徒はあくまで少数で
ほとんどが真っ当な生業の親を持つ、新宿のど真ん中で生まれ育った普通の中学生だ。
しかし彼らはあくまでサイレント・マジョリティで声の大きいマイノリティが目立つのは仕方がないことだ。
だが、そんな騒がしい学校の中でも次第に1年の転校生の噂が席巻するようになった。
「かなり派手に暴れてるらしいな、堀田っていったっけ」
夕日の差し込む校舎の一室――少子化が叫ばれてる現在、どこの学校にも空き教室があふれている。
だからその一室を『生徒会室』として常に占領できるわけで――窓際の机に行儀悪く腰かけた秀弥が言った。
――槇村秀弥、3年生。一応この学校の生徒会長。
母親似のサラサラの髪と整った目鼻立ちは女子にモテないはずはないのに
当の本人は見向きもしないのだから宝の持ち腐れだ。
もっとも、あんな叔母たちに囲まれれば一発で女性恐怖症になるだろうが。
でも、いくら元がよくてもこんな仏頂面じゃモテるものもモテないと思うぞ。
「うちのクラスの西浦、手懐けたらしいからな」
「ウソっ、西浦っていったらウチの学校で番張ってるヤツじゃん」
番を張る、という言葉は古臭いかもしれないが、奴がこの学校の柄の悪い連中をまとめ上げてるのは事実だ。
名字の違う父親がどこかの組の幹部だという話だから。
「その堀田って、戸熊組の新しい若頭の息子らしいよ」
ジェイクが得意げに自分の情報を披露した。
――ジェイク・和希・エンジェル、2年。会計担当。
この学校の生徒会は会長以外は2年と3年に各役員が一人ずつだが、受験で忙しい
――滅法頑張らなければ生徒会での推薦があっても希望の学校には行けない学校だ――3年はほとんどここに現れない。
その日本人離れした甘いマスクとジェントルな物腰は父親のクローンではないかと疑いたくなるが
髪は彼のトレードマークのブロンドではなく、両親のほぼ中間の栗色だ。
しかしその青い瞳は間違いなく父親譲り。そして「美人と見たら口説くのが礼儀」という態度も。
女嫌いの秀弥とはまったく正反対だ。
「戸熊組の若頭っていったら、本家筋の興亜会からの出向だっていう――」
おそらく両親の会話を小耳に挟んだんであろう秀弥が付け足す。
「Right.その父親ってのが興亜会でも相当の武闘派だって話だ」
「じゃあその西浦を手懐けたっていうのも・・・」
鴻人がその体躯に似合わずおどおどとした声を上げた。
――伊集院鴻人、2年。書記担当。中学生らしからぬ体格と
坊主頭とはいかないまでも短く刈った髪はまさに『海坊主二世』だろう【笑】
しかし性格は極端に走りがちなこの面子の中ではいたって常識人
そして『気は優しくて力持ち』を地でいく少年である。
そんな性格を表すようにその眼はとても穏やかだ。
だがそれもまた父親から受け継いだものだと知るものはほんの一握りだろう。
「確か西浦の父親って戸熊組だったよね、幹部ってほどじゃないにせよ」
この街のヤクザならあたしだって顔と名前ぐらい知っている。小さい頃から街で会うたび、子供相手に妙にヘコヘコしてたから。
「つまり親の威を借るキツネってわけか」
そう秀弥がばっさり切り捨てた。
「おいおい、そんなこと言うもんじゃないだろ」
生徒会長に適度な突っ込みを入れるのは副会長であるあたしの役目。
「それを言ったらあたしたちだって親の威借りまくりなんだから」
そう、秀弥は『警視庁の女豹』と彼女を意のままに操れる『猛獣使い』の
鴻人は現役こそ退いたもののかつては世界中の戦場を荒らしまわった『ファルコン』(または『海坊主』)の
ジェイクは以前は『金髪の堕天使』と呼ばれたスイーパー、今は凄腕フリージャーナリストの
そしてあたしはあの『シティーハンター』とそのパートナーの、それぞれ子供なのだから。
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