もどり道でも・・・

今夜は、新宿からは星が見えなかった。
この東京で星を目にすることはできないということなど判っていた。か細い星明かりなどネオンの光に掻き消されてしまうからだ。だが、そんな当たり前の事実が今はとても心細く思えた。まるで道しるべのない道を進まなければならないようで。

いや、あたしの進むべき道に道しるべなど最初から無かったのだ。
世界一のスイーパー・シティーハンターのパートナーとして生きる、陽の当たる世界に背を向けて。それは決して世間一般の言う『幸福』なんてものではない。むしろ、あたしのことを思ってくれるのなら「早くそんな男とは別れて、表の世界に戻れ」と言うだろう。だけど、そんなしがらみさえも一切捨てて、あたしはこの道を選んだのだ、茨の道を。

だがそれは、ちょっとばかり肉親との縁が薄いだけの、普通の小娘にとってはあまりにも過酷な世界だった。法というものが意味を持たない、力あるものだけが生き残る世界。そこでは未来の保証などというものはありえない、生き延びるためには強くなければならなかった。
だからずいぶん肩肘も張った。強がって、本当は挫けそうなのに「大丈夫」と言い張ったこともあった。もし弱みを見せれば撩はあたしを切り捨てるだろう。冷たく突き放すのではない、それが彼の優しさだった。
だから平気なふりをした、撩についていくために。そうすることを覚えなければ、この世界では生きていけなかった。

そうやって、表の世界も、女らしい可愛げも総て投げうって今までやってきたのだ、ただ一つ、撩にふさわしいパートナーになるために。
でもときどき思う、もし彼の相棒にならなければ?どこかの時点で、素直に撩の思惑どおり元の世界に戻っていたら?
きっと今頃、普通に働いて普通に友達と遊んだりして、そしてもしかして、普通に恋をしていたかもしれない。きっとそれが、世間にとって当たり前の、しかしささやかだけど幸福な人生なのだろう。
もちろんそんな生き方に今さら未練なんて無い。でも、街をゆく女性たちにときおり羨望の眼差しを投げかけてしまうのはなぜなのだろう――

こうして多くのものを犠牲にしてきて、その結果、あたしが得られたものは何だったのだろう――コルト・ローマンMkIII、撩の相棒だったアニキの形見。でもその照準は狂わされていた。あたしに、人を殺させないために。
撩の心遣いは嫌というほど判る。でも、それではあたしはいつまでたっても撩の相棒になれない。撩に守られている間は、彼と苦しみも喜びも何もかも分かち合えるパートナーにはなりえないのだ。

そうなれないのは最初から気づいていたのかもしれない、撩があたしにそれを求めていなかったことは。どうせ他に行き場のないあたしをお情けで置いてくれただけ、そして子供の使い程度に手伝わしていただけのこと。
だけど――だから、あたしは撩が与えてくれるものに満足しようとした。ただ傍にいられるだけで、どんな些細なことでも撩の力になれるだけで、それだけで幸せだと。でもそれだけでは満たされなかった。満たされたふりをしていても、心の中ではいつもそれ以上のことを求め続けていた。撩の心に触れたい、撩を支えたいと。
あたしが欲しかったのは、お守りにもならない壊れた銃じゃない――決して人を殺すためのものではない、撩を守るためのもの。

そのためにはどうすればいいのか判っているつもりだ、シティーハンターのパートナーとしての資格を彼に見せつけるためには。決闘の刻限までにこの廃ビル中にトラップを仕掛けなければ。
それが世間の言う『幸福』というものに背くことは充分知っている。それでもあたしは歩かなければならないのだ、向かい風の中を、撩と共に生きるためには。


屋上から見える街はキラキラと瞬いていた。だがその光が俺の眼にはまるで触れるだけで脆くも壊れてしまうガラス細工のように映った。
それはまるで香との日々、あいつは今まで俺が感じたことのない輝きを与えてくれた。だがそれも、いつどこで崩れ去ってもおかしくはない代物だったのに。

ならば香だけでも安全な場所に――そう思っていた。あいつを光射す世界に、本来あいつのいるべき世界に、それが彼女にとっての幸福だと。
だが、それができなかった。もし目の前からいなくなったら――途端にこの世界は闇に包まれるだろう。傷つき、傷つけ合い、殺し合うだけの氷のような非情の世界。本来、ここはそういうところだったはずだ。
だが、香の与えてくれるささやかな幸福を知ってしまった今となっては、そこへと戻ることなどできなかった。

こうして自分のエゴで香を縛りつけ、そんな自分を心底蔑んで、香の幸せを願い、だがあいつのいない人生を思っただけで――そんな堂々巡りで一体どれだけの夜を明かしたことだろうか。
そしてとうとう思い悩むことにすら疲れた俺は、そこから逃げた。逃げ出して、香に気の無いそぶりを見せて突き放した。あいつが自分から離れていくように。

だけどあいつはいつも真正面から俺にぶつかってきた。逃げ回ってばかりの俺に。
あの晩も――さんざん隠しとおしてきた過去を素直に受け止めてくれた。それは彼女のような不幸な生い立ちをもってしても、受け止めきれるものではなかったはずだ。でも香は、自分の手に余ることを素直に認めながらも俺の過去を受け入れ、そればかりかこう言ってくれたのだ、「誕生日を作ってあげる」と。
本当の誕生日も、親のつけてくれた名前すら覚えていない人間にとって、たとえそれが初めて二人が出会った日であっても、誰かが勝手に決めた誕生日にどれだけの意味があるのだろうか。まして年に一度のその日を心待ちにし、そして祝えるほどこの世界は甘くはない。
だがそれでも、俺に向けられた眼は真っ直ぐで、眩しいほど輝いていた。

そうだ、そういうヤツだよ。
香はその涙さえも光って見えた。人前で滅多に流すことのない、だが感極まって堪えようとしても零れ落ちてしまう涙さえ。
涙を流すたびにあいつは確実に強くなっていった。傷つけば傷つくほど、それだけ同じ痛みを抱える者の心に深く寄り添おうとした。普通だったらもうこれ以上傷つくまいと意固地になって、他人と距離を置こうとするのに。
たとえ誰かを責めようとも、その弱さを認め、それを許した。罪を憎んでもなお、人までを憎もうとはしなかった。
そして、自分の持てる何もかもを与えてくれた、こんな俺に。あいつからは何もかも総てを――たった一人の家族すら――奪ってしまったのに。

そんな香を、俺は眩しさに目を細めながらずっと見つめていた。その光ゆえに目を逸らしてしまいたくもなった。だが、あいつの放つ光が進むべき道を照らしてきたのだ、今までも、そしてこれからも。
それは決して楽な道のりではない。俺一人が歩いてゆくのでさえやっとだ。それを香を守りながらともなれば、はっきり言って正気の沙汰ではないだろう。だが今さら香なしで、香という名の光なしで歩いていけるとは思えなかった。
もしあいつがいなければ、きっとここから一歩も進むことすらできないだろうから。

そんなことはとっくに判っていた、へらへらとした作り笑いの裏で。香がいなければ駄目だってことぐらい。今まで手にしてきたもの総て、スイーパーとしての名声すら捨て去ってもかまわない、彼女とともに生きていくためなら――
ポケットの中に手をやった。そこには香のローマンが、照準の狂ったローマンがあった。これも直してやらなければならないだろう、香をもう一度、本当のパートナーとして迎えるためには。
それがどれだけこの世界で無謀で、危険で、非現実的なことかは百も承知だ。それでもなお、俺は歩いていく、この逆風の中を、香とともに。


featuring 『もどり道でも・・・』by TUBE
今回は歌からのインスピレーションというより
まずミック編で書く!ということありきだったんですが
意外なとこから意外なシーンが降りてきてびっくりしました【笑】

いちおう香vsミックの決闘直前・・・なのですが
そう説明しないとシチュが判りませんよね【苦笑】
ミックのミの字も出てきませんし。



City Hunter