Papa told me, ‘It's alright.’ |
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早朝の海辺の空気が、今しがた剃ったばかりの頬を冴え冴えと撫でる。 さっきまで車の窓を少し開けて走っていたが、ドアを開けて一歩外へ出ると涼気が全身を覆う。時間が時間ということもあるが、日が高くなってももう水着のもっこりちゃんがここに現れることはないだろう。 朝靄というにはどんよりとした空の下、海沿いの道を背中を丸めながら、小走りに急ぐ。左手後方には砂州で陸と結ばれた緑の小島が見えるはずだった。 あの不良娘が夜が明けても帰ってこないというのはわりとざらだ。 夜更けの歌舞伎町であいつを見たと情報屋の一人が言った。 思いつくのはここしかなかった。新宿から始発に飛び乗れば、2時間弱でこの海辺の街に連れてきてもらえるだろう。この砂浜から少し陸に入ったところには、竜宮城を思わす駅舎。そこからここまではひかりにとって慣れた道だった。 「見ろよ、江の島なんか気まずくて隠れちまってるじゃねぇか」 浜辺に続く階段にじっと腰かける小さな背中。 「おまぁが来るたびここで泣いてるもんだから。 その小さな背中が振り返った。赤い目は夜明かしのせいだけではないだろう。 悩んだとき迷ったとき、人は海を見たくなるのは、そこが遠い遠い故郷だと知っているからだろうか。ひかりもまたそんな一人だった。そして、あいつがそんなときにいつも訪れるのがこの江の島を望む海辺だ。俺たちの住む街からでも電車1本で、子供の足でも来ることができる、ある意味「一番近い海」。だから俺も香も、ひかりが新宿にいないとなるとここしか思いつかなかった。 あいつの座る横の、同じ段に少しだけ離れて腰を下ろす。それでも気難しい年頃らしく、膝を俺とは反対側に傾げた。 「お前一人のせいじゃない」 だからあいつにではなく海に向かって言った。 「確かに事態が大きくなりすぎて、その結果 それは何の慰めの言葉にもなっていないかもしれない。だが優しい言葉をかけようとすればそれは嘘になる。そんな言葉はあいつの望むものではないはずだ―― ――もうこいつも、こんな表情を見せる年頃になったのか。 その眼差しに最愛の女の面影が重なる。 「だからもう大丈夫だ、気にするな」 言葉を絞り出すように、ようやく重い口を開いた。 「俺だって、山ほどしくじったさ」 ようやくその声に10代らしい快活さが戻ってきた。 「当たり前だろ。最初からNo. 1スイーパーだったわけじゃない。 そう、俺に言わせりゃひかりは焦り過ぎだ。いくらこの俺の娘でも、最初から何でもうまくいくわけじゃない。そうやって失敗を積み重ねながら手探りでも、少しずつ前へと進んでいけばいい。それに――あいつにはもっと他に、進むべき道があるんじゃないか。ひかりが俺の背中を追いかけようとしているのは薄々判っていた。 「だからもう泣くなよ」 そう両手を伸ばすとひかりの顔をこっちに向かせ、そして頬に手をやり口角を無理やり上げさせる。 「もぉ!」 とその手を振り払われ、再びあいつの両目は海へと向けられてしまった―― 「なぁ、覚えてるか?」 「あれからおまぁもずいぶん大きくなっちまったが 女を口説いてるときぐらいに言葉が上滑りしているのは充分承知。 「ねぇパパ」 あわてて前の襟元を手で探る。タグの縫い目は指先で感じなかったが、その代わり首回りの縫い代がくっきりと表れていた。出がけに慌てて、昨夜裏返しに脱ぎ散らかしたままのに袖を通したのだ。だが、 「こ、これはこういうデザインなんだよっ!」 などと、もはや父親をおもちゃにすることしか考えてないようだ。まったく、近ごろの若い娘ってやつは! とっつかまえて一つ父の威厳を見せつけてやろうと思いきや、一足早く波打ち際を子犬のように駆け抜けていく。 いつしかお互い、靴も靴下も放り投げて、秋の冷たい波しぶきの中を駆け回っていた、まだあいつが小さかった頃と同じように――無邪気に海の水を思いきりこちらに浴びせかけるその笑顔も、あの頃と変わらなかった。 だが時の流れは残酷で、それは誰の上にも――ひかりにも、もちろん俺にも同じだけ積み重なってくるもの。これがまさに寄る年波ってものか、気がつけば砂に足を取られて思いきり尻餅をついてしまっていた。もうとっくに全身どろどろに濡れていた、かまうことはない。 「ねぇ」 「大丈夫、気にすんな」 そう、気にすることはないのだ、結局。学校をサボる羽目になろうとも、世間の敷いたレールを踏み外すことになろうとも。ひかりが笑っていられれば、あの日のままの笑顔を忘れずにいられるのなら、それこそが父親である俺の望みなのだから。 服が少し乾いたら、二人クーパーに乗り込んで新宿に帰ろう。きっと香が旨い朝飯を作って待ってくれているから。見上げれば少し雲が薄れてきたようで、湘南の海もさっきよりきらきらと朝の陽の光を乱反射させていた。 「そろそろ行くぞ」 確かに朝食も心惹かれるが、この眺めを見ずに帰るのももったいない。だがそれ以上に、ひかりの眼にはよりいっそうこの海が眩しく映っているようだった。 featuring TUBE『Don't Think, It's All Right』(1989”Remember Me”) 『トコナツPapa featuring miwa』(2015“SUMMER TIME”c/w) 昨夏シングルのカップリングが、父と娘の掛け合いと聞いて これはもうCH’でやるしかないと思ったものの 「カッコいいこと言うけど」のくだり、そうはいってるけど 1スタンザだけじゃそれほどカッコよさが感じられない……orz 一方、ちょうど同じようなシチュエーションの曲が『Don't think,〜』 でも書くにはちょっとひねりが無くてストックにも入っていませんでしたが この曲の渋カッコいい大人な撩と、『トコナツPapa』の ノーテンキなテキトーパパっぷりのギャップがやけにハマってしまいました【笑】 けど、その二つの振れ幅全体が冴羽撩なんですもんね♪ おかげで2曲とも無駄にならずに済みましたw
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