Secret Love

――Narita Airport.
吹く風はまだ冷たかったが、駐機場に居並ぶ白い翼は春の日差しを浴びてなお一層明るく照り映えていた。ラゲッジを頭上の棚に押し込み、席に深々と腰かける。瞼を閉じれば、昨日までの出来事がありありと脳裏に浮かぶ。
同じようにジェットに乗り込み、海を越えてきたのはほんの数日前のことだったはずだ。だがそのほんの数日間の出来事が今のオレにとってはとてつもなく長い時間のように思えた。そのたった数日の間に自分の生き方が覆されてしまったのだから。

もしかしたら生まれて初めて、本気で誰かを好きになった。

彼女が誰かのものだとかフリーだとか関係なく、その心を射止めたいと思った。戯れの恋でも、陥落させるまでのゲームでもなく本気で幸福(しあわせ)にしたいと思った。そして、彼女を幸福にするために――自分から身を退いた。
そんな柄じゃなかったはずだ、欲しいものはたとえ地獄の果てまで追いかけていって必ず手に入れると。だが、もしかしたらそんな生き方を変えるにはほんの数日で事足りるのかもしれなかった。

今頃カオリは見送り用のテラスで、オレの気持ちも知らないまま、リョウに肩を抱かれて佇んでいるのだろうか。それはきっと映画のワンシーンのようにお似合いの光景だろう、あたかもヤツの腕は彼女を抱き寄せるために誂えられたかのように。誰もその間に割って入ることはできないだろう。
そう、let bygones be bygones――総ては過ぎたこと。
そして、誰にも告げることのない想いを抱えたまま、オレは飛び去っていく、彼女の知らない地へと。
パートナーとしてそばに置いておきたい、自分の手で幸福にしてやりたい、そう心から願った。でもそれは香の幸福ではなかった。彼女を笑顔にできるのは、あの女好きのもっこりスケベで、そのくせ素直じゃなくて、不器用で、肝心なときにとちっちまうような元・相棒しかいないのだから――あんなセリフを聞かされてしまえば、もう諦めるしかないだろう。

  あたしはまだあんたのパートナーよ!!
   あたしたち二人でシティーハンターだって言ったのは・・・
   ずっと誕生日を過ごしてくれるって言ったのは
   どこの誰だよ、バカぁ!
!

あの悲痛な叫びが今も耳に沁みついて離れようとしない。
あのとき、白々と東の空が明るみ始めていたのを、屋上に寝転んだ視界の端ではっきりと捉えていた。

でももし、あいつより先にオレが彼女と出逢っていたら?そのときは彼女の心を手に入れることができただろうか?
そんなありえない妄想をかき消すかのように、ジェットエンジンが轟音を上げ始める。もう二度と、カオリに逢うことはないのだ。待っててくれ、そう彼女には言ったのに――約束など何もできないくせに。
今、オレにできるのは遠い空の下、奴らの手が彼女に及ぶのを防ぐこと――そんなことでしかカオリを守ってやれないのだ、自分は。自らを盾にしてもカオリの身を守る役目は信じてヤツに託したのだから。もちろん奴ら――ユニオン・テヨーペに逆らって生き永らえた者はいない。依頼を放棄した以上、故国の地を踏んだ途端に連中が躍起になって消しにかかるのは目に見えている。だが、だからこそ俺はその真っ只中に身を投じようとしているのかもしれない。生きるか死ぬかの戦いの中でなら、この想いを忘れられるかもしれない、それはたとえ自分の本心から逃げているだけであろうとも。

だけど――記念に受け取ったポートレイト、
そのマホガニーの髪、鳶色の瞳、
陶器のように白い肌、そして薄バラ色の唇――
それを目にするたびに胸が締め付けられる。

――カオリ、いつまでも君を愛している
 たとえどこにいようとも。
 本当は君なしじゃいられないのに
 誰か、この胸の隙間を埋めてくれ・・・

今も柔らかな頬の感触が、この唇に残っている。
これがコンジョウのワカレになるのならとヤツの目を盗んで不意討ちをかけてみたのだが、かえって逆効果になってしまったようだ。いくらもうこれきりと自分に言い聞かせてみても、抑えきれない想いが込み上げるだけでどうにもできない――
これがアメリカNo.1スイーパーのザマか?自分の恋心一つ始末できやしないのだから。そのとき、


「Death...for the traitor(裏切り者には死を)」

ああ、おいでなすったか。少々出迎えには早すぎる刻限だが。南米系と思しき男、手にはリモコンスイッチ。まさかこの機もろとも始末する気か、罪のない乗客を巻き添えにして――だが、ここで死ぬわけにはいかない。オレにはやらなければならないことがあるのだ、カオリのために。
懐から手荷物検査をくぐりぬけたデザートイーグルを抜くとマグナムを奴の眉間にめり込ませた。だが、

「It’s ...the rule of “union”(それがユニオンの掟)――」

なおも男はスイッチを押した――エンジェルダスト、まさか!?




鮮やかなポートレイトが、手のひらから零れ落ちていった。


featuring 『Secret Love』by TUBE

これは絶対ミック、それも完全版29巻の空港のシーンだろう!
ということで、ディテールには目をつぶってCH的に逐語訳。
でもこの歌、名曲なんですよ。
その良さのいったい何%を店主の拙い文章で伝えられたでしょう・・・
歌詞も歌もサウンドも総てがドラマティックで
ミックなんざにはもったいないくらい(結局はそれ;笑)
もし興味があれば“SUMMER CITY”聴いてみてくださいませ。


City Hunter