9月のリグレット


夏も終わりの海岸には、それでも真夏を思わせる天気が続く間は残暑を思いきり楽しもうとする人々が詰めかけていた。もう海水浴場は終わってしまったけれど、波打ち際で足首を濡らすカップルや、サーフボードを抱えた青年たち。
頬を撫でる潮風は優柔不断に夏と秋が入り混じる。
そんな中、あたしは砂浜を見下ろしながら、ガードレールに腰掛けてヘッドフォンステレオに聴き入っていた。カセットの中身は80's――高校生のときよく聴いていたやつ、膝の上にはその頃の写真。今の自分に満たされていないわけじゃない。
でも、何だか無性に聴きたくなってしまったのだ、そのカセットテープを。

絵梨子に呼び出されてお茶したり、買い物に付き合わされるのも最近じゃよくあること。でも、この前は違った。約束の場所にひょこひょこと顔を出すと、そこにいたのは彼女だけじゃなかった。ちょうど、その写真にうつっていた面々――あの頃一緒につるんでいた仲間たち。

「ごめんね香、みんなも一緒だって言ったら多分来ないと思って……」

そう親友が済まなさそうに手を合わせた。聞けばあたし以外の友人たちも、今ではそんなにしょっちゅう逢わないような付き合いだという。

「それで前に集まったときに、そういえば香と最近会ってないねって話になって
そのことを絵梨子に言ったら連絡先知ってるっていうから」

こうして少人数での同窓会になったという話だ。あたしを除いてもこの面子で集まるのは、もしかしたら卒業以来かもしれない。それくらいみんな、それぞれ違う生き方を選んでいた。結婚してる子してない子、バリバリ働いてる子や自分でお店を始めた子……決して頭の良くない普通の高校で、よくもまぁこんなに分かれたなというくらいだ。しかも当然、お互い住んでる世界が違うから共通の話題といえば当時の想い出くらいで、だからあたしもこういう場でありがちの引け目を感じることは少なかった――もし自分が撩のパートナーにならなかったら、今頃何をしていただろう?という、毎度お決まりの。

ただ、タイミングが悪かった――仕事でミスったばかりだったのだ。
そんなに致命的なものではなく、後でいくらでも挽回可能な程度ではあった。でも、自分の中に芽生え始めた小さな自信をへし折るには充分だった。自分はこの仕事には、本当は向いていないんじゃないだろうかという、いつもの劣等感。
この二つが揃ってしまえば、「あり得たかもしれない、もう一つの人生」なんてものをぐちゃぐちゃと考え始めるには充分だった。そんな「たられば」、本当は嫌いなはずなのに。

――膝の上の写真の真ん中にうつるあたしは、そんな数年後の煩悶など全く予想もしていないような、満面の笑顔。そう、この海岸だった――
高3の夏、進学や就職でばらばらになってしまうからと想い出作りにやって来た。
いつも背ばっか高いからと後ろの列が定位置だったあたしを無理やり前列正面に押し出して、それでも引っ込もうとするあたしと押し合いへし合いしているうちにセルフタイマーのシャッターが切れてしまった、今見ても相当ひどい写真【笑】
――あの頃のあたしは、いったいどんな夢を見ていたんだっけ。まだスイーパーのパートナーなんてことは考えも及ばなかった頃。でも確かに、何かを夢見ていたはずだったのに――

そのとき、一瞬風が強く吹いて、膝の上の写真を高く巻き上げていった。
あたしの手の届かないくらい高く、遠く。それは、あたしに何かを伝えようとしていたのかもしれない。

「――ん?」

足元に一枚の写真がはらはらと舞い落ちた。さっき一瞬、潮風が強まった後のこと。そのセンターに押し出されようとしているのは、紛うことなく見慣れた相棒のン年前の姿で……

「ほんと、シュガーボーイだな」

ワンピースの水着姿でもすらりとした細身の姿はどこか中性的な瑞々しさを帯びていた。他の子も香ほどではないにせよ、まぁ似たり寄ったりの俺の対象外ってところだ。せいぜい絵梨子さんがその後の片鱗を垣間見せている程度で。

あいつの写真がここに落ちてきたのは神様の悪戯ってわけでもなさそうだ。
最近塞ぎ込んでいた香をこの海に連れ出してやったのは俺なのだから。
仕事で少々やらかしたとはいえ、あれくらいのヘマはいちいち気にしていたら神経が持たないレベルのものだし、その気晴らしになればと絵梨子さんの誘いに送り出してやったら、前よりダメージがひどくなって帰ってくる始末。今だってこうして、砂浜にも降りてこないでぼぉっとガードレールに腰掛けて海を見下ろしているだけだ。
だから俺もナンパなんて気になれず、ビーチの擁壁にもたれかかって傾きかけた太陽を、ときどき咥え煙草でぼんやり眺めていた。

――ああも落ち込まれたら、こっちだって責任感じちまうよ。

他でもなく、香をこの俺が、この世界に引きずり込んでしまったという責任。
もしあいつと出逢わなければ、今頃二人、それぞれどんな人生を送っていたんだろうか、というのは毎度おなじみの後悔。でも男ってのはそういう未練たらしいもんなんだ。その辺あいつは判っているんだろうか。

だが、写真の中の香の笑顔は輝いていた。そんな俺たちの苦悩とは全くの無縁で――あの頃のあいつは今も、香の中に生き続けているんだろうか? こうして、未来に夢だけを持っていられた頃の。何の恐れも無く、自由にはばたくことができた頃の――

「りょ――お……?」
不意にあいつが駆け寄ってきたから、写真を探しにきたのかと思ったら、俺を手にしたものを見て驚きの表情を浮かべていた。

「なんであんたがこれ――」
「はい、香ちゃん、落とし物」

と手渡すと、まるで俺の目から隠すように胸元に押し当てた。

「んな児童ポルノでなんかもっこりしねぇよ」
「誰が児童だ!」

よしよし、少しは元気を取り戻してくれたようだ。

「撩、もう帰らない?」
「もうって、まだ日は長いぞ」
「それが、今日伝言板見に行くの忘れちゃったんだよね。
だから消される前に急いで確かめないと」

――香に限ってそんなヘマをするはずがない。だが、そう言うあいつの眼は嘘をついているとは思えないほど真っ直ぐだった。言葉は偽りでも、心は真実な証拠。

「あたしはずっと、この頃から撩に憧れてたんだよね。だから――」
「――いいのか?」

海辺には、オレンジ色を帯びつつある日差しの中でも波と戯れる人々の姿があった。

「うん、いい」

それをちらりと横目で眺めながらも、香の表情からは後悔の色は消えていた。
ならばもう、慰めも気休めも必要ないだろう。ただただこれからの一瞬一秒をがむしゃらに費やしていくだけだ。より強くなるために、そして、より多くの誰かを救うために。

クーパーを動かしに砂浜から道路へと向かう。その後ろをついて来るあいつの足が一瞬止まった。

「香――?」

水平線の上の入道雲の、その向こうへとあいつは視線を向けていた。
きっとその先にある、香にだけは見えているであろう高みへと。



featuring TUBE『湘南リグレット』/『WINNER'S HIGH
      (2015“Your TUBE/My TUBE”)
30周年記念アルバム『Your TUBE』の豪華コラボの中でも
プリプリの岸谷香さん作曲・富田京子さん作詞の『湘南リグレット』は
個人的にかなり嬉しい組み合わせになってしまったので
コレは何が何でも書くしかないでしょう!と頑張ってみましたw
インタビュー記事の中でも、前田さんが岸谷さんのことを
「香ちゃん」呼ばわりしていたのが萌えで萌えで……
あの声でそう言っていた肉声がめちゃくちゃ聞きたい気分です【笑】


City Hunter