1981年のクリスマス


東新宿署に赴任してそろそろ1ヶ月、ようやく周りの同僚とも少しずつ打ち解けてきた。何しろキャリアの研修で、しかも女でその上、現職の警視庁幹部の娘とあれば押しつけられた方もおっかなびっくりになるのは当然だった。他の刑事たちと同じような扱いというのも望むべくもない。
それでも「お嬢」という綽名が呼ぶ方も呼ばれる方も軽口程度に思えるようになった頃、

「いいのか、槇村? 24日も25日も仕事で」

年末ともなるとそれぞれの間で休み調整のやりとりが行き交うようになってくる。クリスマスに正月にとイベントが目白押しな半面、特別警戒態勢の人繰りも必要になる。ましてここは歌舞伎町を管内に抱える『歓楽街の番人』だ、忘年会の酔っ払いと、隙だらけの彼ら目当ての悪党に普段以上に目を光らせなければならないのだが、刑事たちも人の子、そして半数近くが人の親だ。だからこそ、せめて年の瀬くらいは少しでも家族の時間を持ちたいところだが、

「かおりちゃんが淋しがるんじゃないのか?」
「いいんですよ、こっちの仕事が忙しいのはあいつも判ってますから」

そう同僚たちの気遣いをかわしているのが、私の指導役兼相棒の、槇村秀幸巡査部長。いつももっさりした髪に眼鏡、よれよれのコートと「風采の上がらない」という形容詞を体現したような風貌ながら、時折見せる洞察はどこまでも鋭い。それゆえ、最初は頼りなく思っていた私も今では一弟子として尊敬し、傍に貼り付いては彼の持つものを一つでも多く吸収しようと心がけているのだが、そういえばプライヴェートなことは一つも聞いたことがなかった、彼からも、周りからも。

「じゃあ見回り行ってきます」

と彼は親切なお節介をさらりと受け流した。
槇村刑事が見回りに行くというのであれば、相棒兼弟子の私もついて行かなければならない。覆面パトカーのレパードの助手席に乗り込む。

「あの……」

ここなら二人きりだ。刑事部屋では口を挟めなかったことも、パトロールの車内でなら訊ける。

「ほんとにクリスマス、休みとらないでいいんですか?」
「野上、そういう仕事じゃないだろ俺たちは。
人が幸福な休日を過ごしているときこそ
それを守るために汗水流さなきゃいけないんだ。
親父さんからそう教わらなかったか?」

フロントガラスには煌びやかな表通りのショーウィンドウが映る。そこを行き交う人々の表情はどれもこの季節に華やいでいた。でも彼は、そこから一歩退いて光の当たらない裏方でいいと言っているのだ、家族も道連れにして。

「でもお嬢さん、淋しがるんじゃないですか?」

――いきなりレパードがつんのめった。不意の急ブレーキに危うくむち打ち症を起こしそうになる。

「お嬢さんだって!?」
「だってヤマさん言ってたじゃないですか、『かおりちゃん』って」

ああ、かおりね……と運転席の彼は独りごちると、やおら私に向き直った。

「野上警部補、俺がいくつだと思ってるんだ?」
えーと……そんな、急に言われても……
「30……過ぎて、ますよね」

と言われて槇村刑事はハンドルに頭を持たれかけた。これがあともう少し強かったら、クラクションが新宿の街中に響き渡るところだった。

「俺はまだ25だぞ野上、お前と2つしか変わらん」
「えっ……」

文字どおり、言葉を失った。

「まぁ学生のときからさんざん老け顔だオジンだと言われてきたがな」

やっぱ所帯疲れが顔に出るのかぁ、としかめっ面でぼさぼさの髪をさらに掻きむしる。でもそんな、マイナスのイメージだけでそう答えたつもりではなかった。
常に冷静で動じることなく、どんな些細な事柄も決して見逃さない。そんな落ち着いた態度が私の中での彼の予想年齢を押し上げていた。だが実際は、大学を出たての私と2歳しか違わなかった――
いや、たった2年の差だけではない、私が軽薄にもキャンパスライフとやらを満喫していた4年間の間も、彼は現場の一警察官として経験を積んできたのだ。
それはその間身につけてきた学問でさえも埋めることのできない差。
それでも、いつか私が彼に追いつくことができるのだろうか――

「じゃあ、香ちゃんっていうのは」
「妹だ。もう高校生になる」

てっきり小学校に上がるか上がらないかの娘を想像していた。その齢になるとクリスマスに家族がいるかいないかの差は相対的には縮まっているだろう。

「でも……高校生っていっても、昼間は友達とクリスマスを過ごしていても、夜になるとその友達は家に帰って、そこにはケーキとご馳走と家族が待ってるわけですよね」

家に寄りつかない不良少女ならいざ知らず――と、そのとき脳裏に浮かんだのは、やはり現役女子高生だが夜遊び癖もすっかり堂に入った我が次妹だったのだけど――彼の妹ならごくごく普通の品行方正な高校生だろうし、彼女の友達もそうであるに違いないはずだ。

「でもかおりさんにはいないんですよね、その待っている家族が」

運転席の彼女の兄は視線を前方に向けたままだった。
ただ、奥歯を微かにぎしりと噛み締めていた。

「人の都合がつかないっていうなら、わたし、代わりますよ」
「えっ……!? いいのか……」

私にとって先述のクリスマスの光景は当たり前のものだった。当たり前すぎて、そろそろうんざりしてきたくらいで、一足先に逃げ出した妹の気持ちも判らなくもなかった。お母様ご自慢の手作りケーキとローストチキン、リビングには大仰なクリスマスツリー、翌朝の枕元には「サンタさん」からのプレゼント……
でも、それは決して「当たり前」のものではなかったのだ。

「刑事部長から怒られるのは署長であり課長であり俺たちなんだぞ」

そこでようやく困惑の表情を素直に表した。
でも、親父殿もそろそろ思い知ればいい、私ももうクリスマスを一緒に過ごせるほど子供ではないということを。

「いいのよ、ずーっと槇村さんには迷惑かけっぱなしだったから、わたしからのせめてものお詫び兼クリスマスプレゼントってことで」

満面の笑みに「親父殿は私が黙らすから心配しないで」のメッセージを込めて。でも手放すと決意した途端、あの絵に描いたようなクリスマスに鼻の奥がつんとなるような郷愁を覚えていた。一年に一度、あんな時間を過ごせるのは実はほんの僅か、20年あるかないかだ。だからこそ「かおりちゃん」には残りわずかなその時間を、兄と一緒に過ごしてほしかった。顔も知らぬ「サンタクロース」からのプレゼントとして。

というわけで槇×冴、最初の
そして同僚としては最後でもあるクリスマスの光景でした。
あの当時と今とでは年齢(特にアラサー)の感覚が
違うとは思いますが、それにしても槇兄の雰囲気がおっさんなので
おそらくこんな勘違いもあったんじゃないかなぁと【笑】
冴子さんがタメ口じゃないのが少々不自然かもしれませんが
店主の中では根は真面目な優等生だと思っているので
まだ1ヶ月経つか経たないかではこんなもんでしょう。
それがいかに打ち解けて、対等なタメ口というか
「女王様と下僕」になっていくかも、今後の書きどころかもw
それではみなさま
  Merry Christmas!!


City Hunter