Second Present

撩から初めて貰ったプレゼントは、思い起こせばローマンだった。
確かにそれはそうなんだけど(そしてよっぽどあたしたちらしいのだけど)
それじゃあまりにも色気が無さすぎる。二番目に貰ったプレゼントは……
たぶん、初めてのホワイトデーだったような気がする。

その日、あたしは内心どぎまぎしていた。
だって、その1ヶ月前のバレンタインデーに撩に初めてプレゼントしたのが、チョコレートではなく日本酒だったのだから。言い訳するようだけど、あの日本中で入手困難といわれる、だからこそ運よく店に並んでも値段の数倍のプレミアのつく、「幻の銘酒」と呼ばれる逸品なんだぜ!あたしは普段あまりお酒を飲まないし、まして日本酒となるとなおさら。だから、詳しいことはあまりよく判らないのだけど、これだけ世間でもてはやされているものだったら、きっと撩も気に入ってくれるだろうと思ってのチョイスだった。

そうは言っても、「幻の銘酒」というだけあって手に入れるのも一苦労だった。
街の酒屋さんからデパートまで、ありとあらゆる売り場を探し回ったけどそうそう見つからなかった。ここは新宿、日本最大の歓楽街・歌舞伎町を擁する街。ここに無いお酒など無い、とは思ったのだけれど……

「あーあ、オレにも情報屋がいればなぁ」

ふと、そんなことが浮かんだりもした。
シティーハンターの相棒として転がり込んだものの、あたしに任された仕事は伝言板の確認くらい。ときどき撩が一緒についてくることもあって、そんなときは街で情報屋に声をかけられることもある。中にはあたしに「あんたが槇さんの妹さんかい?」なんて言ってくれる人もいて、おそらくはアニキが刑事の頃から(もしかしたらお父さんが生きてた頃から)付き合いがある人なのかもしれないけれど、リョウはあたしが彼らと直接話をしないようにさせていた。だから、街で見かけても無言で会釈をするだけ。もちろん、撩と組んで一年足らず、この世界のことはまだまだ右も左も判らないあたしだけど……そんなときは、自分の未熟さが情けなかった。

でも、表の世界でも同業者のネットワークは大したもの。あたしが昔から(それこそ子供の頃のおつかいから)よく知っている酒屋さんにお願いしていたら、歌舞伎町の店に置いてあると噂があるとのこと。詳しいことは当然よく判らないものの、それを信じてあたしはその店に行ってみることにした。
そこは歌舞伎町のバーやクラブにお酒を卸していて、世界中の高級酒だって手に入らないものは無いという店だった。そして、そこを実質切り盛りしている小母さんがまた凄くて……この街の夜の世界の主が撩なら、昼間の主がこの小母さんとも言われているような人だった。彼女を陥す手練手管は持ち合わせていない。あたしはただひたすら頭を下げるしかなかった。

「――撩ちゃんにはいろいろお世話になってるからねぇ」

そう言ってようやく小母さんは『雪乃寒椿』を譲ってくれた、しかも定価で。
これでようやく撩が喜んでくれるようなプレゼントがあげられる、そう思うと酒瓶を抱えて帰り道をスキップしたくなる気分だった。
なにせ、あいつの貰ったチョコレート(ほぼ飲み屋の義理)を毎年アニキはうちに持って帰ってきてたのだけど、その中にはいかにも高級そうなウィスキーボンボンもあったのだから。パッケージには横文字しか書いていないそれを何も知らずに食べてしまったものだから、急性アルコール中毒を起こしかけてアニキに心配かけさせてしまったのも、今となってはどこか切ない、でもいい想い出だ。
そんな撩も、この「幻の銘酒」なら文句は言うまい――とは思ったのだけれど、2月14日を過ぎてから急に不安になってきた。

そういや撩は、うちではビールかバーボンくらいしか口にしていなかったような気がする。もちろん余所でそれ以上飲んできているんだろうけど(外で飲むと高くつくんだから、その分家で飲んでくれればいいものを)、あんまり日本酒というのは思いつかない。酒好きってお酒だったらなんだっていいのかと思っていたんだけど……
もしかしてあいつ、日本酒嫌いだった?と思うと途端に1ヶ月先が怖くなってきた。

お返しなんて最初から期待していなかった。それはあたしの恋心と同じ、
別に撩の彼女になりたいとは思ってなどいない、あの頃も、そして今も。ただこうして「相棒」として、毎日傍にいられて生活を共にできて、もう充分願ったり叶ったりなのだから。プレゼントだって「愛の告白」なんてものではなく、ただ「今までお仕事お疲れさま(ついでに、もうちょっと選り好みしないで働けよな)」という、あくまで相棒としての気持ちの表れ。だからホワイトデーは無ければ無いでよかった。ただ……
あのネアカに見えて実はとんでもないネクラ野郎のこと、気に食わないプレゼントに対してはどんな意趣返しが襲ってくるか戦々恐々としていたのだ。

そんなことはおくびにも出さず3月14日。もうすでに伸びてきた日も傾きかけてきた。これまでプレゼントのプの字も出てきてはいない。このまま一日が終わるのか、と意に反して少々がっかりもしていた頃。

「あ、香。今日、俺、夕飯要らないから」

いつものように飲みに行くつもりらしい。まぁ今年も歌舞伎町の綺麗処からたくさん頂いていたのだから、その挨拶には伺わないと。といっても、あいつがお返しの品を買ってきた痕跡は皆無だった。

「って撩、まさか手ぶらで行く気かよ」
「えー、だって去年もそうだったしー」

――呆れた。たとえ義理でもそれなりにお返しを配るのは人としての礼儀だろう。あたしだって貰ったチョコレートの分は毎年ホワイトデーのお菓子を贈ったものだ。なのに、このバカときたら……当然、あたしへのお返しも無しだろう。だが、ここまでのバカだと知れば諦めもつくというもの。まずは一人分の夕飯を作る前に、この憤りを鎮めようと一息つきたかった。なのに、

「あっ、無い!」

空になっていたのだ、コーヒー豆が。あいつは能書き関係なしにいつも豆を多めに挽く。スプーンなんて使わずに目分量だ。だから気がつけばあっという間に豆が無くなってしまう。

台所の補充はあたしの仕事、裏の仕事に立ち入らせてもらえない自分にとってここはあたしだけの「城」だった。その管理すら行き届いていないとは……ましてコーヒーは撩も愛飲するもの。その在庫は相棒としてしっかり気を配らなければならなかった。それすらできていないなんてパートナー失格、ホワイトデーのお返しどころの話ではなかった。

「コーヒー豆か?買っといてやったぞ」

ほれ、流しの足元と言われたとおり、そこには無造作にビニール袋が置かれていた。その中にはいつもの豆のパッケージ。どうやらキャンペーン中らしく、小さな包みがついていた。

普段、撩は買い物をしない。家にあるお酒が無くなってもあたしにそう言うだけだ。家に無ければ外に飲みに行けばいいだけのこと。そのあいつが、自分から在庫補充だなんて今までなかったこと、どういう風の吹き回しだか……まさか?

その後、あいつは素知らぬ顔でアパートを後にし、あたしは一人で夕食をとった。撩が帰ってきたのはもうホワイトデーも終わってしまった後のこと。もちろんプレゼントなんて貰えなかった、あのコーヒー豆以外は。

さすがにあのときの包みを後生大事に取ってたりはしていない、あたしもそこまで乙女じゃないし。ただ、撩が絶対に使わないであろうおまけのスプーンはこっそり手元にしまってある。季節を意識したのか、頭にハートのついたスプーンを。

今年のイベントネタ第3弾、ホワイトデーにして
ようやく香ちゃん視点です。
皆さまから有言無言のご要望のありました
バレンタインの顛末も織り交ぜてみました。
ってそれが半分以上じゃねぇか【苦笑】

色気のないプレゼントには色気のないプレゼント(?)返しですが
まだまだLOVEのLの字も無いどころか
パートナーとしても手探りの二人ですから。
にしても撩ツンデレすぎ!
でもこのぶっきらぼうなほどのさりげなさが冴羽クォリティですよね♪


City Hunter