Life Must Go On


突然の話だけど、あたしは甘いものが好きだ。それはいい齢した女の子(って何歳くらいまでなんだろう?)としてはむしろ当たり前のことだろう。ただそれを、いくら好きだからといっても思う存分食べてしまわないだけの分別はあるつもりだ。病気の素、デブの素、そして何よりそれだけのお金がない、というのは情けない話。

だから、高級ホテルのティールーム、ケーキ食べ放題というのはあたしにとって一番の贅沢だったりする。もちろんそれなりにお高いが、こう見えて元を取れるだけの胃袋は持っているつもりだ(ま、あいつには負けるけど)。お上品な、少々甘さ控えめなデザートはあたしみたいな安っぽい味で育った庶民には最初は物足りなさを感じるけれど、ノッてくればだからこそいくらでも食べられるというもの。チョコもチーズもティラミスも、あれもこれも食べたくなってしまうのだから。

「うーん、でも王道はやっぱりいちごショートよねぇ♪ 
生クリームとの相性もサイコー!」

と舌鼓を打っていること自体、年に1回か2回程度だけど、決しておかしいことではない。でも、

「あーいーなぁ。じゃあわたしも次それ取ってこよっ」

そう相槌を打っているのが、教授のアシスタントをしているかずえさんだというのは今までにない光景だった。もちろん撩がケガをしたり、そうでなくても保険証はおろか戸籍すら無いあいつが病院にかかるようなことがあるとすれば、まず教授のお世話にならなければならない。そのたびに彼女とも顔を合わすから知らない間柄ではない。でも、そこ以外で逢うということは今まであっただろうか。

それに今日の彼女の服装は、普段の白衣とうってかわってシンプルな黒のワンピース――喪服、といっても不自然さのないようなもの。だから余計に目が慣れてくれない。

「んーっ、でもこのムースもおいしーっ♪」

と思わずにやける彼女に「喪服」という連想もそぐわないのだけど。

そもそもこんな異色の組み合わせが実現したのは、駅で声をかけられたからだ。
あたしはというと毎度の伝言板チェック。昨年末に唯香ちゃんのガードである程度まとまった額の報酬は貰えたものの、その後は大した依頼も来ていなかった。そろそろ“貯金”も尽きてくることだし……と営業活動に気を引き締めた矢先のことだった。
用事の帰りだったんだけど、よかったら一緒にケーキバイキングに行かない?
前に割引券を貰ったのもあるし、と。さらにこうも言われてしまったのだ、
「そういえばそろそろ香さん、誕生日だから、その前祝いに」って。
昨年の今頃も、久々に逢った旧友にそんなことを言われてとんでもない目に遭ったけれど、どうやら今年はそれほど突拍子もないことにはならないようだ。

「ねぇ、香さん」

目の前にある皿の上をお互い片づけてしまい、さぁ次のケーキと勇んで立ち上がろうと思ったタイミングだった。

「わたしたち、周りからどう見えるかしら」
「どうって――さぁ、普通の友達同士、ってとこかな」
「そうね……例えば、あそこと同じみたいに?」

とかずえさんが視線で示したのは、あたしたちと同年代の女性2人組のテーブル。休日だからOLか、もしかしたら若奥様かもしれない。こういう場では一番珍しくない客、ただおしゃべりに夢中になっているようで目の前のケーキにほとんど手がつけられていないさまはあたしたちとは好対照だった。

「――かずえさん?」

立ち上がろうと移した重心を、再び椅子の座り心地のいい座面へと戻した。

「実はね、あのときたまたま通りがかったわけじゃなかったのよ。
あの時間帯ならここに来るかなって思ったの」

「じゃあ、待ち伏せてたってこと?」
「まぁ、そうなるかしら。こういうことって判ってくれるの、
香さんしか思い浮かばなかったから」

何のことかは判らないけど、そこまで頼られたら居住まいを正さずにはいられなかった。

「――今日ね、大学でお世話になっていた先生のお線香をあげに行ったのよ。
といっても、あれから当時の仲間との付き合いはほとんど無くなってたから
訃報を聞いたのも亡くなってから随分してからで、
そのタイミングで行くのもなんだからって、一周忌が終わったあたりで行ったのよ」

ああ、だからその格好――とやっと腑に落ちた。

「それで、先生の奥様と話をしてきたの。昔からおしどり夫婦で有名だったから
1年経ってもまだ気落ちしている様子だったんだけど――」

と、その少し前から徐々に声のトーンが変わっていっていた。淋しさではない何ものかが込み上げてくるかのような――

「その奥様に『名取さんはあれからもう5年も経つけど、若いんだしそろそろ
良い人探しても罰は当たらないと思うわよ』なんて言われたものだから――」

そこまで言って、続きの言葉は敢えて飲み込んだようだが、それを代わりに叫ぶとするなら、

「大きなお世話だっつーの!
もうとっくに良い人見つけて
そして振られましたが、何か!?」

だろう。言葉遣いが普段の彼女らしからぬけど、それくらいの語調で言ってもいいくらいだ。だがかずえさんは重い沈黙の後、ふっと背筋から力が抜けてしまった。

「ねぇ香さん、わたしたちってずっと、今ここにいない人のことを想って
泣き暮らして生きていかなきゃならないの?」

わたし“たち”――家族と、これから家族になるはずだった人という違いはあるが、あたしもかずえさんも共に、大切な人を喪った者同士だ。
彼女が老未亡人の言葉に感じた憤りも嫌というほどよく判る。
もっとも、冴子さんの方があたし以上に立場は近いだろうけど、かずえさんとは直接の接点はないし、しかも年度末、警察官のみならず公務員にとっては事件が無くても忙しい時期でもあるのだが、それはともかく。
あたしは再び、さっきの女性客の方を見遣った。能天気という言葉一歩手前の明るく、楽しげで――幸福そうな。それはあたしたちに求められているものとは対極のように感じられた。

「だけど、そういうわけにもいかないのよね。
いくら泣いても――ううん、泣いて泣いて、泣き疲れればこそ
眠くもなるしおなかだって空く。
でも、食べるためには働かなきゃならない。
それ以外にも、掃除や洗濯、ゴミ出しだって
いくら胸が張り裂けるほど哀しくたってやらなきゃ大変なことになるもの」

それに、わたしの場合は他にやらなきゃならないこともあったしね、とさらりと言う。その「やらなきゃいけないこと」が亡き婚約者の復讐だったとは微塵も感じさせずに。

「きっと、それが『生きてる』ってことなんだろうなぁ」

かずえさんの言葉に抱いた感慨が、考えも無くするりと口をついた。

「そう……かもしれないわね」
「でも、生きてれば辛いことだってあるけど、思わず喜ばずには
いられないことだってある、どんなに哀しみで感度が鈍くなった心でも――
それに、どうしたって怒りたくなることも」

「そうそう。そういうときは飲んで騒いで、それかこうして美味しいものでも食べて
憂さを晴らさなきゃやってらんないけど――そういうのって、傍から見れば
不謹慎なのかもしれないわね、“遺族”にとっては」

でも、それだって人間の感情として当然のことだ。そう思えば、さっきの2人組の笑顔もまた違うように見えてくる。

「それって、人を生きながらに『死人』にしているようなもんじゃない」
「というか『尼さん』ね。この世の喜び総てを捨てて
死者の菩提を弔って生きるような」

そうかずえさんが補う。そして、

「でも、身内に不幸があったりすると、寄ってたかって人を
“出家”させちゃう人たちっているものね。『可哀そう』って腫物扱いして
でもそういう眼でしか人を見なくて――その点、冴羽さんは違ったわ……」

と、ふと視線を遠くに向けた。そのとおり、“尼さん”を口説くような男がいるだろうか。でもそれは、とりもなおさず撩が彼女のことをそうやって特別扱いせず、一人の女性として見ていた証拠。だからかずえさんは哀しみの淵から一歩を踏み出すことができたし、その結果、今こうして笑顔を浮かべていられる。じゃあ、あたしは――

もちろん撩はあたしを口説いてくれなかった。それどころかさんざん「弟」だの「男女」だの、まぁたった一人の最愛の兄を亡くしたばかりのか弱い女の子に向かってひどい口のききよう【怒】 でも、それがあいつの優しさだったんだと今にして思える。もしそんな腫物扱いをされていたら、あたしはいつまで経っても立ち直れなかっただろうから。

「じゃあお互い、撩に救われた者同士ってことでもあるわね」

そう乾杯のグラスのように、お互いティーカップを軽く掲げた。

「でも香さんはこれからも救ってもらえるじゃない。
わたしは他に当てを探さなきゃ」

と言うかずえさんの表情は晴れやかで、

「あ、探してるんだ」
「もちろんよ、まだまだ幸せ諦めたわけじゃないもの。
それでね、やけくそついでに占い師に見てもらったらね……うふふ♪」

「えー、もったいぶらないで教えてよー」
「ふふ♪ そろそろ運命の人に出逢えるって〜!!」

そうはしゃぐ彼女が5年前、婚約者を亡くしたなんて誰が想像できるだろうか。
そして一緒になってはしゃぐあたしも、6年前に兄を喪ったとは。
それは嘆かわしい光景かもしれない。でも泣き暮らしてばかりもいられない。
前を向いて、一歩を踏み出していかなければならない。
それは日常の些細なことに追いまくられるだけの毎日かもしれないし、もしかしたらその向こうに新しい出逢いがあるかもしれない、かつて哀しい別れがあったように。
その場に踏みとどまって、過去ばかり見つめて、失ったものだけを思って生きていくわけにはいかないのだ。あたしたちは、生きているのだから。
そして生き続けなければならないのだから、この生が続くかぎり。



撩のBDで5年前の自分自身のことをネタにしましたが
その3月で忘れてはいけないのが、東日本大震災。
今年は節目というのもあって「風化させてはいけない」という声が
あちこちで聞かれましたが、個人的極小的大災害経験者として
その言葉にふと違和感が。
風化、と一口に言っても「良い風化」と「悪い風化」があるんじゃないかと。
それはもちろん復興が早く進み、被災者の方たちが元の暮らしを
取り戻せてからなのですが、「被災者」や「遺族」という一括りではなく
また彼らが“一人の人間”として生きられますように。
そんな祈りを込めまして

Happy Birthday KAORI!

たぶん最もそれにふさわしい誕生日の持ち主は彼女でしょうから……


City Hunter