Life Must Go On |
|
突然の話だけど、あたしは甘いものが好きだ。それはいい齢した女の子(って何歳くらいまでなんだろう?)としてはむしろ当たり前のことだろう。ただそれを、いくら好きだからといっても思う存分食べてしまわないだけの分別はあるつもりだ。病気の素、デブの素、そして何よりそれだけのお金がない、というのは情けない話。 だから、高級ホテルのティールーム、ケーキ食べ放題というのはあたしにとって一番の贅沢だったりする。もちろんそれなりにお高いが、こう見えて元を取れるだけの胃袋は持っているつもりだ(ま、あいつには負けるけど)。お上品な、少々甘さ控えめなデザートはあたしみたいな安っぽい味で育った庶民には最初は物足りなさを感じるけれど、ノッてくればだからこそいくらでも食べられるというもの。チョコもチーズもティラミスも、あれもこれも食べたくなってしまうのだから。 「うーん、でも王道はやっぱりいちごショートよねぇ♪ と舌鼓を打っていること自体、年に1回か2回程度だけど、決しておかしいことではない。でも、 「あーいーなぁ。じゃあわたしも次それ取ってこよっ」 そう相槌を打っているのが、教授のアシスタントをしているかずえさんだというのは今までにない光景だった。もちろん撩がケガをしたり、そうでなくても保険証はおろか戸籍すら無いあいつが病院にかかるようなことがあるとすれば、まず教授のお世話にならなければならない。そのたびに彼女とも顔を合わすから知らない間柄ではない。でも、そこ以外で逢うということは今まであっただろうか。 それに今日の彼女の服装は、普段の白衣とうってかわってシンプルな黒のワンピース――喪服、といっても不自然さのないようなもの。だから余計に目が慣れてくれない。 「んーっ、でもこのムースもおいしーっ♪」 と思わずにやける彼女に「喪服」という連想もそぐわないのだけど。 そもそもこんな異色の組み合わせが実現したのは、駅で声をかけられたからだ。 「ねぇ、香さん」 目の前にある皿の上をお互い片づけてしまい、さぁ次のケーキと勇んで立ち上がろうと思ったタイミングだった。 「わたしたち、周りからどう見えるかしら」 とかずえさんが視線で示したのは、あたしたちと同年代の女性2人組のテーブル。休日だからOLか、もしかしたら若奥様かもしれない。こういう場では一番珍しくない客、ただおしゃべりに夢中になっているようで目の前のケーキにほとんど手がつけられていないさまはあたしたちとは好対照だった。 「――かずえさん?」 立ち上がろうと移した重心を、再び椅子の座り心地のいい座面へと戻した。 「実はね、あのときたまたま通りがかったわけじゃなかったのよ。 何のことかは判らないけど、そこまで頼られたら居住まいを正さずにはいられなかった。 「――今日ね、大学でお世話になっていた先生のお線香をあげに行ったのよ。 ああ、だからその格好――とやっと腑に落ちた。 「それで、先生の奥様と話をしてきたの。昔からおしどり夫婦で有名だったから と、その少し前から徐々に声のトーンが変わっていっていた。淋しさではない何ものかが込み上げてくるかのような―― 「その奥様に『名取さんはあれからもう5年も経つけど、若いんだしそろそろ そこまで言って、続きの言葉は敢えて飲み込んだようだが、それを代わりに叫ぶとするなら、 「大きなお世話だっつーの! だろう。言葉遣いが普段の彼女らしからぬけど、それくらいの語調で言ってもいいくらいだ。だがかずえさんは重い沈黙の後、ふっと背筋から力が抜けてしまった。 「ねぇ香さん、わたしたちってずっと、今ここにいない人のことを想って わたし“たち”――家族と、これから家族になるはずだった人という違いはあるが、あたしもかずえさんも共に、大切な人を喪った者同士だ。 「だけど、そういうわけにもいかないのよね。 それに、わたしの場合は他にやらなきゃならないこともあったしね、とさらりと言う。その「やらなきゃいけないこと」が亡き婚約者の復讐だったとは微塵も感じさせずに。 「きっと、それが『生きてる』ってことなんだろうなぁ」 かずえさんの言葉に抱いた感慨が、考えも無くするりと口をついた。 「そう……かもしれないわね」 でも、それだって人間の感情として当然のことだ。そう思えば、さっきの2人組の笑顔もまた違うように見えてくる。 「それって、人を生きながらに『死人』にしているようなもんじゃない」 そうかずえさんが補う。そして、 「でも、身内に不幸があったりすると、寄ってたかって人を と、ふと視線を遠くに向けた。そのとおり、“尼さん”を口説くような男がいるだろうか。でもそれは、とりもなおさず撩が彼女のことをそうやって特別扱いせず、一人の女性として見ていた証拠。だからかずえさんは哀しみの淵から一歩を踏み出すことができたし、その結果、今こうして笑顔を浮かべていられる。じゃあ、あたしは―― もちろん撩はあたしを口説いてくれなかった。それどころかさんざん「弟」だの「男女」だの、まぁたった一人の最愛の兄を亡くしたばかりのか弱い女の子に向かってひどい口のききよう【怒】 でも、それがあいつの優しさだったんだと今にして思える。もしそんな腫物扱いをされていたら、あたしはいつまで経っても立ち直れなかっただろうから。 「じゃあお互い、撩に救われた者同士ってことでもあるわね」 そう乾杯のグラスのように、お互いティーカップを軽く掲げた。 「でも香さんはこれからも救ってもらえるじゃない。 と言うかずえさんの表情は晴れやかで、 「あ、探してるんだ」 そうはしゃぐ彼女が5年前、婚約者を亡くしたなんて誰が想像できるだろうか。 撩のBDで5年前の自分自身のことをネタにしましたが Happy Birthday KAORI! たぶん最もそれにふさわしい誕生日の持ち主は彼女でしょうから……
|