Always

この街で毎日どれだけのドラマが生まれているのだろう。どれだけの人たちが泣いたり笑ったりしているのだろう。
だが、北風が吹きすさぶ通りを往き過ぎる人の中で、この平和な時代、あたしほどぼろぼろな人間はいないはずだ。

撩が、瀕死の重傷を負った。

あたしはパートナーなのに何もできなかった。撩を守ることも、この身を投げ出して盾になることさえできなかった。そして、何もできないまま撩を失ってしまうのだろうか?

思えば、物心つく前からあたしは大切な人を次々と失ってきた。家族と引き離され、実の父親を亡くし、槇村の家に引き取られ、でもその養父母も、そしてアニキさえ――最後に空いた心の穴を埋めてくれたのは撩だった。アニキの代わりとして、だけどいつしかあたしにとって撩はそれ以上の存在になっていた。その撩すらもあたしを置いて遠くへ行ってしまうのだろうか・・・。

強くなりたい、ずっとそう思い続けてきた。撩を守れる強さが欲しい。あたしのせいで撩が傷つくたびに何度も願ってきた。あたしさえ弱くなければ撩がこんな目に遭うことはなかったのに。でも、何度願ってもあたしはずっと弱いまま、撩はあたしを守るために自らを盾にして、ぼろぼろになり続ける。あたしはそんな彼の力になることすらできない。

「お前はそのままでいい」

そう撩は言う。でもそれは弱いままでいいってこと?
大人しく守られていればいいってこと?

もちろんそれはあたしのためを思って、というのは判っている。でもそんな思いやりがときに自分勝手と感じてしまう。そうしてあたしはガラスの天井に閉じ込められる。目指す先は見えているのに、いつまで経っても辿り着けない。

「お前にはお前にしかない強さがある」

判っている、そんなこと。そしてそれがときに彼の救いになっているということも。でも今は、撩のような強さが欲しい。誰かを守るために戦う強さを。
何度も何度も願い続けて、その度に封じ込めてきた。撩の手で、あたしの手で。
だが、何度封じ込めてもその思いは込み上げてくるのだ、繰り返し押し寄せる波のように。その度に強さを増しながら。

いつの間にかあたしの脚はとあるビルの屋上へと向かっていた。
撩がいつも寂しげな顔をしてふらりと現れるという超高層ビルの屋上。直接彼から聞いたわけでも、連れてきてもらったわけでもない。でも、あいつのことならじっとしてても耳に入ってくる。

「うわぁ・・・」

スチールのドアを開けると、下とは比べものにならないほど冷たく強い風が吹き渡っていた。だが、そこから見下ろす夜景は宝石をちりばめたかのようだった。
いったい彼が何を思ってこの場所に来ていたのか、判るような気がした。
まるで地上の星空だった。この街に渦巻く欲望も憎しみも、総て夜の闇が覆い隠して、きれいなものだけがきらきらと輝いているかのようだ。
見ているだけで吸いこまれそうな気分になってくる。そして、心にわだかまったものがすうっと消えていくように思えた。

きっと撩も、この景色を見て同じように感じたはず。誰にも言えない、あたしにも別け合えない胸の痛みを抱えてここに立ち、そして同じようにこの星空に勇気づけられたはず。そう思うと彼がすぐそばにいるように感じられた。いつものように何の欠点も無い最強のスイーパーの撩ではない、あたしと同じ、苦しむことも悩むこともある、一人の人間・冴羽撩が。そう、辛いのはあたし一人じゃない。

でも撩は、心の痛みを力に変えてきた。だからきっと強くなれたのだ、世界中の誰よりも――あたしも、変えられるだろうか?この悲しみを糧に、もっと強く、そしてもっと優しくなれるだろうか?
そう、ただ強くなるだけじゃ、撩のような強さを手に入れるだけでは結局何の解決にもならない。それがあたしに必要なもの、そしてあたしの望むものではないのだから。撩にはない、誰にも持てない、あたしにしかない強さ――それを手にすることができるのだろうか?
いや、もしかしたらそれはもう自分の中にあるのかもしれない、まだ気づいていないだけで。

「――帰ろう」

そう言葉が口をついた。帰ろう、撩のもとに。もうじきあいつが目を覚ますかもしれないから。そのときは、あたしにしかない優しさと強さで撩を包み込んであげられるように。


featuring 『Always』by前田亘輝
2008年ソルトレーク五輪の某局テーマソングで
そのお仕事で前田さん自身もMCとして現地に行ってましたっけ。

香が立ってる屋上は、あの屋上です。って言っても判るかな【苦笑】
撩がサリナを連れてきた新宿の夜景を見下ろせる超高層ビル。
香を連れてきたことがあってもよかったんですが
それだったらそういう話をupしておかなければならないので
初めて来たっていうことで。
でもきっと、香だったらここに立った撩の気持ちが判るはず。


City Hunter