Hello, Yesterday


前略、突然のお手紙で失礼いたします。
貴方のことを遠くからずっと見つめていました。
しばらく雨らしい雨も降らずカラカラに乾いて砂ぼこりの立つグラウンド
太陽はオレンジ色に傾き、やる気のない陸上部が早々に撤収した後
部員でもないのに貴方はジャージに身を包み、トラックを
夕日が地平線にさしかかるまで何周も何周も駆け続けているのを。
まるで青春の迷いを振り払おうとしているかのように。
次第に美しいフォームも崩れ、足取りも重く、息も切れ
ストレートの途中で足を止め、背中を丸め膝に手をつき
肩で荒い息を吐く。顔から髪から滴り落ちる汗の滴。
でもそのときの、未だ疲れを知ることのない
澄み切った、力強い眼差しを私は忘れることができません――

「なーに読んでんの?」

といきなり背後から声をかけられ、あたしの赤いくせっ毛はその瞬間わずかに逆立ったことだろう。とっさに手にしていた古びた便箋を胸へと押しつけた。

「何それ、ラブレター?」

あいつの声に冷やかすような響きが混じる。そのときかすかに赤らんだ顔色で言わずとも答えは判ったようだ。で、だったらどうだっていうのよ。

「へぇ、香ちゃんがねぇ〜、やるぅ〜」

いくら気配を隠していたとはいえ、そもそもここにヤツが立ち入る可能性が大いにありうるのを考えに入れていなかったあたしの油断だ。
ここにあるうちいったいどれだけ目を通したんだか、膨大な蔵書の並ぶ撩の「勉強部屋」のうち、あたしに割り当てられた棚の一角に置かれた小箱。その中にはそんな手紙や、昔の友達から貰ったものなど捨てられないガラクタたちが収められていた。奇しくも今は、秋も深まり夕暮れも早くなり、まだ午後の3時だというのに陽光はすでに赤みを帯びていた。そんな色の光が西側の窓から部屋へと差し込む。

「そうよぉ、あたしだってやるときゃやるんだから」
と虚勢を張ったところで撩にはバレバレのようだ。大人しくネタばらしする。

「――あたしの通ってた学校には、校門までずーっと
銀杏並木が続いてたんだよね。でさ、『1年生の秋、銀杏が散るまでに
彼氏が出来ないと卒業までできないまま』なんて“銀杏伝説”なんてのがあってさ」

撩と出逢う前の、あたしが「普通の女の子」だった頃の話をすると機嫌が悪くなるのは重々承知。それでもあいつは不満をポーカーフェイスに押し隠してじっとあたしの言葉に耳を傾けていた。でも“銀杏伝説”は関係ない話。

「でね、ちょうど銀杏の葉が色づいてた頃だったかな。
その子が木の陰からわっと出てきて
あたしにその手紙を押しつけて、そのままわって走り去ってっちゃったの」
「その子って、女子かよ」
「うん。差出人の名前を見ると、1年下の後輩の子だった」
「あーあ、おまぁも罪な女だねぇ。
お前みたいなやつに出逢ったばっかりに運命狂わされちまって――」

あ、でもこれだけの文才がありゃそっちの道に進むってのもあったか?そうなりゃ多少の苦悩も芸の肥やしだもんなぁ、なんて撩は勝手なことを呟いてるけど、

「ご心配なく、彼女結婚したんだって」
「へっ? って男と!?」
「に決まってんでしょ、日本じゃ男女でしかできないんだから」

この間、絵梨子と逢ったときに「そういえば」と彼女が言ったのだ。
だからこそこうして、わざわざ手紙を引っ張り出して目を通していたのだけれど、聞くところによればあの子もあれから普通に進学して、そこで普通に彼氏が出来て普通に別れて、普通にその後何人目かの恋人と昨年あたりに式を挙げたとのこと。
もちろんその「普通」という言葉の裏に、本人しか知りえない「普通じゃないこと」が隠れているのかもしれないけれど。

「あーあ、もうそんなに経っちゃったのかぁ」

やや芝居がかった溜息ではあったが、それは偽らざる本音だった。
もちろん彼女だっていつまでも初々しい後輩ではない。
あれからもう10年近い月日が過ぎている、あたしだって彼女が想いを寄せていた頃とは別人になっているだろうし、それすら棚に上げて。
ただ撩はその溜息の意味を少し取り違えていたようだった。

「やっぱさ、おまぁも――」

とまで言って、後は言葉を濁す。言っておくけど、あたしは今の彼女の境遇――
「普通」の結婚――を羨んでいるわけじゃなかった。
ただ、あの日が遠く遠く離れていってしまったという事実が少しだけ淋しかっただけ。もちろん、だからといって今の自分の身の上に不満があるわけではないのだけれど。

「え、なに?」

わざとしらばっくれて、後ろの撩にもたれかかる。そして頭上の表情を見上げる。
すると撩は困ったような笑みを浮かべた。あたしが笑いかけるとその顔から困惑の色が薄れていく。それは総て過去のこと、想い出のアルバムの中にしまわれた記憶に過ぎないのだから。

撩は腕を前で交差させる。その腕の中であたしは手紙を二つに折りたたむと、古びた封筒の中に納めた。



featuring TUBE『Hello, Yesterday
      (2011『A Day In the Summer〜想い出は笑顔のまま〜』c/w)
曲自体は夏シングルのカップリングなのですが
夕日に染まる校舎、などの情景や
過去に思いを馳せる切なさが何だか秋っぽいなとw
その歌詞から浮かぶイメージを忠実に言葉にしようとしたら
冒頭の手紙、高校生でも文才あり過ぎですよね【苦笑】
でも彼女もまた店主と同じ“カオリスト”であることには違いないので
そのイメージとともに溢れるカオリン愛も受け取っていただければ幸いです。


City Hunter