I'm Dreaming of a White...


また今年も新宿の夜がネオンのみならずイルミネーションに彩られる季節がやって来た。あのけばけばしさとは対照的な優しく淡い光を見上げる人々の表情は、老いも若きもカップルも一人ものもどことなく幸福そうで、そう思えるのも俺もまた、半分に分ければ「幸福」の部類に入るからかもしれない。

この時期には珍しく冴羽商事の財政状況は小春日和で、今年は「こんなんで年が越せると思ってんの!?」との香のお説教を喰らわないですむというだけで顔がほころんでしまう。そんなわけで食い扶持を求めて汲々とする必要もなく、

「今日も依頼は無かったし、これで年末年始は家でゆっくりできそうだな」

だが、返事はかえってこなかった。隣にいるはずの赤毛ごといなくなっていた。
もうすでにとっぷりと日は落ち、家路へと、あるいは忘年会へと急ぐ人波の中、香の姿を懸命に探す。その様子はほのぼのとしたクリスマス前の街の光景から一人浮いていたことだろう。
そのトナカイの鼻のようによく目立つはずの赤い髪は、デパートのショーウィンドウの前にぽつんと佇んでいた。

「んなとこにいたのかよ」
「あっ、撩」

俺の姿をガラスの反射で見つけただけで、その奥から目を離そうとしなかった。
そして、

「ねぇ、これって全部おとぎ話なのかなぁ」

と誰に聞かせるでもなくぽつりとつぶやいた。そこにあったのは、トナカイに引かせたサンタクロースの空飛ぶ橇と、その下には東京と思しき、赤いタワーのある都会の模型、それは真っ白な雪景色に覆われていた――


数日前のことだ。Cat'sであいつはつけっぱなしになっていたテレビをやけに気にしていた。そこに映し出されていたのは今後1週間の天気予報。香の心配は洗濯日和が続くかどうかではなくて、

「あーあ、今年もホワイトクリスマスはムリか……」

ブラウン管にはお日様マークがずらりと並んでいた。もちろん24,25日も。

「東京はこのとおりカラカラ天気だもんねぇ」

カウンターの向こうでカップを磨きながら美人ママが答える。

「わたしの地元じゃこの時期もう雪景色だったなぁ」
「えーっ、かずえさんうらやましいなー」
「といっても23日も26日もだからあんまりホワイトクリスマスって意識無かったけど」

そう常連同士がたわいない会話を交わす中、

「降るわけないだろ、12月に東京で雪なんて」

それは、常識的な事実を述べたつもりだ。

「統計じゃ30年近くこの日に雪が積もったことはないんだとさ。
あってもせいぜいパラパラとちらつく程度だな。
だいたい、初雪だって毎年大抵年明けだろ?」
「そりゃあ……そうだけど――」
「それに、ホワイトクリスマスったってなるのは
世界の中で限られた地域だけだぞ。
南半球なんて真夏だし、だいたいエルサレムに雪が降ると思うか?」

キリスト降誕の舞台はその近郊のベツレヘムなのだが、その辺は誤差のうち。
まぁ、それはともかく同じ12月25日といっても世界の気候は千差万別だ。
ニューヨークでは雪の聖夜に巡り合ったこともあったが、熱帯のジャングルではそれがまるで別世界の話のようであった、いろんな意味で。LAだってホワイトクリスマスは夢に見るものに過ぎなかった。

「んなもん、おとぎ話の中だけの話だぞ」
「――いいじゃない、おとぎ話だって。せっかくのクリスマスなんだから」

香の口から漏れ出たのは、まるで押し殺したかのような声だった。

「あっ、もうこんな時間。タイムサービスが始まっちゃう!」

そういつもの口調に戻ると、やけに慌ただしく小銭をカウンター上に置いて店を飛び出していった。

「――冴羽さん」

香の気配が店から消えると、美樹は改まって俺に向き直った。

「あなたの言ってることは確かに正論だわ。
でも同時にそれが香さんを追い詰めていたのが判る?」
「判ってないのはあいつの方だよ。ありゃサンタの存在を
いまだに信じてるのと同じだろ」
「あたしだって子供の頃から憧れてたわ、ホワイトクリスマス」

もちろん彼女は俺と同じ中米育ち、雪なんて物心ついて以来見たことが無くなっておかしくはない環境だった。そんな少女にすらその光景への夢を抱かせるというのは、

「画一化ってやつか」

クリスマスなんてのは世界各地でいろんな形があって当然のはずだ。
なのにそれを「雪のクリスマス」というある地域によっては夢物語としか思えない光景を「理想」としてまき散らすのは横暴以外の何物でもない。
サンタクロースの服ですらかつては赤と白だけではなかったというのに――などと考えるのは、未だに反帝国主義的な思想から抜け出せていないということなのか。

「それに、あなたたち二人の方がよっぽどおとぎ話だわ」
「よせよ、美樹ちゃん」
「そうよねぇ、『心を閉ざし裏の世界に生きる男が
一人の純粋な少女との出逢いによって
人生を生き直そうとする』なんて、まるでハリウッドムービーだもの」
「かずえくんまで……」
「そうそう、映画ってのは大人のおとぎ話だから……」


そんなわけで、クリスマス当日はあいつがテーブルいっぱいに用意したご馳走もケーキも、無理やりバスケットに詰めてクーパーに放り込んだ。香も一緒に。

「どこに行くのよ」
「着けば判るさ」

こんなサプライズドライブは今に始まったことではない。ラジオからはひっきりなしにキャロルが流れる中、日も暮れた山道を車が入れるぎりぎりのところまで進める。エンジンを止め、ルーフのキャンバストップに手を伸ばした。

「うわぁーっ!!」

二人の頭上、面取りされた四角形に切り取られた真上には、真っ暗な夜の闇を背景に一面に星が散りばめられていた。
この時期に雪が降るのは世界中でごく限られたところだけだ。だが星の光は南極圏を除けばいたるところに降り注ぐ。もちろん新宿にも、ただ街の灯りで掻き消されているだけで。

「――ここまで星だらけだと、遠近感が狂ってきそう。なんだか……」
「なんだか?」

運転席、助手席ともリクライニングをいっぱいに倒す。ブランケットを肩から羽織った香の横顔はただただ真っ直ぐに夜空を見上げていた。

「――星が降ってきそうで」
「雪雲なんてせいぜい上空3000mくらいのもんだぜ。でもこの光は何百、何千光年って高さから降ってきてるんだ」

外で見るよりは多少は暖かいものの、ルーフ全開で暖房もつけられなければけっこう冷える。後部座席の魔法瓶に手を伸ばし、蓋のカップを助手席に手渡した。
中身はスパイス入りのホットワイン。これがなかなか温まるもので、香の吐く息が暖かそうな湯気になる。
ほっと白い一息をつくと、あいつの視線は再び星空に吸い込まれていった。
その瞳もまたまるで2つの星のように煌めく。もう20代半ばの、いい齢をした大人のはずが――決して今夜ばかりではないが――その表情はサンタクロースを信じ、ホワイトクリスマスを夢見る無邪気な子供のようで。
でもその純粋さに惹きつけられてしまう、そして、自分もまるで少年の頃に戻ったような気持ちにさせてくれる。それは人生どん底の、実際の自分の15,6歳の頃ではなく、そのときにもし香と同じ世界にいたなら――なんて、ありえない“if”すら叶えてくれるような気がして。

むしろこれは「おとぎ話」というより「奇跡」なのかもしれない、俺たちの出逢いは。
香と巡り逢えたことで、俺はこうして人生の階段を一つずつ登り直しているようなものだから、初恋のときめきから。
なら、こんな子供じみたことを言ったとしてもあいつは嘲わないはずだ。

「なぁ香。せっかくのクリスマスだから、あの星をプレゼントしてやろうか」
「えっ!? そんなこと――」

できるの?という香の前で、右手を思いきり、ルーフからるほど真っ直ぐに伸ばした。そしてひときわ輝く一等星を手のひらで隠すと、その手を大げさにぎゅっと握りしめる。そのまま、さも大切なものが入っているかのようにそっと引き寄せ、左手を添えて香の前に差し出した。

「ほらっ」

わっ、と今度はあいつの表情全体が輝いた。手のひらの中には星の光を反射して瞬くプチネックレス。といっても小さな石は模造ダイヤだが。

「おまぁだってこれくらい持ってたっていい齢だろ」

なんて憎まれ口を叩きながら、両手を後ろに伸ばし留め金を掛けてやる。
黒のタートルネックの真ん中で、1カラットにも満たないジルコニアは眩い輝きを放っていた。まるで闇夜を照らすベツレヘムの星のように。

「あっ、でも撩、あたし――ごめん、プレゼント家に置きっぱなしで」
「かまわないさ、帰ったら有難く頂戴するよ」

レザーの手袋、という情報はすでに俺の耳に入っている。もちろん香が選んで贈ってくれるものは何だって楽しみだが。

「じゃあその前に、ここでパーティーといこうぜ。せっかくここまで持ってきたんだしな」
とバスケットを後部座席の足元から引っ張り出した。

「あ、ブッシュドノエル潰れてないかな。けっこうカーブで揺れたし」

そう振り向こうとした香が再び夜空を見上げた。その視線の先には、星々の間を横切る光の筋。その最後の煌めきを辛うじて目にすることができた。流れ星なんてのは案外、単体だったらそれほど珍しいものでもないが、

「サンタの橇、かもな」
「撩、あんたがそれ言う?」

ああ、自分が一番よく判ってるさ、そんな柄じゃないって。ワインの酔いだってそれほど回っているわけでもないし。でも、せっかくのクリスマスだ。こんな夜ならおとぎ話みたいなことも信じられそうな気がした。


featuring TUBE『Love In White』(2015『灯台』c/w)

CHでもそうでしたが、ずっとホワイトクリスマスの演出に
疑念を抱いていました、関東在住30年超としては。
だからといってカオリンを連れて行く先が
雪景色の中ってのは野暮ってもんでしょう【笑】
なにもクリスマスに雪が降ることだけが正義じゃないですからね
場所によって、人によって過ごし方はそれぞれ
決してあるべき姿というのは一つではないですから。

というわけで、クリぼっちの方もそうでない方も
パーティーの方もお仕事の方も、みんなまとめて

Merry Christmas!!


City Hunter