セイギノミカタ

「ひかりー、ちょっと手伝ってー」
「はーいっ」

普段は近所の男子どもと一緒に遊んでいるだけあって女らしさの欠片も無いが、香が台所から呼ぶと瞳を輝かせてリビングからすっ飛んでいく。
もともと香の方に懐いているというのもあるだろうが、最近手作りのエプロンをもらってからは尚更だ。尤も、最近じゃ男も料理の一つもできなければ“婿の貰い手”が無いというらしいが。

「今日は何作るの?」
「今日はね、ひかりの大好きなカレーライスよ」
「かたまりのお肉が入った?」
「そうよ。だから手を洗って支度してらっしゃい」
「はーい」

香手作りの青いチェックのエプロンを身につけると、えっらえっちらと踏み台を香の横に運んできていることだろう。
グラビアのもっこりブロンド美人とは名残惜しいが、いつ開いても同じ妖艶な笑顔で微笑みかける彼女とは違い、こっちは退屈はしなさそうだ。
洋物の雑誌を閉じるとキッチンに覗きに行った。

「タマネギ剥き終わったよ」
「じゃあ今度はニンジン剥いてもらおうかな」

子供に刃物はまだ早いだろ、と思ったが、ひかりはピーラーでニンジンをきれいに丸裸にしていった。

「はいできた!」
「はーい、ひかり、ありがとうね」

そう言って香は娘の頭を撫でると、彼女が剥いた野菜をトントントンと小気味よく刻んでいった。刻んだ野菜は鍋に入れ、すでに焼き付けてある豚のかたまり肉と一緒に炒めて、火が通ってきたら固形スープと水を入れて煮込む。

「じゃあひかり、『セイギノミカタ』お願いね」
「はーい!」

『セイギノミカタ』?料理の手伝いになぜ正義の味方が出てくるんだ?
確かにあいつは最近、近所のガキどもとナントカレンジャーごっこにハマってるという。俺も香もひかりのお供でTVで見ているが
(香のお目当てはイケメンな変身前のブルーらしい。俺はピンクちゃんのミニスカートの中身がいつか覗けないか楽しみにしてるのだが、それは二人には秘密だ)
一年で終わってはまた新しいシリーズが始まるので、今は果たして何レンジャーなのか判らなくなる。
ひかりの役どころはてっきり紅一点のピンクかと思ったが、なんと主役のレッドらしい。確かに、普段ガキどもの先頭を切って引っ張っている姿は確かに最年長の秀弥を差し置いてリーダー格だ。だがメンツは4人しかいない。それで5人組のナントカレンジャーが成立するのかと思ったら「ピンクはいてもいなくても同じ」らしい。さすが女の観察力は鋭い。

だがキッチンの『セイギノミカタ』の謎は未だ解けていない。
するとひかりはお玉杓子を持って踏み台の一番上に上るとそこから大鍋を覗き込んだ。そしてお玉を鍋に入れると何かを掬い取った。
ああ、灰汁取りか。鍋の中から「アクを除く」から「正義の味方」らしい。
とはいえ、殺し屋の娘が灰汁取りとはいえ『セイギノミカタ』とは微笑ましいパラドックスだ。思わず苦笑を禁じえなかった。

「でもセイギノミカタも大変だよね」

そう娘が呟いた。

「なんで?」
「だって、アク取りすぎたらスープがなくなっちゃうし、
でも取らなかったら美味しくなくなっちゃうもん、カレー」

あくまでシンプルな事実に過ぎない。だがそれが子供の口から発せられると、その奥に何か深い意味がありそうな気がする。
世の中も同じだ。世の中の悪をすべて取り除いたところで、そこで理想の社会ができるかといったら決してそうではない。蒸留水の中で魚が住めないのと同じように。だが、だからといって野放しにしていたらまた世の中を乱す元となる。
灰汁取りも悪取りも加減が大切なのかもしれない。
ならば俺たちのような奴らはさしずめ、取りきれなかったアクなのかもしれない。それでいいのだ、世の中にはまだまだ俺たちが必要なのだから。

その辺が判っているのだろうか、娘は。毎日ヒーローごっこで見えない悪を問答無用で蹴散らしている娘は。

でも、いつか判ってくれればいい。判ってくれるはずだ。今は『セイギノミカタ』が総てのアクを取り除けないことを知っているのだから。

カレー作りの手伝いをしながらふと思いついたネタです


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