部屋とローマンと私 |
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お願いがあるの。 確かにあたしは『冴羽香』になれない。だって籍を入れようにも、あんたにはその戸籍が無いもの。でも、心の中ではそのつもりだから。 今までもこうして二人一緒に暮らしてきたけど、明日のことは判らなかった。だけどこれからは違う。今までみたいにこれから先もずっと撩と一緒に生きていきたい。 もしあなたもそう思ってるのなら、ちゃんと聞いてよね。 飲んだくれて午前様で帰ってきても、三連チャンならまあ許してあげよう。だけど四日目、ハンマーくらうのが嫌だからって、路上で夜明かししてこないで。 だいたい、それがスイーパーのやること?みっともないったらありゃしないわ。 それに・・・撩の身に何が起こったのか、心配でしかたがなくなってしまう。一晩帰ってこないと、何か事件に巻き込まれたんじゃないかって、夜じゅう眠れないんだから。暖かい時期はいいけど、秋冬になったら凍死しかねないし。 二人の暮らすアパートも、銃の腕前も、いつでも磨きをかけていたいの。あたしがあなたにしてあげられるのはそれくらいのことだけだから。 ついでにあたし自身も。 だから、ちょっとぐらい可愛い格好してるからって、目くじら立てないで。 撩の好きなあたしでいさせてほしいの。 そうそう、言っておくけど嘘をついても無駄だから。これだけ一緒にいれば、それぐらい見破れるのよ。撩っていつも、嘘をつくとき妙な笑い方するのよね。いつもの余裕の表情とはちょっと違うような。どの辺が違うのかは言えないんだけど。 さんざんあなたに「お前のためだ」って欺かれてきたんだから、これくらいのことは身について当然よ。 だから、浮気しようなんて思わないで。 バレなきゃいいって、その考えが甘いのよ。あなたは首尾よく隠しとおせてると思っているかもしれないけど、全部お見通しだから。 もし浮気したら――あなたを殺してあたしも死ぬわ。冗談だと思ってるだろうけど、あたしは本気。でも、どうやってあなたを殺そうかしら。相手は世界一のスイーパー、それを殺そうというのだから一筋縄じゃいかない。銃を向けても条件反射で返り討ちにされちゃたまったもんじゃないし、毒を盛るにしても、あいつ、鼻が利くからなぁ。無い知恵を絞らなきゃ。 だから、いいアイデアが浮かぶまで浮気はしないでね、とりあえず。 って、いつも振られてばっかりのあなたのことがこんなに心配なんだから、撩があたしのことを不安に思うのも当然なのかもしれない。 だからって、仕事で潜り込んだパーティ会場でずっと不貞腐れたりしないで。 ドレスアップしていかないと会場に入れてもらえないんだから。遊びでこんな格好しているわけじゃないんだし。それに、シティーハンターのパートナーが誰からも見向きもされないような女だったら、格好悪いじゃない。 まだまだ道半ばだけど、あたしはあなたが自慢できるようなパートナーでありたいだけ。もちろん中身も。 まだあたしたちが別々に寝ていた頃、上の階からあなたの耳をつんざくようなイビキが聞こえてくるたび、何か良からぬものが降ってくるんじゃないかと気になって眠れなかった。でも不思議ね、今ではあの頃とは比べものにならないくらいすぐ側で耳にしているのに、ちっとも気にならないんだもの。 逆に、その音に包まれているようにさえ感じる。 それは多分、隣にあなたがいるって証拠だから。 ずっとあたしは独りぼっちだった。暗闇で寂しく膝を抱えていた。人前では強がっていたけど、一番近くにいるはずのあなたにすら縋ることはできなかった。 でもこれからは違う。怖いなら怖いと、寂しいなら寂しいと素直に口に出せる。だって、手を伸ばせばすぐそこに撩がいるから、あの耳をつんざくようなイビキが聞こえる限り。でも歯ぎしりは…ちょっと嫌だけど。 だけど気になるのは、イビキとイビキの合間のあのニヤケ顔。どうせもっこりちゃんの夢でも見てるんでしょうけど、なんか悔しい。いっそ夢の中に出てくる女の人の顔が全部あたしだったらいいのに。中身まであたしじゃなくていいから、せめて外見だけでも。そうだったら安心して見ていられるのに、あなたの寝顔を。 もしあなたがこの新宿(まち)を離れるというのなら、黙って出ていかないで。 確かにここはあたしにとってかけがえのない場所。ここであたしは大きくなって、ここで撩に出会った。そして今、この街で出会えた仲間たちと一緒にこうして暮らしている。でもそれも、あなたがいなければ意味が無いの。 あたしのいるべき場所は、生まれ育ったところでも、仲間のいるところでもない。あなたのすぐ隣があたしの天国なのだから。そこがたとえどんな険しい場所であっても。 だから、撩のいないこの世なんて生きていたって仕方がない。あたし一人ではきっと生きていられない。だけど、もしあたしがいなくなってもあなたには生きていてほしい。きっと言われなくても判ってると思うけど。だってその時はあたしがあなたを解放してあげられるときだから。そしてもしいい人がいれば・・・一緒になってあげて、あたしのことなんて気にせずに。 でももし、あたしのことを気にしてくれるのなら、嘘でいいから「お前が死んだら俺も死ぬ」って言って。それだけで充分。腹の底では「あー清々した」って思ってくれたって構わない。最期の瞬間も、あなたの微妙な笑みを見逃さないはずだから。 どちらかが旅立ってしまうまで、二人の暮らすアパートも、銃の腕前も、 いつでも磨きをかけていたいの。あたしがあなたにしてあげられるのはそれくらいのことだけだから。 ついでにあたし自身も。 だからたまには「綺麗だよ」とか「愛してる」とか言ってほしいの。 もちろん、言葉にしなくても撩の気持ちは充分判ってる。でもときどきこうして形にしてくれないと不安になってしまうから。 撩を好きなあたしでいさせてほしいの。
featuring:『部屋とYシャツと私』By 平松愛理
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