きょう、ロマンスカーで

ひかりは頬をガラスにくっつけんばかりにして車窓の景色に見入っていた。座席が向かい合わせのボックス席だから、窓の外を見ようとするとどうしても身をよじらなければならないが、それすらもお構いなしに都会から郊外へと移り変わっていく風景に目を凝らす。そんな娘を香は隣の通路側の席から嬉しそうに見つめていた。
そして俺はというと、反対側の席から二人の姿をぼんやりと眺めていた。車内販売のビールを片手に、どこかでこそばゆさを感じながら。
そんな俺たちを乗せて特急列車は新宿から湘南・江ノ島へとひた走っていく。

江ノ島くらいの距離なら普段だったら自分でクーパーのハンドルを握って行くものの、なんでわざわざ電車、しかも通常運賃の倍取られる特急に乗っていくかというと、ひとえにひかりのリクエストだった。
新宿に住んでいればここから箱根・江ノ島方面へと向かう流線形の車体の車両を見たことがあるだろう。特に電車好きというわけではなくても、一度は乗ってみたいと思っても何の不思議もない。
だが、そんな普通の子供だったら簡単に叶えられるような願いをなかなか聞き入れてやれなかったのは、普通じゃない俺たち家族の事情があったからだ。

家族旅行というものには全くといっていいほど縁がなかった。三人でどこかへ遠出するという機会はほとんど無かったし、まして泊りがけとなればなおさら。
その代わりに、日頃可愛くない甥っ子の面倒を見てやっているのだからと、休日ともなれば娘を義兄夫婦に押しつけていろいろ付き合わさせてきた。普段はあんなに忙しいくせに、たまの休みともなると家族サービスとばかりにあちこち子供たちを連れ出しているようだ。まぁ、これが普通の親なんだろうが。
だが、こっちは家族サービスなんてとてもじゃないが柄じゃない。子供の相手をするよりは香と二人でゆっくりもっこりしている方が性に合っているのだし。

だからか、今度の遠出が決まってひかりはことのほか喜んでいた。
もっとも、それは俺たちと一緒というよりは、憧れのこの電車に乗れる方が嬉しかったのだろうが。俺たちの乗ることになった車両にはこのシリーズの名物である先頭の展望席が無いと知ったときにはがっかりしたようだが、それも束の間、いざ実際に乗り込んだ途端に座席の椅子やら車内のトイレやら全部が全部にきらきらと目を輝かせてた。
――ああ、こいつはこんな顔をするんだ。それは新宿の見慣れた景色の中では決して見せないひかりの表情だった。そして、そんなひかりを目にする機会に俺は自ら背を向けていたのだ。
だからだろうか、この居心地の悪さは。所詮俺には世間一般の父親というのは似合わないのかもしれない。
だから、窓の外の早春の光を浴びてきらきらと笑い合う香とひかりの様子を、俺は気の抜けかけた生ビールをあおりながらでもなければ直視できなかった。

「あーあ、どうせだったら香ちゃんと二人っきりで箱根でもっこりがよかったなぁ」

そんな軽口を叩かなければその場の空気に馴染めなかった。

「2人分だって1泊するだけの宿代なんてどこにあるのよ」

箱根の温泉旅館なんて高いんだし、と香がぼやく。

「じゃあなんで江ノ島なんだよ。海って季節じゃないだろ?」
「シーズン中だったら予約しないとチケットが取れないの」
と至極ごもっともな反論が返ってくる。

「でも・・・ありがとうね、撩」

不意に声音が柔らかくなった。

「何がだよ」

「ひかりのわがままに付き合ってくれて。
こうでもしないとあの子、一生家族旅行に行けなかったかもしれないもんね」

一生なんて大げさかもしれないが、それは俺たちにとって誇張でも何でもなかった。俺や香にとって来年の夏はおろか、今年の夏すらもありえないのかもしれないのだから。

「きっといい想い出になるわ」

そう言われている娘は、窓の外の景色に飽きたのか、車内の通路を近づいてくる移動販売のワゴンに目を奪われていた。全く、食い意地が張ってやがる。

「ああ、そろそろごはん食べよっか」
と香が言うと、
「うん!」
と満面の笑みで頷く。

「これが楽しみで朝ごはん抜いてきたんだからねぇ」

そういうと香は手を上げてワゴンを呼び止め、駅弁と飲み物を頼む。まぁ、これも旅の楽しみの一つに違いない。だがひかりはそれだけでは不満とばかりに、ワゴンのある一点を見つめていた。

「これか?」

俺が指差してやったのは、車内販売限定キャンディ。容器にはこの特急の写真がプリントしてあった。目的地に着く前からお土産もないだろうが、その眼が母親譲りの上目遣いだったものだから否とは言えなかった。

「900円になりまーす♪」

思った以上の出費だった。ただの器に入っていればこの半分の値段で済むだろう。それにしても、いったい誰に渡すつもりなのだろうか。それとも自分への記念品にするつもりなのか。もしかしたらこの特急も、いや、家族旅行もこれで最初で最後なのかもしれないのだから。

「ねぇママ、これ一本で海まで行けるの?」

駅弁の飯粒を頬につけながらひかりが尋ねる。

「そうよ」
「じゃあ今度はみんなだけで行けるね」

あいつの言う「みんな」とは俺たちではなく、秀弥や鴻人などの子供たちのことだ。そろそろ冒険もこの街の中だけでは飽き足らなくなってくる年頃だろう。

「そうねぇ、でも行くんだったら普通の電車にしてね。特急料金取られるから」

――いつか、これから俺たちと行くであろう海まであいつらだけで行く日がきっと来るだろう。そしてきっと、自分一人で来る日も。そのときあいつが思い浮かべるのは、俺たちと一緒だった遠い想い出なのだろうか。そして、そのときに見た水平線と今目の前の景色を重ね合わせるのだろうか。

車窓の遠くにかすかな海面のきらめきが覗く。新宿からの1時間弱の旅は間もなく終わろうとしていた。

れにゃんこさまから5000hitのキリリクとして
「家族孝行している撩」というお題を頂きました。
・・・と言いましても、ウチの撩パパは、お題や定点で何度も語ってるように
お子さまサービスは槇村家に外注するような家族孝行無精でして
(香ちゃんサービスは欠かしていないようですが;笑)
それでも一生にせめて一度はと、ロ○ンスカーに乗せてみました。
ひかりは小学生くらいですかね。

新宿と湘南といえば、湘南新宿ラインという路線名と
店主にとっての二大聖地という以外に接点は無いような気がしてましたが
そういえばオバQ、もとい某私鉄だと一本で行けちゃうんですよねぇ。
ということで、CHファミリーにとって一番近い海決定【笑】
イメージとしては、関東在住の方なら一度は見たことのある
本家本元のCM。タイトルもそのまんまですし。

ということでれにゃんこさま、こんなんでよろしいでしょうか?
これからもHard-Luck Cafeをどうぞご贔屓にm(_ _)m


City Hunter