袖振り合うも他生の縁 |
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「これなんかどうでしょう?」
こうやって言葉巧みに店員さんから勧められるとNoと言えないあたし。 「うーん……」 服を買いに来るとこうして捕まってべた褒め攻撃にさらされてしまうので、普段は声をかけられたら曖昧な笑顔で逃げるようにしている。そうして自分自身のセンスだけで選ぶようにはしているのだが、ここではそうはいかない。 「色目も槇村さんの肌とよく合ってますよー」 それでも、自分の中でピンと来ないもの、もっとはっきり言ってしまえば「ときめかない」ものは、たとえそれがどんなにお手頃であっても買わないようにしている。妥協して買えばタンスの肥やしになってしまい、着ないので傷まないから余計に捨てられない、という悪循環に陥るだけだ。でも敵もさる者ひっかく者、感性で攻められないのならば理性の方から攻めてかかる。やれ手持ちのアイテムともよく合いますよ、やれいつもだったらこんな値段じゃ買えませんよと。 「ねぇ、りょお」 敵の手に陥ちそうになったら、呼ぶ名前はただ一つ。もっとも、普段ならドンパチはお手のものだが女同士のこういう駆け引きは尻尾を巻いて逃げてしまうやつなのに、今日だけは、 「まぁ合ってるかもしれねぇが、その色じゃ さっきからずっとあたしを見てくれているのだ。真っ直ぐに、ちゃんと。 今日出かけようと言ったのは撩の方からだった。もちろんあいつが言い出すときはいつも突然で行先は教えてくれない。あたしは黙ってクーパーの助手席に収まるだけだ。でも今回に限っては、出かけるということだけは前日に行っておいてくれたのだ。ただし条件付きで、「着物着てこいよ」と。 着物で出かける際にはその前日から一式を引っ張り出したりコーディネートを考えたり、いろいろすることがあるから当日言われたら確実に2,3時間は出発待ちだ。その辺はあいつもよーく判っているということか。ましてこの時期では気温の違いで身に付けるものも変わってきてしまう。 「なんだかペアルックみたいね」 と、この手の見せびらかす行為は毛嫌いしているはずのやつも、あたしのこれを見てマフラーを外そうとはしない。 「だって寒ぃじゃん」 と、ジャケットの下はすでに半袖のくせに。その撩が連れて行ってくれたのが、 「いらっしゃいませー、槇村さんお久しぶりー!」 あたしがこの着物一式を買った呉服屋さんだった。この時期は商品の差はあれどのお店も「決算セール」と銘打って値引きをしているものだから、それを目当てにお客もどっと押し寄せてくる。そういえば、ついこの間ここのセールのはがきも届いてたっけ。ということは、それを撩も目にした可能性もあるということだ。 「わぁ、やっぱりその帯と着物、よく似合ってますねー」 服を褒められると「その中身が褒めようがないからだ」だと機嫌を損ねる人もいるようだが、あたしはそうじゃない。服を褒めてるってことはそれを選んだ自分の感性を評価してもらっているということ、つまり外見でなく中身を褒めてもらっているということなので、そう言われると得意になってしまう。 それに、あたしの担当についてもらっている中野さんは趣味が近いので、勧めてもらう品に大外れが無いのだ。このセンスの相性というのが結構大きくて、これが合わないと安心して着物選びを任せられなくなってしまう。でもこの点なら彼女のセンスを信じることができる、たとえ高い買い物であっても。 「で、今日はどんなものをお探しですか? 撩の手前、あまり豪勢にもできないとは思っていた。だが、 「そういやおまぁ、羽織欲しいって言ってなかったか?」 言いにくかったことを代わりにはっきり言ってくれた。そう、最近のようなコートだと少し重い時期に羽織ならいい防寒になるし、一枚上に着ているだけで汚れも気にしなくて済む(もちろん羽織も着物と同じ生地なのだけど)。それに、着物とのコーディネイトもいろいろ楽しめるというもの。 「彼ってもしかして、槇村さんの彼氏?」 中野さんが不意にあたしの耳元で囁く。 「え、まぁ……」 あいつとの続柄を説明するのは未だに厄介なところはあるのだけど、それはまあそれとして。 「じゃあ、槇村さんに見せようと思ってたのがあったので、すぐ取ってきますね!」 と、着物姿とは思えぬ機敏な動作で彼女はバックヤードから畳紙ほどの箱をいくつか担いできた。どうやらすでにお仕立て上がりらしい。 「へぇ、いろいろあるんだ」 と言って次々と取り出されたのは、着物と見紛うばかりの艶やかなものばかりだった。 「これとか今着てるものに合うと思うんですけど」 と勧められたのが、鶸色、というのだろうか、少しくすんだ黄色に絣っぽく格子模様の入った羽織だった。うん、確かに着物の臙脂色との組み合わせは悪くない。しかし、 「地味だな」 言い切ったのは撩。あたしも同じ意見だった。 「同じような色のもあるんですけど、合わせてみます?」 そう言って着せ替えられたのは、やはり臙脂に大きく梅の五弁の花が一面に散らされたもの。 「柄は違いますけど、アンサンブルっぽく着られると思いますよ。 でも――確かにこういう大胆な柄はあたし好みだ。しかし、 「これって、この時期しか着られませんよね」 着物なんて着たとしてもせいぜい月に1回がやっと。となるとのこの羽織はおそらく年に1回しか袖を通さなくなる。それをタンスの肥やしと呼ばずに何と呼ぶ。でも色目は好きだったので、 「すいません、この色で通年着られそうなのってあります?」 持ってきた大荷物をあれこれとひっくり返す中野さん。見かねてあたしも手伝おうとしたら、 「いいです!槇村さんは座っててください!」 と止められてしまった。ようやく掘り出した一枚は、同じような小豆色の地に、銀鼠色でランダムに太縞が入っていた。よく見ると、小豆色のところにもやはり銀鼠で細かいストライプが走っている。確かにさっきのに比べると少々、というかかなり地味だ。 「じゃあ、これにしますか?」 もちろん、お値段は気にしなければならないけれど、その話に行こうと思ったとき、 「いや、せっかくだからもう少し見せてもらおうぜ。 と、明らかに余所行きの微笑を浮かべてそう言ったのは撩だった。もちろんその笑顔が向けられた先はあたしではなく中野さんである。おかげで中野さん、なんだか嬉しそうに張り切ってるよ。 「じゃあこれなんか――」 と言って勧められたのは、紫に常盤緑に鬱金色というとんでもない取り合わせのもの。というか中野さん、ちょっと張り切りすぎ【苦笑】 「これとかいかがですか?」 それは、柔らかな桜色の地柄にところどころボーダー状に臙脂の絞り模様の入ったもの。鏡を見た瞬間、何かが走り抜けていった。それこそが「ときめき」であり、撩に言わせれば「心が震えた」というのだろうか、少々気障だけど。 ああ、でもさっきの臙脂の羽織も捨てがたい。こっちが未知の世界へ一歩を踏み出す冒険だとしたらあっちは堅実志向。それなりの値段はしても着回して確実に元は取れるはずだ。けれどもこっちは見た瞬間から欲しくて欲しくてたまらない自分がいる。ああ、どうしよう! 「せっかくだから、どっちも買っちまえよ」 ホワイトデー、ほわいとでー…… 「わーん、リョオありがとー! 大好きーっ!」 と着崩れもおかまいなしに飛びついてしまった。今にして思えばどれだけ嬉しかったんだ自分、と思う。おそらくそのときのあたしにとって一番大切なのはこの2枚の羽織であって、そっを両方とも買ってくれる太っ腹なら、たとえミックであろうと赤の他人であろうと同じように抱きついたに違いないのだから。 「せっかくだから、どっちか着て帰ります?」 そう、仕立て上がりだとこれができるのだ。ちょうど羽織日和という陽気、着ていけば荷物が減るというメリットもある。でも、あたしはまたもどちらか決めきれなかった。 キモノ好きにとって呉服屋さんというのは至福の場所でしょう 店員さんにちやほやされながら良いもの見せてもらって 中にはこのためには身銭を切っても惜しくない!という出逢いもあり でも後で請求書を見るととんでもないことに……って殿方のキャバクラですが【爆】 今日のカオリンみたいにお支払いさえ気にしないで済めば 天国なんですけどねぇ【泣笑】
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