You've got a friend


MG‐MGB、ブリティッシュ・ライトウェイトスポーツを代表するコンヴァーティブルだ。エンジンがどうの走りがどうのというのは本職のモータージャーナリストに任せるとして、特筆すべきはやはり英国車らしいクラシカルなデザインだろう。
1962年の発売当初の雰囲気を色濃く残すフォルムを、マイナーチェンジを重ねながらも80年の生産中止まで残し続けたというのは、ヤツの愛車ほどではないがさすがは伝統を重んじる国・イギリスといったところだ。また、ロングセラーだけあって台数も豊富でつまりリーズナブル、扱いやすさも相まって「ヴィンテージカーの入門車種」とも呼ばれる、というのはクルマ以上にヴィンテージな、教授の知り合いというやはりジイサンの、クラシックカー専門ディーラーの受け売りだ。

そのジイサンになぜかこの空色のMGBを押しつけられてしまったのだ、「あくまで試乗ってことで、気に入らんかったら返してくれたって構わんよ」と。
そう言われても、この手の車は2シーター、一方のオレはカズエと式を挙げてまだ1年経っていないのだ。今はまだ二人だけの甘い時間を楽しみたいが、いつかはファミリーを増やしたい、という夢もある。となるとライトウェイトスポーツは到底父親向きではない。だが、だからこそ今しか乗れないとも言える。次にチャンスが来るとしたら子供から手が離れた二十数年後、それまで生きていられると思えるほど今もオレの人生はイージーなものではなかった。

なので、あのold dadの言葉に甘えることにした。しばらく乗って、気に入ればカネを払って自分のものにすればいいし、そうじゃなければノシを付けて返せばいいだけのこと。なのに――MGBにはなかなか出番が回ってくることはなかった。
ここのところ毎日肌寒く、夏はどこへ行ってしまったんだという曇り空続き。
こんな天気ではコンヴァーティブルで海沿いをドライヴ、なんて言っても付いてきてくれるレディーはそうはいないだろう。さらに間の悪いことに、肝心のカズエは実験がちょうどヤマ場だということで家に居ついてもくれない。すっかりタカラのモチグサレだとCat'sで嘆いていたら――やはり幸運の女神というのはいる、むしろカノジョ自身が女神そのものなのかもしれない。だからこうして今、MGBの助手席に座っているのは――

「着いたよ、カオリ」
「えっ、ここが?」

「Right(そうだよ)、この景色をキミに見せたかったんだ」

海沿いの道路はクルマから降りてビーチへ出なくても一面のオーシャンヴュー。
といってもまだこの国に来て日の浅いオレ、ここはとあるお店の女の子に教えてもらったところだが、一年中誰を連れてきても決まって感嘆の声を上げる。
なのですっかりマイ定番スポットとなっていた。もちろんカズエも何度か連れては来ているが。そして、

「Just a minute(ちょっと待って)」

と、ここからは小細工。別に縦列駐車のテクを見せつけなくても、パーキングロットの線が引いてあるわけでもなければ、前後にぴったりクルマが停まっているわけでもない。ただ、助手席のヘッドレストを抱きかかえるようにして後ろを向きながらバックしていると、どうやらシートごと抱きかかえられているように感じるらしく距離がギュッと縮まるのだ。だが、助手席に手を伸ばそうとしてその手が止まってしまったのは、慣れない右ハンドル車だったからなのか、それとも――

「All right, here we are(さあ、ココだ)」

ミラーを手掛かりに少しだけバックしてから、サイドブレーキを引いた。そして、

「まさかキミが来てくれるとは思わなかったよ」
「ふふ、ちょっとね。撩のこと心配させてやろうと思って」

いつもの無邪気な笑みの陰に、カノジョらしからぬコケットリーがちらりと赤い舌を覗かせる。まるで淡い期待を抱かせるかのように。

「それに……ミックに相談したいことがあって」
「相談、ってリョウのことかい?」
「うん――あたし、パートナー失格なのかなぁって」

カオリの眼は窓の外の海も、ドライバーズシートのオレを見るでもなく真っ直ぐ前へと向けられていた。

「あたしはずっと撩に支えてもらってきた――アニキを失ってから、ずっと。
哀しいときも辛いときも撩に助けてもらったからこそ乗り越えられた。
だからそのお返しっていうんじゃないけど、あたしも撩の支えになりたいのに――
あいつ、あたしの前じゃ弱い素振りも見せてくれないのよね……
きっと、あたしなんかじゃ頼りにならないって思ってるのかな」

そうカオリは哀しそうな眼で笑う。そんなことはない、と言ってやりたかった。
カオリが撩にとって今までで最高のパートナーだということは、すぐ傍で二人を見てきたオレが一番よく判っている――アイツは変わった、もうオレの知っている“Dark-eyed reaper(暗い目の死神)”じゃない、ヤツを変えたのはカオリなんだと――
だが、同じ男としてリョウの立場もよく判っていた。何も言えないまま、静寂が車内を包む。聞こえるのはカーラジオの他には波の音だけ……

夏の終わりにチョウジリを合わせるかのように、ようやく顔を覗かせた陽の光がキラキラと波間に照り返す。その透き通った輝きよりも眩しく澄んだその目から、潮が満ちるように涙が溢れた。気がつけばオレはその事実に憤っていた――
リョウの馬鹿野郎、オレだったら、オレがカオリの恋人だったらこんな風には絶対にさせないのに――今すぐこの手でカノジョを抱きしめて、その涙を胸で拭ってやりたかった。
そのときラジオから静かに流れるピアノの音色は、そんなシチュエーションにぴったりなロマンティックなものというわけではなかった。

――君が落ち込んで、不安で、誰かの優しさが必要で
 でも何もかもうまくいかないとき
 目を閉じて 私を思い出して すぐに駆けつけるよ
 君の真っ暗な夜に光を灯しに

きっとそんなとき、カオリが助けを求めるのは間違いなくリョウなのだ。
そんなこと判りきっている。それでも包み込むような、穏やかなアルトがそっと涙にくれるカオリと、何もできずに黙り込むだけのオレに語りかけるように歌う。

――冬でも、春でも、夏でも、秋でも
 名前を呼ぶだけでいい
 すぐに駆けつけるよ 君の友達だから

でも、オトコとオンナってのは得てして相手にその人以上のものを求めてしまう。
そして、ときに傷つけてしまう。リョウがカオリにしたように――オレだって、もしカオリの恋人になれたとしても、同じようにカノジョを傷つけてしまうかもしれない。
けれども、友達っていうのは相手のありのままの姿を見られるものだ。
だから、恋人にはできないことだってできるときもある。今みたいに――
ポケットからハンカチを取り出すと、そっとナビゲーターズシートの香に手渡した。云わばジェントルマンの得物、アイロンをかけて常備しているのは当然のこと。

「そんなことはないよ。キミほどリョウに相応しいパートナーはいないさ」
「ミック――」
「アイツの元相棒のオレが言うんだ、間違いない。
オレなんかただリョウと毎晩飲み歩いては
オンナの取り合いしてただけなんだから、
キミと比べたらよっぽどbad partner だろ?」

ようやくカオリがくすりと笑った。

「それに――オトコってのは弱みを見せたがらないイキモノなんだよ、
まして惚れたオンナにはね。その辺のトコロは判ってほしいし……
だいたいカオリだって」
「えっ?」
「リョウの強がりの仮面の下の素顔が見たいなら、キミも素直にならないと。
正直に今の気持ちを伝えてみればいいんじゃないかい、
オレに言ってくれたみたいに」

もちろんこの二人はただの男と女じゃない。お互いがお互いのために存在する別れた半身。だからきっと、ありふれた男女のトラブルなど簡単に乗り越えられるはず――

「Ain't good to know you've got a friend
(友達がいるって素敵なことよね)」

そうカオリがラジオに合わせて口ずさむ。

「知ってるのかい、この歌」
「ええ、キャロル・キングでしょ? アニキのレコードの中にあったから」

確かオレとあまり齢が変わらないはずだ。となると海を挟んでちょうど同じ頃、同じ歌を聴いていたのかもしれない。そしてもしかしたらカオリも。そして、

「ありがとう、ミック。あなたが友達で本当に良かった」

そう笑みを浮かべるカオリは、いつものカノジョだった。いや、それはオレの台詞さ。オレがカオリの友達で、タダの友達で本当に良かった。たとえ抱きしめて涙を拭うことができなくても、オレだけがカノジョにしてあげられることがあるのだから。
でもこれでイッケンラクチャクというわけじゃない。今度はリョウの隣で今と同じ素直な笑顔を見せることができたら――

《お送りしたのはトーキョー・シンジュクのMr. 『スタリオン』からのリクエスト――》

ラジオから流れるDJの言葉に耳を疑った。幸い、家でもクルマでもかけているのはFEN――米軍の英語ラジオなので、カオリは気づいていないようだが……

――すべてはリョウの手のひらの上ってことか。

さすがにカオリは今日の行先も同行者も言っていないだろうけど、目と鼻の先の向かいなら動向はヤツには判るはず。そしてカオリが最近塞ぎ込んでいるのも、カウンセラーに選ばれたのがオレだということも。ついでに「余計な手出しはするな」とクギも刺して。

それからしばらく経って、夏が終わると同時にMGBはディーラーのジイサンの元に返した。そして本格的に肌寒くなり街往く人も長袖ばかりになった頃、リョウとカオリが街を歩いている様子を目にすることがあった。
仲睦まじげに肩を寄せ合って、傍らにいるリョウにカノジョが見せたのは、あの海辺で目にした屈託のない、オレが一番大好きなカオリの笑顔だった。



featuring TUBE『ともだち』(2005“TUBE”収録)
    & Carole King『You've got a friend
TUBEの方は、一発で「この歌はミックだ」と【笑】
というわけで何年も温め続けていたネタです。
片想いな三角関係の歌なので、ある意味で「恋>友情」なんですが
キャロル・キングの方は友達バンザイ、友情100%w
店主は「友達より恋人の方がエライ」とか言いたくない派なので
コラボでうまいことバランスがとれた……んでしょうか【苦笑】
やっぱり店主の中でミックはこういう立ち位置です。


City Hunter